2013年2月 2日 (土曜日)

結論は極めて単純?

恋愛タブーな某人気アイドルグループメンバーの丸刈謝罪報道を見て、久しぶりに恋愛ネタを投下します。
恋バナになったとき、「どんなタイプがいいの?」という質問は必ず出ますが、私はこの質問は無意味、場合によっては有害と思います。
恋愛を長期的視点で見た場合、「多少マイナス要素があっても、ブレない愛情を注げること、注がれること」が必須になります。
恋愛がどうしても男性主導進められることを考えると、男性側はその女性にブレない愛情を継続して注げるか、女性側はその男性がブレない愛情を継続して注いでくれるか、を何より重視した判断をしなければなりません。
著名なチームに所属していたり見た目が美しい女性には、どうしても短期的な視点ですりよってくる男性が絶えないでしょうが、これがお互いの不幸の種で、お互いに長期的視点で関係をしっかり見直す必要があるでしょう。
恋愛が禁止されているチームのメンバーを口説くということは、そのチーム脱退という覚悟が不可欠にもかかわらず、その覚悟なく目先の衝動に流されるからお互いに大変なことになるのです。
男は、女性を口説くなら、多少不利益な状況があっても、継続してブレない愛情を示し続ける
女は、そのような継続した愛情を示してくれるか猜疑心をもって慎重に判断する
恋愛の価値観は多様ですが、これが最も外せない重要な要素だと私は思います。
裏を返せば、あまり評価されない人でもこの点をしっかりおさえれば、逆転のチャンスがあるのではないしょうか?
多様な価値観うずまく世界ですが、その中で重要なものは限られ、意外と単純な結論に落ちつく分野ではないかと私は思います。

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2012年10月11日 (木曜日)

結婚力は安定力

結婚できる人とできない人は何が違うの、という話になった場合、大抵安定力の違いに話が落ち着きます。
安定力とは、私の把握する限りでは、経済的安定性、感情的安定性、家庭的安定性です。
経済的安定性は説明不要と思いますので省略します。
感情的安定性は、文字通り感情が安定しており、極端な喜怒哀楽の落差がないこと。
さらにつきつめれば、愛情表現が安定しており、神父が説くように富める時も貧しき時も、健やかなる時も、病める時も、はたまた、機嫌のよい時も、調子のよくない時もぶれない愛情表現ができることをいいます。
家庭的安定性とは、積極的な行動としては、炊事や掃除、育児といった家庭生活に必要な活動を安定してこなせること、消極的な行動としては、浮気や暴力、浪費など、家庭を崩壊させるような行動をしないことを指します。
この安定性のある人は多少他の面に問題があっても結婚はしやすい反面、いくら優れた要素がたくさんあっても、この中のどれかで不安を感じられれば、結婚は敬遠されてしまうでしょう。
さらにざっくりいえば、素朴に弱点のない人は結婚できるということ。
少子化の中で結婚しにくいという意見をちらほら聞きますが、こうした当たり前のところで大きな弱点を抱えていないかどうか見直してみてはどうかと思います。

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2007年6月 2日 (土曜日)

パートナーは大切に

niftyのトップ記事を見ていたら結婚できる女性・できない女性に関する記事がありました。

近時関心を集めるこの話題について、私(20代男、大卒、年収・地位そこそこ、大阪在住)の立場から評釈したい点がいくつかありましたので、書いて見たいと思います。

記事に挙げられたデータは名古屋大学と結婚情報会社のオーエムエムジーが発表した、「結婚のしやすさを解明するための研究」の調査結果です。

これによれば、

1,男性女性とも現在の自分の人生に充実感を持っている「充実力」が高いほど結婚しやすい傾向にある

これは最早社会常識であり、特に言うことはないでしょう

2,男性女性とも年齢が若い方が結婚しやすい

昔は女性は「クリスマスケーキ」などと言われ、25歳未婚は生き遅れにように思われていましたが、現在では25歳で結婚している人の方が少なく、20代にはこの結果は当てはまらないように思います

