2009年11月10日 (火曜日)

市橋容疑者逮捕

他に書こうと思っていたネタもありましたが、帰ってみるとビッグニュースが流れていましたので急遽話題を変更します。

市橋容疑者の逮捕。

個人的には驚きは感じません。

結構てがかりはあったので、警察としても捜査依頼の対象が絞れて情報が入ってきやすいでしょう。

市橋容疑者の立場に立てばネットや週刊誌で流れている情報を避けて通れば準完全犯罪っぽいことはできそうですが、指名手配犯が、協力者なしに情報収集できないのが現代社会の良いところでもあります。

市橋容疑者がわざわざ話題にあがった直後に福岡まで行ってネットカフェで情報収集したのは、大阪に拠点を置いているというのは、後で考えればすぐわかることです。

仮に、整形と情報収集を生活拠点以外の場所で行っていたとしても、冒用した名義の人物の所在地から大阪が突き止められるのも時間の問題だったでしょう。

弁護士の立場で無罪主張案件を見れば、被告人が無罪を主張していても、肝心なところを検察官に見破られ、攻めきれない(守りきれない)事件がほとんどです。

そういう意味で、日本社会は、詭弁被告人を許さない社会だといえます。

しかし、詭弁ではなく本当に最初から完全犯罪をすべく周到な用意をしていた犯罪者がいたとしたら、大阪に潜伏しているにもかかわらず、手がかりは札幌や沖縄や東京でみつかったら、今の体制では対応しきれないかもしれません。

最初から完全犯罪をする意思での犯罪者が少ないというのは日本のよいところだと素直に思いますし、ありがたく感じるべき点だと思います。

衝動的な完全犯罪者をいかに包囲すべきか。

それも、諸外国に比べそこそこにしっかりしているのが日本だと思います。

何はともあれ、国民の気にするタネは1つ解消された可能性が高いです。

今後、同様の事件が発生しないよう、今回の事件の真相ははっきりさせてほしいですし、真犯人が逮捕される確率を維持・向上させる努力が維持されてほしいと思います。

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2009年9月22日 (火曜日)

高速道路料金無料化は必要か

高速道路を無料とすべきではないかという議論があります。

高速道路が安くなれば、利用者が増え、消費が増える、というのは確かにそうでしょう。

しかし、この方策には2つクリアしなければならない問題があります。

まず、すでに始まったUターンラッシュに見られるように、皆が高速道路を使うと車は動かず、結果として下道を走ったほうが早い可能性もでてきます。

車が動かないと物流業界は悲鳴をあげ、結果として消費に悪影響を及ぼします。

もう1つは、電車で旅行に行く人にマイカー旅行を促進させると、CO2排出がどんどん」増えることです。

今後余計な道路建築を見直していくべきこと、消費へのインセンティブを与えることは非常に大事ですが、これを高速道路の料金引き下げで対応していくには対処しなければならない課題が多々あるといえます。

国民を、車ではなく電車で出かけるようインセンティブは与えられていくべきですし、消費への刺激はもはや消費税減税でしか効果が望めないのではないかと思います。

シルバーウィークの高速道路の混雑とCO2の25%削減目標は、奇遇にも、高速道路の料金問題に大きな問題を投げかけています。

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2009年6月 9日 (火曜日)

誰のおかげの生活?

人種・性別・老い・・・差別的発言をする人の話のタネは尽きません。

良識ある人間であれば、そのような発言の醜さは自然と理解し、自粛するものですが、それができない人もいます。

そういう人の頭の中には「自分の方が優れており、存在価値が高い」という自惚れがあるのではないかと思います。

これは、差別的な意見を対外的には出さない人も陥りがちな考えですが、少し冷静に考えなおす必要があります。

我々が今、着ている服が誰が編んでいるのか

我々がおいしく食べている食事の食材は誰が作っているのか

それは、ボケたおじいちゃんであったり、教養の足りないギャルであったり、障害をかかえた人であったり、後進国のおっちゃんであったりするはずです。

普段恵まれた生活を送ることができるのは、決して自分やその周囲の人間の力だけによるものではなく、自分の住む世界とは全然違うところにいる人たちによることも多いです。

そのことを理解せずに、他人を見下し、攻撃する人は自分の今の生活を支えているのは誰か、冷静に考えなおすべきでしょう。

人種差別を撤廃し、世界平和につなげるカギは、個人が、自分が見下している人間の存在価値を再確認することだと思います。

これは決して、他人によって教育されることではなく、自分で気づくべきこと。

そのきっかけを与えるような仕事ができれば素晴らしいなと思います。

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2009年6月 3日 (水曜日)

トップページで紹介されるニュース

ネットのページには、トップページで最新ニュースを報道しているものもたくさんあります。

ところが、こういったページではとかく猥褻犯罪のニュースがトップページで紹介されることが多いでしうが、これはまずいでしょう。

猥褻犯罪の被害者は周りが思うよりもはるかに傷ついています。

場合によっては、人間不信に陥り、ネットにすがるしかない被害者もいるかもしれません。

そうしてたどり着いたネットで、自分のことが公表され、セカンドレイプをされるのでは、被害者にとって生きる場すら奪われる結果になりかねません。

ネットのトップページに公表されるニュースは、大抵は直近の一定期間のアクセス数の上位いくつかを機械的にピックアップしたのでしょうが、猥褻犯や芸能人のスキャンダルを面白おかしく批判的に論じるニュースなどは、広く公開することは適しませんので、トップページには掲載されないよう配慮すべきです。

小学生も携帯電話で、授業中にヤフーやグーグルを閲覧しているこの時代、子どもへの影響も甚大です。

人の注目を集めるサイトを表に出すのは常套手段ですが、こういった報道の扱いについては、各サイトが気をつけて管理しなければならないと思います。

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2009年4月16日 (木曜日)

痴漢捜査の在り方

先日の最高裁判決を受けて、痴漢事件の捜査手法が変わるかもしれません。

痴漢は密行性の高い犯罪なので、客観的な証拠はなかなかみつかりません。

しかし、だからといって、安易に被害者供述だけで事実認定しようとせず、まずは客観証拠をしっかり探す契機になればよいと思います。

しかし、最終的には被害者供述が信用できるかどうかが最大のポイントとなります。

要証事実は2つ。痴漢被害の存在と、犯人の特定です。

被害者供述の信用性の判断にあたっては、すべて信用できるか、すべて信用できないか、のいずれかに判断するのが通常で、部分的に信用できると判断することはほとんどしませんが、この2つの要証事実の立証にあたっては、証明の程度を異にしてもよいのだと思います。

すなわち、被害の存在を信用できない、とは、要は勘違いかでっちあげということですが、触られた事実を勘違いすることはあまり考えにくく、御堂筋線の事件のようなでっちあげは現状ではイレギュラーな事件で、普通はでっちあげは考えにくいため、被害の存在は比較的容易に認定してかまわないと思います。

他方で、犯人の特定については、厳格に判断する必要があります。

ほとんどのケースで、被害者は犯人やその手を直接見ておらず、位置関係から推測で犯人を特定しますので、勘違いや、誤解の可能性が各段に高まるからです。

証拠収集の徹底と、犯人特定にあたっての厳密な調査が今後ますます大事になっていくと思われます。

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2009年4月15日 (水曜日)

仕事があることを喜ぼう

GW大型連休

と聞けばうらやましいものですが、今年はそうはいかない人も多いようです。

仕事がないから大型連休という悲しい連休の人がすくなくないようです。

仕事をしなければ連休を楽しむこともできませんし、自分を磨くこともできません。

こういう現状を知ると、忙しい日常の中に仕事がある喜びを感じることができます。

仕事をとれるということは人のできないことをするということだと思います。

仕事の質においてその人しかできないことをする場合はもちろんのこと、人より早くする、人より安くする、人より正確にする・・いろいろアプローチはあると思います。

私の場合、とりたてた才能や能力はないので、事件処理のスピードと安さで他の弁護士と勝負している感じです。

仕事をもらえる人は、人より何らかの点で優れており、とった仕事でさらに成長できるという格差拡大の構造があります。

休みたい欲求は常にありますが、それは望めばすぐに手に入ります。

仕事をこれ以上したくない欲求も常にあり、これも望めばすぐに手に入ります。

代償に、成長の機会と収入と、下手をすれば将来を失います。

仕事が忙しくても、それは恵まれている証拠。

そう前向きにとらえて頑張っていきたいと思いますし、忙しい人にはそのような思考で頑張ってほしいと思います。

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2009年3月28日 (土曜日)

高速料金が1000円に

高速道路の料金がどこまで乗っても1000円になりました。

初日の今日は大きな混乱はみられなかったようですが、GWには大変なことになるでしょう。

国が高速料金を1000円でいいという。

それは、高速をもっと使ってほしいというメッセージがありますが、快適な利用を保証するものではありません。

快適な利用は利用者同士のマナーにより守られるものです。

公共の場所に遊びに出かけた際、施設管理者はゴミは後で業者が処理するから置いて帰ってよいといっても、本当にゴミを残していくと、他のお客は不快な思いをします。

誰かがいいといったから、好きなようにやるというのではなく、今回のように、多くの人の利用が見込まれるときこそ、ゴミ処理や、トイレの利用のマナーを意識し、他人に思いやりをもった行動が大切です。

私は、人が自由に自分らしく振る舞えることが大事だと考えていますので、個対個の関係では、遅刻やわがまま、マナー違反について、特に何も言わないことが多いですが、それが自分をこえて、他人に迷惑をかける場合には、厳しく指摘することがあります。

高速が安くなった。もうけもうけ、ではなく、

ただでさえ人が多くなって大変なのに、他人に気を遣ったら損、損、でもなく、

こういう時こそ、あえて電車を利用したり、迅速に動いて駐車時間を減らすなど、周囲に配慮した行動が大事ですし、少しでもそのことに気づく人が増えていくことを期待します。

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2009年3月13日 (金曜日)

国を動かすチカラ

フィリピン人家族の特別在留が認められなかった件は非常にかわいそうですが、現在の法制度と運用状況では、やむをえない面もあります。

国の機関として判断する側においても、個人の心情的な理由で、特定案件のみを特別扱いするわけにはいかないからです。

このことは、法律や裁判例にかたくなに則り、融通の利かない裁判所を相手にしている私たちにはよくわかります。

具体的な妥当性を欠くとして、法制度やその運用状況に反した結論を求めるためには、国のトップを動かさなければどうしようもありません。

その点で、ハンセン病患者が当時の小泉首相を、C型肝炎患者が当時の福田首相を動かしたことは素晴らしいことでしたし、人間の力を集めた場合、とても大きな影響力を持ちうることを証明しました。

今回の件は、残念ながら、国を動かすまでには至りませんでしたが、今後に向けて大きな問題提起はなされたと思います。

今後、同様の悲しみをかかえる家族が現れないためにも、今回の件は、引き続き、国の問題を投げかけつづけ、具体的妥当性を確保した運用ができるよう検討が続けられてほしいと思います。

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2009年3月 1日 (日曜日)

不景気と言われるけれど・・

未曾有の景気低迷といった言葉をよく耳にします。

企業の業績が厳しく、社員を減らしていかねばならない会社が多いのは事実でしょう。

しかし、雇用に限定すれば、他国に比べればまだまだ恵まれた状況にあると思います。

働こうと思えばいくらでも働ける、これだけでも非常に恵まれた状況であると認識すべきです。

仕事がない・・と嘆く人たちは、嘆く前に、本当に職を探したか一度考え直してみた方がいいのではないでしょうか?

生活や家族を守っていくためには、職種を選ぶのは後回しだと思います。

仕事自体はあるのですから、待遇等に不満を持つよりも、まずは仕事を再開して、生活を整える、自分のやりたい仕事に就くのはその後の話だという発想ができないものかと思います。

また、伸びている業種は伸びているので、そういった業種を探すのも一つの方法でしょう。

私も、もし、この仕事で食べていけなくなったら、警備員でも介護でも清掃でも、何らかの仕事で生計を立てていくつもりでいます。

仕事がない人は、本当に辛い状況にあるとは思いますが、社会全体がこんな状況である以上、そう簡単に劇的に境遇が変化することはあまり望めません。

まずは、何か仕事につく。

その後に、自分のやりたいことを探す。

段階的に少しずつステップアップしていかねければ仕方がないでしょう。

厳しい社会では、誰もが思うようにいかない辛いを思いをしています。

そんな社会だからこそ、自分にできることで少しずつでも他人に貢献し、社会を豊かにしていくべきですし、そのような社会になればと思います。

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2008年11月30日 (日曜日)

インド

今月頭に、インドへ行ってきた私にとって、ここ数日のインドの報道は非常にショッキングなものです。

9月にテロがあり、インド行きをどうするか考えましたが、必要以外はホテルから出ないということを厳格に守ることにより、なんとかなるであろうと考え、渡航を決意し、無事に帰ってきました。

しかし、ホテルにいても危険であるというなら、もはや、インドで安心して腰を落ち着けられる場所はないように思います。

アメリカがテロに狙われるのとは別の問題で、インドという国自体が、やはり大きな問題を内包していると言わざるをえません。

新興国として国際的地位をあげてきたインドや中国には、その躍進の背景に、貧富の差の拡大と、それに伴う社会問題の発生があることは決して忘れることができません。

中東の産油国も、もっといえば、欧州の富裕な国やアメリカですら、貧富の差が時にとんでもない社会問題を惹起します。

そう考えると、日本は、そういった傾向は世界的に見てもあまり見られないほうで、良い国であることを実感します。

自由主義である以上、努力した者が富を独占することは当然であり、なければならないモチベーションですが、その裏で競争に敗れた人たちを単に敗者と見下すだけではなく、社会全体で、そういった人たちの最低限度の生活を保障していく制度がこれからますます大事になっていくでしょう。

インド社会にもそういった考え方が広まっていくことを期待します。

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2008年10月13日 (月曜日)

一瞬のキモチ

インドでは夫の火葬の際、そこに飛び込んで一緒に亡くなることを美徳とする習慣があるようで、法律で禁止された今もなおその慣例に従う女性がいるようです。

確かに愛する夫が亡くなることは非常に悲しいことですし、一緒についていきたい、という気持ちはわからないではありません。

しかし、その気持ちは、葬式の際はそうであっても、時の経過につれてどんどん平穏になる場合が多いものであると思います。

その反面において、まだまだある人生の大事さや、親族を始めとする周囲の人の気持ちを考えれば、そんなことをしては、ますます悲しみが広がることを理解したうえでの行動も大事です。

人の幸せはその場その場の一瞬の気持ちが充足されるかどうか、という点が大事ですが、それはあくまで「一瞬のキモチ」であって、少し冷静になれば変わる可能性の高いものです。

そんな一瞬の衝動で生命を投げ出してしまうことは亡くなった配偶者も親族も望んでいないことだと思います。

そうした一瞬の衝動をおさえられないのは、キレるこどもを含めた最近の若者たちの言動に表れてきています。

一瞬不愉快に感じても、それは相手が変な人間だから仕方ない、そう内心で思えばすむことだと思いますし、悲しい気持ちも、人生をあくるうえでは、たくさん必然的に悲しいことは訪れると考えれば、一番のピークの時期は乗り切れます。

現代人たるものそれを乗り越えていかねばなりませんし、そうした一瞬の衝動をおさえられないのは、キレる子供と大差ない気がします。

人間関係のうえでは思うようにいかなかったり、自分の考えを理解してもらえなかったりした際に、衝動的に不愉快になることはありますが、それを全て他人へ転嫁しては社会生活が成り立たないように、衝動的な気持ちをおさえることが子供よりも大人に求められていると思います。

そうした考え方をもっと普及させる機会が大事だと思いますし、一人一人が衝動をおさえることの大事さを自覚することはもっと大事です。

ところが、現在、そういった活動をする団体はあまり目にしません。

まだまだ平穏な日本社会であることは安心しますが、今後、こういった考えと活動が重要になってくると思います。

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2008年10月12日 (日曜日)

当事者の立場

三浦さんの自殺はしばらく波紋をよびそうです。

死をもってクロであることを証明したという人もいるようですが、事件としては「真偽不明」でこれで終結します。

しかし、シロクロを問わず、三浦さんの状況には「かわいそう」と思います。

日本で長い年月をかけて無罪が確定しているのですから、よほどとんでもない新証拠が出てこなければ裁判には問えず、身柄拘束はできないという大前提が簡単に崩されては刑事司法への信頼はどんどん失われていきます。

この件はそもそも裁判に問えるかどうかの法律上の問題が争点で、三浦さん本人の関与する余地はあまりない事件です。

それを、サイパンでたまたま身柄を拘束できたことを千載一遇のチャンスとして、無理に手続をすすめたことがひずみを生じた原因だと思います。

このようなかたちで、人生の幕を閉じることになったのは、三浦さんがシロでもクロでも悲しいことです。

民事訴訟でも刑事訴訟でも、法律上の争点を論じる際、肝心の当事者が議論の外で放置され、負担を被り続けている、刑事事件の被害者には何らの関与も与えられない、というのは大いに問題があります。

事実認定レベルでは、当事者を交えた裁判手続を行いますが、法律判断においては、当事者は事件に対する「気持ち」しか伝えられません。

それはそれで、決して無意味なものではなく、肝炎訴訟のように事件解決に多大な影響を及ぼしうるものですが、事件をできる限り当事者に負担のないように解決するには、法律判断をいかに迅速に行うかが大事です。

そうするためには、法曹が法律判断から逃げずに真っ向から向かい合う姿勢が必要だと思います。

最高裁判例があれば、それに従いむやみに争わない、最高裁判例がなければ、今後同様の事件が生じうるのであれば、積極的に最高裁に判断してもらう(もちろん勝算や要する時間と負担を考慮したうえでの話ですが)姿勢が大事だと思います。

法律判断の勉強をしてきながら、実務についたらすっかり事実認定や地裁レベルの事件ばかりにとじこもりになりがちです。

もっと法曹が積極的に難解な法律判断を要する事件にとりくみ、事件処理を先導し、当事者が少しでも満足する解決をはかっていくべきだと感じます。

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2008年10月 1日 (水曜日)

五感を絶って集中

今朝未明に起きた、難波の雑居ビル放火事件。

ひどい話です。

お客の中には、ビデオ鑑賞目的ではなく、やむにやまれぬ事情で仕方なくそこにいた人もいるでしょう。

まさかそんなところで命を落とすことになるとは夢にも思わないまま、いきなり呼吸が苦しくなり、亡くなってしまうというのはこのうえなく悲しいことです。

しかも、放火犯は、人生投げやりになって自分は死にきれず、何の落ち度もない人を多数、死に至らしめるとんでもない人間でした。

このような被告人の弁護人は絶対にやりたくないですし、裁判ではしっかりと自分のしたことの重大性を理解させてほしいと思います。

ところで、これだけ多数の犠牲者が出たのは、現代型社会の構造にも依るところがあります。

個室で視覚・聴覚も機械に集中し、外界と完全に隔離される空間は現代人にとって非常に大事な場所であり、これを格安価格で提供してくれるとなれば、通い詰める人が出るのは当然のことです。

周囲との関係がうざったく億劫になればなるほど、このような空間に深くのめりこみ、外界との接点を閉ざしてしまいます。

結果、早期に外の様子に気づけばなんでもなく回避できた結果から逃れられず、手遅れになってしまいました。

一人になる時間と空間は大事ですが、その空間の前にはどのような魑魅魍魎が跋扈しているかわからないのも現代社会の特徴です。

真に安心できる空間は、一人で閉じこもる空間ではなく、心を通わせることのできる仲間で囲まれた空間であると思います。

そう考えると、普段億劫な人間関係が実はとても貴重なものであることに気づき、日々頑張るモチベーションになります。

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2008年8月27日 (水曜日)

なぜ人は人を殺そうとするのか

今日は私の31回目の誕生日です。

しかし、社会には不穏なニュースばかり流れており、あまり幸せな気分にはなれない誕生日でした。

黒人大統領候補の暗殺計画

アフガンで邦人拉致・殺害

いずれもあまりにも簡単に人が人を殺そうとした事件で、とても悲しい気分になります。

標的に個人的な恨みがあるわけではなく、ただ自分の主張を社会に通用させるためだけに、人の命を奪おうとした事件であることに、さらに悲しくなります。

人は皆平等であることは、脳の片隅には残っていても、実際の言動を決定する際には、皆、自分を優越的な地位において考えます。

これは人の生理ですので、仕方のないことでしょう。

問題は、自分をかわいがるあまり、やってもいい点とそうでない点の線引きを誤ることです。

平和ボケ・ゆとり社会など、様々な問題を抱える日本において、諸外国の問題点を適切に把握し、これを教育していく体制づくりが大事なのだと思います。

JC活動でも様々なかたちで、人の様々な側面を教育していますが、殺人という人間が行う最大の犯罪について、もっと深く教育し、小学生でも自分の意見をきちんと交わせるようにならないと、日本でも早晩このような事態になってしまうと感じています。

世界が平和であるために、今の社会の問題点・反省点を世界中の人が共有し、前向きに明るい未来の構築に尽力できる社会の構築に何らかの貢献のできる1年になればと思います。

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2008年7月31日 (木曜日)

気持ちを表せない?

オリンピックまであと1週間ほど。

日本選手団が、四川復興や試合後に謝謝という横断幕などを掲げるという試みを検討していることには、非常にオリンピックの目的に則ったすがすがしいものを感じましたが、それを中国が拒絶したことには、組織活動の硬直性も感じます。

オリンピックは純粋な競技の場であり、思想信条広告などの発表の場ではないことはいうまでもありません。

しかし、大会運営に支障のない範囲で、短時間の間、ちょっとした気持ちを表すこともできないのは非常に残念です。

これが原因で、また中国国内における日本人の評判が下がらなければと思います。

ただ、日本人は中国に対して何ら偏見をもっておらず、同じ人類として対等な存在であり、お互いに支え合う意思を有していることはかわりません。

これが、年の経過とともに、少しずつでも、中国の人たちに伝わっていけばいいと思います。

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2008年7月10日 (木曜日)

清職?

大分県佐伯市の報道を見ると、教師が聖職と呼ばれた時代がなつかしく感じられます。

子供に正しいことを教えるべき大人が、自分の利益のために悪事を繰り返していたなど、天地がひっくりかえる一大事です。

中途半端な妥協ではなく、今後の社会のために、徹底的に真実を明らかにしてほしいものです。

さて、弁護士業も同じで、正義を貫くべき仕事でありながら、最近、依頼者のお金を横領したとか、無罪を勝ち取るために偽証教唆したとかいう事件が時々報道されます。

これから弁護士増で経営が厳しくなると、スポンサーたる依頼者の良いなりで、架空請求、執行妨害その他知能犯案件が増えてくるのではないかと危惧しています。

私は弁護士をやっていますが、この世に絶対的に正しいことも絶対に悪いことも存在しないと思っていますし、JC活動などで機会があればそのことを深く考えてもらえるような活動をしたいと考えています。

絶対的なものさしがない中で、「だったら何してもいいじゃん」という方向に流れるのは良くない傾向で、絶対的なものさしがないからこそ、何をするにも慎重に物事を考え、子供や外人や、先輩などにも胸を張って「なぜ自分はこうするのか」「なぜ自分はこう判断したのか」を説明できる言動を心がけていかねばならないと思います。

その中で批判され、壁に何度も激突して、人は大きくなるものでしょう。

よりどころがないからこそ、必死にもがいてよりどころの代用品を探す、そういう姿勢を忘れてはならないと、様々な事件から気づかされます。

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2008年7月 9日 (水曜日)

止まらないネット予告

秋葉原事件の記憶新しいこのごろ、インターネット上の犯罪予告が止まらない問題が浮上しています。

犯罪予告により、怖がる人がいることがわからないこともそうですが、犯罪予告により逮捕された人がいるにもかかわらずこのような「犯罪行為」を続ける人の考えは全く理解できません。

IPアドレスから書き込み者がバレるとは微塵も考えていないのでしょうか、バレたあと、バレるのならやらなかったという言い訳は通用すると考えているのか、疑問で仕方ありません。

精神的に未熟な子の浅知恵といえど、現実に社会に大きな結果を生じさせている以上、逮捕や有罪を免れる弁護方法は存在しません。

ネット予告をする者は、それにおびえる人を見て優越感にひたっているのかもしれませんが、秋葉原事件以降、厳重に監視されていることは重々認識すべきです。

まずは、ネットでの犯行が不特定多数の人間を傷つけ、その生活に影響を及ぼすことを大事に考え、自分の思い通りにならない生活にも理解を持つことが大事です。

以上のような謙虚な考えこそ、現代人に欠けているものであることを象徴する事件です。

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2008年7月 8日 (火曜日)

CO2削減はどうすればできるか

サミットで世界レベルでのCO2削減が討論されています。

我々が生きている間は、少し紫外線がきつくなる程度で、生活には影響しないでしょうが、将来のために、CO2削減は必須の課題です。

子供のとき、ドラえもんのドライライトを読んで、当時CO2問題がまだ顕在化していなかった段階でも、子供ながらに「これが本当にあれば世界が豊かになる」と考えたものでした。

そして、理学部に骨を埋めることになった場合、クリーンエネルギーの研究にいそしもうと、早い段階から、様々な会合に出ていましたが、今、まさにそのクリーンエネルギーが求められています。

太陽光発電が主流になれば、あるいは、原子力とあわせてシェアがあがれば、CO2削減目標は決して絵物語ではありません。

今の課題は、いかに安全な原子力発電を研究することと、いかに割高なクリーンエネルギーを、世間に広める効果的な政策をうちだせるかです。

最先端の研究現場と、政治こそがCO2削減を実現する舵取り役であるのですが、残念ながら、国民の注目は研究現場に向かず結果としての製品にばかり向き、政治は年金など、他の大きな問題ばかりに注目が集中している状況です。

それだけ、この豊かな社会の中で今の自分の暮らしに必死で余裕のない社会であることが現れていますが、かといって、CO2問題を見て見ぬふりをするわけにはいきません。

CO2削減にむけてもっとメディアや環境団体が積極的な意見を出していくべきでしょうし、我々もそれを積極的に受け入れていく姿勢が大事なのだと思います。

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2008年7月 6日 (日曜日)

昼食はどこへ?

