2012年11月11日 (日曜日)

法学部離れが進む?

東大法学部が、東大内での進学において定員不足となったという報道がありました。
これをふまえ、現役の法学部学生数名と話をしましたが、時代はどうしても法学部離れに進んでいるようです。
私が東大在籍の頃は法学部Ⅰ類は花形で、実力か野心のある生徒はほとんど司法試験合格を目指していました。
Ⅱ類も国の根幹を支えようとする学生が一生懸命頑張っていました。
実力と野心を備えた学生が東大法学部に集まったのは、その後の進路に大きな魅力を感じていたからにほかならないでしょう。
ところが、弁護士大増員の結果、弁護士資格を持つだけでは、自分が希望する職業訓練を受けることができる事務所への就職がどんどん困難になっています。
公務員も給料は右肩下がりで、些細なトラブルから簡単に職を追われるリスクを抱える状態にあります。
仕事のやりがいは変わらなくても、仕事への魅力はこのわずか数年の間に大きく下がってしまったと言わざるをえません。
会計士業界はもっとこの傾向が顕著で、資格をとっても就職すらできないのであれば、目指す意味がないと諦める人が増えています。
弁護士や会計士の増員は、これら士業へのアクセスを近くしたという点では評価できますが、士業全体の質は間違いなく落ちているでしょう。
昨今のこれら業界の方向性が間違っているとはいいません。
旧来のビジネススタイルでは早晩頭打ちになるので、新しい弁護士・会計士・公務員のありかたを考えていかなければならないでしょう。
法学部離れが進むのは国家としては懸念材料ですが、これが大きな問題として顕在化する前に、若手弁護士や会計士・公務員が新しい仕事のあり方を模索していかなければならないと思います。

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2012年8月18日 (土曜日)

プレッシャーのない戦い

24歳になる年だったので、もう11年も前の夏。
司法試験会場に向かう私はたぶん悲壮感いっぱいだったでしょう。
落ちるわけにはいかない、とれるポイントは1つも落としてはいけない、そのプレッシャーに正面から向かい合いながら、人生をかけた大勝負に挑んでいました。
今日、私は会計士試験を受験しています。
日常忙しいので、思うような準備はできませんでしたが、ないものねだりはせず、割ける時間の中でできる限りの準備をして試験に臨んでいます。
この試験、受かるか受からないかという結果は大きな問題ではありません。
弁護士資格を有しながら、さらに活動領域を広げるために、勉強を重ねた結果を確認する場だと位置づけています。
ただ、勝負は勝負ですし、正確な自分の立ち位置を把握するためにも、ベストは尽くさなければいけないと思っています。
勝負にベストを尽くせば、結果はどうでもよい。
悲壮感いっぱいで臨んだ司法試験と違い、なんて楽な試験なのでしょう。
試験自体は面白いものではありませんが、1つ1つクリアする度に、自分をステップアップを感じ、自然と笑顔が出てきます。
仕事で、結果を求めなくてよいということなどありえませんので、おそらくプレッシャーを感じずに済む数少ない機会なのでしょう。
このような機会は、日ごろチャレンジを重ねた人だけに訪れるものだと思います。
明日も、結果はあまり気にせず、楽しみながら、試験を受けてきたいと思います。

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2012年1月30日 (月曜日)

目標設定

TOEIC初受験しました。

外国人相手にも最低限度のコミュニケーションがとれなければならないと思い、ちょうどTOEICの通信講座を紹介されたので、この半年ほど取り組んでみました。

点数にこだわらず、試験を受けたのは初めての体験でした。

TOEICはあくまで英語コミュニケーション能力の指標にすぎず、TOEICで良い点数を取ることが目的ではないからです。

TOEICの点数は参考にはなりますが、最終的な目標は、外国人とコミュニケーションをとることであり、そのために必要なボキャブラリーやフレーズ等をいかにたくさん、かつ高い質で身につけられるかだと思います。

その意味で、この半年ほど取り組んできた勉強はそれなりに身に付き、もはやTOEICの些細な点数差で影響を受けることはないという状態に至ったのでした。

学生時代はとにかくテストの点数が絶対的な目標値になります。

しかし、社会人となった後は、いかに実質的・実効的な目標を設定し、そこに向けて確実に近づいていけるかが大事になります。

次に何を目標にするか、まだ決めていませんが、「参考にする指標」と、「真の到達目標」をしっかり設定して取り組んでいきたいと思います。

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2011年8月20日 (土曜日)

スキルは生活に反映される

少なくとも東大に入学するまでは、私は明らかな理系得意な人間でした。

数学は、解けない問題などなく、東大や京大入試問題レベルであれば、完答できるか部分点をとりこぼすかという話で、あまり勉強していない理科系の科目でも、なんとなく解けてしまう反面で、論述問題はからっきしでした。

その後、司法試験に合格し、弁護士を6年以上勤め、上記傾向は完全に逆転しました。

すなわち、論述は、断片的でも基礎知識があればそれを敷衍してそれなりの文章に仕上げることができる反面で、計算問題がからっきしになったのです。

その原因はもちろん日ごろの生活内容です。

一生懸命考えて文章を作成するトレーニングばかりやっていると、当然その能力が身につきますし、日常生活に必要な行為以外での数字の取り扱いをしないと、当然数的感覚は衰えます。