そもそも、充実力を最重要な要素として見るなら、20代のうちに人生の充実感を感じるほどの成果をあげるのは、現在では困難であるように思います。

年齢が若い方が結婚しやすいというのは「30代後半にもなってまだ人生の基礎も築けていないの?」という30代後半以降の人を対象としたものだと理解します。

3,男性は高収入・高身長が結婚しやすい

これは従前から「3高」として言われ続けてきたことで、女性が男性に対し、人間性の次に望みたい人気ステータスであるということは今も昔も変わらないようです。

しかし、収入と友人の多い男性は自力で欲しいものを手に入れ、充実した人生を切り開けるため、これと天秤にかけて勝てるような、女神のような厳選された女性としか結婚する気を持ちませんので、結婚確率は下がると思います。

4,おとなしい女性の方が結婚しやすい

この結果は非常に私にとっては意外でした。

「清楚」で「口答えしない」女性がいいという男性側が感じる理想のことでしょうか?

私は別におとなしい女性の方がいいという気はあまり感じませんし(うるさいレベルにまで至れば別ですが)、私の業界では、いかにしゃべり、楽しい雰囲気を作れるかが重視されますし、サラ金業者等と電話越しに戦えることが大事です。

それゆえ、おとなしくてあまりしゃべらない女性よりも積極的に色々しゃべる女性の方が法曹関係者は総じてお好みで、就職や結婚相手の紹介も受けやすい状態にあります。

5,年収が少ない方が女性は結婚しやすい

これも、男性がイニシアチブをとりやすいというだけの視点で、それ以上の意味はない気がします。

ちなみに、私の業界では同業同士の結婚率が非常に高いです。

出会いがそこしかない、というのも若干ありますが、受験時代まで連れ添った相方と別れ、修習生以降に知り合った相方と電撃結婚するケースがよくあります。

これは、別に収入が多い相手を選んでいるというのではなく、自分の仕事をお互いに理解しているから、パートナーとしてつきあいやすい、という点が重視されたものだと思います。

要は金よりもライフスタイルの合致の方がはるかに重視される要素だということのようです。

6,以下の要素のうち複数に該当する女性は結婚しにくい

①毎回豪華なデートをねだる

②すぐ体を他人に許す

③思いこみが激しい

④悪いところを指摘すると怒ったりすねる

⑤拘束しすぎる

⑥人の悪口をいうのが多い

⑦話が長い

⑧女性磨きをあきらめている

⑨友達が少ない

おおむね、こんな女性は嫌だ、という要素が集まっていますが、私はこの中にも大きな程度の格差があると思います。

まずは、②これは私なら確実に一発レッドカードで、発覚以降は絶対に話はしません。

①⑤は男に対する期待の裏返しなので、悪くはないのですが、程度を超えるとうざくなるものだと思いますので、仲のいいうちに予めその限界をそれとなく伝えておいて、それを理解してくれるか、その限界を平気で打ち破るかが着目点だと思います。

③④⑥⑦は確かに、あまりいい気はしませんが、パートナーとして一定程度受けとめることも大事です。

そのうえで、嫌みなくそれとなく問題点を指摘し、本人がそれに従うか平気で打ち破るかに注目すべきと思います。

⑧は逆に、本人が自信をなくしている時こそ、パートナーが褒めて励ましてあげないといけない場面だと思います。

⑨は・・ちょっとやそっとのことじゃどうしようもないこと、人間性が魅力的でないことを推認させる大きな事情ですが、このことだけを大きくとりあげず、真っ直ぐにその人の人間性をみつめてあげるべきだと思います。

今日はやけに長い記事になってしまいましたが、パートナー選びもそれを維持することも非常に大変なこと。

二人三脚でやっていくべき相手なのに、ちょっと思うようにいかないだけで大げんかするのは論外です(大リーグカブスのバッテリーが試合中に大げんかしたニュースには驚きでした。)。

焦って安売りするのが最悪というのは就職や商売にも通じる基本原則であることは結婚の場面でも同じようです。

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2006年7月 2日 (日曜日)