コンビニ弁当市場が落ち込んでいるようです。

個人的な意見を述べさせていただければ、確かに値段はリーズナブルですが、バリエーションに限界があり、個人の嗜好などをふまえれば一人が食べたいと思う弁当はせいぜい2,3種類です。

そんな限られた種類を繰り返し食べていればコンビニ弁当に依拠していた人でも飽きてしまいます。

弁当は何もコンビニだけでなく、よそで、いくらでもおいしいまたは、安いまたは、作りたての弁当を調達できるとなれば、そちらに流れるのは必然です。

薄利多売をモットーとしても、売れ残りの損失を全てかぶるのではなかなか思い切った仕事はできません。

そういうことを考えると、お弁当市場はなかなか収益確保が難しいのかと思います。

誰もがほしがるものは、その第一進出者は儲かるけれども、後進がどんどん出てくると、あまりありがたくない商売になってしまいます。

そう考えると、どの職業でも、選択肢は限られていて

普通の人が参入できない特殊な分野を開発する

普通の人が参入可能な分野の開拓渡り歩きをする

普通の人ができる仕事を、原価償却ギリギリのラインでのんびり商売する

の3つくらいではないでしょうか。

この中で一番おしいいのは2番、一番安定するのは1番でしょう。

どんあ商売をするにもなかなか安定というのは難しいもので、何をどう努力するか、それをどう後継者に伝えるかはどこの会社でも難しいものだと感じます。

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2008年6月24日 (火曜日)

たかが落書き?

日本の女子短大生がイタリアの大聖堂の油性ペンで落書き・・

はっきり言って言葉が出ないですね。

気分が高まってやった、と言っているようですが、やっていいことと悪いことの区別もつかないことにも閉口ですし、それを止めない周囲の人もどうかしています。

日本人は世界的に有名な落書き犯という汚名を着せられていますが、それは人目につきにくいところにボールペンなどでこっそり書くものだと思っていました。

これなら、まだ、日本人が帰ったあとこっそり掃除すればすむだけで、実質的な被害は少ないです。

ところが、大切な歴史的建造物に油性ペンで落書きって、幼稚園児のいたずらじゃあるまいし、なんでこんなことができるのか全く理解できません。

国によってはこんな行為でも体刑が科されるところがあるでしょうし、通常人の感覚でやってはいけないことはわかることですから、法律の不知は言い訳になりません。

外国では何が処罰されるかわからないのに、外国で大胆不敵になるのは、人間の理屈ではない習性なのでしょうか。

立つ鳥後を濁さずということわざは日本人に失われ、旅の恥はかき捨て、が常識になりつつあるのもゆゆしき問題です。

いろんな現代社会の問題点がつまったこの事件を、少しでも多くの人が考え、今後の行動に活かしてくれればいいなと思います。

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2008年6月15日 (日曜日)

不安を煽るネット投稿

殺人予告、さらには皇室まで巻き込んでネット上の書き込みが日本中で様々な波紋を呼んでいます。

投稿者は冗談のつもりでも、顔が見えない情報受領者は本気かもしれないと考えてしまいます。

何でも気軽に書けるネット上の場所だからこそ、冗談が蔓延し、社会に混乱が起きることは好ましくない循環です。

私も、飲み会の場で普通に話されていることを、メールで書いたらひどく怒られたことがありますが、情報発信の自由に甘える前に、情報受領者がそれをどう受け取るか考えられなければ、ネット上の自由投稿は時期尚早な感じがあります。

人の物を盗んではいけない、人に暴力をふるってはいけない、それと同じで、人が傷ついたり、不安に思うことを公にしてはならない。

そういうことを、家庭や学校でしっかりと教育していかねければならないでしょう。

ほとんどの人は、自分で勉強し、常識として身につけることですが、割合的にごくわずかな一部の人間のおかしな行動で社会に大きな損害が生じています。

誰かがやってくれる、自分で学んでくれる、ではなく、自分たちでダメなことをしっかりと教育していく姿勢が非常に大事だと思います。

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2008年6月 8日 (日曜日)

ゆがむ人格

秋葉原で連続通り魔。死傷者多数。

中国では「震災おめでとう」などとの書き込みをした女性が被災者侮辱で逮捕。

悲しいことですが、人格のゆがんだ人は、どこの社会でも、いつの時代でもいるものです。

漫画や小説、知人同士のたわいのない会話の中でこういったゆがんだ話で盛り上がることはしばしばありますが、それをそのままのテンションで不特定多数の人間が実在する場に持ち出すことは、大多数の人間は歯止めがききますが、時々歯止めのきかない人がいるようです。

大多数の人が自然の理解するものであることから、また、理解出来ない人はずっと理解できないものでしょうから、教育もこの点については道徳の時間に少し触れるにすぎません。

それに対して、ゆがんだ人格を有する人は、ネット社会で情報量が増えた影響が大きいのかもしれませんが、増加している気がします。

冒頭のような大きな事件ではなくとも、殺人や窃盗、セクハラと言った罪も、冗談と現実の境目を見誤った人がうっかり犯してしまうケースが増えたように思います。

職業上、このような犯罪者の弁護を引き受けることになった場合、「つい、うっかりやってしまった犯罪だから再犯の恐れは低い」と言わざるをえませんが、そうい言う以上は、再犯のおそれを最小化するよう弁護士においても、然るべき行動をしなければならないと思います。

ついうっかり大事件を起こしたからといって、世間はそれを簡単に許しません。

それを理解させるべく、こういった事件に接した人がしっかり相互に教育確認していくことが大事なのでしょう。

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2008年6月 5日 (木曜日)

タクシーチケットはありがたい

職場の上司にもらってうれしいもののランキングを作ると、上位にタクシーチケットがくることは確実でしょう。

場合によっては、残業手当はあきらめてるから、代わりにタクシーチケットをくれ、という人もいるかもしれません。

疲れ果てた体で、満員電車にすし詰めになる苦痛、歩いて帰る苦痛を取り除いてくれる魔法のチケットで、これが「他人の金」となるとなお一層その思いは強くなります。

タクシー運転手側もこのチケット1枚でタクシー代のとりはぐれがなく、しかも長距離利用してくれる客が多いため、一晩の売り上げをまかなってくれる魔法のチケットです。

そりゃ商品券やビールもサービスするでしょう。

このような金品をもらうことが国家公務員の倫理規定違反だとの報道がありましたが、それはタクシーチケットを持つ長距離利用者を獲得したいタクシー会社側の当然のサービスですし、賄賂やこれに準じるような性質や金額ではないことからも、あまり大きくとりあげるべきことではないことだと思います。

それより、国民の税金が、ヒラ官僚の送迎代に大量に使われていたことこそが大問題です。

歳出削減が全国的な問題となっているこの時世に、それと真っ向対立するこのような事件を目にし、なぜ何もかんじないのでしょうか?

こういった明らかにおかしいことがいくつも出ているのに、結局、政治家や官僚様だからやむをえない面がある、という結論に落ち着くのは納得がいきません。

行政訴訟でも十分に勝算のある事件はいくつもあります。

国民が少しでも政治に興味を持ち、不当な行政については、断固訴訟で弾劾する、という姿勢をはぐくまなければなかなか行政の抜本的な改革はできないのではないかと思います。

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2008年5月20日 (火曜日)

詰めが大事

中国の大地震で、100時間以上経過した後でも、がれきの中から生存者を発掘し続けている点には、科学の発展と、ノウハウの蓄積を感じます。

しかし、せっかく助け出した後の詰めが甘く、結局命を救えない結果は非常に残念な話です。

その裏には、がれきの底から発掘できた安堵があるのか、岩の下から出してしまえば、現代医療でなんとかなるという余裕があるのかわかりませんが、今後の地震対策として、岩の下から助け出した後のケアを重視すべきということは忘れてはならないと思います。

岩の下敷きになっている間も、体は衰弱し、血の通わない部分は壊れ始めます。

救い出したあと、できるだけ早く状況を把握し、出来る限り清潔な環境のもとで、最善の治療を受けられるようにすることが大事です。

そのためには、政治的にも、ボランティアや救援物資の面でも十分な協力が必要です。

神戸被災を経験している日本だからこそ、中国の現状を人事と思わず、持ちうる人的・物的資源やノウハウを提供し、さらなる経験とノウハウを得ることが大事です。

地震のような確率の低いアクシデントには真剣な準備を行わないのが人間の悪いところですが、四川にしても、ミャンマーにしても、非常に大変な問題を提供してくれています。

この問題点を、人事と思わず、将来の被災対策の拡充・確認の場として最大限に活用することが非常に大事なのだと、月並みですが、強く思います。

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2008年5月17日 (土曜日)

サラリーマン川柳

サラリーマン川柳のトップ10が発表されました。

実に現状がよくわかり、同感できる力作が揃っていると感心しました。

1位 「空気読め!!」 それより部下の 気持ち読め!!

KYが流行し、簡単に使う上司がいますが、本人は教育のつもりでも、それが全然、現場で的はずれなことはよくありますね。

こういう状況に置かれると、こんな上司のもとで働いていてよいのか大いに疑問を感じます。

2位 「今帰る」 妻から返信 「まだいいよ」

夕飯がまだできてない、お風呂沸いてない、映画見てから用意するからもう少し待て、一人の時間を満喫させろ、といったところでしょうか。

専業主婦の家計への貢献を数値化したら1000万円をこえた、というニュースもありましたが、お金を稼いでくる亭主より、家を守る主婦のほうが上なのだという社会がいつのまにか形成され、固定してきった感じです。

4位 円満は 見ざる言わざる 逆らわず

シンプルな正論。余裕のない人は、不合理な現状を甘んじ、力のある人だけが自分の主義を貫ける社会はより一層強まっていくのでしょう。

7位 国民の 年金、損なの 関係ねえ

昨年ブレイクした一発芸と、昨年大きな話題となった政治問題をくっつけた、シンプルかつ的を射た作品です。

政治に対する不満は多々ありますが、やはり年金はサラリーマンの労働の対価であるため、感心が強く、特にしっかりと制度設計し、管理していかねばならないことがはっきりします。

8位 社長より 現場を良く知る アルバイト

上に立つ者はいくら忙しくても現場を理解しなければ話にならないことを、わかっている社長とわかっていない社長とでは、その後の会社の行く末は全然違うでしょう。

9位 赤字だぞ あんたが辞めれば すぐ黒字

自分の収入のために、下を酷使する上司はいつの時代にもいるものです。

橋下知事がメスを入れようとしている大阪府情勢にも似通うところがあり、個人的には結構ヒットしました。

全体的に、家庭よりも、職場、特に、現場を知らずに私腹をこやす上司への不満が多い感じがします。

企業は現場で働く社員あってのものです。

下の者が積極的に能力を活用できるような環境を整備し、労働条件を整えることをしっかりと見直していかねばならないでしょう。

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2008年5月 9日 (金曜日)

マイナスランキングは心の中だけで

クラス内の好きな人嫌いな人をランキングし、実名公表をしたことにより、イジメが発生し、転校を余儀なくされたとして損害賠償請求訴訟が起こされたというニュースがありました。

ある程度の人数が集まると、いろんなランキングを作ってみたいと思うのはよくあることですし、ロンドンハーツの格付けし合う~が批判に晒されながら何年も続いているのはその人気の現れでしょう。

しかし、マイナスのランキングは人を傷つけるもの。

格付けしあう~の芸能人は仕事とわりきってトークを展開するため、なんとか問題にならずにすむのでしょうが、一般の人はそうではありません。

ランキングに外れた人は愉快でも、ランキングに指名された人は、それを自覚していても傷つくものですし、ランキングでさらにレッテルが貼られることとなります。

私も大学時代所属していたクラブで、1年に一回いろんなランキングを作り、冊子にしていたことがありました。

マイナスのランキングも、皆割り切って話のタネにしていましたが、やはり組織票だとか、レッテルの問題は見過ごせないとして、廃止になりました。

プラスイメージのランキングであれば問題ありませんが、マイナスイメージのランキングは、自分が楽しい以上に、人を傷つけるものなので、公の場ではすべきではないのでしょう。

テレビ番組と現実の社会の違いをしっかりと認識して、適切な対応をしなければならない大事な事項だと思います。

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2008年4月22日 (火曜日)

数千円の価値

後期高齢者医療制度の件で、年金の手取りが数千円少なくなる人が増えています。

年金制度の立て直しなどのために、数千円程度は我慢してくれ、という人もいますが、現実にこの制度にかかる人たちにとっては数千円の価値があまりに大きいことは、これが原因で自殺に至る人がいることからも明らかです。

この、数千円の価値についての認識の違いは、決して人の性格や家系などに由来するものではなく、立場の違いによるところが大きいと思います。

年金や生活保護で生活している人は日々の生活が全てであり、そのために必死で生活費をやりくりします。

それゆえ、数千円はまさに命の一部であり、これを侵されまいと必死になります。

他方で、金銭的に余裕のある人は、目先のことよりも、生活全体をいかに良いものにずるかに着目するため、数千円に意固地になるような微視的な考えを持つ人は少なく、人生全体を巨視的に考えて行動するため、数千円をいとも簡単に放棄することもあるのでしょう。

政治家や裁判官・弁護士はその職務上、求められた仕事の完遂が求められるため、全体の解決のために、個々の数千円を後退させる場合があることをよく知っています。

これに対し、公認会計士や税理士も、求められた仕事の完遂が求められるため、帳簿上の数千円のズレの原因を執拗に追求する場合があります。

数千円をどう思うかは、決して人の人間性に由来するものではなく、立場お違いから生ずるもので、違う立場におかれたら違う考えをするものだと思います。

後期高齢者医療制度の負担についての認識の違いに腹がたつ人も多いと思いますが、それは人が悪いからではなく、立場上仕方がないことだと思うとともに、だからこそ、違う立場の人の考えを理解しようとする姿勢が大事なのだと思います。

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2008年4月15日 (火曜日)

逮捕すること風のごとく

福岡の女性刺殺事件。

テレビで似顔絵が放映されたと思ったらもう逮捕されたとの報道が入っています。

先日の山梨での出会い系監禁事件といい、人相と地域が特定できれば警察の仕事は早いのだと再認識させられます。

もともと目撃者が結構いるような犯行態様でしたので、情報は断片的ながら結構集まったのかもしれませんが、それでもそこそこの情報が集まればきちんと事件を解決してくれる警察には、頼もしさを感じますし、何か事件が起きた際にも、情報を提供してみようという気運も高まるのではないかと思います。

治安維持の最大の手段は、犯罪のやり逃げを防ぐこと。

日本の警察はこの手段の実現をかなりの高い水準で維持しているからこそ、日本の治安は守られているのだと思います。

ただ、市橋容疑者のように、潜伏地域が特定できず、女装の可能性等で、人相もはっきりしないとなると身柄確保が困難であるのもまた事実。

携帯電話とATMの使用に気をつけて足がつかないような生活をすれば、都会で堂々と暮らすことも可能であり、現代社会の抱える、対処仕切れない闇であるといえそうです。

ともあれ、人と接しない生活を送るには、ロビンソンクルーソーのように、資源の豊富な無人島にでも行かない限り困難ですから、誰かは指名手配中の凶悪犯と接点があるといえるでしょう。

その誰かが、犯人に気づくか、些細でも警察に情報提供できるかが治安のいい社会を気づくための最初の方法論であると思います。

隣人への無関心がすすむ現代社会においてはこれが十分にはかれません。

見知らぬ人とも挨拶のできる社会が好ましいと述べるひとは多いですが、それが本当に実現すれば、犯罪はさらに抑止され、よりよい社会になることは必然でしょう。

一人一人が小さなことからでもこの努力を行い、少しでも社会が明るく平和になればいいなと思います。

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2008年4月 3日 (木曜日)

自分より弱者は自分の思い通りになるもの?

母親が、自分を慕う気持ちのこもった詩を書く子供を殺害した、という事件はショッキングでしたが、同じような子殺しの事件が多発していることにはもっとビックリさせられます。

ミステリー小説のように、積年の深い恨みから殺人に至る動機はまだ理解可能ですが、このように親が自分の子供を殺す理由はさっぱりわかりません。

話題をかえて、小学校から高校生、スポーツチームなどでは、内部で陰湿なイジメがなされるところがあります。

イジメの態様も様々でしょうが、最も多いのは、クラスやチームで権力のある人物がグループを組み、自分の気にくわない、あるいは、自分と意見が合わない人をターゲットにするケースだと聞きます。

その心理構造は、イジメのターゲットを自分より格下の人間と位置づけ、格下人間のくせに生意気な、という感情から、力の差を駆使して自分の内心の充実を求めているものだと考えます。

そう考えると、親による子の殺害・虐待も似たような構造で、お前を生かしてやっているのは誰だと思っているのか、なのに自分に迷惑をかけてばかり・・という心情で犯行に至ったのではないかと推察される事件は過去にも何件も報道されていました。

このような心理構造は、なんとか理解はできますが、非常に幼稚な考え方だと思います。

確かに、自分なりにこうすれば良い、このように頑張ろうと考えている中で、それを邪魔するような人の存在はうざったいです。

しかし、自分の存在、考え方、生き方が絶対的なものでない以上、ウマが合わない他人も、同等の存在であり、敵対するより、手を組んで共にいい点を参考にしながらお互いを高め合うほうが遙かに自分にとって有益で、それができない関係ならば、自分の幸せを確保するために、その人とは距離をとるべきだと考えます。

イジメや子殺しの心理構造について突飛すぎる思考かもしれませんが、こういった事件は、自分が他人を見下していないか、傲慢になっていないかを再確認するいい機会だと思います。

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2008年4月 1日 (火曜日)

ガソリンは安くなると

ガソリン価格の低下により、ここぞとばかりに車で出かける人が増えたようです。

これが日本経済の活性化につながれば、という見方もありますが、原料高という難題のうえでは、別次元の問題で、商品価格の高騰を止めるほどの事情ではなく、経済への大きな刺激にはならなさそうです。

経済に影響しないとなると注目が集まるのは環境面への影響です。

ガソリンが安くなると車の通行量が増える、しかし税金が減ると道路が減り車の通行量は増える。

結局、車の通行量は増えるのか、環境にはいいのか、わからない状態です。

これはつまり、税金のかけ方が根本的に間違っていること。

税金をかけることによって減る要素をうまく環境に活かし、あるいは商品価格の低下に役立てるべきです。

具体例を挙げられない無責任な雑感ですが、一部の人間の利害のみをとりあげた非合理的な法律ではなく、効果の計算された合理的な租税立法であってほしいものです。

このままでは、机上の理想論ですので、これを機に租税法をしっかり勉強してみたいと思います。

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2008年3月 7日 (金曜日)

見えない相手にご注意を!

ネットでの発言は相手は見えないからこそ、その発言が大事であることに気づかない場合があります。

電子掲示板に「子供を殺す」と書いただけで、何千人に対する脅迫罪になりえるというのも驚きですが、さらに、この発言を受けて小学校の業務を妨害したとして、威力業務妨害まで成立するとなっては、とても悪ふざけでは済まされないことになってきます。

倖田來未のラジオ問題もそうですし、様々な著名人がテレビやブログでの不適切発言で人気を落とす事件が後を絶ちません。

大きな要因として、普段の会話と、こういう場での会話の使い分けが意外に難しいことが挙げられるでしょう。

私も修習生時代に、普段居酒屋で普通に話題になることを、クラスのメーリングリストに書いて、裁判教官にカンカンに怒られたことがあります。

法曹関係者しか見ることのできないメーリングリストよりも、一般人が耳にしうる居酒屋で発言する方がよっぽど問題だと思いますが、問題はそこにはなく、気のしれた、あるいは、すぐに訂正可能な距離にいる相手には、多少の問題発言があっても、大事にはなりませんが、メールでは、それを受け取ったひとがその発言をどう受け止め、それをどう流布するかわからない危険が大きいところにあるのでしょう。

公道で、「小学生殺してやる」と叫んだところで、本気かどうかすぐわかりますし、本気であっても、すぐに警察に通報するなどして、対処できます。

しかし、掲示板での投稿は、本気かどうかも、誰がどのようにどこで犯行に及ぶかも全く未知数で、対象は非常に畏怖し、困惑する点が重大な問題です。

いくら話術にたけ、憎まれない人柄でも、ネットではその真意がわからず、誤解され、激怒されるケースはいくらでも想定できます。

メールで法律相談、メールでリレー小説、メールで恋愛・・と様々なコミュニケーションを、相手の顔を見ずに行うケースが増えてきましたが、この場合、面と向かって話す場合よりも言葉や内容に細心の注意を払うべきですし、必然的に態度は保守的にならざるをえないのでしょう。

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2008年3月 5日 (水曜日)

不公平な審判に喝!