これを素直に捕らえれば、人に得手不得手はあってもそれは絶対的なものではなく、日ごろのトレーニング次第でなんとでもなるということです。

自分は向いていないから、などと後ろ向きに考えるのではなく、とりあえずやってみる、自分はがんばれば何でもできると自分に言い聞かせてみる、そういった前向きな取り組みがとても大切だと改めて実感しています。

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2011年8月19日 (金曜日)

モグラ生活

今週ようやく3日間の夏季休暇をいただきました。

といっても、国家試験受験が近いので、普段よりも早く起きて、朝から夕方までネットカフェにこもって勉強しています。

ネットカフェにこれだけ長い時間いると、いろいろわかります。

朝8時ころになると、お店のあちこちで目覚まし時計が鳴ります。

ネットカフェで仮眠をとってまたすぐに仕事に出かける人が多いのでしょう。

よく響く音ですが、1回限定の音ですし、当事者は必死なのでしょうから、これをとがめるのは、はばかられます。

このモーニングコールが過ぎると、お店は結構がらがらに。

深夜の割安料金で獲得したお客が帰る時間帯ですが、ここにもう1つモーニング料金を設定すると、もっと集客力はあがりそうです。

依然として多いのは、座席で平然と携帯電話で会話する人。

お客同士での指摘は難しいのはわかりきっていることですから、この点はもっと店員がしっかり指導しなければならないと思います。

最近のネットカフェは、個室もシースルーになっています。

個室でいろいろよからぬことをするお客が後を絶たないことが原因でしょうが、実際には、個室入口に毛布をかぶせて、外から見えないようにしている人が圧倒的に多く、これに対してお店は何も指導しません。

個室を閉鎖空間にしてしまうと、ネット犯罪や公然わいせつ行為の増加が予測される反面、シースルーにしてしまうと、お客同士のトラブルや、置き引きが増加する可能性があり、はっきりとした態度がとれないでしょう。

今後、ネットカフェが開放的になるか、閉鎖的になるかは、どちらの問題がより深刻になるかにかかっているように思います。

1日中ネットカフェで勉強するモグラ生活をしていると、帰宅時の夕陽が厳しく、少し歩いただけで汗ぐっしょりになってしまいました。

たまにはこういう生活も刺激的ではありますが、できればそう長くはしたくない生活でもあります。

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2009年11月 4日 (水曜日)

精神の疲弊を避けるために

精神疾患対策の講義を聴いてきました。

一言でまとめれば「ためすぎないこと」

そのための方法論は

よく寝る(休む)

情報をシャットアウトする

なんとかなるさと開き直る

というのが基本です。

メール・インターネットが欠かせない世の中ですが、寝る前2時間はネットの利用をやめ、情報を制限し、脳を休めさせる。

そしてゆっくり風呂に入って体も休ませていくとよいようです。

「忙しいのだからそんなのできない」と思いがちですが、頑張ればできなことではありません。

精神的に追いつめられる前に、精神を追いつめないために、少し頑張ってみてもいいなと思いました。

次に大事なことが楽観思想。

受験戦争をはじめ、将来への不安から今を精一杯生きる、蟻とキリギリスの蟻のような生活が美徳とされています。

最初からいいかげんな考えでは成長がありませんので、これを基礎とすることは悪くないですが、これが行きすぎて「絶対に結果を出さなければならない」となると、精神の逃げ場がなくなってしまいます。

そこそこに努力はしなければなりませんが、努力していればいつか結果がついてくるだろうと、気楽に考えることが、精神を守るためにも、成功するためにもよいのではないかと思います。

いずれも、私のライフスタイルからは努力の必要なことですが、心を守る大切な活動ですので、ぜひ頑張ってみようと思います。

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2008年12月25日 (木曜日)

内田貴先生のご講義

今日は大阪弁護士会で内田貴先生の講義があると聞いて、年末の忙しい仕事そっちのけで飛んでいきました。

東大の教授を退官し、法務省で頑張っておられる内田先生ですが、相変わらず講義のキレの鋭いこと。鋭いこと。

東大で講義を聴いていたときも思いましたが、内田先生の講義は「隙がない」というか、一言一言が丁寧につながり、各論を淡々と述べているようで、その背後にある壮大な民法観が見え隠れします。

「隙がない」のは言い換えれば「よくわからん」という部分がないということ。

素人にわかりやすい講義をしながら、それでいて、普通の講義や教科書では体得できない民法学の根幹を教えていただけます。

そのようなとてつもない講義ができるのは、内田先生が、学者でありながら、実務にも外国法にも関連諸法にも造詣が深く、様々な分野で想像を絶する努力をされ、国内トップクラスの力を有しながら、それを民法という最も大事な私法の解釈の昇華しているからなのでしょう。

1つの分野でも究めることが困難な我々凡才としてはうらやましい限りですが、ただうらやましがるだけでなく、何でもいいので、興味のある分野を1つ極めてみることから始めてみよう、改めてそう感じました。