今日の行列のできる法律相談所~女の我が儘世間を覆す

せっかくの日曜日なのに、家にいれば暑苦しくて寝苦しく

買い物にでかければナビオもファイブも阪急も阪神も大丸も人ばかりで疲れとストレスが余計たまったかもしれない休日でした。

そんな今日の行列のできる法律相談所は、男から見れば首肯しがたい結論の事件ばっかりだったのではないかと思います。

・落とし穴

仕事上の後輩が年齢を詐称して先輩面して、こきつかわれた人が慰謝料請求できるかという事案。

気持ちはわかりますが、慰謝料請求事案は原則として取れない、もしくはわずかな金額のみとれる、ということを覚えておいた方が良いかもしれません。

この事案では、違法性の程度がそれほど悪質なものとは判断されにくいうえに、損害がどれだけ発生したかも問題となります。

したがって、慰謝料はとれない、少なくとも弁護士が受任する事件ではないとの結論が出ます。

形式的な年齢に拘泥せず、職場の縦社会を主張すれば回避できた事件ですし、そうでなくとも、ずるずるいくのは本人の人間性の問題で、その点の改善を考える方が先決とも考えられます。

・事案1

男が積極的に誘ってくるからついていったデートで割り勘を要求された。女はこれに応じるべきか。

周辺事情は抜きにして、普通、男が誘ったデートでは、男が全額払うのは常識で、社会通念を形成しています。

そこで、この事件は原則として「割り勘に応じなくてよい」という結論となります。

ここで、周辺事情がこの原則を破るものかどうかという視点でこの事件を見なければいけません。

本件では、女性は彼氏がいて、交際に応じる可能性はほぼ皆無であるにもかかわらず、これを秘して、一介のサラリーマンが行くにはかなりの努力を要するレストランに連れていってもらったことで、一種の詐欺ないしは、事情の事前不告知、目的の原始的不達成等の問題があります。

男性側からしてみればこのような事情があれば誘わなかったでしょうし、怒るのも無理はありません。

それゆえ、訴訟になった場合、女性側が負ける可能性はゼロではありません。

しかし、女性側の非はありますが、男性側においても、本当に好きな女性を口説くためには相応のリスクを負うものですし、店やメニューを選んでそのリスクを設定したのは自分である以上、最終的な責任はきちんと負わざるをえないのではないかと思います。

こんな割り勘するかしないかという事件を第三者に判断してもらうという恥ずかしいことが事件とはならないと思いますが、結論としては、とりあえず男性側がリスクを甘んじて受け入れ、その先のことを考えるべき事件だと思います。

・事案2

突然、一方的に婚約破棄された男性が女性に説明を求めてつきまとった場合、ストーカーの罪になるか

パネリストの結論は、北村・住田弁護士が罪にならない、橋下・丸山弁護士が罪になるというもので、この別れ方をした場合、十中八九北村・住田側が正論なのですが、今日は橋下説が正論であったと思います。

客観的にストーカー行為に該当する行為を行い、説明を求めるという目的で犯罪成立を免れるかという争点となります。

前提として、この女性には男性に対する婚約破棄に至った理由の説明義務がありますし、婚約破棄による損害賠償請求訴訟を提起された場合、慰謝料約100万円及びその他実害を賠償する義務を負います。

北村・住田弁護士はこの説明義務を果たすよう求める行為なので、犯罪とはならないとしましたが、法律上の義務であってもそれを果たすことを強要することは犯罪に該当しえます。

橋下弁護士の主張するとおり、調停や訴訟、あるいは手紙や代理人弁護士を通じて説明義務が果たされる制度は他にもあり、ストーカーの犯罪該当行為でこれを求めた場合、犯罪該当性は阻却されないと考えられます。

結論として、2件とも女の我が儘が正当化される結論となりそうですが、だからといって自分は正しいと開き直る女性は人間として問題があると考えざるをえないでしょう。

逆に、男の側からしても、女性の多少の我が儘を支えてあげられるくらいの器量がなければ、本当に好きな人を、本当に幸せにすることは困難なのではないでしょうか?