Jリーグ開幕を週末に控えた中、先週のタイトル戦で、不可解なジャッジをした審判に対して今後のリーグ戦の審判の割り当てをなくす方針が唱えられているようです。

審判誰しも、周囲に理解されないジャッジをすることがありますが、この審判の場合、一方に著しく不利益なジャッジをした試合が何試合かあるようですので、この程度の処分はやむをえないかもしれません。

日本サッカー協会の審判に関する団体の内部処分ですので、ある程度の指摘自治は認めつつ、限度を超えた処分が第三者によって取り締まられる場面ですが、このような審判資格の剥奪や停止ではなく、仕事のわりあての調整であれば、内部の問題として、外部から口出しできない問題になってきそうです。

しかし、これが現代型パワハラの構造でもあり、使えない社員を解雇できない代わりに仕事を与えず生殺しにするやり方は法的な対処は現在では困難ですが、大きな問題を抱えていると思います。

自由主義・実力主義のもと、頑張った社員が多くの仕事を与えられ、それに比例して給料があがる制度であれば、実質的な不平等は生じにくいのですが、実力を度外視し、一定のカテゴリーで同一の待遇を保証する逆差別の保証がかえって、実質的平等の実現を妨げているともいえ、裏をよんでいけばきりがないです。

ただ、自分の身を守るためにすべきことは、法の救済に頼らず、常に努力し、実力をたくわえること。

仕事でへまをしたら、同じことをしないようにがんばり、周囲や上司の信頼を回復しようとすることこそが、非常に大事な、そして、唯一裏切りのないことだと思います。

人事だと思わず、常に周囲の人の信頼を得られるよう、あらゆる面で気をつけ、頑張っていきたいと思います。

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2008年2月25日 (月曜日)

現代社会は子供の作った積み木の城

アメリカの脚本家のストであちこちの人が多大な損害を被ったニュースを見て、現代社会の脆さを感じた人は少なくないはずです。

自由主義の名のもとに、自由な発想で、その道の一番手を目指す開拓者が様々な開発をし、いろんなビルを乱立する。

この段階では、司法も行政も踏み込めないのが自由社会であり、後進の人も含めて、社会が複雑に錯綜した段階になってようやく調整に出れば、最早一カ所に補正のメスを入れれば、あちこちにひずみが生じる混線した社会になっているのが現実です。

私が、一人の個人の家計収支を、破産申し立てに適したかたちに修正を加える際にすら、あちらをたてればこちらが立たず状態で大変なのに、複数に人間のさらに複数の利益の錯綜した社会を円満に収める方法などないでしょう。

かといって、自由主義を後退させ、司法・行政の介入を早期にすることはやはり違う面でひずみを生み、もうどうすれば良いかさっぱりわからない状態です。

それだけ一般人の枠におさまらない才能の持ち主がたくさんその才能を発揮できていることで、良いことだと思いますが、いざ問題に直面した際、これを収束させる手段がなければ大変なことになります。

このような、個々の利害が複雑に伸張し、絡み合った子供の積み木のような社会をうまく治めていくためには、適正な法律が今後ますます大事になってくるでしょう。

社会の流れにあわせて、突飛な事象に対する法律も大事ですが、社会の急激な変動にあわせず、せめて法律は一つ崩れたら全体が崩れかねない積み木社会にはならず、一つ一つ地道に問題を解決していき、安定した土台をこれからも築いていってほしいものです。

我々の仕事でも特殊な案件に振り回されず、安定した法の適用結果を常に意識して追い続けていきたいものです。

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2008年2月19日 (火曜日)

大きなものはもてあます

イージス艦の事故を見ると、海難事故というのは結構あるものだと気づきます。

小さな人間が、少し大きな車を運転するだけでも、もてあます人が多いのに、船という巨大なものを操ろうとするから予期せぬアクシデントもまた大きいです。

人間が扱う最も大きな動く機械は飛行機でしょうが、飛行機はレーダーを備え、しかも、移動場所が障害物のほとんどない3次元空間なので、他の飛行機が近づいても、高度を少し調節するだけで、回避できます。

船は、原則2次元の空間で進行するものの、隠れた3つめのベクトル(海底)から様々な障害が惹起されますので、向かってくる船を避けつつ、海底にも配慮しなければならないと、大変です。

自動車にいたっては、走る道路は一応2次元空間であるものの、事実上道路の方向の1次元空間のようなもので、それでいて、上空や左右からも様々な障害が襲いかかってくるのですからその全てを回避しながら進行することはなかなか至難の業です。

小さな人間が大きなものを動かそうとするから、死角に気づかない時間帯が生じ、そこから大事件に至る。

これは国家や企業を動かそうとする場合も同じです。

大きなものを動かす資格をとるには、それなりの実力が必要で、これを備える人は一応エリートといえそうです。

エリートは努力は嫌いじゃないが、ルーティンワークは大嫌い。

だからこれをやることだけは事務員かお手伝いさんにまかせたい人種です。

しかし、大きなものを問題なく動かすためには、何でもない平凡な部分を念入りにチェックする地道な作業が不可欠です。

何かを動かそうとする場合には、自分の身の程にあったスケールのものを、十分に気をつけながら動かさねばならないでしょう。

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2008年2月18日 (月曜日)

平和が何より

コソボ問題、パキスタン問題・・

日本に住んでいると感じないですが、戦争やそれに準じた紛争は今なお続いています。

同じ国の中で民族同志の紛争、地域同志の紛争があるというのは悲しいことですが、人間の歴史、人間の本性を考えると、そちらが「平常」であることを考えると、もっと憂鬱になります。

日本では民族紛争はなく、仲が悪いといっても、関東と関西の対立程度のものですし、社会生活における個人の関係でも、「仲が悪い」と周りが言っていても、お互いに殺し合うような仲の人はほとんどいません。

世界のニュースは非常に残念ですが、裏を返せば、日本に生まれ、日本で過ごすことの幸せを感じなければなりません。

社会生活を送っていたら嫌な人には出会いますが、それでも、もし、デスノートを持っていても、それを使うような事態にはならないでしょう。

人と仲良くしたいとは思っていても、人を愛するのは、人を憎しむよりも難しいことかもしれません。

変な人や嫌な人はたくさんいますが、そんな人とも仲良くできる理解できる人間になりたいですし、その機会を与えてくれるこの仕事に就けてよかったと思います。

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2008年2月12日 (火曜日)

世論は偉大

沖縄米兵暴行事件に県民の憤りが高まっています。

米兵が14歳の女性に、「家まで送ってあげる」と声をかけてついていったら暴行を受けたという事件のようですが、他人の親切を、疑って、断らなければ自分の身を守れないという社会には確かに住みたくありません。

しかし、刑事裁判になったら話は別です。

今回のように世論の高まりのない、野次馬しか傍聴人のいない事件では、このようなケースで見知らぬ人についていった被害者側の過失を、判決理由で明文化するかどうかは別として、量刑上は考慮されます。

それが、世論の高まりを受ければ、裁判官はこれを被告人の有利情状として採用することを見送ります。

先日解決の見通しがついた肝炎訴訟も、本来の裁判所の判断であれば、不法行為の成立は困難と思われる人でも、世論の高まりのおかげで救われた、という患者は一人や二人の話ではありません。

そう考えると、裁判に対する世論の大きさは意外に無視できないものだとわかります。

行政や司法の悪いことははっきりと言う、この姿勢は、一人では非常に無力ですが、何人も集まれば非常に大きな「元気玉」のような効果になります。

自分はこう思うけど裁判所はこういう判決を書くだろうから、こういう内容の和解を勧めるのがよい、という価値判断ができることは弁護士としての最低限度の素養ですが、本当に裁判所が不当な判断をしているなら、過去の裁判例や、裁判官の心証開示に対抗して、とことん争うということは決して現行の裁判制度において無意味ではないようです。

こういうと、箸にも棒にもかからない事件を拾って、ごねて和解金をせしめるせこい弁護士のやり方を推奨しているように誤解されるかもしれませんが、そうではなく、本当は勝たなければいけない当事者が不当に不利になっている場合にはがんばるべきだという話です。

負け筋事件を負け筋をわからずに受任する弁護士や、お金のために確信犯的に受任する弁護士は、先日も書いたとおり、本当に仕事の邪魔なので、なんとかしてほしいものです。

世間はこう思うけど、裁判所はそう思わないから裁判所に従う、という小さくまとまった弁護士にはあまりなりたくありません。

そのためには、判例集を読むより、新聞や一般人のブログをせっせと読むのが良いという気もします。

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2008年1月30日 (水曜日)

中国に生まれ日本の服を着る

中国産の餃子の衝撃はどこもトップで紹介しています。

やらせだったとはいえ、段ボール肉まんのおぞましい記憶が消えない中、ますます中国産食品の敬遠が進みそうです。

政府も、狂牛病対策で、アメリカ産牛肉の輸入制限をして日米関係を悪化させるのならば、中国食品の輸入にももっと積極的に乗り出して良いのではないかと思います

この段階として、弁護士として食品企業に指摘できること、それは

中国食品を他国の商品として偽ったら、現実には食品に何の問題もなくても、様々なかたちで大きな責任を負いかねない

ということです。

それが守られた上で、消費者が中国産食品のリスクを承知のうえで、安い商品を買うか、リスクを恐れて、国内産の商品を買うかの選択ができることが自由な市場の要件となってくるでしょう。

渦中の餃子は日本のメーカーの出品ではあるものの、原産国は中国とはっきり明記してあったようで、このような表示で、国の指定した要件をきちんと踏んでいるのなら、日本のメーカーに責任追及をすることは困難で、消費者としては、安いものを買う際にはその原産国をしっかりと見て購入すべき時代になったと言うべきでしょう。

中国産食品が危険だということをこの段階でまだ理解できていない人はもう少ないでしょう。

そして、中国産食品を誤って口にしないためには、見た目の外装に惑わされず、しっかりと原産国などを確認して購入する、その意識を一層徹底すべきことを、今日の事件を人事と思わずに学ぶべきでしょう。

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客を選ぶ権利

ライブの最中に騒いだ酔っぱらいと赤ちゃん連れを追い出したと報道されるお笑い芸人。

この行為自体は良いとも悪いとも言い切れません。

金をもらう立場で客を拒否できるのか、という意見もありますし、他の真剣に楽しみに来ている客の邪魔をなくす、という理由もあります。

タクシーの乗車拒否だとわめく人は、拒否されて当然の状態でありながら、「金さえ出せばサービスを受けられて当然」と思っている人も多いようで、金でわがままを買おうとする人につきあう必要はありません。

我々も、勝算は十分にあっても事件受任しない場合がしばしばあります。

それは、その依頼者の態度や考え方に問題があり、金をもらっても、その人の意向を実現してあげたいと思えない場合が多いです。

サービス業は金に屈してはならず、しかるべき人にだけ提供したい気高さが必要だと思います。

しかし、現実には、食べて行くために金に魂を売らなければならないのも事実。

理想を語るには、自分の中で余裕を保つことがまず大事です。

その点で、自分の在り方をしっかりと見据え、自分の理想の仕事を追求しているシェフなどには尊敬を抱きます。

客を追い出した芸人も、自分の仕事のまっとうと、お客の満足を意識して退出してもらったのなら非常に英断ですし、そうでないのなら、批判されて然るべきものなのかもしれません。

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2008年1月27日 (日曜日)

思わぬ大差

昨年は御堂筋を自転車で併走して観戦した大阪国際女子マラソンは、今年は折り返し地点で観戦しました。

予想されていたとはいえ、福士選手が大差で折り返し地点を通過した時は、さすがと思いました。

しかし、最後はダウンし、思わぬ大差がついてしまいました。

大阪国際は昨年も後半にドラマがあり、大阪城あたりをいかにうまく攻略するかが鍵になりそうです。

逆に、思わぬ大差で圧勝したのは府知事選に出馬した橋下弁護士。

マラソンと同一日開催で、投票率がアップしたかどうかまでは知りませんが、2位にほぼダブルスコアの圧勝で、投票した人の半数以上が橋下弁護士がいいといった以上、文句なしの当選と言えるでしょう。

はじめリードしても後半何が起こるかわからないし、前半で前途多難でも後半イケイケドンドンになることもある。

そのためには、何らかの基盤があるのですが、あまり、目先のわずかなリードに一喜一憂せず、長い目でレースを見てきたいと思った一日でした。

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2008年1月23日 (水曜日)

なんて悲しい・・

幸せな人生を歩むはずが、突如現れた黒ずくめの強盗に子供の命と人生の生きる望みを奪われ、子供の後を追うように母親は投身自殺。

とても人事ではすませられない悲しい事件です。

これが小説の冒頭なら、様々な可能性を憶測しながらワクワクして読めるのですが、現実の事件では、涙なくしてとても読めません。

平和・平凡な日々が当然と思い育ってきた我々の世代には、このように突然大事なものを簡単に奪われることが、世界ではそう珍しくないことを知りません。

できれば知らずに人生を終えられればこんなに恵まれた人生はありませんが、日本もこんな時代になってきたようです。

隣はなにする人ぞではなく、まだまだ良く知った人の不幸は一緒に背負い、みんなで助け合って楽しく生きて行こうという意識は随所にあります。

いろんな意味で余裕のなくなっている時代だからこそ、こうした助け合いや共有を大事にし、少しでもみんなが幸せな社会になってほしいと思います。

今回の事件の被害者のご冥福を祈るとともに、こんな事件が多発しないよう、防犯体制の強化や、隣同士の意思疎通の強化など、社会生活の基本を見直し、実戦していかなければならない時期に来ているのだと感じます。

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2008年1月17日 (木曜日)

結婚が先?子供が先?

最近、「できちゃった結婚」改め「作っちゃった結婚」が多くなっています。

本当は結婚したくはないが、子供が(意図的にせよ、そうでないにせよ)できた以上は世間体や子供のために結婚した方が良い、と判断して結婚に至ったケースです。

私は、彼女はいつもいてほしいと思う反面、結婚願望と子供願望の全くない人間ですが、「なぜ人は結婚するか」は「なぜ殺人犯は人を殺したか」と比肩するくらい理由がわからない、理由を知りたい、理解できるのならしたい命題です。

私に結婚を勧める人は口をそろえて「結婚すると配偶者控除とかいろいろいい点がある」と言いますが、結局わずかな金銭問題ですし、配偶者が仕事をしていたら意味のないことです。

結婚したいのかしたくないのかよくわからないけど、最終的にはしないといけないような気がする、そして、するなら、子供ができたタイミング以上の機会はないから・・・結婚してみようか。

それが今の結婚観の大きな風潮でしょう。

所変わって、場所はフランス。

子供が出来ても結婚しない夫婦が増えています。

それにともない、夫婦でない男女の間に生まれた子供の割合が増え、出産率も増えています。

フランスで婚外子が増えている理由の大きなものとして、税制上の優遇が結婚の有無でかわらない部分が増えたことと、社会に対する世間体が結婚の有無で大きく変わることがなくなったことが挙がるでしょう。

こんな結果を見ればますます結婚なんてするもんじゃねぇと思いたくなります。

私の友人の一人は「仕事より大事にしたい女性にめぐりあったら結婚する」と言っていました。

私は結婚と仕事を天秤にかけることはしませんが、それだけ「結婚」ということは「行政上の手続」の意味に還元されつつあるのかと思います。

私の親の世代から見ると「何でそんな考え方するの?」と感じられるかもしれませんが、それが形式を捨てて実質をとる今の不調。

行政政策としても、「婚姻関係を増やす」という形式を捨てて「出生率を増やす」という実質をとるフランス的な思考が必要になってくるのかもしれません。

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2008年1月15日 (火曜日)

日本の価値はあがってるの?さがってるの?

恐ろしく素人発言かもしれませんが、今、日本の価値があがっているのか下がっているのか全くわかりません。

下がり続ける株価は、円高が大きな原因だと言われます。

円が高くなってるんなら、輸出産業は大変だけど、日本の企業や国に対する信頼は上がり、価値が高まっているのだから悪いことばかりではない、と考えていると、今度は、BRICsに日本が買収のターゲットになっているとのニュースが出てきます。

円はドルに対して強いが新興のBRICsにはかなわないと考えていると、主要国で株価が下がっているのは日本だけで、サブプライムに揺れたアメリカですら株価は上昇しているようです。

エコカーの開発についてのトヨタの取り組みなどを見ていると、将来を見越してよくやっていると感心しますが、肝心の日本の生活の中心で、政治の混迷や、様々な「あり得ない」不祥事の発生とそれに対する過剰な対応が大きく足を引っ張っているのかと思うと、日本の将来を不安に感じます。

何気ない平穏な日々があるからこそ、余計な出費や準備をせず、思い切った方針を打ち出せるもの、そういった日々を確保するために少しでもつたない力を尽くせれば良いですし、社会全体がそういう志向になっていけばと思います。

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2008年1月10日 (木曜日)

自然体かKYか

メジャーリーグには空気読めという不文律があります。

大差(概ね5点以上)でリードしている攻撃側は試合終盤で、

バントをしてはいけない

ノースリーから打ちにいってはいけない

盗塁してはいけない(ただし、「盗塁を企てた走者が、守備側チームが無関心のためになんら守備行為を示さない間に進塁した場合には、フィールドチョイスによる進塁を記録する」というルールもあるため、成文で抑止する規則が存在するという点では一概に不文律とは言えない)

ノーヒットノーラン完全試合阻止のみを目的としたバントはいけない

打者はホームランを打っても大げさにガッツポーズをとったり、わざとゆっくりとダイヤモンドを回ってはいけない

投手は三振に打ち取ったときでも派手なガッツポーズをしてはいけない

試合に勝っても、相手チームや観客の前で過剰に騒いではいけない

乱闘の際の「バット」、「蹴り」は禁止

社会生活をする以上、空気を読むのは当然のことです。

せっかくの2000試合出場日を横浜の空気読めない攻撃にいらいらした古田監督のストレスはよくわかります。

そんなこんなあって、日本でも、大量リードの際の盗塁は、盗塁ではなく、フィールドチョイスと判定されることとなりました。

しかし、選手の中には、点差にかかわらず、ベストを尽くしたいという人もいるでしょうし、タイトルを貪欲に狙う人もいるでしょう。

点差がついても連続出場イニングや盗塁王がかかっている選手は貪欲に結果を求めるでしょう。

点差がついた際の盗塁はそれほど誇れるものではありませんが、それをなくせばよいというものではありません。

空気を読むのと同じように、点差の開いた試合でもベストを尽くす姿勢は求められます。

我々の業界でも、過払案件でもうけている弁護士は、あまり誇れる存在ではありませんが、収入に対して貪欲な姿勢は見習うべき点もあります。

自然体でやりたいようにやりたい、という姿勢とKYはなかなか相容れるものではなく、どちらが正しいわけでもない難しい問題として、今後も様々なかたちで問題提起されそうです。

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2008年1月 9日 (水曜日)

偉大なる父のもとでビクビク育つこの逸材に自信と経験を植え付けたい・・

西村議員の息子に対しては、あの西村さんの息子だから・・と、様々な期待が寄せられていたことでしょう。

周りの期待が多いほど、のしかかるプレッシャーは大きくなります。

周りが期待する?でも、そんなの関係ねぇ!俺は俺。と、自分の生き方を見失わねばなんでもないことかもしれませんが、プレッシャーの飲み込まれると、体も頭も思うように動かず、力を出せない→周りのプレッシャーにつぶされる→力を出せない・・と、悪循環の陥ります。

私は、周りの評価や目は気にしない方だと自覚していますが、司法試験で一番難しかった(と、私は思っている)択一試験でのプレッシャーはもう二度と味わいたくないと思っています。

私は、高校卒業後、地元の大学に進学しましたが、法学部のトップでどこまで通用するか試してみたい、と思い、親に無理を言って受験受け直しで、転校させてもらいました。

しかし、転校後は体育会スポーツ部の活動ばかりで、勉強をせず、2年時の成績は惨憺たるもので(後で聞いた話では、これは私だけではなく、同級生全般にあてはまる傾向らしかったのですが)、いいかげん勉強して早く親を安心させてあげなければ、というプレッシャーが、「一度も失敗できない」という気負いにつながり、気楽にやれば、何度か受ければなんとか受かるであろう試験で、壮絶なプレッシャーに追いつめられたことがありました。

思えば、自分に余裕がなく、それゆえ、自分を見失った時期でもありました。

西村議員の息子はうつであった疑いがあり、近年うつに罹患する人が増えているようです。

好き勝手やることは非常に大事で、それを否定する気は全くありませんが、好き勝手やる際に後先考えず遊ぶと、どんどん自分の余裕を失い、気が付けばプレッシャーが大きくなっている。

残念!そこはプレッシャーだ。

に陥り、鬱に罹患するのはゆゆしき事態で、日頃から、遊びつつも、自分の余裕を残す、自分のビジョンをしっかり持つ、ことが大事なのでしょう。

その意味では、タレントやスポーツ選手はは、ファンからのプレッシャーはすさまじく、かつ、ファンの期待?そんなの関係ねぇ!とは言えない立場にありますが、うまく仕事のバランスをとってやっているのはすごいことだと思います。

あくまで維持すべきは、自分の本質であることを忘れがちな日本人が増えているなかで、周りの期待を楽しめるような人間性を培っていきたいと思います。

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2007年12月21日 (金曜日)

良心に従った発言がしたい

昨日の引き続き、C型肝炎の話。
原告団の理解者と思われ、和解交渉を引っ張った舛添大臣の態度が原告団の怒りをかっています。
原告団の「一律救済」の意味を理解しているにもかかわらず、「事実上の救済」と誤魔化し、一律救済を断った。
わざわざ普段使用しない通路を使用し、あえて、原告団と顔を合わせるのを回避した、といった点は、その外形的側面だけ見れば、「裏切り」に見えます。
しかし、各所でいわれているとおり、舛添大臣の良心や真意はそこにはなかったはずです。
自分では、「一律救済」の意味・必要性を理解し、その実現を望んだが、国の回答は別のもので、自分の良心に反した和解案をさも国の誠意の表れだとか、事件解決のための有用性があるようにアピールすることを立場上要請されたとも考えられ、それが本当であれば、非常に辛いことだったと思います。
我々弁護士も、基本的には、自分の良心に従って、困っている人を救済するのが仕事ですが、国選弁護で明らかに有罪の被告人の要求にしたがって、善意の被害者の供述の信用性を争ったり、パートナー弁護士の命令で、自分の良心と異なった主張をする時、人生から逃げ出したくなるくらい、辛い思いをします。
肝炎訴訟における国の主張は決して、不当なものではありませんが、明らかに不当な主張をする依頼者や雇用主の意見を代弁することは、仕事にプライドをもっている人はやりたくないはずです。
弁護士の増員に伴い、負け筋事件を平気で受任して、着手金をかせぐ弁護士や不毛な裁判件数が増えていくことが懸念されています。
私も、この仕事が好きではじめた以上、良心に反した主張をする仕事はしたくありません。
そのような理想を語るためには、あらゆる点で実力をつけ、余裕をもたねばなりません。
ある程度、自分のやろうとしていることが見え。達成できた1年ではありましたが、来年はより一層飛躍の年にすべくがんばりたいと思っています。

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2007年12月20日 (木曜日)

裁判で評価しきれない命の価値

C型肝炎訴訟は、関係者の尽力のかいなく、和解は決裂方向に向かいました。
原告団の希望は形式(お金)よりも実質(国の責任認定)重視。
国の希望は実質は横に置き、金銭的に精一杯の誠意を見せる方針。
くいちがった双方の方針をまとめるために、大阪高裁は、法的責任の範囲を限定しつつ、「訴訟追行費」名目で、国の法的責任の及ばない患者の救済を試みました。
その後も、国は金銭的な上積みを検討しつつも、法的責任認定を拒絶するため、双方の希望がうまく交わらず、和解が困難であることが鮮明になってきました。
内容的には、裁判を進めて判決を求めるよりもはるかに原告らに有利な内容になっていますので、最終的には和解で解決すべき事案なのでしょうが、事件の解決はコストパフォーマンスの良し悪しではなく、当事者が納得するかどうかで、左右されるものですので、これは仕方のないことでしょう。
一般の金銭事件等では、1審判決で一応の結論が出た後の和解では、予想される結論と大きく異なるような和解は裁判所は勧めません。
それどころか、当事者が納得していても、裁判所が反対するケースもしばしばあるくらいです。
裁判上斟酌されえない事情や不満は、和解交渉の中でとりあってもらうことは困難です。
しかし、人の命がかかっている場合は話が違います。
life is priceless
予想される判決があっても、それを大幅に上回る和解案を裁判所が勧める場合があるのは、おそらく人の命の評価を迫られた事件だけでしょう。
判例や他の裁判官の判断との公平をはかるため、命の金銭的評価を裁判においてした場合、評価された側にとっては納得のいく内容にならないのは、制度上やむをえないことです。
民事に限らず、昨日の尼崎支部の危険運転致死事件や、福岡の事件でも、命の評価をした裁判結果は、遺族には到底受け入れられないほど低い評価になりがちです。
和解では、そんな裁判制度自体の抱える問題を最終解決としておしつけないよう、様々な配慮がなされます。
それは、自分の良心に反して、判例に従った、低い評価しかできない裁判官の苦悩と、良心の開放の表れでもあるでしょう。
国としても、判決になったらこの程度の結論しか出ないのだから、それよりも不利な内容で和解する必要はない、と思うはずはありません。
今後、再び裁判を進めつつ、政治決断による決着が模索されますが、国が考える肝炎被害者の命や人生の評価はどのようなものか、今後もこの件の行く末は見守っていかねばなりません。

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2007年12月12日 (水曜日)