今年の公式な仕事は明日で終わりですが、来年はますます飛躍の年にすべく、今日久しぶりに内田先生のお話を聞けたことはよい経験となりました。

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2008年5月12日 (月曜日)

憲法改正論議

今日はとある憲法改正ミーティングに参加してきました。

憲法改正については様々な奥の深い難しい問題を抱えていますが、私の着目する点は、

①文言を変えて、具体的な解釈がかわるのか

②変わった解釈は果たして妥当なものか

の2点に集約されます。

基本的人権の調整について改正に必要性が叫ばれていますが、文言を変えたことで、具体的に解釈がかわるかというと疑問を持たざるをえません。

解釈が変わらないのなら、憲法改正はもちろん、改正論議をすることもあまり意味のないことになります。

また、現在の憲法は古い、という意見はもっともなのですが、新しく新設する憲法は長年にわたって指示されるものかどうかも大事な問題です。

天皇制は古いとしてこれを廃してしまえば、もう復活させることは事実上不可能になりますし、9条改正問題も、現行の9条が古いのはともかく、新しい9条として候補にあげられる条文が果たして数十年にわたって国民に支持されるものかどうかと問われれば疑問を払拭しきれないでしょう。

意見が分かれているうちは、まだまだそれは国民の大勢の支持を得るものではないということ。

憲法改正が実現するにはまだまだ議論をつめて、反対意見の消去につとめていかねばならないのだということを実感しました。

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2008年4月17日 (木曜日)

イラク自衛隊派遣違憲判決

イラクへの自衛隊の派遣が違憲だが、派遣の差し止め自体は認めないという判断が名古屋高裁でなされました。

自衛隊が武力行使したり、戦争に参加したわけではないですが、

①イラクが戦闘地域に該当し、

②戦闘地域への給油活動等は戦闘行為との結びつきが大きい

という2大柱を根拠に自衛隊は戦闘に参加しているとして違憲の判断に至ったようです。

これが最高裁が判断すれば果たして同じ判断になるかは微妙ですが、画期的な判断であることには違い有りません。

妙なのは、その後です。

申立人は、裁判には負けましたが、主たる目的たる違憲判断をもらって政治に一石を投じることができ、下手に上告して最高裁で判断が覆る不利益を考えて、これ以上の不服申し立てはしないもよう。

逆に、国は裁判には勝ちましたが、やっていることは憲法違反だとのレッテルを貼られ、裁判に勝っているため不服申し立てができず、違憲判断を無視した活動を続けることになります。

何をもって勝ち負けがきまるかは主観的な要素が強いものですが、いろいろと複雑な問題をかかえる話です。

勝訴判決をとれば事件が解決するわけではない事件はいくらでもあります。

目先の勝ち負けではなく、真の事件解決は何かを常に考えながら仕事に臨まなければならないと改めて感じます。

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2007年3月 9日 (金曜日)

被告人の規範意識の欠如と刑事弁護人の活動

最近、国選・私選を問わず、また、地裁・高裁・簡裁を問わず、刑事事件を受任することが多く、仕事の割合として大きくなっています。

刑事裁判を結果から見れば、執行猶予がつくかどうかが大きなポイントとなるでしょう。

その点では、既に再度の執行猶予2回、罰金10万円にも執行猶予を付した判決を1回もらうなど、私の担当した事件の結果は悪くないものといえそうです。

ただ、刑事弁護人の仕事の目的は軽い刑を勝ち取ることに主眼があるわけではありません。

執行猶予がつくかどうかは、弁護人の力量にかかわらず、初犯で被害弁償がされている、あるいは被害軽微であれば、執行猶予がつきますが、累犯前科が存するような場合は弁護人がどうやっても執行猶予を勝ち取るのは困難だと思います。

よく高裁の国選事件の判決を読むと、被告人の前科の存在から規範意識の欠如を指摘され、それのみをほぼ唯一絶対の情状として、実刑判決をなしたものが見られます。

弁護士といえど、人の前科を消去することはできず、このような判決に対しては、ほとんど何も有効な弁護活動はできません。

事件によってはいかに優秀な弁護士が最善の活動をしても、どうにもならない事件は多々あります。

どうにもならないから何もやらない、そういう弁護士もいるようですが、それは適切な弁護ではないと思います。

弁護人の活動は被告人に有利な判決をとるばかりではなく、被告人の更正のための手助けの方に重点が置かれるべきです。

その一環として、不適切な書証の排除や、無罪・執行猶予の主張がありますが、その真の目的は刑を軽くすることではなく、被告人の更正のためであることを念頭に置くべきです。

そう考えると、規範意識の欠如を唯一の情状とした事件においては、刑事弁護人の活動は控訴趣意書の作成よりも、被告人への説教や被害回復、更正環境の確保(出所後の就職先の確保、親族との連携など)にあると思います。

国選弁護の報酬は結論によって影響を受けない決まりになっており、一部の弁護士からは不満の声も出ていますが、以上のように考えると至極当然の気がします。

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