女が我が儘を言ったという第1ラウンドでは女性に勝たせておいて、それにのぼせあがる女性であれば見切りをつける、そのような女性の我が儘も受け入れて愛していけるなら男性側は屈せずに第2,3ラウンドを持ちかける(逆に女性の我が儘を許容できないなら潔くあきらめる)、こうして恋愛対象者としての不適格者を取捨選択していった先に理想の相手はいるのではないでしょうか。

男性側から見て理想の女性は適度の我が儘を言って、それを全て許容できる相手

女性側から見て理想の相手は適度の我が儘を言って、それを全て許容してくれる相手

女性の我が儘という一つの視点から見て考えるとこのように言えるのではないかと思います。

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2006年6月25日 (日曜日)

責任の取り方

「俺が全部責任を持つから安心しろ」男が仕事や恋愛関係において、部下や恋人に言いたい言葉です。

きちんと責任を持てるかは、男の能力やキャパシティーに依る部分が大きいですが、責任の取り方にも色々あるのではと思います。

責任を取る一つの方法として、言葉があります。

何か間違ったことをした場合、過去の失敗に対する反省、もう同じ過ちをしない・被害を回復するという誓約の言葉は最低限必要な言葉です。

刑事弁護においても、自白事件においては、被告人に反省文の提出を勧め、法廷でも具体的な反省の言葉を述べるよう勧める弁護人は多いです。

これは間違ったことをした人間として最低限の行為だと思います。

しかし、これだけでは責任を果たしたとは言えません。

言葉の内容をどれだけ実現できるかこそ、本当に責任を果たしたかどうか評価すべきところだと思います。

ところが、従前の裁判では、「被害弁償する」という反省の言葉はあっても、実際の被害弁償がうやむやにされるケースが多かったです。

そこで、現在法務省で審議中の「付帯私訴」の制度は、被告人の責任を果たす制度として、非常に有用ではないかと期待しています。

付帯私訴とは、刑事裁判の中で、その証拠を利用して、損害賠償額の認定の裁判も一緒に行ってしまおうという制度です。

これによって、被告人には、刑事・民事両面の責任を同一の裁判手続において、迅速に認定することが可能となります。

これまで、裁判官の前で巧言を並べ立て、誠意の乏しい被告人が相当数いましたが、この制度が実現すれば、その被告人のとりうる責任がより明白にされ、より適切な刑事裁判も実現するかもしれません。

責任の取り方は恋愛関係においてもかわらないかもしれません。

男が女に対して、不愉快な思いをさせてしまった、この場合、経緯はどうあれ、男はまず言い訳や反論をせずに、誠実に謝るべきだと思います。

謝っただけで関係を修復できれば、それにこしたことはありませんが、それでも関係を修復できない場合、男の側から関係を修復すべく現実の行動に出る必要があるでしょう。

女性側は不愉快な思いをさせられたことに対する不信感を抱いています。この不信感を解消すべく、特別のプレゼントをするなり、心をこめたメールを送信するなり、具体的な関係回復の手段を講じる必要があると思います。

何でそこまで・・と思いたくなりますが、相手が本当に大切な存在ならそんな努力など造作もないことですし、本当にそんな努力をする気も起こらないなら、相手のことをそんなに大切に思っていないことを示す大きな事情ではないでしょうか?

恋愛関係はどうしても、男の側からの申し出で始まることが多いですし、男の側に余裕・キャパシティーが大きい場合が多いので、多少のことがあっても、男が大切な女性を支えていくという意識が大事だと思います。

ところで、責任の取り方について、一昨日、最高裁が憲法判断を回避するのは、「最高裁判所裁判例」の権威にふさわしい裁判例にすべくその判断対象・内容を十二分に吟味した結果で、責任を回避しようとした行動ではないという記事を書きました。