どうすればCO2排出は減るか

京都議定書が成立して10年。
地球温暖化は10年前より一層深刻化し、CO2の削減はおろか、世界的な増加傾向に歯止めが利かない現状です。
CO2の増加がとまらない要因の一つはエネルギーコストがまだまだ低く、エネルギーを簡単に利用して、文明の利器の恩恵や熱や光を得られるところにあります。
CO2の削減を実現するためには、自然の増加に伴うCO2の吸収効果にすがる前に、自然人・法人とも、いらぬエネルギーを使わないよう強く心がけていく必要があるでしょう。
そんな私は、12月中はコタツやヒーターは使用しないよう心がけ、実現しています。
12月に入ると寒くはなるものの、厚着などで、対応しきれない寒さではないので、暖房器具は使わないと決めています。
ところで、省エネを実現できているもう一つ大きな事情があります。
私は、仕事が9時までに一段落すれば、梅田のジムで走りこんで帰ります。
20分走りこむだけでも、相当体はぽかぽかしてきますので、帰りは上着も不要なときもあります。
有害エネルギーの使用を抑え、クリーンエネルギーへの切り替えが模索されているこの世の中、ものすごく身近に、消費すべき大きなクリーンエネルギーがあるのです。
石油で部屋を暖めて酒を飲んでゴロゴロするのではなく、運動して体をあたためて酒をうまくする、という発想は、頭の中では「え~っ?」という感じですが、いざやってみると、意外に充実感の大きいものです。
エネルギー使用は近時の石油価格高騰を受けて、減少傾向に傾くでしょうが、将来的に地球と仲良く暮らしていくためにも、海中奥深くから発掘する油よりも、まずは、自分のお腹周りについた脂を燃やして快適な生活にしようと心がけていくことが大事です。
少しでもそういう考えが広まっていけば、CO2排出量を減少に転じることができるかもしれないと思います。

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2007年11月28日 (水曜日)

便利なものには棘がある

凶悪な殺人事件は、迷宮入りするものもありますが、少ない証拠からきちんと犯人をあげる事件もたくさんあります。
事件が迷宮入りすると、警察の捜査方針が批判されがちですが、以前の奈良の事件といい、今回の香川の事件といい、警察は本当によくがんばって犯人を追及していると思います。
少ない証拠から犯人追求を可能にした一つの要素として、携帯電話の存在があげられます。
この10年で一気に普及し、もはや携帯電話なしで生活できないのでは、と言われるほど便利な商品ですが、便利さゆえに、その発する微弱な電波から、足がつくという不便さも生じているのは皮肉なことです。
携帯電話がなければウソをつきとおせた事案でも、携帯電話の履歴やメールで足がつくというケースはいくらでもあります。
携帯電話は便利だからこそ、それを悪用した様々な犯罪やトラブルが後を絶ちません。
便利なものは便利なるがゆえに不便さを生み出す。
なかなかおいしいだけの話というのは簡単にはないようです。
ところで、お役所仕事は、携帯電話や最新の流行に疎いというイメージがありますが、意外とそうではありません。
警察にしても裁判所にしても、関連官公庁にしても、その社会的使命を果たすために、最新の技術を学び、これを仕事で活用することがプロの仕事として望まれています。
民法や商法は知ってて当然、そのうえで、現在の技術がどのようにトラブルにかかわり、あるいは資するか、正確に理解し、説得的に説明できねばならないのは弁護士も同じです。
携帯電話を含め、最新技術絡みの事件を担当すると、勉強が大変ですが、その分やりがいもあります。
そのような世間離れせずにすむ面がある点でもこの仕事をやってよかったと思います。

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2007年11月 8日 (木曜日)

一定の職業人のブログはいかにあるべきか

mixiで職務内容を公表して処分を受けた警官がいます。
不特定多数の人が閲覧可能な場所に、機密情報を置いて、職務に支障を及ぼす可能性を生じさせることがよくないことは論じるまでもないことです。
それが比較的閉鎖的なmixiであろうと、アクセス数の少ない個人HPであろと、2ちゃんねるであろうと、関係のないことだと思います。
弁護士やその他士業の方のブログの中には、「依頼者の実名を出さなければ良い」「一般読者に特定されなければ良い」と、かなり事件内容の詳細に踏み込んだ武勇伝を語るものもありますが、依頼者またはその近親者が見れば誰の事件が特定できたり、一般人に知られて困る内容はやはり書いてはいけないのだと思います。
一定の職業にある者の表現の自由が、一般人に比べて制限されてよいかという憲法上の問題は議論されて久しいですが、公対私の関係だけでなく、私人間でも表現の自由に対する制限の可否及び程度は情報通信技術の発展に伴い、どんどん議論されていくのでしょう。
普段接することのできない職業の人のブログの閲覧は非常に新鮮な体験ができる場合があり、どんどんブログが発展していくことを期待したいところですが、このような私人間での制限により、皆、当たり障りのない平凡なことを書く時代になるかもしれません。
ただ、トークの達人は決して斬新な話題を話すからではなく、平凡なことを面白おかしく話せることに達人たるゆえんがあります。
話の内容の方が話し方よりはるかに大事であることは議論の余地のないことですが、話の内容がない、または制限される中で、どれだけフツーの話を興味深く語れるか、その力をつけていくべきだと思います。

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2007年10月28日 (日曜日)

善良な顧客からお金を預かった後

NOVAの会社更生法の申請は非常に多くの人を巻き込む大変な問題となりました。
その陰には巨大な組織であるゆえの皮肉な面がいくつかあります。
現在の状況は、NOVAの出金を一時的に停止し、事業自体の受け入れ先を探して事業の再生を図ろうとしています。
しかし、あまりにも巨大すぎる組織のため、これを受け入れようとする企業があるかどうかがまず問題となります。
受け入れ先がみつからなければ破産となりますので、現時点ではここが大きな問題となってきます。
次に、この出金を停止している期間は、売掛金を回収して、少しでも多くの費用を準備しようとする期間でもあります。
しかし、NOVAの入金システムはほとんどが前金制で、仕事をしていない今後、新たなお金の回収ができるかどうかについては、あまり見込みがないのでは、という意見もあります。
もともと、ギリギリまでがんばったあげくの更正手続ですので、会社に残された資産がそもそもほとんどないのでは、という疑問があります。
破産するにも、多くの人の多くの仕事がなければできないものですので、会社資産が少なければできる仕事も限定され、手続の遅延や混迷が予想しえます。
あとは、報道されているとおり、NOVAに返還請求ができる人が余りにも多いことが大問題で、対応を間違えると収拾のつかない事態にもなりえます。
一括支払をした人が泣きを見て、信販会社を通じて分割支払をしていた人は、信販会社への書面1通で支払を停止させられることもまた皮肉な話であり、債権関係はまた複雑になります。
手続の間、受講生は気が気でないでしょうし、この手続に関与する弁護士や、信販会社などは、しばらくの間、大量の事務作業に忙殺されることになりそうです。
この件で問題だったのは、やはり仕事をする前に全額入金が終わっており、その返還についての手続が怪しかったことと、仕事をするまえに入金された金銭をさらなる投資に先に費消してしまったこと。
現代型の投資システムではあるものの、リスクを承知のうえでの投資家相手ではなく、リスクなど微塵も考えない善良な受講生相手の仕事であることをもっとふまえたシステムにすべきだったのでしょう。
この件では、今後に相当の教訓を残してくれそうな勢いですので、この事件から得られた教訓をしっかりと今後の制度作りに生かしていかねばならないと思います。

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2007年10月26日 (金曜日)

責任の所在を明らかに

今日、大阪地裁で行われたC型肝炎訴訟では、国が従前否認してきたとある患者へのフィブリノゲン投与の事実を一転して認めました。
ここ数日、話題を集めている実名リストの中の一人であることが確認されたからです。
ただでさえ、世間の非難を集めているこの件にさらに拍車をかけることになりそうです。
仙台地裁で国に対する請求が棄却された際、一時、国に傾きかけた流れは今、完全に患者側に向いています。
この件もそうですが、国の対応に何か問題があった場合、何が原因か、誰が責任を追うのか、という点が最もハッキリさせて今後に向けた改善をしていかなければならないのに、うやむやのまま解決がなされることが多いです。
普通に考えれば、問題の生じた単位でのトップが責任を負うべきなのでしょうが、原因が個人のスタンドプレーであったり、トップが交代するだけでは根本的な解決にならなかったり、古い問題だとトップの責任を問えなかったり、と、単純でない問題が山積します。
組織は巨大化すればするほど、個人に対する注目が甘くなり、問題が生じた際の責任の所在が不明確になりやすいです。
M&Aが流行するこの時代、責任の所在と内容を明らかにする制度作りがコンプライアンスその他あらゆる場面での基本である気がします。
時期を同じくして発生している食品偽装や、某英会話教室の問題にも、同様のことは言えるでしょう。
亀田家問題も、父親の責任ばかりが注目されていますが、父親が引責辞職すれば全て解決というわけではなく、当の大毅選手の追うべき責任は適切か、という視点はもっと注目され、議論されて良いように思います。
まさに、似たような問題は、分野を超えて似たような時期に発生するものです。

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2007年10月25日 (木曜日)

顧客の求める「まさにそのもの」の追求

東京モーターショーの開幕を控え、業界の志向がハッキリしてきました。
環境問題に対する関心の増大、燃料費の高騰、飲酒運転の取り締まり強化、公共交通機関の充実などから、若年層を中心に車離れが進んでいるといわれ、燃費の良い、環境に良い車の製造に各社力を入れているようです。
私も車をもっていますが、大阪市内の移動ならば、地下鉄または自転車の方が圧倒的に早くかつ時間に正確ですし、遠くに出かけるにも、市内から出るのに時間を要したり、ガソリン代が高かったり、それでいて電車の何倍もの時間がかかり、というので、少々もてあまし気味です。
車がなくても便利な生活は十分にできている
メタボリックシンドローム対策にある程度徒歩も必要
車を買うお金があるなら、海外旅行でもしたほうがよっぽど充実する
お金がかかって電車より遅く、環境問題や飲酒規制の風当たりも強い
というのでは車に対して敬遠気味になるのも仕方ありません。
しかし、今の日本の裕福な経済状況は、自動車産業の尽力に依るところは大きく、単純に車の販売が減れば、対外国の相対的関係においてどんどん貧しくなっていきます。
車を売るために、現在の環境保護志向や飲酒規制の流れを受けて、個人において使用しやすく、社会に対してやさしい車を目指そうとする自動車産業の努力は賞賛したいと思います。
今後、原油高やCO2問題がさらに深刻になれば、いよいよ電気カー、あるいはリニアモーターカーみたいな磁力カーが主流になっていき、ドラえもんの22世紀みたいな世界になっていくのかと想像がふくらみます。
食品の産地や賞味期限問題の偽装は、利益のみを追求し、仕事にプライドのない職人の仕事、自動車産業のトップは真に良い仕事を貪欲に追求したプロの鑑といった感じがします。
一度おいしい思いをすると、その状態を維持しようと無茶な行動にでがちですが、そこで冷静に「良い仕事」を模索することが大事だと思います。
弁護士業界も今後様々な逆風が吹くことが予想されますが、それまでにしっかりと基礎をかため、安易な利益追求に走らない、真のプロとなれるよう、準備していきたいと思います。

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2007年10月24日 (水曜日)

今ある幸せを死守しよう

加古川の事件後、付近の小学生は不安と恐怖におびえながらの生活を強いられているようで、報道を見るたびに私も悲しい気持ちになります。
普通に暮らしていて全く危険のない社会は、そこで過ごしているときはそのよさに気づきにくいですが、それを失ってしまうと、とても大事なものであった事に気づきます。
命は最も大切なものなので、いついかなる状況でもこれを失わないよう気をつけることが基本ですが、「ここは危険がないから注意しなくても良い」という部分では息抜きができ、その積み重ねで、逆に気をつけないでよい時間が基本になりつつあったのが日本の良いところでした。
しかし、悪質な凶悪犯罪が増加したほか、食品の偽装や機械の不備など、食事や家電操作の際ですら、死の危険があり、警戒が必要となるのでは息苦しい生活になってしまいます。
民事裁判も、刑事裁判も、事実を明らかにしたうえで、何が問題だったかをつきとめ、裁判の結論を出すこと以上に、どうすれば同様の問題が起こらないか、将来に向けた解決を模索するのが正しい姿だと言われます。
医療過誤案件では、棄却事案では、クレーマーの請求を確実に退け、将来同様の不正請求がなされないように、認容事案では同様の事故の再発防止に向けた具体的方策を立てることまでが弁護士のあるべき姿です。
刑事事件では、無罪事案では確実に無罪を勝ち取り、証拠の検討方法についてのノウハウを蓄積すること、有罪事案では同様の再犯に及ばないようしっかり反省させて矯正することが求められます。
弁護士の仕事は少ないほど社会にとっては良いですが、それでも事件になった後の仕事は大きな社会的使命があることを再確認できます。
ただ、問題が起こった後に、後追いで、対策を講じても後手後手で、社会は好転はしません。
今当たり前と思っている幸せを失わないよう、その維持にエネルギーを注ぐことも大事だと思います。
近時、弁護士の仕事も予防法務に重点が置かれるようになり、「そんなことまにで配慮するのか」というところまでとことん想定しうるアクシデントに備えるべきだとの意識が高まってきています。
今回の加古川の事件も、犯人探しも大事ですが、関係のない自治体でもどうやって子供が安心して過ごせる環境を維持するか検討が重ねられるべきでしょう。
暗い話題ですが、今ある明るい社会を維持するべく、その意識が高まっていってほしいものです。

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2007年10月23日 (火曜日)

事態を沈静化させる沈黙と悪化させる沈黙

C型肝炎問題は非常に深刻な局面にぶつかっています。
そもそも、問題となった薬品「フィブリノゲン」は諸外国では昭和50年にはその危険性が問題提起されていたにもかかわらず、日本ではその使用禁止に踏み切るのが遅かったのではないか、という点が現在、各地で繰り広げられている裁判の主要な争点となっています。
この点につき、地裁は、仙台を除く裁判所では、国の責任を認めつつ、「いつからいつまで」責任を負うべきかについて、まちまちな判断がなされており、今後上級審にて、結論のすりあわせが進んでいく予定です。
被害者の立場からすれば、そんな危険な薬をなぜ私に投与した、と思いますが、他方で、フィブリノゲンは当時非常に有用な薬であり、少しでも危険があれば国は薬の使用を禁止すべきなのか、具体的にどの程度の危険を認識していたか、パターナリスティックな介入はどこまで許されるべきか、逆に義務化されるか、といった複雑かつ難解な問題が聳え立ちます。
今、ニュースで問題となっているのは、フィブリノゲン使用のうえ、肝炎の罹患した疑いのある個人について、特定ができた人物に告知すべきだったかどうかです。
フィブリノゲンを使用し、肝炎に罹患しても、治療により、病状の悪化を食い止め、通常人と同様の生活を送ることは可能だといわれています。
告知を怠ることにより、通常の生活を維持することができたはずの患者がその機会を奪われた、というのは非常に辛いことだと思いますし、今後新たな損害賠償請求事件を構成する可能性があります。
他方で、癌の告知と同じで、患者の希望を喪失させるような告知が適切なのか、などといった問題ああります。
時期を同じくして発覚したアメリカ軍への給油問題では、正確な給油量を把握していたにもかかわらず「問題が沈静化しつつあるから黙っていたほうが良い」との理由で結果的に情報隠蔽の疑いをかけられることになりました。
嘘も方便といいますし、事件を円満に解決するためには、その結果が確実に得られる場合には、嘘や事実不告知、強引な説得も許される場合はあると、私は思います。
しかし、人の命のかかった場面では、嘘や事実不告知が許される余地は全くなく、ましてや、人の命を削る方向で、円満な事件解決などありえないと思います。
判断自体はものすごく悩む難しい問題だとは思いますが、結果的に問題解決の先送りに終始し、本質的な利益を見失ったのではないか、という感じが本件ではぬぐえません。
いたずらをしたのは誰かと問われても、誰も名乗り出ないのはどこの小学校でもあることで、犯人不明のままうやむやに解決してしまうから、大人になっても、「黙っていれば逃げ切れるかもしれない」という意識を持ち続けるのかもしれません。
大きな問題が発生した場合、いくら時間と費用をかけても、原因を徹底的に究明することが大事です。
その意味で、現在行われている裁判は、原告の方々には辛い時間でしょうが、将来のために必要なものであるともいえると思います。

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2007年10月19日 (金曜日)

まさか、赤福まで!

あの「赤福」が・・
また食品業界の大きな衝撃がはしりました。
以前、津家庭裁判所伊勢支部での調停事件を受任していたことがあり、何度も近鉄特急で伊勢に通っては、事務所へのお土産として赤福を買ってきたものです。
しかし、赤福は駅の売店やデパートで簡単に購入できるため、「おみやげじゃない気もするけどおししいね」という感想を聞いたことがあります。
ただ、どこの駅でも売り切れることなくたくさんの赤福が常備されていることに疑問がなかったわけではありません。
いつ買っても賞味期限が十分な商品をこれだけあちこちに充実させられるものなのか不思議に思っていました。
そして、今回の事件です。
産地や原材料、製造日などは食品を購入する際の重要な要素ですので、これを偽装して品質の悪いものを売りつけるのは詐欺に近い悪質なやり方です。
味のわからない消費者が悪い、という言い訳は通じません。
しかし、昨今の食品関連の問題を見ていると、ブランド名に品質保証を求めず、自分の舌で、おいしいもの、良いものと、そうでないものとを区別していくべきだと感じます。
味もわからないのに、背伸びして有名料亭に行っても、双方が満足しないのと同じで、他人に頼らず、自分の力でおいしいものとそうでないものとを区別できるよう普段から意識して食事をとっていくべき時代なのだと思います。
そんな私は、多少品質が悪くても、賞味期限を切れていても、何事もなく平然と食べられるたちですが、あまり自分の胃を過信しないで、もっと慎重に、いいものを食べるよう心がけていこうと思いました。

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2007年10月18日 (木曜日)

事件当事者とどう接するか

連日マスコミを騒がせた亀田家問題は、大毅選手が内藤選手に直接謝罪して、とりあえず落ち着きそうな雰囲気です。
沢尻問題にしても亀田家問題にしても、結局は、事件本人の株が急落し、その相手の株が上昇しただけで終わることとなりました。
事件に至る細かい経緯は理解されない、マスコミのとりあげた「結果」だけで全て評価され、事件に至るまでの経緯も問題があったのだろうと推認されておしまいです(とはいえ、沢尻も大毅も事件に至る経緯に同情すべき事情は現実に存在しないだろうと思いますが)。
思えば、裁判も同じようなものかもしれません。
当事者の主張する要件事実と、それを裏付ける証拠だけで裁判全体が評価され、当事者が訴える事件に至る経緯は斟酌されず、敗訴者が全て悪人扱いされる、少なくとも現実に裁判の当事者となり、敗訴した人はそう思うのでしょう。
では、代理人または弁護人として何ができるか。
問題を起こした方が悪い、キレた方がキレさせた方より悪いというのは法律の定めですし、一般人の常識観念からしても当然のことですので、まずはそのことをしっかりと理解させることが大事だと思います。
他方で、自分の内心について十分に理解されないまま、悪く思われたり、不利益な処分を受けることほど屈辱的で耐え難いことはありません。
このことに耐え切れず、さらに悪い方向へ人間性が変容していっては元も子もありません。
問題を起こした側の弁護活動をするにあたっては、当人をきちんと反省させることとともに、当人の思いを正確に理解し、それを理解してもらえる切り口で事件を見てもらえるよう努力することが大事なのだと思います。
敗訴が濃厚な事件は弁護士は受任しないのが原則ですが、そのような工夫で、依頼者の今後に有益な何かをもたらせるのであれば、たとえ裁判では完全敗北しても、弁護士が介入してよかったと評価されるでしょう。
今回挙げた問題だけでも、多くの人が当事者とかかわり、また、第三者としての意見を発表していますが、当事者に直接かかわる人たちは、当事者の正確な理解に基づくアドバイスと情報開示に努めてほしいものです。
その意味では、沢尻エリカに質問した司会者や内藤選手は非常に大人の、落ち着いた行動をとったのだと感心します。

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2007年10月16日 (火曜日)

ガスはとっても危険

東京の都心でまたガスが原因の事故がありました。

先日の渋谷のスパのような惨事にはならなかったようですが、都会の真ん中で突如大きな災害が発生するとは、恐ろしい世の中です。

我々の社会において、電気・熱・火は欠かせないものですので、ここにガスがからめば簡単に爆発や火事が起こります。

ガスは目に見えないものなので、漏れていてもすぐに気づきにくく、気づいた時にはドカンというのでは、今後より一層ガス管理は慎重に行うべきで、コンビニにミネラルウォーターあふれるこの時代、水道管よりもガス管の管理が大事だと言えるでしょう。

ガスファンヒーターの問題もガスタンクの事故にしても、ほんのわずかな漏れが大きな事故につながっていることはもっと市民に認識されて良い気がします。

そんな私は、一人暮らしをしてガス代を払ったことがありません。

東京で一人暮らしをしていた際も電気コンロに給湯設備、今もIHに給湯設備があるので、ガスを使用するのは冬場の鍋の際くらいです。

いろいろ料理はするものの、大好きな揚げ物は絶対に自分ではしないことも知人に色々と言われる特徴です。

余計なリスクは負わないにこしたことはないので、これで特に問題ないと思っています。

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2007年10月15日 (月曜日)

悪になるのもほどほどに

亀田大毅選手が、故意に反則行為をしたとして、また、周りの家族もそれをそそのかしたとして、その処分に注目が集まっています。
ルールを守って健全に戦う、それはスポーツ選手として当然で、反則をしたらペナルティーを受けることは当たり前のことです。
ただ、勝負は「勝利へのこだわり」が生でぶつかりあうからこそ面白いもので、仲良しこよしのお坊ちゃんプレーはなかなか観客の共感を呼びにくい面もあります。
そこで、勝利へのこだわりが「反則がみつかったら罰を受ける」をひっくり返して、「みつからなかったら反則してでも勝利を手繰り寄せたい」という気持ちに転化させることは、人間がやることなので仕方のないことのように思います。
むしろ、この部分はルール改正や審判のレベルアップにより、フィールド上の闇の部分を減らしていくことによって対応していくべきことだと思います。
このことは、スポーツ漫画の悪役でも知っていることです。
ところで、亀田家の人たちは、よほど余裕がなかったのか、全国ネットで放送され、高視聴率を得ている生番組の中でモロに反則&反則指示をしたため、言い逃れの仕様がありません。
沢尻エリカ騒動が、女王様キャラを作ろうとして失敗したのでは、という噂も流れていますが、亀田家もヒール役を作ろうとして、失敗したうえ、印象も非常に悪くした感は否めません。
行儀よく真面目なんて・・と歌われるとおり、行儀よく真面目なスポーツ選手は平凡な人気しか得られないことが多く、よほどの実力を伴わない限り、勝ち続けることは困難です。
が、最初からフェアプレーを否定して、悪役に走っても、たとえ結果を残し続けても人気を得るのは困難でしょう。
真面目にやっているより、ちょっとこっそり悪の衝動に従ったらよい結果が出た、というのは誰もが感じることかもしれませんが、これから飛躍して「思い切って悪を貫こう」と考えてしまうと、人間社会の中からはじき出されてしまう可能性が高まるのだと思います。
万引きだけなら多くの少年が犯してしまう可愛い過ちですが、かごダッシュにまでいたると最早看過できなくなるのも同じ原理でしょう。
悪の衝動がおきるのは人として当然のことかもしれませんが、それを表すのは時と場合と程度を考えるべきことを最近の事件は強く主張しています。

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2007年9月26日 (水曜日)