恋愛関係においても、男の立場において、大切な女性のために責任を持つために、あえて腰を引く場面もあります。

お金に余裕がない場合には、あまり高級なお店や買い物には誘わない。

体力に余裕がない場合にはドライブや遠方のデートやホテルには誘わない。

感想が明らかに対立しそうな映画には誘わない。

総合的に力不足だと感じた場合には、いくら愛していてもプロポーズしない。

いろんな形があると思いますし、無理してよりひどい結果を生むよりはよっぽど責任をとった判断だと思います。

女性の側から見れば、不満かもしれませんが、女性にぬか喜びをさせて、より残酷な結果を招かないためにも、多少の不満をかっても、引くべきところはひくこともまた、大事な責任の取り方だと思います。

社会生活においてはもちろん、仕事においても、恋愛においても、責任をとれないような関係は持つべきではないですし、逆に自分がこれぞと思った仕事や恋人に対しては、とるべき責任はきっちりととるべきだと思います。

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2006年6月19日 (月曜日)

自然体 理想の組み合わせ たいせつにするもの

阪急によってなされていた阪神株のTOBは、村上ファンドが保有する全株式を放出することによって、成立が決定し、今秋にも阪急と阪神の合併が実現しそうです。

阪急と阪神の合併に伴う相乗効果が本当にあるかどうかに注目が集まりますが、これもこれからの経営努力いかんにかかってくるでしょう。

両社とも歴史ある会社ですので、その特徴を簡潔に言葉で表すことは難しいですが、一例を挙げれば、阪急は上位階層の人たちが利用するもの、阪神は庶民層が利用するものというイメージがあるようです。

このような、阪急・阪神それぞれの特質は合併しても変わってほしくないと思います。

相乗効果があるかどうかは、このようなそれぞれの長所を残しつつ、それを最大限に生かして高め合う経営ができるかどうかにかかっているかにかかっていると思います。

阪急・阪神それぞれの自然体を見失うような企業になれば、破綻する可能性も出てくるでしょうし、同じような会社が合併しても、お互いに伸ばし合うものもないようなきがします。

ところで、話は全くかわりますが、ORICON STYLEで理想の結婚相手のタレントのランキングが発表されました。

男性の1位は福山雅治 その他ランクインしたタレントを見て共通する特徴は、かっこいい・自然体・優しそう といったところでしょうか

女性の1位は安めぐみ その他ランクインしたタレントに共通する特徴は自然体の癒し系

結局、男性・女性とも視覚的に、感覚的に満たされたいという気持ちが一番大事なようです。

ただ、ここで大事なのは、「自然体」であることが非常に重視されていることです。

自然でない優しさは警戒ものですし、自分も自然でいられないと疲れたり、自分をだめにするだけです。

阪急・阪神の合併の話とリンクしますが、お互いに自然体を維持できて、その中で、相手を満たし、相手に満たされる関係こそ一番たいせつにすべきことでしょうし、その中でお互いを高めあうことこそ理想の関係といえるのではないでしょうか?

ただ、このような関係を築くためには、ある程度等身大の組み合わせでないとどこかにひずみが出るものです。

等身大でない組み合わせに一方が他方に無理にあわせることはそれ自体自然体ではありません。

阪急と阪神は等身大の合併と言えるでしょうか?

これがこれからの経営再編の中で見極められていくのでしょう。

恋愛関係においても、自分が無理をしていないか、相手に無理をさせていないか、その点への配慮・気配りができることが大事だと思います。

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2006年4月23日 (日曜日)

愛情グラフは連続性がないからご注意を!

高校時代の数学の問題を解いてきた経験から、グラフというものは連続性を有するのが普通であると、普段から考えてしまいますが、愛情の起伏をグラフに表した場合、これは必ずしも連続性を有しないので、注意が必要だということがいえます。

岐阜で中学時代の先輩が女子中学生を絞殺したという事件があり、現在捜査中ですが、交際していた男が自分の彼女を殺害するという事件は非常にショッキングなもので、その動機や犯行に至る経緯の解明に注目が集まっています。

普通の友達に対する愛情の基本値を10とした場合、恋愛関係にある者や、尊敬する人・家族に対する愛情はそれ以上に高いものとなるでしょう。

愛情は、その日の気分や、その他の外的要素で多少の変化があり、普通の友達に対する愛情は7~13くらいで安定して上昇・下降を繰り返し、連続性を有しているのかもしれません。