社会への裏切りは重く・・

長井秀和、鳥谷・・と有名人のスキャンダルが連日報道されています。
有名人のくせに何やってんだ・・というよりも、既婚者のくせに何やってんだ、という印象の方が強いですが、有名人のスキャンダルは一度火がつくと一気に問題化します。
柳沢の時もそうでしたが、男同士でむさくるしい旅行や合宿をしていると、どうしても羽目をはずしたくなるものなのでしょうか。
男同士で少し違った場所に飲みに入った際、○○行ってみようぜ、という話は確かに出ますが、現実に行こうということになったことはありません(固有名詞を出さないのは検索でスパムがうじゃうじゃ入ってくるのがうざいから)。
金銭的事情、立場上の事情、その他様々な理由があるでしょうが、よほどのことがない限り、スキャンダルになるようなかたちで羽目をはずすことにはいたりません。
現実に週刊誌で問題となっている件のうち、事実関係におおむね争いがないものには、男性側の傲慢とともに、女性側の問題点も見え隠れします。
問題となった以上はどっちもどっち、という感は少なからずあるのでしょうが、現実的には社会的立場のある人や、法やその他のルールを破った人が必然的に責められます。
知名度や社会的地位があがると、どうしても様々な面で余裕が出てくるため、羽目をはずしがちなのかもしれませんが、そういう時こそ、社会の目を気にして、しっかりとした生活をしていかねばならない現実を、事件は語ります。
話は変わりますが、ペッパーランチ事件の判決が今日ありましたが、一般に予想された刑よりいもはるかに厳しい刑が言い渡されました。
社会的影響・女性の尊厳・・それがどの程度あるのか、どの程度害されたのか、よくわからないから事実上は量刑上あまり考慮しない、という判決が多くなってっきたなか、現在の量刑の風潮に一石を投じる判決だった気がします。
社会に生き、社会に生かされる以上、社会を生かさねばならない。
単純な話ですが、実現は難しい大事な事です。

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2007年9月25日 (火曜日)

犯罪からいかに身を守るか

警視庁の今年上半期(1~6月)の空き巣や事務所荒らしなどの侵入盗の検挙率が111.5%と、初めて100%を超えました。
検挙率は、発生が確認された事件のうち、どれだけ解決(検挙)されたかを表す「治安の目安」とされます。
過去の事件が解決した分、現実に発生した件数よりも解決した事件の方が多いという状況が発生しましたが、治安がよいことをあらわしているのはよいことです。
空き巣や事務所荒らしは、被害者が被害に気づいた時点では犯人はもう逃げ去り、証拠も隠滅済みであったり、現行犯で逮捕しなければ、被害品に顕著な特徴がない限り捜査は困難であるなどの事情があります(金銭の窃盗などは、現行犯でなければ立件は非常に困難でしょう)。
それでも検挙率が高いのは、一人一人の防犯意識が高まってきていることと、何十回と同様の犯行を繰り返すリピーターを最終的にはきちんと仕留めていることが背景にあると思います。
下着泥棒などは、単発の犯罪を阻止することは非常に困難でしょうが「夜間や簡単に手が届くところに下着を干さない」という女性側の意識と、同種の手口の中に共通性や、犯人の見落とした遺留物を見出し、緻密な捜査で犯人を特定していく捜査機関の意識があれば、相当程度の件数は事前または事後に防げると思います。
本当は、犯罪の発生を予期して予防しなくても安全な場所を治安がいいというのでしょうが、普段ちょっと気をつけるだけで犯人の犯行意欲を損なわせ、犯罪を未然に防止できるということも大きなことで、そういう日本は世界的にみても治安はいいほうなのでしょう。
最近増えていると報道されがちな凶悪犯や知能犯に着目すると治安の悪化を疑いがちですが、これらについても、普段から少し他人を刺激するような言動を慎んだり、おいしい話に簡単にとびつかないよう心がけるだけで、犯罪にまきこまれる可能性は大きく減るのではないかと思います。
ニュースで犯罪報道を見るのは、人間の嫌な側面を見せつけられるという点もありますが、逆に、そこに自分を犯罪から守るヒントもあると思うので、やはりこれに触れていくことは大事なのだと思います。

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2007年9月15日 (土曜日)

ニュースの見方

昨夜家にたどり着いたのは午前3時ころ。
1週間の疲れもあってか、深い眠りにつき、目が覚めたのは午後7時前。
まだ起きて5時間ほど(しかも、若干の家事をしただけ)で、特に何も書くことが思いつかないまま、ぼんやり、ネットでニュースを見ていてふと思ったことです。
ニュースは毎日目を通していますが、新聞・テレビのニュースは政治・経済・スポーツを三大柱とし、今でいえば1に政治問題2に株価や事業譲渡・再編の動き3に混戦セリーグ情報、を主体としてくみたてられます。
ところがネットニュースでは暴力・わいせつ事件がまずアクセスが集中し、その下に政治問題や携帯電話絡みのニュースが続きます。
この違いには発信する側と受信する側の思惑の違いが現れています。
テレビや新聞のニュースは決して固いものであってはなりませんが、先日記事にもしたとおり、誰が見ても一定の納得と信頼を得るものであることが要求されます。
ニュース報道について、苦情が殺到するようであれば、ニュース番組の機能は損なわれるでしょう。
それゆえ、視聴者が暴力・わいせつ事件に興味があることを知っていても、これを主体に番組構成できない(ワイドショーという別の番組でその機能を果たせることも理由となるでしょう)のはよくわかります。
他方で、ネットニュースは管理者がさまざまな基準でピックアップしたニュースの中からアクセス者が必要な情報だけを効率よく拾っていけます。
その結果、暴力・わいせつ事案や画像添付のニュースにまずアクセスが集中し、その後自分に関連しそうな政治や会社などのニュースが続くこととなります。
情報の自由化の観点から、後者が今後もすすんでいくことは予想されますが、情報の自由化の基礎にあるものは、情報の正確性です。
2ちゃんねるは、そこでしか得られない情報がある反面、そこにある情報の大多数は虚偽・無意味なもので、これに踊らされることになればたいへんなことになります。
そういう意味でも情報社会を支えるのはやはり発信者側の正確な仕事に依存しているのでしょう。
ネットニュースで事実を知った気にならず、もっとニュース番組や新聞にしっかり目を通し、正確な事実の把握に努めなければならないと思います。

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2007年6月13日 (水曜日)

えっ!これで逮捕されるの?

学生の頃までは、「逮捕される=凶悪犯」というイメージがありましたが、最近のニュースを見ていると、せこい犯罪者が逮捕された、というニュースが目立つ気がします。
飛行機の乗客が離陸直前に、再三の注意を受け入れず携帯メールをし続け逮捕。
有望Jリーガーが女子高生と自動車内で猥褻行為をして逮捕。
数十メートル飲酒運転して逮捕。
いずれも、ちょっとした気持ちの持ちようでいくらでも回避できる犯罪だと思いますが、自分のちょっとした欲望をおさえきれず犯してしまった犯罪だと思います。
やった側からすれば、こんなんで逮捕すんなようぜぇな~、という感じなのかもしれませんが、いずれも他への影響が大きいため逮捕はやむをえないと思います。
飛行機運航の安全、児童の精神・身体の保護、道路上の安全、は当たり前のようにみえて多くの人の献身的な努力によって確保されているものです。
ちょっと自分は規範を踏み外していいや、と考えるのではなく、自分たちのちょっとした心がけで社会の平穏が守られるんだ、と前向きに考えたいものです。
そう考えられず、自分だけを特別扱いして規範を踏み外す人は、例えそれによる実害が皆無であっても、重大な責任を負わなければならないということは実に理に適っています。
どんな社会においても、社会に積極的な貢献はできなくても社会の秩序を誠実に守る人の方が、社会に積極的に貢献するも、規範を破ることもままある人より重宝されやすいと思います。
自分に過信しない、自分だけを特別扱いしない、これを怠った人には意外なところで落とし穴が待っている社会になりつつあります。

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2007年6月12日 (火曜日)

夏に向けての準備を始めよう!

今日は非常に暑い日でした。
ほとんどの時間は電車内か地下を歩いていたのですが、荷物の多さもあってか、神戸地裁へ往復するだけでも大変な思いをしました。
もう、6月も半ばにかかろうとしているのに、週末にまとまった雨が降った程度でまだ本格的な梅雨には入らないようです。
それどころか、今年は梅雨が短く、猛暑になることが確実視されているようで、今から水不足と猛暑対策をしていかねばなりません。
フィリピン沖の海水温が異常に上昇し、太平洋から高気圧が発達して、梅雨前線をとっとと北へ押しやり、日本列島の上に大きな高気圧が居座ると予想されています。
ラニーニャ現象と呼ばれるこの現象は我々になじみのないものですが、市場は早くも反応し、夏物商品の生産強化と、猛暑関連業者の株式購入がすすんでいるようです。
エルニーニョ現象は地理で習う有名単語で、その内容はよくわからんけど、とりあえず南米沖で起きる現象を問われればエルニーニョ、と書いておけば良い、と記憶している人は決して少なくないと思います。
地理的に遠いエルニーニョが有名で、マイナーなラニーニャが今回我々も身近な問題として浮上するのは皮肉であり、今夏の流行語になりそうな予感もします。
寒がりの私は、暑いのはそれほど苦にしませんので、あまり気にしていませんが、暑いのが苦手な人には大変な夏になりそうな感じです。
ただ、水不足の点は置くとして、梅雨が短いのは悪くないので、短い梅雨の間に夏の予定をしっかりたてておくことが大事なのだと思います。
(夏休みはドイツあたりに行きたいけど、今から予約とれないかな?)
海水の温度があがるなら、水蒸気も増えて台風がたくさん発生しそうなイメージですが、猛暑の合間にでもまとまった雨がしっかり降れば、涼しくもなり、水不足にも対応できて良いのに、とも思いますが、台風はあまり貯水には適さないようす。
「平常」を基準に組み立てられた生活だからこそ、「異常」気象の際には様々なひずみが生じるもの。
大自然の気まぐれにピンポイントで適切な防御策はあまりなく、日頃からの準備と計画、そして事後のデータ検証といった地味な作業が大事なのだということがわかります。

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2007年6月11日 (月曜日)

小遣いと貯金と年金

GEコンシューマーファイナンスの調査によれば、年代別の小遣いの額は20代と50代が多く。30,40代が少ない結果となったようです。
「小遣い」の定義については明らかにされていませんが、自由に使えるお金、ということのようです。
20代が小遣いが多いのは、貯金をするという考えがあまりなく、家計に強制的に入れられるお金もあまりなく、収入ー自分の生活費がほぼ自分の思う通りに使えるからだと推測されます。
20代の平均小遣いは約5万円。
使途は昼食・趣味・飲み代が大半ということです。
私の場合、仕事が忙しく、かつ、昼食を自作弁当ですます時期は月額2万円程度で済む場合もありますし、知人とちょっと豪華な食事等にでかけると、一晩で5万円以上使うこともありますが、その程度が平均的なのだと感じました。
20代の金額が多いのは、就職戦線が売り手市場になっていることも影響しているのでしょうか。
30代・40代の金額が下がるのは、この世代の今の苦労が窺えます。
頑張っても頑張っても上司には頭が上がらず、部下は働かず、家に帰れば鬼嫁に金を吸い取られる、という絵に描いたような典型的家庭が目に浮かびます。
恐ろしいので、結婚までに十分に貯金をためておきたいと思います(考え方が普通の人と逆?)。
50代はバブル期の好景気である程度貯金が貯まったことや、給料がある程度高額で落ち着きつつあることが、高額となった理由と考えられているようです。
逆にいえば、この年代で落ち着いた生活ができていないようであれば、老後は極めて不安な生活になることが予想されそうです。
要は、収入ー生活費ーx のxに貯金や家計など、どれだけの項目が算入されるかがポイントとなるのでしょうが、近時大問題となりつつある年金への不安は貯金傾向を増やし、小遣いはさらに削られる結果となるのでしょうか。
そうすると、経済の流れもよどみ、さらに収入も減るという悪循環に陥ります。
通貨偽造の罪が、経済界に与える影響をふまえて、厳刑が科せられているのですから、同様に経済界に激震を与えた年金問題についても然るべき処分がなされねばならないと思います。

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2007年6月10日 (日曜日)

内心の意思の推測とその後

コムスン問題は様々な話題が集約されています。

その中でも、最も注目の集まる部分は

①事業譲渡は営業廃止を免れるための脱法行為ではないか

②コムスン及びその系列会社は福祉事業を営利重視福祉軽視でやっていたのではないか

という点でしょう。

いずれも企業経営上の内心の意思を探るもので、直接かつ決定的な証拠は普通ありません。

そこで、このような内心の意思は重要な間接事実から合理的に読み解く方式で探ることになります。

①でいえば、「このような営業譲渡をしなければ、グループとして福祉営業部を喪失してしまうこと」②でいえば、「営利のために、通常他社が行っているサービス等を多々切り捨てていたこと」などが重要な間接事実として挙がるでしょう。

決定的な証拠がない以上、合理的な推認で結論を導かないといけないというのはやむをえないことですが、あくまで推測にすぎず、真実を誤解してしまう可能性否定できません。

個人の内心の意思であれば比較的シンプルなので、誤解する可能性は低いかもしれませんが、企業の内心の意思については多数の人の様々な思惑が錯綜し、非常に複雑なものになることが多いです。

これについて、裁判所の事実認定論は可及的に幹となる間接事実を絞り込み、枝葉となる間接事実を事実上無視して、シンプルかつ合理的な判断をしようとします。

しかし、上記のように企業の内心の意思は極めて複雑なので、絞り込みの方針自体は良いとしても、絞り込み内容を誤れば、誤った結論を生み出しかねません。

私が過去に取り扱った事件でも、「大きな間接事実1つ」で依頼企業に不利な推認がなされ、これに対して「小さな間接事実」をたくさん挙げて反証したものの、ほとんど判断してもらえなかったこともあります。

推認で一定の結論を出すことはそれほど困難なことではないですが、出された結論を押しつけられれば事件が解決するというわけではないです。

真に事件を解決するには、双方当事者の主張する事を細かなところまで精緻に検討し、理解し、納得がいくまで議論することが必要だと思います。

裁判所がここまでの作業をしない以上、判決が出される前後で当事者のフォローをするのは弁護士しかおらず、コムスン問題を真に解決するのはこの事件の報道を受けた一人一人が、マスコミや専門家の結論を鵜呑みにすることではなく、自分でこの事件を理解・消化し、然るべき対応をとることだと思います。

意中の人の恋心を探るのは難しいと昔から言われ続けていることですが、人の内心の意思の把握は非常に困難で厄介な代物です。

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2007年6月 6日 (水曜日)

行政事務、誰の責任

大阪地裁で、大型詐欺事件に絡んだ国家賠償請求事件の判決があり、国の責任が認められました。

破綻した抵当証券会社「大和都市管財」グループによる巨額詐欺事件を巡る国家賠償請求訴訟で、「会社破綻の危険は容易に認識できた」として、監督権限を尽くすことなく同社の業務登録を更新した近畿財務局の責任を指弾しました。

簡単にいえば「危険な会社」を「危険だ」と認識しつつ、漫然と業務登録の更新をしたというのが国の責任を根拠づける違法行為だという判断です。

業務登録の更新はほとんどの場合形式的なチェックいよる機械的事務に近いものであろうと思いますが、そんななかでも注意深く実質的な面をチェックしていかねばならない、という裁判所からの命令が下されたようなものです。

こういう機械的事務について実質的危険性を考えながら、判断すべき、そのトップが責任をとるべき、というのは一種の作為義務を要求するものですから、なかなか認められないように思いますが、意外によくみかける事件です。

危険性の払拭されない薬剤を許可した場合の国家責任も、同じような問題をはらみますが、エリート裁判官候補たちが集う国指定代理人の奮闘むなしく、国家責任が認容されるケースが増えてきています。

年金データ消失問題で、政権を掌握していた自民党の責任か、当時厚生省の大臣であった菅直人氏の所属する民主党の責任か、という問題も根底にも同じものを孕んでいそうです。

単純な承認事務であっても、気をつけて判断しなければならないというのはある意味当然であり、しかし、現場の人には非常に大きな負担を要求するものだと思います。

それは、重大な執務を行ううえでの責任の重さゆえ、と説明されるべきでしょうが、行政事務でなくとも、我々の仕事も非常に大きな責任を伴うものである以上、単純な作業的業務であっても、丁寧に問題点を検討しながらこなさなければならないと思います。

そう考えると、我々の仕事は決して割の良いものではなく、大変な仕事だと改めて感じますが、だからこそ、一生やる仕事としてのやりがいもあるのだと思います。

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2007年5月24日 (木曜日)

時間の価値は?

時間の価値についての興味深い記事があったので自分なりに考察してみたいと思います。

1,1時間の価格は?

日本人の平均査定価格は9000円余りで、世界的に低いとのこと。

この点については、仕事の時間と見れば、時給10000円を稼ぐのは困難であるから、低くなり、遊ぶ時間と見れば、いくらやってみたいレジャーがあるかで大きく査定額はかわりそうです。

私の場合、遊ぶ時間とみて大体2万円くらいでしょうか。

2,一日に加算したい時間

日本人の平均は8時間あまりで、世界的にも突出しているとのこと。

時間の査定を低く見積もりつつ、たくさん時間がほしいというのはやや滑稽ですが、「時間に縛られず自由気ままに生活したい」というのが時間に正確な日本人の本音ではないかと感じます。

私も、仕事のあとゆっくり飲んで遊ぶ時間がほしいとは思いますが、体力の問題もあるため、3~4時間くらいが妥当なところだと思います。

3,時計が正確でないと気がすまない人の割合

時間に正確な日本人らしくなく、この割合が世界的に見ても低いようです。

これは、日本では周囲の時間が「正確すぎ」て息がつまっているからではないかと思います。

これに対して、時間にルーズな部分が多く、日常様々な悩みをかかえている他国こそ、時間が正確であってほしいと思うのではないかと感じました。

周囲の状況と自分の感情は逆説的に作用するのかと感じます。

ちなみに、私は、携帯電話を含め、自分の全ての時計を5分早めています。

後で慌てないために、常に5分早い行動を意識する私は、おそらく誰からも理解されない奇人なんだろうなぁ、ということは自覚しています。

4,他人との関係で時間を厳守する割合

日本人は対恋人では時間厳守する割合が高い反面、対友人では一気に下がる傾向があるようです。

私は相手が恋人か知人か依頼者かで時間厳守の度合いは全くかえませんが、

多少遅れても怒らない人には甘え、怒らせると怖い人にはしっかりする、という傾向なのではないかと分析しました。

以上をまとめると、日本人は他国に比べて「本当は自分のやりたいようにしたいし、自由にやりたい・・が、周りが秩序を守っているため、やむなくこれに従い、気を抜ける部分で抜く」という秩序と自由を場面に応じて使い分けているのではないかと考えます。

これが、良いのか悪いのかは、人それぞれ判断が分かれるところですが、そんな日本人は私は好きです。

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2007年5月23日 (水曜日)

信頼できるのは誰?

mixiを通じた男女トラブルが全国で多発しているようです。

会員制だから安全、と信頼する女性の心に手際よく張り込み、必要なものだけを奪って去って行く男は、どこにでもいるものです。

mixiでの出会いに過度に安心と期待を抱きすぎると痛い目にあうということは、この世の中にノーリスクハイリターンなものは少ないことを如実に物語っています。

mixiは共通の趣味や考えを持つ未知の人と知り合う絶好の場所ですが、顔・素性の知れない相手だからこそ警戒を解けないことを忘れてはいけません。

mixiを信用できなければ何を信用すればいいんだ?と思いますが、この世の中に全く無警戒で接して良い肩書きやカテゴリーは存在しないのでしょう。

弁護士だから信頼できる、という神話も今や崩れかけ、明白な実力不足や、営利至上主義依頼者軽視の弁護士の話題もちらほら耳にします。

どんなサークルでも、どんな社会的立場の人でも、その一事をもって全面的に信頼できるということはありません。

もちろん、常に警戒と猜疑心を抱きながらの生活などまっぴらですし、そのような事を言いたいわけではないですが、人生を楽しくかつ失敗せずに過ごすには、つきあいの浅い人に対しては、できる限り楽しむ反面で心の奥で警戒を怠らない、つきあいを重ねていくなかでその人との適切な距離を測っていくことが大事なのだと思います。

自分がいいな、と思った条件をいくつか備えていれば、それが最高の対象だと考えたくなるのは皆同じだと思いますが、本当に最高の対象かどうかじっくり検討する冷静さも必要です。

近時、「信頼を裏切られた」事件が相次いでいますが、人間社会において「他人の信頼を平気で裏切る悪い奴」がいるのはやむをえないことだと割り切ると、社会に対する距離感と、本当に素晴らしい人に出会えたときの感動がより鮮明になると思います。

私は立場上、背負いきれないくらいたくさんの信頼を背負っていますが、それにきちんと応え、真に心から信頼してもらえる人になるべく日々頑張りたいと思います。

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2007年5月11日 (金曜日)

譲り合いの精神が大事

北海道のローカル線で、26人もの乗客が1時間半に1本の電車に乗れなかった事件について、JR側と学校側の言い分が分かれています。

正しい事実が判明しない限り、適切なコメントは書けないと思いますが、事件日の乗客が90人程度であったのに対し、翌日高校教師が対応した際はすし詰めで140人乗れたという数字を信用して、私は以下のように考えます。

通勤・通学の唯一の足なので、快適に過ごしたいという気持ちはよくわかりますが、通勤・通学の唯一の足であるからこそ、それを利用できないと困る人たちのことを考えるべきです。

毎日すし詰めの電車で通勤・通学する人は苦痛ですが、東京の新宿経由で通勤・通学する人たちは駅員に押し込まれ、もっと辛い思いをしながら通勤しているはずです。

これらを考えれば、もう少しお互いがお互いを理解しあい、みんなが困らない社会を作っていこうと、一人一人が考えていくことが大事だと思います。

学生の乗車マナーが原因であるかどうかはわかりませんが、将来的にこの問題を解決していくためには、以上の点についての理解が不可欠であるように思います。

学校側はJRに2両編成にするよう申し入れているようですが、赤字路線において運行量を倍増するのは困難である気がします。

それよりも、学校側がすべきことは、学生の乗車マナーに対する批判から生徒を守ると同時に、生徒に対し、相互博愛の精神をしっかりと教育していくことではないでしょうか?

どこの町でも起こりうる事件ですので、人ごとと思わず、一人一人がこの事件をどう解決すれば良いか考えていくべきだと思います。

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2007年5月 6日 (日曜日)

人任せにしない!