それゆえ、友達に対して多少不満な部分があったとしても、その不満な部分を含めてその友達を再考察できれば、愛情(その人に対する自分なりの評価)の多少の変化だけで解決してしまうことが可能です。

しかし、家族や恋人に対しては、自分と容易に切り離せない深い仲ですし、それだけに期待するものも大きく、それが裏切られたときのショックも大きいのでしょう。

それゆえ、交際を開始し、デートを重ねてお互いを理解し、愛情が50,70,100とどんどん上昇してきたところで、浮気や重大な裏切りが発覚した場合、愛情数値に突然マイナスがつき、いきなりマイナス150の愛情となったりすることは、ドラマや恋愛体験談でよく語られることですし、体験した方は多いのではないかと思います。

円満な愛情を維持するためには、まず何より自然体で肩の力を抜いて接することだと思いますが、自然体すぎて相手に配慮を払わないと、愛情は突然怒りに変わり、岐阜の事件のような悲しい事件を惹起しかねません。

自分の言動が周りの人にどう受け止められているかを考え、良くない面を速やかに修正できる人間性を磨いていかなければ本当に安定した円満な人間関係は望めないのかもしれません。

悲しい事件が起きてから後悔してもしょうがないことですので、日頃から周りの人の気持ちに配慮できる人間性を養っていきたいと日々の悲しい事件が警告しているように感じます。

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2006年3月18日 (土曜日)

恋愛論語るはたやすいが・・・

先週執筆した「愛と虚像」がこの1週間毎日、筆者の予想を超えるアクセス数があり、ちょっと困惑気味ですが、今日は先ほどまで放送されていた「愛と死をみつめて」を見た感想を少しばかり・・

純愛を愛の理想型と考える筆者は、①恋愛関係において駆け引きをしない②出来る限り円満な状態を維持するよう努め、関係が悪化した場合には、素早く改善に努める、のが大事だと思います。

本作品は昭和中期に話ということであり、文通というレトロなやりとりで遠距離恋愛をはぐくみます。

手紙が来る来ないで一喜一憂するのは、現代とあまり代わりない気がしますが、現代ほど電話その他の情報網が十分ではない時代ですから、手紙のやりとりだけで相手の事情を把握するのは極めて困難だったと思われます。

こういう状況の中で遠距離恋愛を成功させられるかどうかは、いかに相手を信頼させられるか、具体的には、正確に裏表がないとか、人間としての本質が如実に表れると思います。

本作品中のマコとミコはいすれも素朴な中に悩みを抱える2人であり、この点は満たしていたのでしょう。

私自身は遠距離恋愛の経験はありませんが、他人の話を聞く限り、現代の遠距離恋愛事情はいささか異なるようです。

本当に信頼しあい、愛し合う2人であれば、遠距離恋愛も、携帯電話一つで問題なくクリアできるでしょう。ところが、遠距離恋愛の失敗原因の一つに、連絡を取り合う機会が減少し疎遠になった、というものがありますが、どうもこの理由が「実際に会えないから、相手に従前通りの魅力を感じなくなった」「面倒臭い」「金がかかる」という少しおかしな(現実的に考えればこれこそ人間らしいとも考えられますが)ことになっています。

恋愛関係はお互いの信頼関係のうえにできるものですが、自分が好き勝手やって相手に信頼しろというのは無茶な話。相手に信頼してもらうために色々と努力していくことが必要です。

ところが、「自由でいたい」が第一にあり、そのためには「余計な努力はしない」、されば「等身大で自然に接することができる人がいれば真剣に交際するが、それ以外は遊び」という考えになってしまう人もいる気がします。

確かに、全ての面で等身大でつきあえるのであれば、全く問題のない完璧なカップルでしょうが、人間は人それぞれ異なり、親兄弟でも全然異なる考えを有するところもままあるほどですから、なかなかこうはうまくいきません。

この場合、根底に「自然でありたい」「努力したくない」という思いがあるのであれば、一見等身大でつきあえて、ベストカップルに見えるカップルもちょっとしたすれ違いから破局は簡単に訪れると思います。

大事なのは考えが違ったときにどう対処するかですが、これをうまく乗り越えられるかは、等身大でつきあえるかどうかよりも、どれだけ相手を必要とし、相手を理解しようと努力し、相手に信頼・理解しようと努力できるかだと思います。

私の考えでは、合コン等で「波長があうしいい感じだな」とちょっと感じる相手は、それだけでは大きな危険をはらみ、純愛を育める相手に対しては、人生最大のチャンスだと感じ、全身全霊をかけてその相手を愛する(前提としてそこまでする相手であることが必要ですが)べきだと思います。

恋愛環境は日々刻々と変わっていきますが、男性がリードしていく状況は基本的にはまだまだ続きそうです。人が人を愛する理由は人それぞれですが、愛する理由は「波長があうかどうか」といった具体的視点に拘泥しすぎずに、もっと直感・本能を信じて良いと思います。

そうして愛を感じた相手には、男性の側が全身全霊をもって尽くし、お互いの理解・信頼を深めるとともに、女性は自然体にこそ魅力がある場合が多いので、自分の力でその自然体を守り抜こうと頑張ることが非常に大事だと感じます。

その先に真実の愛は存在し、自分が自然でいたい、努力したくないなどと言っていては、真に幸せな関係にはなれないと思います・

・・・と、理想論を語るのは容易ですが、実践するのはとっても困難なこと。今日のドラマを見てもそれは重々わかりますが、高い理想を持たずして高い成果は得られないので、頑張っていきたいと思います。

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2006年3月10日 (金曜日)

愛と虚像

夫にインスリンを飲ませて殺人未遂の疑いをもたれている人の話をニュースで知りました。

この人は過去にも夫に熱湯をかけて傷害事件に問われたこともあるようです。

この事件に関わらず最近、親が子供を虐待して死亡させた、子供が親を逆恨みして殺した、交際相手を殺した、といった家族ないしはそれに準じた者の間での殺人事件が多いようにも思います。

自分の親や子供、パートナーは家族愛・親子愛・異性愛という固い絆で結ばれているはずなのに、これが殺人という最悪の結末で終わるのはとても悲しいことです。

愛が深いからこそ、それを裏切られたときの怒りもまた、一層激しいものなのかもしれません。

しかし、報道されたものを見聞する限りでは、もとより愛とよべる代物は存在せず、ただ自分にとって利用価値があるかどうかでしか、相手を見ていないのでは?という事件もちらほら目にします。

自分にとって利用価値のある人には媚び、利用価値のない人は無視し、自分に害をなす人は排除する。こういう考えをしているとしか考えられない被疑者が多数います。

これでは動物と変わりありません。人間に与えられた感情という大事な機能を使いこなせていない人は非常に不幸な人生を送っているな、と思います。

誰かを愛するということは、自分にとって価値があるかどうかで把握するものではないですし、家族にしても恋人にしても偶然出会ったなかで、どれだけその偶然を大切にできるか、それが大事だと思います。

人は皆異なるものですから、当然どんな人にも自分にとって有益な部分と無益・有害な部分とがあると思います。しかし、こういう観点で人を見ていたら人とのつきあいもうわべだけの、浅はかなものになってしまいそうです。

どんな時でも相手を信頼し、どんなときでも相手に信頼されて、お互いを高めあい、幸せを追求していく、そういう関係こそが愛のかたちではないでしょうか?

愛する人に冷たくされたり、思うような態度をとってもらえなかったときの寂しさは非常に辛いものがありますが、そういうときこそ、相手を信頼し、愛を一層深めて行こうと努力することこそが、本当に幸せになる道だと思います。

自分にとって利益か有害かどうかでしか周りの人を見ることのできない人は、非常に淡泊な、幸薄い人生を送るのだろうと考えると、かわいそうな人だなと感じます。

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2006年2月16日 (木曜日)

恐ろしや 電子メール

本日の国会で堀江氏の電子メールが公開されました。

内容は堀江氏からあるライブドア職員に対し、武部氏の二男と推測される男に3000万円を振り込むよう指示したものです。

このメールによって、皆さんは「堀江氏が武部氏に3000万円渡すよう会社職員に指示した」という事実の存在が証明されると思いますか?