GW最終日は雨。

ニュースをかければエキスポランドのコースター事件とフランス大統領選の話ばかり。

ちょっと退屈な最後を迎え、不完全燃焼の人も多いのではないかと思います。

コースター事故は「まさかそう簡単に金属疲労は起こるまい」と、たかをくくり、ねじや人為的な可動部分ばかりチェックし、金属疲労に対するチェックが甘かったような感じが出てきました。

確率の低いことに気をまわすことは非常に神経をすり減らすしんどいことですが、人の運命を預かる以上、手抜きは許されないところです。

末端の検査官だけでなく、上の責任者から、コンプライアンスの意識を強く持ち、気をつけていかねばならないところだと思います。

我々も、人の運命を預かる仕事をしていて、自分の事務員への指示が不十分で、問題が起きてしまうこともありますし、そういう話もしばしば聞きます。

そういったとき、事務員がミスしたのだから・・と言い訳したくなりますが、ミスの原因はそもそも自分の指示に端を発すること、事務員はあくまで、本来自分が直接すべきことを手伝ってくれる立場であること、を理解して、まずは自分が高い意識をもって依頼者の事件を扱わなければならない、そう感じさせられました。

合理化をつきつめていけばいくほど、「まさか」というところに落とし穴が発生するもの。

忙しさにかまけて、細かい部分を手抜きしたり、事務員任せにしていては、そのうち大きな責任を負うかもしれない、GW明けからは気分一新し、丁寧かつコンプライアンスを意識した言動を心がけていきたいと思います。

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2007年5月 4日 (金曜日)

一緒にいる責任

大阪市北区の交差点で乗用車が通行人をはね3人が重軽傷を負った事故で、運転していた従業員の身代わりになったとして、大阪府警天満署は3日、犯人隠避の疑いでホストクラブ経営増岡大介容疑者(26)=同府大東市氷野=を再逮捕しました。

同容疑者は「従業員は5人目の子供が生まれたばかりなので、身代わりになろうと思った」と供述しているようで、同署が裏付けを進めているようです。

この事故は私の通勤路で起こったもので、火曜日の夕方現場をとおりかかった際、交通規制がされ、赤いスポーツカー系の車がタバコ屋に激突していたのを見て知りました。

その被疑者がホストで、経営者が犯人隠避で取り調べを受けているとはびっくりな話です。

過失の発生原因は様々で、同乗者の会話等が運転者の過失を惹起する場合も少なくありません。

そうした場合、運転手に全責任を負わせるのは不合理として、同乗者が身代わりになるというのは日本的な義を重んじる考えに則るためか時々聞く話です。

飲酒運転で事故を起こした場合、二人の合計責任を最小化すべく、飲酒していない同乗者が運転手であったと名乗り出る話もしばしばあります。

しかし、とっさに考えた言い訳にすぎず、運転に至った経緯や過失の態様、事故状況との照らし合わせの中でボロが出るのは必至で、結局、犯人隠避の罪がくっついてきて、反省も認められない結果となってしまいます。

飲酒運転においては同乗者の責任を明確にしていく方向性が強まっていますが、運転者と同乗者はまだまだ別個の存在で、責任に大きな差があります。

運転するからにはその責任をしっかり頭に入れて運転しなかればいけないと思います。

民事では、一緒にいて同様の状況にあり、同様の利益を得ている場合一体としての責任が課されるケースがしばしばあります。

例えば、賃貸借契約においては、あくまで賃借人としての債務を負うのは契約者だけですが、同居者もその履行補助者として、契約者ではないけれども契約者に準じた責任を負うことがあります。

また、雇用契約においても、直接失敗を犯したのは被用者であっても、雇用者が一定の責任を肩代わりすることがあります。

これらは、結局、抽象的にではあっても同様の状況におかれ、直接の責任を負う者の行為で一定の利益を得ているのだから、マイナスの債務も一定程度は負うべきであるという考えに基づくものだと思います。

刑事事件においてはこのようなあいまいで解釈に幅のある責任の追及の仕方はなされませんが、交通事故事犯において、身代わり行為が決してプラスにならないよう、同乗者の責任や共犯関係の規定を一考してもよいのではないかと思います。

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2007年5月 2日 (水曜日)

間接事実から探る物が消えた理由

滑り台の鉄板がなくなっていたから、今流行の金属泥棒だと思ったら、ただ修理に出していただけ、というニュースがありました。

金属泥棒問題に行政が頭を抱えていることを表す象徴的な事件ではないかと思います。

窃盗犯は、通常監視ビデオのないところで行われ、あるいは、監視ビデオがあっても人相を十分に特定できない場合も多く、現行犯でなければなかなか事件にしずらい類型の犯罪です。

もちろん、金属窃盗のほとんどの事件は、ビデオ映像や目撃者証言もほとんどなく、捜査はなかなか進んでいないのではないかと思います。

そういうわけで、窃盗犯を論じる場合、間接事実から推認を重ねることが多くなります。

事件後、被害品を持っている人物がいれば、その取得経緯などに「なるほど」と納得できる点がない限り、その人が窃盗犯であると推測される、といった感じの推測です。

日本は治安が良いせいか、物がなくなっても、いきなり他人を疑うことはあまりしません。

自分がついうっかりどこかに置き忘れたのではないか、とか、風などでどこかに転がっていってしまったのではないかとか思う人が多いと思います。

金属窃盗の事件でも、最初の頃は、何かのメンテナンス中ではないかとか、子供がイタズラしたのではないかとか感じた人が多いのではないかと思います。

それが、あまりに同種事件が頻発したため、意図的な事件であると認識され、意図的であるならその目的は何か→換金目的だろう、と認識されていったと思います。

物が消えた、という間接事実のみでは、窃盗事件はなかなか推認されませんが、同種事件の多発という間接事実も加えると、意図的な事件であるという新たな間接事実が浮上し、イタズラ目的ではなく、営利目的ではないか、という合理的な推認に至ります。

すなわち、間接事実の証明力は相対的で、相棒たる他の間接事実と組むことによって推認力が上がったり下がったりします。

我々の仕事の中にも、単独では「何だそれ?」と思うような軽微な事情の存在が、最後には主要事実認定の可否を分けた、という限界事例は決して少なくありません。

そして、このようなケースで主要事実が認定されるかどうかは、ベテラン弁護士や裁判官でも容易には判別しえず、最後まで悩むところだと思います。

要は、ほんの些細なことと思うことでも、しっかりと打合せをし、それが裁判の中核を構成しえないかどうか真剣に検討することが大事なのでしょう。

そのためには、この業界、もっと敷居を低くして、一般人がアプローチしやすい環境を作り出す必要がありそうです。

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2007年4月17日 (火曜日)

Hot heart,cool brain

アメリカで過去最悪の無差別銃撃事件が起こってしまいました。

何の落ち度もない人が、たった一人のキチガイのせいで大切な命を落としてしまうというのは大変悲しいことです。

日本ではこのような惨劇はありませんが、飲酒運転のうえ、児童の列に突っ込み、幼いいのちをたくさん奪ったにもかかわらず、民事・刑事ともわずかな責任を負担するのみで、社会で普通に生活している人というのは、被害者の家族からすればやりきれないでしょう。

これらの事件から、「まともな」我々が学ぶべきことは、キレて取り返しのつかない行為に及ばないよう、日頃から気をつけるべき、ということだと思います。

多くの命を奪うような事件は絶対起こさなくとも、日常生活の中で、ちょっとした不注意から、大切な人の心を傷つけてしまったり、周囲の人が頑張って積み上げてきたものを台無しんしいてしまうということは、誰にでもありうることです。

まともな人間であれば、そういう取り返しのつかない事を犯してしまった場合、とても悔やみ、反省し、落ち込むと思います。

そうならないよう、とりかえしのつかないミスをしないために日頃から何を心がければ良いか、考えていくことが大事なのだと思います。

逆に、尋常でない人の言動で、とりかえしのつかない事態に巻き込まれたとしても、冷静に対処し、自分の身を守れるとよりよいでしょう。

アメリカの事件でも、突然惨事に巻き込まれた中で、冷静に死んだふりをして何を逃れた学生がいたようですが、その冷静な判断と度胸は素晴らしいと思います。

日常生活で大きなマイナスを受けないための基本はやはり「Cool brain」なのだなと思います。

ただ、みんながみんな冷静でミスの少ない社会では面白くありません。

日常生活におもしろみをもたらす「Hot heart」も決して失ってはならず、両者をいかにバランスよく培っていくかが大事なのだと改めて感じます。

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2007年4月11日 (水曜日)

魅力ある進路とは

大学改革の柱として期待された飛び級制度を利用する人は、この10年で約70人にとどまり、うまく活用されていないようです。

中国や西欧の飛び級制度は、トップクラスの頭脳を持つ子供を早くから大学の研究機関にとりこみ英才教育をするというもののように感じます。

それに対し、日本ではトップクラスの高校生は普通に受験で東大・京大・慶応・早稲田、あるいは海外の有名大に進学し、飛び級制度を利用する人がどのレベルの人たちなのかあまりはっきりしません。

私が高校生の頃、千葉大だかどこかで初めての飛び級制度が始まったという話を聞いたことがありましたが、誰も興味を示しませんでした。

現在の飛び級制度の不人気は一重に、魅力ある進路ではなく、メリットがない、というものにつきると思います。

私が高校生のころ、数学五輪代表候補合宿に参加した人には、早稲田大理学部への推薦入学が可能になる制度がありましたが、ほとんどの人は見向きもせず、受験で東大・京大への進学を希望していました。

私の場合、土曜日の午後、高校の授業を終えた後、京大理学部の公開講義に出席し、高校生にして京大理学部の専門講義を受け、その外にも合宿への参加も容認されていましたので、形式的に単位はもらえずとも、実質的に飛び級もどきの待遇は受けられていました。

形式的な飛び級制度よりも、実質的に高いレベルの講義に参加できる制度を享受できて今でも良かったと思います。

そう考えると、日本の飛び級制度は、「高校段階の時間の短縮」という形式的意味合いばかりに着目しすぎ、有能な高校生の早期からの英才教育や囲い込みといった実質的な意味合いの実現をあまり意識していないように思えます。

近時は、サッカー界がユース制度の拡充がすすみ、有能な学生に対して、早期から英才教育をほどこし、成績次第では中学生でもプロで活躍できる仕組みが確立されつつあります。

これですよ、これ。

飛び級制度が学生側・大学側双方にWinWinな関係に立つには、有能な学生の能力増進に極めて近接し、魅力のある制度である必要があると思います。

今のままでは、公開講義や論文で高校生の間に大学の勉強を予習し、東大や京大入学直後から、専門学部の講義にガンガン出席していくことが、トップクラスの学生にとっては最も魅力的な進路であるといわざるをえません。

ところで、魅力ある進路といえば、司法試験受験は、合格まで厳しいが、その後のバラ色の人生を考えると魅力的だと言われ続けてきました。

しかし、その重要な要素たる合格後の人生について錯誤原因が発生しつつあります。

弁護士資格を取得しても就職先がなく、結局商社に入社するか、就職先を探して浪人するかする人がかなりの割合を占める時代はもうまもなくやってきます。

そうしたとき、法曹界は魅力ある進路と認識されるのでしょうか。

弁護士への憧れが「金」や「裕福な人生」であれば魅力ある進路とは認識されないでしょうし、「自由」と「正義」であれば今後も正義心の強い人がこの仕事を目指し頑張ることでしょう。

是非後者であってほしいものです。

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2007年4月 6日 (金曜日)

NIPPON

今日は夜に鶴見警察に接見に行きました。

京阪と地下鉄を乗り換えるのも面倒くさいし、1号線ずっと東に行くだけだから、最近の運動不足解消もかねて、と性懲りもなくサイクリングで行ってきました。

普段、拘置所に自転車で接見に行く際に、新銀橋を渡ってドンキホーテの横を川沿いに行くことが多く、この道は、新銀橋開通以来すいているはずでしたが、今日はえらい混みようで、ここを通過するのが一苦労でした。

それもそのはず造幣局の桜の通り抜けが開いている時期で、金曜の夜ということもあり、多くの人でにぎわっていました。

桜は日本の花で、日本人にこよなく愛されていることを示す一風景は、私もそこに加わりたいという衝動を起こしましたが、仕事は仕事。

そして、かえってきたときにはもう終了というのもよくあるオチです。

そういえば、今日は、NIPPONのニュースがよくとりあげられました。

まずは松坂の快投。

昨夜は2時半に家にたどりついて夕食をとり、プレイボール時間にちょうど食べ終えたくらいでしたので、こうなったら徹夜で松坂応援だ!とも思いましたが、民放での放送がなく、まだもう一日仕事があるので、諦めて寝ました。

イギリスでは、先日のNOVA講師殺害事件の悲劇に対し、NIPPONがいかに治安がよく今回の事件が非常に不運な出来事だということを強調する報道がなされたました。

きちんと理解してくれることはありがたいことです。

そして、ブログ記事の数がNIPPONのものが世界ナンバーワンであることも報道されました。

私の400あまりの記事もその何十万分の1くらいにはなっているでしょうか?

私がよく帰宅して夕食をとる午前0時前ころにはテレビ大阪で経済ニュースが流れ、その中で世界のなかでNIPPONがどう認識されているかの特集がありよく興味深く見ています。

旧来、日本が世界に誇ったものが輝きを失い、新たに台頭してきた世界に誇るものが世界の注目を集めつつあるのだと思います。

これからNIPPONが世界に誇るためにも、世界に誇る新しいものを次々と開拓していく必要があるのだと感じます。

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2007年3月27日 (火曜日)

人気が継続する条件

土曜日に行われたサッカー日本代表戦の視聴率が、ボクシングとフィギュアに完敗したというニュースがありました。

ワールドカップの中継は平日深夜でも紅白歌合戦をこえる視聴率をほこったサッカーの国際Aマッチは民放各社が何億積んででも放映権を獲得したいドル箱番組ですが、中村・高原の代表復帰も甲斐無く、視聴率は低迷したようです。

サッカーをあまり見ない人にとっては、あまり名前を聞かない選手たちによる再建期のチームで、興味がわきにくいというのもあると思いますが、近年の代表戦の加熱ぶりが嘘のような静けさです。

同じく今朝は加護亜衣の解雇報道が大きくとりあげられた一日でした。

かつてダブルユーで絶大な人気を誇った加護も、アイドル生命は絶望の様子。

プライベートで自分らしく生きたいというのは人間誰もが抱く当然の望みでしょうが、外部の人のイメージや信頼で成り立っている仕事を続けるためには、これを維持することも大事だと思います。

裁判官もそうですし、弁護士もあまり私生活が乱れていると依頼者の信頼を確保するのは困難です。

今回の一件を人ごとと思わず、自分らしく生きたいという願望と、仕事を継続していく上での留意事項との調整をどうするかしっかり考えていかなければならないと思います。
やりたいようにやって人気や信頼は維持されません。

これを維持するために、様々な面で努力を継続していかねばならないと思います。

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2007年3月18日 (日曜日)

二億円の金塊を放置?

二億円の金塊を白昼堂々持ち出されたという強盗事件の報道がありました。

しかし、報道内容を見ていると、もともと誰でも自由に持ち出せる状態に置かれ、被疑者らに持ち出され始めてから気づいたという事件のような感じがします。

来客により身近にしたい、来客への信頼という意図はあったのかもしれませんが、二億円もの金塊を扱う立場としては軽率な措置ではなかったかと思います。

人は、様々な理想や考えを持ち、自分なりにこうするのが良いと判断して行動します。

その判断には、人の個性が表れると思いますが、適切な判断は自分の内的な要素よりも、扱う事務や、周囲の環境の方により適合させるべきものです。

今日、最終回を迎えた華麗なる一族の万俵大介はとかく、人間性の悪性がクローズアップされる描かれ方でしたが、大企業を背負う責任、激戦の金融業界を勝ち抜く責任という異常な外的要素の圧迫のもと常に(善悪を排除した)最善の一手を打ち続ける必要がありました。

ごく普通の立場であれば、家族への信頼等は当然の前提としてありますが、置かれた立場(と、血縁関係についての疑問)から、なすべき判断が、一般の考え方から外れていきました。

理想を追求するために努力する、努力してのしあがる、のしあがれば責任が大きくなっていく、責任が大きくなっていけばさらに努力が必要となる、そして、一般の(あるいは身近な)人から理解の難しい人になってしまう。

そういう悪い循環には陥りたくないものです。

そうならないためには、自分一人で全てを背負い込むのではなく、周りの意見を聞き、周囲との溝を埋めながら前に進んでいくことだと思います。

理想の追求とは、一見相容れない手法ですが、地道に足下を固めていくことが大事ということですね。

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2007年3月10日 (土曜日)

大学経営は全国ネットワーク

先週のハードワークの疲れが未だにとれず、今週もかなり眠い1週間でした。

一度崩れた生活の流れは簡単には戻らないようです。

それでいて、日が変わる前後にはビンビンで気合いがピークになって寝られないという有様。

人間の体というものはなかなか融通のきかないものです。

今日は洗濯や掃除をして完全休日にして、ゆっくりしていたところ、関西の有名私大が揃って東京駅前のビルに進出するという報道を目にしました。

東京の私大がどんどん郊外への移転を続けるなか、関西の私大が東京駅前に進出するということに奇妙な印象を受けました。

いずれおとらず、関西アメフトリーグの1部の強豪校として名前の挙がる有名校ばかりであり、関西の大学法人の関東への進出が明確になっています。

逆に慶應が大阪に拠点を置くなど、関東の大学法人の全国展開もこれから始まります。

甲子園の切符をかけて4000を越える高校が予選に参加しますが、大学に関しては、トップ30校くらいの寡占状態となっているのが現実です。

少子化と有能人材の争奪戦の中で、大学法人も全国展開で生徒のニーズにあわせていくことが求められていきそうです。

弁護士法人の話を先日しましたが、上々企業の大半はわずか数十の弁護士事務所に顧問を集中させているというのも事実だと思います。

今後、有名企業を多数顧問に抱える事務所が弁護士法人として全国展開する日も来るのかと感じます。

大学も法律事務所も医院も、顧客に金を払ってわざわざ足を運んできてもらう必要のある業務形態です。

医院は比較的全国展開がすすんでいますが、法律事務所は裁判所周辺への一曲集中湯が顕著です。

もう少し顧客が足を運びやすいよう、事業拠点を広げられる枠組みや姿勢が今後要求されてきそうです。

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2007年2月23日 (金曜日)

自白恐ろしや

鹿児島地裁で12人の被告人に対して無罪を言い渡した判決がありました。

この判決、裁判員制度開始を前に刑事司法の問題点を大きく露呈するものとなりました。

証拠は一部の被告人の捜査段階の自白のみ。

憲法・刑事訴訟法上自白のみでは有罪とはされず、自白以外の補強証拠が必要とされています。

しかしながら、自分以外の者であれば、同一容疑についての共同被告人の自白であっても、他人の証言であり、これのみで有罪とされる場合があります。

また、賄賂や公職選挙法違反といった、水面下で密かにお金が動く事件では、客観的な証拠はほとんどなく、補強証拠は極めて要件事実の立証から遠い状況証拠でも足りる場合があります。

そういうわけで、有罪・無罪を分ける分水嶺はまさに、捜査段階の一部の被告人の自白の信用性でした。

供述の信用性を判断する一要素として、供述内容の具体性・迫真性といった点がありましたが、今日判決のあった事件では、不自然に迫真性がありすぎる点などが、逆に信用性を疑わせる要素となったようです。

しかし、この裁判に、職業裁判官が4年もかけて、ようやく自白の信用性が判断できましたが、これを裁判員が行うとなると至難の業でしょう。

近時、公判前手続をしても、公判まで1年以上かかる事案も増えているという報道もあります。

また、検察官が世論に迎合して、いささか無茶な起訴や求刑をしている件が増えているのではないかとも弁護士間では話題になることもあります。

こんな調子で裁判員制度は有効に機能するのか、取り調べの可視化を中心に、いかに裁判員に裁判で何をすれば良いかわかってもらう、そして実践してもらうかを直前まで常に議論していく必要があると思います。

それはさておき、今日の事案では、長期間の裁判の負担を考え、自白して早く低額の罰金か執行猶予で済ませてもらおうと考えてもおかしくありませんが、それを正、最後まで戦い抜く勇気を与え続けた支援者の方々のすばらしさに感動しました。

厳しい取り調べや裁判の中で、否認を貫くことの困難さは想像を絶するものがありますが、これに耐え抜き、自分の正義を貫く、そういう思いにさせてくれる人というのは本当にかけがえのないものです。

弁護士の中にも、「否認してもたぶん通用しないから早く自白して裁判終わらせた方が得だよ」などという人が増えているようですが、とんでもない話で、弁護士も否認している被告人を勇気づけ、最後まで信じて最善の弁護活動をしてあげることの大事さを教えてもらいました。

それにしても、ここ数日、事務所で日が変わる直前にブログ更新をする日々が続き、少し忙しくなってきたのかなと思います。

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2007年2月11日 (日曜日)

団塊世代大量退職のもたらすもの

既に今年の流行語になりつつある団塊世代の退職には、いくつかの意味があると思います。

まずは、それに伴う、多額の退職金についてのキャッシュフローです。

株、投資、事業を起こす、多くの企業がその獲得に目を向けています。

次に、労働形態の変化が上がります。

ここでも何度もとりあげている外国人バイトの増加に代わり、単純労働作業は、退職後の高齢者が増えていくかもしれません。

現実にそこに目をつけたフランチャイズチェーンが多数活発な活動をしています。

そして、労働者の慢性的な減少に伴う弱小企業の破綻がらいます。

求人数の確保が困難な企業が今後次々と倒産し、精鋭企業に限定され、日本経済の構造が再編されることにもなりえます。

これをざっと見て、

消費者問題、契約問題、倒産案件、労働問題、弁護士の出る場所はかなりありそうな感じです。

今後さらなる激化が予想される闇金問題や、年金、後見問題とあわせ、我々弁護士の仕事は色々と増えていく余地はありそうです。

そうであれば、大量増加が見込まれる弁護士業界もなんとかやっていけそうですが・・

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2007年2月 8日 (木曜日)

弁護士事務所は弁護士より事務員を求人

司法試験に合格して07年中に弁護士事務所への就職を目指す2200人前後の司法修習生のうち、最悪の場合400~500人が就職先を確保出来ない恐れがあることが、日本弁護士連合会の調査などで分かりました。

司法制度改革の一環で合格者が急増する一方、求人数が伸びていないためです。

日弁連は先月「このままでは有為な人材を失い、弁護士全体の活力低下が大いに懸念される」として、全会員に採用増大を呼び掛ける緊急要請文を送ったようで、今後、企業や官公庁への働きかけ強化にも乗り出す予定です。

正確な話をすれば、昨年から司法研修所の卒業生が増大し、求人数を上回りましたが、研修所の働きかけなどにより、求人数を大幅に増大させて、なんとか急場をしのぎました。

その結果、今年に求人数が伸び悩んでいるということが一つの原因です。

求人数自体が突然激増するということは考えにくいため、今後慢性的に求人不足が続くことが予想されます。

次に、研修所卒業生の実力低下があります。

厳密に採点すれば何百人かが落第するはずの卒業試験を、司法制度改革の目的のために大幅に合格ラインを下げていることが二つめに大きな原因と言われています。

また、58期の卒業生までは、求人数の方が上回っていたため、多少実力や人間面で問題のある人でもどこかで拾ってもらうことが可能でしたが、近年求人倍率の変化のため、採用する事務所側での審査基準があがり、人間的に問題のある人物等がことごとくはねられていることもあると思います。

また、地方に行けば十分に求人はありますが、浪人覚悟で都市部での就職を希望する人が増えていることも挙がるでしょう。

58期の卒業生までは、就職活動にあたっては、自分のやりたい専門分野を取り扱う大規模事務所への就職を希望し、そこでパートナーになるか、できれば独立する、という志向が大きかったですが、59期以降の卒業生は、とりあえずどこでもいいから(自分の希望する地域・規模の)就職先を決めたい、独立するよりパートナーを目指して確実にこの職業で食べて行きたい、と現実的に考える人が増えている感じがします。

修習生の就職活動で、事務所側が注目する点は①人柄・人間性②年齢③学歴、だと思いますので、これらの要素から自らの現実的なラインをしっかりと見極めて就職活動を行い、希望する事務所へは、弁護士活動を積んで成長し、然るべき実績を残してから移籍、というのが望ましいと思います(特に、年齢が高く実務経験のない人が都市圏の中規模以上の事務所への就職を希望するのは現状ではかなり困難であることは理解しておいた方が良いと思います)。

それに対し、法律事務所では有能な事務員の争奪戦が行われはじめており、特に法律事務経験者はかなりの厚遇を受けることが可能な状況にあります。

弁護士事務所が弁護士よりも事務員をより必要としているのは、事務員の方が安くて、実務に適応しやすい、使いやすい、という理由があがると思います。

今後、弁護士資格を有する人を、まずは事務員待遇で雇用して様子を見る事務所が増えてくるのではないかと言われていますが、仕事に対する熱意と順応力のある人であれば、事務所としてはこれは大得である反面、これらを持たない人は、事務員待遇でも使えないことになりそうです。

このような雇用状況からわかることは、弁護士になるために必要なのは司法試験を合格する学力ではなく、豊かな人間性と、現状に照らして妥当なラインを見極めて行動できる力だということです。

実力は後でじっくりつければいい、弁護士業界はそういう人材を求めているようです。

私も、後輩に負けないよう、しっかりとバランス良く鍛えていきたいと思います。

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2007年2月 6日 (火曜日)

仁義なき戦い

昨年0件だった暴力団員による都内での発砲事件が2日連続でおこりました。

昨日は今や日本の中枢というべき六本木ヒルズの近くで殺人事件があるなど、東京の治安が一気に不安定になりました。

住吉会系と山口組系の利権争いが背景にあると言われていますが、一般市民からすれば、歩いていて流れ弾にあたる可能性もあるというのは、非常に生活に影響のある事だと思います。

私が東京にいた頃には、歌舞伎町が、新宿縄張りの日本ヤクザと、新大久保縄張りの韓国マフィアの抗争により、銃弾がとんでくると言われていましたが、まさか六本木・麻布でこのような事態になるとは思いもしませんでした。