普通に考えれば「証明される」と答える人が多いでしょう。

電子メールというものは、お互い顔の見えない状況下で、端的に意思を伝達する手段として利用されるため、普通は冗談や狂言としては利用せず、本音を書くものですから、そこに書かれている内容は真実だと考えるのが普通です。

普段の会話で冗談を言う人でも、電子メールや電子掲示板で冗談をいうのはそれほど頻繁にはしないはずです。

裁判上も

「心も体も一つになったんだね」というメールがあれば、いかなる言い訳がなされてもまず肉体関係の存在は認定されるでしょうし、

「俺がお前を楽しませてみせる」というメールがあれば、発信者は受信者に相当の好意を持っていることが認定されるでしょう。

そういうわけで、今回の事件ではメールが堀江氏が作成したものとまで言えれば、まず間違いなく献金事実まで立証されると思われます。

そこで、小泉首相の言う通り、このメールが堀江氏が作成に関与していない偽造のものであるということがない限り、自民党、武部氏の前途は極めて厳しいものとなると予想されます。

このように、電子メールの証明力は素晴らしく、民事事件のみならず、刑事事件においても痴情のもつれが原因と思われる事件においては、被害者の電子メールの確認・保全を重視すると言われています。

民事事件においては、不貞行為に対する慰謝料請求事件における不貞の立証や、婚約破棄による慰謝料請求事件における交際関係の状況の立証(要は行列の出来る法律相談所で取り扱われる事例の争点事実の立証)において抜群の効果を発揮し、電子メールをどれだけ保全しているかは、弁護士としても事件を受任するかどうかの重要な指標としています。

裁判においても、電子メールをたくさん保全している方が有利になりやすいのですが、ここに携帯電話の構造上の妙があり、通常の携帯電話は、送信メールよりも受信メールの方が圧倒的多数保存できるため、送信メールのほうが古いものまで保存されないものとなっています。

自分が昔に何と言ったかは自ら証言台に立つことによって証明できますが、相手が昔何を言ったかは、相手が証言台で話してくれなければ証明できない可能性があります。

それゆえ、受信メールの方が圧倒的に有用であり、裁判において、保存されていた受信メールを証拠として提出すると多くの場合、「自分に有利な受信メールばかり提出しているが、送信メールも出してくれ」と相手に要求されますが、携帯電話の構造上それがかなわないことになったりもします。

というわけで、電子メールの証明力は恐ろしく、裁判にでもなろうものなら出来る限り沢山の電子メールを集めたいところですが、電子メールはプライバシーの塊ですので、人間社会において生活している以上、フェアに集める必要があるでしょう。

不貞を立証するためには相手の電子メールを押さえたいところですが、恋愛関係においてはいかなる事情があろうともフェアプレーが第一にあるべきであり、居間に置かれていた恋人の携帯電話の中身を勝手にのぞいたり、風呂に入っている間にこっそり確認するがごときは、いくらそうしたくとも涙をこらえて我慢すべきでしょう。

慰謝料請求事案となってしまった事件においては、不幸にも、一度は信じた愛がかりそめのものにすぎず、お互いがフェアプレーの精神を忘れてとんでもない状況になったというケースが多いですが、これらの事件を反面教師に、「真実の愛」を求めるためには、多少のことがあっても、フェアプレーを心がけ、その上に信頼関係を築いていくことが不可欠だと感じます。

今回の堀江氏のメールは永田議員が「信頼できる人物1名を介して」ライブドア職員から入手したとのことですが、この電子メールの入手経緯のフェア度が、このメールの作成の真正という最大の争点ともあいまって、今後注目を浴びることでしょう。

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