とかく治安が悪いと指摘される大阪ですが、このような事件や、振り込め詐欺件数の少なさなどを見ると、非常に治安の良い安心して暮らせる都市に見えてきます。

そんな大阪では、初めて行った時「ドラクエ8のパルミドやん!?」と思った西成という、別の意味で非常に危険な区域があったり(弁護士業界では、「見知らぬ人が勝手に覚醒剤を鞄に入れた」という言い訳は信用してはならないが、場所が西成なら現実にありうる話なので、最大限の弁護活動をすべき、と言い伝えられるほどです)、世界陸上にむけて、長居公園で大がかりな行政代執行が行われるなど、大変な地域や場所はありますが、それでもまだ銃弾がとんでくる都市よりははるかにましです。

(なんだか、お父さんのためのワイドショー講座みたいにあちこちの話題に飛びまくったストーリーになったな)

東京がこのような不安に怯えながら生活していかねばならない都市にならないよう、警察等諸機関による治安維持を祈ります。

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2007年1月24日 (水曜日)

NHKから全国へ

NHKの受信料不払いの件で、初めての訴訟が始まりました。

NHKから支払督促が来た場合どうすればいい?とは、よく聞かれます。

高い費用をかけてわずかな受信料を現実に取り立てにはこないだろうとたかを括れば、一切何もせず放置すれば良いです。

支払請求されることに納得のいかない人は、異議申立をして、裁判にて自分の意見を主張するのが良いです。

裁判やっても負けるだろうが、ただですますのは癪だ、という人は異議申立をしたうえで、判決が出る前に和解するのがよいでしょう(判決が出ると裁判費用、執行費用まで請求されます)。

近時の法律番組の人気により、振り込め詐欺対策のために、ただの手紙での支払督促は無視すべきだが、裁判所からの書留の場合、きちんと対応しなければならないということは多くの人に知られており、NHKの支払督促に異議を申し立てた人は少なくないと思います。

近時、過払訴訟が一気に増大し、地裁でも専門部をおいて、特例判事補の要件を大幅に緩和しないと処理しきれないかもしれない、と言われていますが、簡裁はただでさえ、過払訴訟が多い中に、今後NHK受信料の義務化等で制度が整った場合には、相当数のNHK訴訟も係属することが予想されます。

そのような時に、簡裁は対応しきれるのか、簡裁の訴訟受け入れ体制の整備がどのようになるか注目です。

NHKに対する批判とは裏腹に、その引き金の一つを形成したDJ OZMAは、世論を味方につけ、知名度をあげ、問題のボディースーツも市販に踏み切るなど、好調な様子であるのは、皮肉な話です。

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2007年1月15日 (月曜日)

どうなってる?!郵便事業

本年の年賀状の配達は非常に遅いとの苦情が郵便局に殺到しているようです。

私は、自宅を離れて実家に帰省していたのいで、年賀状を見たのは4日ですが、年内に年賀状を出したと電話やメールで既に聞いているのに、その日にまだ届いていないという人が何人かいました。

1月5日に到着する年賀状は、これまでは3日頃慌てて書いた年賀状のはずでしたが、今では、年末に慌てて書いた年賀状となってしまったようです。

年賀状の枚数が年々減っており、郵便局の負担は減っているはずですが、逆に郵便事業は滞り初めているというのは皮肉です。

年賀状の枚数が減っているから、アルバイトの人数も減らそうという郵便局の意図が見え隠れします。

そうすると、もう年賀状は今後減少の一途を辿り、電子メールに乗っ取られる日も近いと感じられます。

年賀状に限らず、内容証明郵便も送達が非常に遅い感があります。

内容次第では、非常に送達を急ぐものもありますが、中々送達証明がとどかずやきもきすることも少しずつ出てきたように思います。

内容証明郵便に関しては、インターネットや電子メールを介してより確実かつ早く送達することが技術的に可能でしょうから、今後完全に電子社会に乗っ取られる可能性は大きいと思います。

郵便制度は行政サービスの根幹をなすものとして認識されてきましたが、民営化の末、ネット社会にとってかわられる可能性も出てきたと感じます。

受任通知や内容証明郵便など、日々仕事で多数の郵便と接しますが、私が引退する頃にはその出し方が今から想像しようもない方法に変わってしまっているかもしれません。

これからの社会人はそのような時代の流れに柔軟に対応できることが第一の素養として要求されそうです。

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2007年1月11日 (木曜日)

間に入る者の責任

プロスポーツ選手の契約更改問題がいろんな分野で山場を迎えています。

国内のプロ野球やサッカーはもう自主トレは開始し、キャンプを迎えようとしているこの時期にまだ契約更改が済まず、所属チームも決まっていない有力選手の動向に注目があつまっています。

その一人であるオリックスの中村紀洋選手は、弁護士を通じた代理人交渉を継続していますが、退団が決定したのか、交渉が継続しているのか、球団と弁護士双方の話が二転三転し、よくわからない状況となっています。

これでは中村選手はたまらないでしょう。

オリックスは契約当事者として、マスコミに適切な事実を流す責務がありますが、代理人の方も、契約当事者の間に入る者としてもう少しはっきりとした事実関係を明らかにすべきではないか思います。

同様のことはレアルマドリッドとベッカムとの契約に関する報道でもありました。

レアルがベッカムと来年の契約を更新しないという報道が流れましたが、後にただの通訳ミスであったことが判明しています。

代理にせよ、通訳にせよ、契約当事者の間を結ぶ者の役割として、正確に一方当事者の意向を相手に伝える必要があります。

交渉過程で様々な駆け引きがあり、その全てを相手当事者やマスコミに伝えられるわけではないので、その中で様々なすれ違いが生じたのかもしれませんが、間に入る者として当事者の納得のいく交渉を実現させるべく、細心の注意を払う必要があると思います。

いわば、仲介人の善管(介の方が良いか?)注意義務といったところでしょうか。

我々代理業のいそしむ者にとっては、ただ相手の意向をストレートに他方当事者に伝えれば良いというわけではない反面で、当事者の交渉をこじらせないよう、できる限り正確に相手の意向も伝えねばならず、日々の仕事の中で気をつけていかなければならないと思います。

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2007年1月10日 (水曜日)

男は宙船を聴き・・

歯科医師一家の殺人問題は家族間の微妙な関係が注目を集めています。

両親共に歯科医師であるエリート一家で重責を担う受験生の兄と、責任をほとんど負うことなく外泊等して奔放に生きる妹。

世間的には受験も合格できないダメ兄貴が、何の非もない美妹に嫉妬して起こした事件だとの見方が強いようです。

結果的に、兄の行為が最もあってはならない行為だと思いますが、離婚案件等を多数見てきた私的には、妹側にも少なからず問題があったのではないかと思います。

男は、最近は親の脛をかじって生活を続けるニートらが増えてきたものの、基本的には自分自身でこの厳しい世界を生き抜いていかないといけない、という重責を負います。

自分のやりたい事は二の次で、まずは自分の生計を自分でたてなければならない、幼稚園から受験戦争が始まるのもこのことの現れでしょう。

そのかわり、先に努力した結果、自分の生活を軌道に乗せてしまえば、ある程度自由で安定した生活を送れます。

辛いことは早めに処理、嫌いな物は先に食べて、後に楽しみを残す私としては、男に生まれてきたこと、今の状況ともに申し分のないものです。

他方、女性の場合、最近結婚せず、ある職務の最先端を突き進む女性は増えてきたものの、やはりほとんどの人は誰かの助けを得て生活していくものだと思います。

特に重責を負うことなく好きなことをやりつつ、小さい頃は親、学校に入ったら友達、大人になったら彼氏や旦那、いい出会いに恵まれなかったら国(保険等)の助けを得ながら、時に周りの人の幸せのために尽くし、生涯を通じて男ほどは波のない生活をおくるのだと思います。

大きな責任を負わない代わりに、達成感も、自分の思い通りの人生設計をする余地も少ないものだと思います。

あくまで古典的ケースの一側面を挙げただけで、私が男女についてこのような先入観をもっていると受け取られたくはありませんし、どちらが良い悪いということも言えないと思います。

歯科医師家族の件の場合、兄は自分にのしかかる重責におしつぶされそうな中で、責任を追わずに奔放に生きる妹がうらやましく、妹はその周りの男が順調にクリアしているハードルをいつまでもモタモタしてクリアできない兄に男としての程度の低さを感じていたかもしれません。

ここまではごく自然の感情でしょう。

この事件が単純に兄が妹を羨んで起こしたものであったら、兄をキチガイと認定して終わりでしょうが、妹から兄へ、家族の中で上記の感情が何らかの言動として出ていたなら、これは大きな問題でしょうし、我々が人間生活を平穏円滑に行うためにしっかりと認識しなければならない事項があると思います。

兄はニート志望でダラダラやっていたわけでなく、自分の能力を尽くし、精一杯責任を全うしようと頑張っていたのだと思います。

女性はとかく、男を結果だけで判断しがちですが、自らの重責に正面から向き合い、これをのりこえようとするとき、男は誰しも相当の恐怖と不安を感じるものです。

家族や彼女・嫁といった存在は男がこれを乗り越えられるよう勇気づける存在になることが適切であり、少なくとも正面の重責に怯える男を後ろから斬りつけるような女性は、人としての意義を疑われると思います。

一生懸命辛い仕事をこなす夫を「給料が少ない」と罵倒する妻

家計のために必死に働く夫を「帰りが遅い」と罵倒し、時には不倫まで疑う妻

風邪をひいて寝込んでる彼氏を「電話してこなかった」と罵倒する彼女

いずれも、一生懸命頑張っている人を後ろから斬りつけた、人として大きな問題のある女性の例ですが、離婚案件等を見ていれば、決して希な事案ではありません。

歯科医師家族の件で兄はどうだ、妹はどうだという話をする気はありませんが、男は平然とした顔の裏で、常に恐怖や不安を抱えており、時に失敗もするものです。

明らかなミスによる失敗の場合ならともかく、一生懸命やった結果について、最終結果のみから非難等するのは、お互いの溝を広げるばかりで、人間関係上極めて好ましくないものだということをこの事件から感じ取るべきではないかと思います。

裏を返せば、真剣に生きる男は、自分を支えてくれる女性を探し、自分を斬りつける女性と距離を置くこと、女性は男を結果ばかりでなく、努力の程度や真剣さもしっかり把握し、自分の近くの男の真剣な部分をしっかりと評価することが大事だと思います。

重責と向き合い、恐怖にさいなまれるなか、後ろから身近な女性に斬りつけられるかもしれない男は非常に辛いものだと思います。

そんな男のつらさをこの詞はよく現しているなとつくづく感心します(ただ引用したかっただけ?)。

その船は今どこに ふらふらと浮かんでいるのか
その船は今どこで ボロボロで進んでいるのか
流されまいと逆らいながら
船は挑み 船は傷み
すべての水夫が恐れをなして逃げ去っても

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

その船は自らを宙船と 忘れているのか
その船は舞い上がるその時を 忘れているのか
地平の果て 水平の果て
そこが船の離陸地点
すべての港が灯りを消して黙り込んでも

その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ
おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな

男のオールを任せるべきは、消えて喜ぶべき者でないことは当然の前提として、しっかりと男の不安な部分をしっかりと理解し、これを非難するのではなく、支えてあげる者が望ましいということは人間関係をうまく進めていくうえで大事なことだと思います。

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2007年1月 4日 (木曜日)

どこもかしこも飲酒運転対策

年末年始にもかかわらず、親殺し・子殺し・妹殺し・バイトの同僚殺し・・と殺伐としたニュースが相次いでいますが、年末年始の交通事故数は1970年以降最低数を記録したようです。

とはいっても、飲酒運転の事故数が大きく減少しただけで、その他は昨年と同レベルですが、昨年大きな話題となった飲酒運転に対する意識が高まってきている事の表れだと思います。

新聞を読めば、トヨタが飲酒検知車を開発すると書いてあったり、がんこにいけば、レジで運転代行業者の案内があったり、運転者とそれを取り締まる機関だけでなく、自動車会社や飲食店にまで飲酒運転対策の意識は徹底されつつあります。

酒好きの私としては、「仕事の後のビール1杯くらい飲ませてや~この1杯が格別にうまいいんや~1杯やったらほとんど影響ないし、0.15mlも超えへんし、飲んで2時間ほどおいてから運転すればアルコールは完全に分解されるから大丈夫や」と心の中で強く思うことがありますが、飲酒運転の構成要件上の数値にかかわらず、事故を回避すべきあらゆる準備をすべきというのが基本でしょうから、運転の前には泣く泣く酒は控えますし、周りからも同じように言われます。

ちょっとだけの飲酒なら・・

ちょっとだけのスピードオーバーなら・・

ちょっとだけの駐車なら・・

といったほんのちょっとの気のゆるみが、人によっては「ちょっと」では済まず、大きな問題となっていたのがこれまでの様々な問題を惹起していた原因だと思います。

オービスや民間駐車取締員など、対策が次々と講じられ、一定の効果を上げていることはさすがだと感じます。

まだまだ問題の解決には様々な障害がありますが、人類の智恵をしぼって車と仲良くつきあっていける社会になればと思います。

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2006年12月29日 (金曜日)

マクドナルド

ファーストフードの代名詞は牛丼屋でもうどんやでもなくマクドナルドでしょう。

弁護士になって一度は遠のいた店ですが、最近午後イチで遠方の裁判所に行くときなどは重宝します。

先週土曜日の23日にはマクドナルド史上最高の売り上げを記録するなど、大盛況のお店は今朝の朝刊によれば、正月期間中バーガー1個買う毎にバーガー1個サービス券をサービスするという異例の宣伝で正月商戦の勝利をにらんでいます。

確かに忙しいときにちょっと入れて、手ごろな値段でおなかいっぱいなれるのはまマクドナルドの大きな魅力でしょう。

私は今朝は9時起きで洗濯と残務処理をした後、ブログのスパム英文コメントとスパム英文メールを処理して、浴槽を掃除したらもう昼過ぎ。

ちゃっちゃとマクドナルドで・・とも思いましたが、99ショップセレクションでビール1杯と栄養バランスある食事をとり、午後もせっせと働いたら埃の吸いすぎか呼吸器官が乱れ、夜はマクドナルドで軽く食べて今日はさっさと寝て、明日帰省しようかという気持ちにもなりました。

それだけマクドナルドは欲しいときに気軽に手の届く良い商品なのでしょう。

私自身は年間でマクドナルドに投資するお金はせいぜい数千年で、99ショップに年10万円ほど投資する人間ですが、一番我々に身近なお店としてこれからもマクドナルドには、がんばってほしいと感じます。

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2006年12月28日 (木曜日)

公務員はうらやましいか・・

公務員官舎の利用問題がここにきて大きく取り扱われています。

本来入居資格のない人を入居・同居させていたり、入居資格を喪失したにもかかわらず、本来の家賃の1割増しで入居をを続けたり、といった件が最近大量に発覚したからです。

相場家賃より大幅に安い家賃で広い家に住めるのですから、一般人から見ればうらやましく、修習生の時も、東京で弁護士になる予定の人は任官志望者を羨んでいました。

このほか、公務員は共済年金や給与保障など、多くの点で魅力的と言われ、子供に公務員になれと勧める親は一昔前までは多かったです。

しかし、本当に公務員の待遇は恵まれているのでしょうか?

安くて広い官舎といっても、相当老朽化したものも多いですし、給与保障や将来保障といっても、一般企業では解雇事由とならないことでも退職を余儀なくされたり、様々な制限を受けたりと、一般に知られていない不利益も多いようです。

折角厳正な審査のうえ採用した裁判官・検察官も数年で退任する人数も年々増えているようです。

公務員の将来保障は魅力的ではあるが、将来の自信のある人はむしろ自ら起業するくらいの勢いで自分で頑張ったほうが得るものは多いようで、自信のある人が民・自信のない保守的人間が官へ、という流れも少なからずあるようですが、これでは日本は世界と対抗していけるかどうか心配な面もあります。

公務員の特権について問題視される面は多いですが、公務員がもっと優遇され、優秀な人材が確保されるべき、という点も看過されてはならず、公務員の在り方はこれからも大きな問題を提起し続けるのではないかと思います。

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2006年12月27日 (水曜日)

国民年金は誰が支払うか?

国民年金の未納問題が大きな社会問題になるつつあるなか、対象年齢を引き上げることが検討されているようです。

とはいっても、加入期間は短縮されず、これまで20歳~59歳だった加入期間が、22歳から61歳へと、後ろへずらされることになるようです。

20代前半の人は、学生やニートで収入がなかったり、フリーターなどで収入が少なかったりして、国民年金の回収がなかなか困難であるのに対し、定年後も継続して何らかの仕事につく人は多く、そちらから取り立てた方が有効だとの判断のようです。

しかしそうなるとますます、定年後数年間の収入をいかに確保するかが問題となりそうです。

定年で離職すれば、まとまった退職金が入る人は多く、それでこの期間を乗り切れる人も多いでしょうが、退職して収入は途絶え、まだ年金受領まで何年もかかる年下の配偶者と受験を控えた子供を支え、住宅ローンを払っていかないといけないという状況に加え、国民年金の負担も加わるケースを考えれば、人によっては相当な負担になる可能性も想定されます。

結局、定年後の生活を国は支えてくれないから、自分で若い頃から真面目に貯金をため、年金も支払い、定年後の生活を想定して前倒しでがんばっていかないといけないというありきたりな結論になり、それでは国民年金には頼らないよ、という考えにもつながりかねません。

年金制度の構築は非常に難しいものですが、もう少し我々に魅力的なものでないと、国の意向と個人の意向の乖離は止まらない気がします。

よりよい制度のために、もっともっと検討を重ねてほしいものです。

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2006年12月21日 (木曜日)

人は比較されて成長するもの

以前このブログでも駒苫・田中投手とハンカチ王子は、良きライバル関係としてお互いを高めあったという記事を書きましたが、田中投手はインタビューで、齊藤投手と比較されることがいやだったと話しています。

確かに、色々とやりにくいところはあったと思います。

同じようなことは、

同じ学校に入学した弟が兄と比較されるケース

同じ大学に入学した後輩が、高校時代からの先輩と比較されるケース

等でも非常にやりにくく思われていることは事実でしょうし、ごく自然の感情でしょう。

そのような立場におかれ、腐ってしまっては最悪のケースに至ってしまいますが、この逆境を何くそと一念発起し、比較対象に勝ってみせると頑張った先に、自分ひとりで頑張るよりも大きな結果が得られることもよくある話です。

プロ野球界に限定しても、松坂世代の有力選手は、他の世代でチームメートに恵まれれば間違いなく甲子園のヒーローになっていたと思われますが、「松坂と比べると・・・」と辛い評価を受け続けたことと思います。

しかし、そこで腐らず努力を重ねた結果、プロ野球界を代表する選手に成長しています。

比較される対象のいない世界は楽ですが、良きライバルがいて、ライバルに負けないよう頑張れる環境の方が、成長途上の時期には良いと思います。

激しい批判を浴びつつある越境入学問題も、このような観点から見れば有益なものであるとも考えられます。

そういう環境を望む人、そういう環境に自ら飛び込む人こそ大物になる資質を有している人なのかもしれません。

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2006年12月20日 (水曜日)

癒し、癒される関係

アメリカの研究によれば、幸せな結婚をしている女性が、ストレスを感じた際に夫の手を握ると、ストレスが即座に解消されることが、脳のスキャンではっきりと示されたそうです。
 研究は、結婚生活が良好と見られる16組のカップルを対象に、神経科学を専門とするバージニア大のジェームズ・コーン博士らが行いました。
 同博士は、ロイターに対して、夫の手を握るという行為が女性のストレスの程度に与える影響の大きさに驚いたようです。

同博士は「関係が良好であれば、傷が早く癒え、病気になる頻度も低く、長生きすることは、これまでにも分かっていた。しかし、親密な関係が精神面に及ぼす利点を量的に測ったのは、今回の研究が初めてのことだ」としています。

仕事上、離婚案件の激しい夫婦間のやりとりばかり目にしていますが、ほとんどの夫婦は時々は喧嘩しながらも、仲良くやっているのが実情だと思います。

そうして仲良くしていることによって、互いに癒し、癒され、ストレスや外傷のケアになるというのはすごく新鮮な発見のように感じます。

そうやって、お互いに助け合い、フォローしあって、嫌なことや苦しいことに立ち向かい、十全な生活を送れることは、本当に幸せなことだと思いますし、そのような生き方ができる人間は素晴らしい生き物だと感じます。

ただ、そのように癒し、癒される関係になるためには、色々と苦難を乗り越え、お互いの確固たる信頼関係を築く必要がありますが、それは決して容易なことではありません。

外見や来歴など、人間の本質的な部分とは異なるところに、非常に大きなハードルがある場合もありますし、少し深い関係に入りつつある時期にはちょっとした言動で、関係が敏感に揺れ動くこともままあります。

そのようなハードルを乗り越えて、癒し、癒されあう関係を築ければ本当に幸せだと思いますし、人間関係は目先の小さな利益にとらわれず、先の真実の関係を築くことに注意しながら誠実に頑張っていくことが大事だと思います。

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2006年12月15日 (金曜日)

新型ウィルスの脅威

今年の冬はノロウィルスが流行しそうです。

中学駅伝の選手が集団感染したというかわいそうな報道もありますが、これから冬が深まるにつれて、さらに猛威を振るう様相を呈しています。

浦和レッズの選手の間でも流行したとのことで、ひょっとしたらスポーツ選手あるいは外にいる時間の長い人がかかりやすい病気かもしれないと思うと、外で元気に遊ぶ子供は逆に元気を失ってしまうのではと考えてしまいます。

私も、外出する際、意地を張って長距離を歩かず、タクシーを利用したいと思うようになりました。

ノロウィルスを盾にとった仮病の話もちらほら聞くようになり、もう今年の流行語大賞は発表済みですが、この病原体は言葉のうえでも流行するかもしれません。

思えば、3年前は鳥インフルエンザウィルスが大問題となりましたが、人間に次々と新種のウィルスが襲いかかり、一部の人間はその犠牲になり、それを克服しては、新たなウィルスが現れるという歴史が繰り返されています。

風邪・癌・水虫を完全に治せる薬を開発した人は間違いなくノーベル賞といわれますが、ウィルス対策にいそしむ研究者たちには我々はいくら感謝してもしきれない恩があると感じます。

他方で、北からの悪魔もあれば南からも、古代から人間を苦しめ続けた悪魔が襲来しているとの報道もあります。

地球温暖化でマラリア発生地域がどんどん北上し、沖縄にまで到達する可能性があるとの報道を目にしたことがあります。

北からも南からも小さな、しかし凶暴な悪魔が我々に襲いかかってしまいます。

普通に生活していたら平和な人生を歩めるという時代は終わってしまったのかもしれません。

風邪等の病気に負けない健康な体をつくるとともに、決して油断せず、帰宅時の手洗い・うがいを励行するなど、風邪対策をしっかりととった方が良いようです。

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2006年12月 6日 (水曜日)

あふれる野菜

キャベツが数千トン単位で処分されるというニュースを見ました。

といっても、薬害などの問題ではなく、過剰生産の問題だということで驚いています。

私はキャベツが大好きで、野菜炒めや回鍋肉のほか、おでんを買うときは玉子とロールキャベツは外さないようにしています。

しかし、例年キャベツの値段が高く、1玉100円で売っていれば絶対買うという感じで買っていました。

しかし、報道によれば、例年8玉100円程度で取引されるキャベツが、今年は250円程度にとどまるとのことで、出荷元は一生懸命作成したキャベツを1玉たった30円ほどで出荷しないといけないこととなり、非常に負担が大きいものと感じます。

それでも市場価格があまり下がらないということは、スーパーなどが相当高額の利ざやを得ているのだと思い、一生懸命野菜を作った人が恵まれず、ただ商品を横に流すだけの人が儲けている社会の仕組みには合点がいきません。

士農工商とは良くいったものです。

この秋の天候が良かったことに加え、降水量も十分であったことなどから豊作となったようで、大根や白菜も生産調整になっているようです。

これで、中国産の危険な野菜を口にせずにすむのですが、野菜がありすぎて処分するというのも変な話です。

大根や白菜はこの鍋シーズンに、普段の倍食べるのも悪くないと思います。

安い健康食材がいま市場にあふれている、そういう状況ですから、この機会に野菜の摂取量を増やしてみてもいいと思います。

最近仕事が遅く、私が帰ることには手頃なサラダは既に完売しているので、生野菜からなんとか最低限のビタミン類を摂取しようと献立を工夫していますが、野菜生産の現状と誰がどこで儲けているかの縮図を見る思いです。

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2006年12月 1日 (金曜日)

流行語発表

今年の流行語大賞とトップ10が発表されました。

1,大賞 イナバウアー 品格

 イナバウアーは大本命そのままでした。技の美しさと大舞台での最高の結果をあわせ、多くの人の印象に残った結果だと思います。

 品格は、正直予想外でしたが、やはり多くの人の心をとらえた結果だと思います。

2,トップ10入り

 エロカッコイイ(エロカワイイ)は、萌えに次いで、「こんな女性がいたらなぁ」という願望の実現で、多くの人を興奮させたものだと思います。萌えと異なり、女性の支持も多く、現在の王道を行く感じです。

 格差社会は、私もこのブログで何度となく記事を書いてきましたが、弁護士だから格差の上にいるというわけではなく、これから弁護士業界での激しい格差社会が展開されようとしている中、決して資格のうえにあぐらをかくことはできません。

 シンジラレナーイは北海道パワー炸裂という感じです。これまで優勝監督の挨拶は数々の名言がありますが、北海道初の優勝による、道民パワーの大きさを感じさせます。

 た~らこ~ た~らこ~ は個人的にはダンゴ三兄弟の二番煎じっぽくてあまり好きではないのですが、単純なものほど親しまれやすい風潮を表している感じです。最近のCGばかり凝ったややこしいアクションやシューティングゲームをするなら、マリオブラザーズやスターフォースの方が気楽に楽しめて面白いという感じと共通するものがあるかもしれません。

 脳トレは、私も毎日やってます。脳年齢20歳は最早間違いなく出せるのですが、トレーニング全種目ロケット級が出せない(音楽演奏・漢字合成・記憶加算あたりでいつもひっかかります)。

 ハンカチ王子は名前の語源はおそらく2ちゃんねるですが、女性に熱狂的な支持を得てのランクインだと思います。これも大きな結果あってのもので、優勝していなかったらノミネートすらなかったでしょう。

 ミクシーは今年最大の商品(?)だと思います。ネット社会で友達を増やす非常に有効な場所ですが、既にミクシー症候群なる問題も生じており、来年以降新たな問題や犯罪が起きず、楽しく利用できる場であり続けることを祈ります。

 メタボリックシンドロームは、「お前はウエスト細いから関係ないよ」と良く言われるもののかなり気にして、脂肪摂取を控えています。最近仕事が忙しくて帰ってビール飲んでグゥというパターンもしばしばあり、内蔵脂肪がたまっていないか心配です。ただ、健康に対する国民の意識が高まっていることは非常に良い傾向だと思います。

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2006年11月29日 (水曜日)

かまってもらえないとすねる子供

いじめ問題が取り扱われる中、大臣や教育委員会に直接自殺を志願する手紙が殺到していることまで問題となっています。

誰にも相談できず、自分一人で耐え抜いてきて、もう我慢できない時に最後の望みをたくして手紙を出す、それなら非常に大切かつ真剣に討論すべき問題です。

しかし、手紙を出した人全員がそのような切迫した事情にあるとはかぎらないようです。

名前すら名乗らず、ただ非難するだけ、そういう手紙には前向きに事態を収拾しようとする意図は見えず、ただ自分の行為で人が騒ぐのを見て、自分の存在を確認するだけの行為であるように思います。

同列に挙げるつもりはありませんが、興味ある人に対して、自分の存在を意識してもらうために、あえて意地悪する、自分の行為で人が騒ぐのをみて自分の存在を確認できるいたずら犯なども、根底には、自分の存在をもっとまわりが大きく扱って欲しい、かまってもらいたいという深層意識に基づくのではないかと思います。

子供は親や兄弟にかまってもらえないとすねてとじこもります

女性は親や恋人にかまってもらえないとすねて愛情が敵意にかわることすらあります

人間関係を円滑にしていくうえで、そのような疎外感を抱く人がいないよう配慮して仲良くやっていこうとすることは大事ですし、イジメ問題やいたずら犯を発生させた社会環境はその周辺にいる全ての人が責任をもって改善していくべきと思います。

ただ、最後に決断するのはやはり本人ですし、本人が強くならないと周りがいくらフォローしても問題のない明るい社会は形成できません。

イジメ問題はそう簡単に解決のできそうにない難問の様相を呈していますが、疎外感を生むような環境を作らない努力と、疎外感を感じてもすねずに、周りととけ込む努力のできる強い心を持つべきとの教育がキーワードになってくるのではと感じます。

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2006年11月28日 (火曜日)

サンマ大漁

北海道の浜辺に2度にわたって大漁のサンマがうちあげられる事件がありました。

サンマといえば、一般家庭でも簡単に手が出る大衆魚として、人気です。

その魅力はなんといっても1尾100円を割る安さ!私も仕事帰りに99ショップでサンマの塩焼きを買って帰り、レンジにかけておいしくビールといただくことが多いです。

安い理由は近海で大量にとれるから、とのことでしたが、最近は近海で網をはってひっかかるのはエチゼンクラゲばかり、漁のポイントをどんどん北に移していっているようです。

北に行けばいくほど、十分なプランクトンを食していない子供が多く、サンマは小柄化していくようです。

しかし、今回の事件は何もせずに浜辺でサンマが大量ということで、近時のサンマ漁の方向性と合致しません。

マグロ漁の制限問題が日本の寿司業界に大きな影響を与えそうな時勢ですが、サンマの数はまだ我々が危惧するほどすくなくなっていないようです。

そして、サンマは大量の魚群を組んで移動するため、ひとたび魚群を探知してしまえば、当たり前のように一発大量であることもかわらないのだと思います。

問題は、サンマ漁のポイントに変化があったことと、異常気象等で、サンマが本能的に泳ぐ方向に疑問を感じて迷走し、シャチなどの巨大魚に追われて陸に打ち上げられたという説が有力なようです。

地域住民的には棚からぼた餅的に感じているかもしれませんが、その背後には、サンマの哀れな一生と、サンマ漁に限らず、今後の漁業問題全体への問題提起があるかもしれません。

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2006年11月25日 (土曜日)

友情のあり方

酒気帯び運転の罪を同乗者に押しつけ、2人とも刑事責任を負うことになった事件がありました。

一緒に楽しく酒を飲み、車で来ていた方が泥酔したため、もう一方の人が無免許にもかかわらず運転して帰り、事件を相方に押しつけたという事件のようです。

本来の友情なら、飲んだ段階で今日はタクシーで帰ろうという話になるでしょうし、事件になったからといって、事実をねじまげてまで責任逃れをしようとは思わないでしょう。

なあなあに酒を飲んで、なあなあに車で帰り、なあなあに責任逃れをして、どんどん深みにはまっていった事件だと思います。

人間関係楽しくやりたいのは当然でしょうし、楽な方法を選びたいと思うのは当然でしょう。

だからといって、なんでもかんでも自分(自分たち)にその時一番利益な方法を選べばいいわけではありません。

ダメなことをダメと言えるのも友情の重要な要素でしょうし、それを言えない関係がそれほど大事なものかどうか疑問があります。

人は一人では生きられず、少なからず、周りの人間の影響を受けます。

引越しの際、いじめや不良の多い問題校を避けたり、できる限りレベルの高い学校や職場を選びたいというのもその現れだと思います。

人間関係にも色々あり、その中身もガチガチな厳格なものになれば敬遠されてしまいますが、楽な道に流れすぎず、お互いを高め合えるよう気をつけるのも大事な要素だと思います。

そのためには、楽しい話だけでなく、厳しい話やお互いの問題を指摘しあうような楽しくない話も含め、何でも適度に話せることが大事なのだと思います。

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2006年11月21日 (火曜日)

いじめ人間の苦悩

いじめ問題が大きな社会問題となっていますが、いじめる側も慌てて関係諸機関に相談するケースが増えているようです。

いじめ事件が必ずしも「被害者=善、加害者=悪」と認識されていないことは最早常識ですが、そんななか、加害者側にも重大な悩みがあってイジメ事件に至っていることが良くわかります。

人は必ずしも周りの人で気に入らない人を敵視するわけではなく、できる限り楽しくやりたいと思っているはずです。

そういうわけで、いじめ行為によって特定人物を敵視・攻撃したいと心から思っているのはごく一部の人間でしょう(心の片隅で感じるだけならばほとんどの人が感じたことがあると思いますが)。

そのように、心から他人を敵視・攻撃したいと感じる人は、親・教師も把握できるでしょうし、刑事罰による制裁・矯正も可能な場合がらいます。

いじめ事件が顕在化するかどうかは、心の片隅で不愉快に感じている人が、上記のような病んだ人に同調していじめに荷担する場合だと思います。

その引き金となるのは、いじめっ子による明示の脅迫行為もあれば、黙示の空気もあります。

今回相談にかけこんでいるのは、本心に反していじめグループに荷担させられている人たちではないかと思います。

積極的な加害・荷担意思がなくとも、結果が生じてしまえばその人は責任をおいますし、結果が発生してから悔やんでも仕方ありません。

そのような悲惨なケースを回避するためには、できる限りいじめ問題の悲惨な結果を中高生に分かりやすく説明するとともに、いじめに荷担することの愚かさを理解させ、いじめの発生しない空気を作り出すことだと思います。

いじめのない平和な学校ではそれができていると思いますので、できる限りそのような空気が日本中に広がることを願います。

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2006年11月17日 (金曜日)

芝生の上のこどもたち

私の家のすぐ前にある扇町公園では、日曜日の昼間などは、芝生の上で子供たちが遊び(ホームレスが昼寝し)、土のグランドでは夜になってもサッカーが繰り広げられています。

子供は、平坦な土のグランドよりも、多少凹凸があっても芝生の方が遊びやすいのかな、という印象があります。

それもあってか、東京都の全公立小中学校のグランドを10年かけて全て芝生にするという計画が出ました。

子供にできる限り外で遊んでもらうとともに、都会のヒートアイランド現象への対策も兼ねられているようです。

その目的は素晴らしいと思います。

ただ、芝の管理には相当注意を要します。

ましてや、いたずら好きの子供の場合、せっかく管理した芝について簡単に荒らしてしまうかもしれません。

そうなると、芝のグランド導入に伴う、コストは非常に高いものとなると思います。

しかし、固い土のグラウンドだからこそ、サッカーの一流選手が育たないという指摘もありますし、芝生の導入で、屋外での活動が活発化するなら、是非推進すべきことでしょう。

小中学校のグランドはまず体育の授業やクラブ活動に利用されますが、できる限り無駄なく、地域住民が利用できる体制を整えれば、コストの問題にも十分な見返りが出るのではないかと思います。

東京都の試みには不安がないわけではありませんが、良い結果を期待させる妙案だと感じます。

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2006年11月 8日 (水曜日)

竜巻の衝撃

北海道で起きた巨大竜巻の報道は日本国民に大きな衝撃を与えました。

地震・台風・津波の自然災害は良くあることで、仕方のないことと割り切れますが、竜巻災害は、小規模なものを除けば、欧米の映画やニュースでしか見たことがなく、これほどの被害を及ぼすものなのか、逃げても逃げられないものなのか、と新鮮な恐怖を味わうことになりました。

月曜日まで晩秋らしからぬポカポカ陽気で、私も「秋浅し」という記事を書いていた矢先、火曜日から急に寒くなり、急激な寒暖の差が竜巻の原因となったのかな、と素人的に考えてしまいます。

(しかし、北海道は既に初雪が観測されているなど、十分に寒かったようですので、やはり空論にすぎなさそうですが)

日本には全くない、あるいは少ない海外の文化がどんどん流入し、楽しい生活を送れる反面、海外特有の犯罪や自然災害まで日本で発生するようになるのは、理屈上は何の因果関係もないでしょうが、しかるべき条理なのかもしれません。

世界史履修漏れ事件が全国で大きな波紋を呼んでいますが、世界の地理や歴史を学び、他国の人がどのように工夫した生活をおくっていたかを知ることは決して机上の学問に終わらず、そこに大きな生活のヒントがあることを理解すべきだと感じます。

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2006年11月 7日 (火曜日)

失業率と刑法犯数の相関関係

業務上過失致死傷事件(交通事故)を除く刑法犯の数字と失業率との間に相関関係があるとのニュースがありました。

不景気だと他人を害して自分の利益を得ようと考えるふとどきな輩が増え、景気が良くなると、犯罪のリスクを考え、おとなしく真面目にそこそこの生活をおくるという人間の心理的な状況が現れている・・・かもしれないことを示すニュースです。

貧乏人は犯罪を犯し、金持ちは犯罪を犯さないということには全く理由がありませんが、統計的に見れば、貧しいからやむを得ず犯罪を犯すという理屈には、一応の裏付けがあるのかもしれません。

そうすると、平和国家を築く方向性は、GNP・GDPを増加させるとともに、貧富の差をなくすことにあるかもしれません(そうなると、人より抜きん出たいと思う人が問題を起こすのかもしれませんが)。

失業率も、形式的な求人倍率自体はそれほどひどい物とは思えません。

どこでもいいから働きたいという人は、学歴や能力にかかわらず、働き口はみつかると思います。

それこそ、求人倍率がこれから急上昇しそうな弁護士業界への就職を希望する司法修習生こそ、よっぽど就職は困難である気がします。

この仕事をしていて、職を転々とする人が自分が想像していたよりも圧倒的に多いことに驚かされています。

離職の最大の原因は、自分の思うようにいかないから、のようですが、折角就いた職業で思うようにいかないからといって、すぐに辞めて、収入がないから犯罪に及ぶというのは筋違い甚だしいと思います。

近時のキレる子供や、いじめ問題などへの対処の面でも、もう少し教育者が、「人生思うようにはいかないものであること」と、「自分の思うような人生を送るためには相当の努力を必要とすること」を、しっかりと教えて行くことが肝要だと思います。

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2006年11月 6日 (月曜日)

最善の一手

腎臓の不適切摘出&移植が波紋を呼んでいます。

担当医の理屈によれば、

①腎臓は一つでも足りるし、治療に長時間の手術を要するなら、短時間で摘出してしまった方が本人にとっても負担が少ない

②その摘出した腎臓を、病的部分を取り除いて、腎臓を必要としている患者に移植してあげれば一石二鳥

というのでしょう。

一見、もっともと思いがちですが、プロの専門家として依頼者に依頼に応える職業につくからには、その依頼者との1対1の関係で、最善の一手を追及・実現しないといけないと思います。

腎臓は一つでも生きて行けないことはないですが、一つで事足りるわけではなく、今後、残った一つの腎臓にアクシデントが発生した場合、この医師はどう責任をとるつもりでしょうか?

腎臓摘出か、治療か、どちらが最善の一手であるかは人それぞれでしょう。

長時間の手術に耐えられないお年寄りなどのためには、摘出が最善ということもあるでしょう。

しかし、多くの人は、自分の体の一部をおいそれと失いたくないでしょうし、失った場合のリスクも考えると、多少時間と費用をかけてでも、治療を選択するのではないでしょうか?

医学的にどこまで可能かわからない患者の無知につけこみ、これに説明義務を果たさず、結果的に患者に不利益な治療をする医師は、非常に卑怯であり、詐欺師に近い存在であると感じます。

同じ事は私の職業にも言えます。

ほとんどの依頼者は法律に無知で、事件処理方針は弁護士に一任します。

一任されると、どうしても忙しいときなどは、手抜き、あるいは、理由なく妥協して簡単な事件処理を選択する弁護士は少なくないようです。

しかし、依頼者は一生に一度あるかないかの大きな壁に当たり、相当の決意をもって依頼に訪れます。

そのような依頼者に対して、自分が楽して金儲けしたいとの利己的欲求で、適当な事件処理をするのは、非常に失礼な話で、あってはならないことだと思います。

最近、仕事が忙しく、似たいような事件は定型的に処理しがちだったのですが、事件毎・依頼者毎に最善の一手を尽くせるよう、今回のニュースから再確認し、実践を心がけたいと思います。

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2006年11月 1日 (水曜日)

不祥事の自慢合戦

ここ最近、ニュースもワイドショーも、

いじめ自殺問題・世界史履修漏れ問題の2大柱を中心として構成されています。

まるで全国各地の不祥事事例の競争をしあっているようで、滑稽な反面悲しくもなります。

飲みの時など、お互いの武勇伝を語り合うより、自虐ネタで盛り上がる方が多いときもありますが、そんな感じなのかなと感じ、ただ、この問題は宴席でのネタで終わらせてはならず、しっかりと解決しないといけない問題です。

学校がいじめを認めた認めないの変遷についてですが、基本的な事実を一部認めたうえで、それが「いじめ」にあたるかどうかという評価の問題だと思います。

通常の部活動の中でありうる上下関係やレギュラー・控え間の軋轢の範囲内ならイジメではない、その範囲を超えて、特定人物に対する悪意があればイジメだと思います。

人間社会自由が原則ですし、教師も些細なやりとりにいちいち介入していては学校として成り立たないので、イジメの範囲に入ったと感じたところで介入するものだと思います。

問題の学校の問題の籠球部では、退部したり、人間関係に不満を述べる生徒が複数いたとのことであり、学校側は調査し、適切な保護をすべきだったにもかかわらず、それを怠った責任は大きいと思います。

イジメ自殺被害者の会も発足しつつあるとのことですが、全国自虐大会に陥らず、安心して通える学校環境の整備のためにも、関係者には全力を尽くしてもらいたいと思います。

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2006年10月25日 (水曜日)

学校と塾の違い

富山のとある進学校が、進学実績を上げるために必修科目の一部をカリキュラムに組み込まなかったという衝撃的な事件がありました。

こうなれば、学校と塾の違いがどこにあるのかわからなくなってきます。

教師にるイジメ問題が浮上した矢先の出来事で、今後の教育問題にさらなる一石を投じるおそれがあります。

受験戦争の中で、進学実績という結果が厳しく追い求められていますが、勉強を教えていい学校に入れる結果を出すべきなのは塾であるべきと考えます。

中学校まで義務教育、高校も事実上ほとんどの子供が進学する状況においては、学校の役割は最低限度の教育を施すとともに、最低限の精神的素養やマナーを植え付けることも大事だと思います。

その点で、進学率やスポーツの強さで良い学校であるかどうか決まるのではなく、イジメや不良がいないかどうか、卒業生に世間知らずや犯罪者が多数いないかどうかなども重要な要素として考慮すべきと思います。

少子化で学校の生存競争が激化しているなかで、結果だけを厳しく追い求められている辛い現状はあるのでしょうが、学校と塾とは似て一線を画すべき存在だと思いますので、学校関係者はこれらの事件を機に、塾との違いを再考し、経営方針に熟慮を重ねてほしいと思います。

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2006年10月16日 (月曜日)

ネットでスポーツを楽しむ時代

ヤフーで配信されたソフトバンクvs日本ハムの野球中継が2試合で20万人近い視聴者があったというニュースがありました。

家で野球観戦する場合は起動の早いテレビを利用するのだと思いますが、職場などで気になるニュースをチェックする場合や、家でも、仕事の合間にちょっと状況を確認する場合等にはパソコンを使用するのだと思います。

ヤフーに限らず、動画配信は現在非常に多くの視聴者を集めていますし、動画に限らず、電子掲示板を利用した一球速報なども多くの視聴者を集めているようです。

テレビは単なる映像出力装置にすぎず、総合情報収集装置であるパソコンこそ、これからの情報収集の基本になることを示す大きな事情だと思います。

ホリエモンらが目指したのはこのようなパソコンを通じた総合情報サービスを独占することによる莫大な利益。

時代の寵児は時代を正確に先読みする能力を有していることもよくわかります。

地デジやインターネットを通じた動画の配信は間違いなく近未来の目玉商品になります。

凡人の我々でも、今からこれらの商品を扱う会社の株式を集めておくことはまだ遅くないかもしれません。

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2006年10月15日 (日曜日)

教師がいじめをリードする時代

福岡のいじめ自殺事件で、悲惨な状況が続々と報道されています。

・いじめの発端は学年主任による暴言

・担任も普段から少年をばかにしたり、秘密を漏らしたりした

・自殺をほのめかされて、「じゃあ死ねば」とつきはなしたクラスメート

いじめ問題はいじめられる側の問題もあるとういうのは良くある話ですが、いじめる人間もいれば、かばう人間もいる、そのバランスの中で、最後は自分が強い意思をもって立ち直るというのが多くの場合だと思います。

しかし、このような四面楚歌の状態では、立ち直りのしようがありません。

そのような状態を教師自ら作出したというのが事実であれば、教育問題史上最大の問題となるおそれもあります。

人間関係は様々で、どんないい人間でも人に悪く言われたり、悪く言ったりすることはあると思います。

そんな中でちょっとした言い合いや、意地悪なやりとりがあるのはやむをえないことで、これをやめましょうという指導は理想論にすぎません。

これに対して、いじめられる側は、多少の意地悪にめげず、強く自分を持ち、成長と改善を目指すこと、いじめる側は、自分の一つ一つの行為は些細でも、それが積み重なって大きないじめになっていないか、他人の行為とあいまって大きないじめになっていないかなどに配慮できることが大事だと思います。

そんなことは言われずとも大人ならわかるべきことで、それもわからない教師が横行しているというのは悲しいことです。

近隣問題や職場等でも起こりうる問題ですが、なんでも自分の思い通りになるわけではないことを理解して、「考えすぎない」「やりすぎない」前向きな人付き合いを心がけていくことが大事だと思います。

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2006年10月10日 (火曜日)

とうとう弁護士まで

飲酒運転の連鎖が止まりません。

とうとう法を遵守させるべき弁護士まで逮捕されてしまいました。

無免許運転や飲酒運転は、「タクシー乗るの面倒臭いし、明日車引き上げにいくのもかったるいから運転して帰りたい」というちょっとした甘えと、「ちょっとだけなら大丈夫だろう」という運転技術への過信が原因ではないかと思います。

前者は「一万円札はあるが、小銭がないから面倒臭いし・・」といって50円のアイスを万引きする高校生の心理に共通するものがあります。

実害なしの道交法違反事件を担当する際、いつも「実害もないし、この程度の犯罪で懲役の実刑?」と驚いてしましますが、初犯ならいざ知らず、同種前科のある場合、

他に手段があるのにあえて犯罪を選択した規範意識の欠如

社会や裁判制度への軽視、自分への過信

は厳しく追及されるのが実情です。

社会をなめた甘ったれた根性を、懲役の厳罰でたたき直す判例の動向はこの視点から見ると理に適っているように思います。

これだけ飲酒運転事件が騒がれてなお飲酒運転をやめない人は猿以下かい?と言いたくなりますが、おそらく飲酒運転はこれからも続発するのでしょう。

万引きや飲酒運転に対する処罰は頭の悪い動物を調教するがごとく、違反→罰が日々繰り返されるのでしょう。

一人一人が自分に過信せず、謙虚に勉強していく姿勢が大事だと思います。

それを実現している人は尊敬に値すると思います。

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2006年10月 3日 (火曜日)

情報を守り抜く時代

最高裁で取材源の秘匿を正当とする判断がありました。

表現(報道)の自由を実質的に保障するためにも、取材源の秘匿は大事であるといわれます。

しかし他方で、裁判上刑事事件や民事事件の唯一の手がかりを手繰るためにも、取材源を明らかにしてほしいと切実に願う当事者もあります。

取材源の秘匿に限らず、証拠主義の裁判においては、いかに証拠や関連情報を入手できるかどうかで勝敗が分かれてきます。

裁判で戦う前に、激しい情報争奪戦が繰り広げられるわけです。

昨日のネット上の情報をIPアドレスからたぐり寄せるというのも同様の情報争奪戦の一種だと思います。

近時個人情報保護法の制定などにより、とくに情報管理が厳しい目で見られますが、情報を持つ者はいかに丁寧にそれを守りぬくか、情報を持たないものはいかに理屈をたててそれを入手するか、が大事になってきます。

弁護士は両者に対して法的アドバイスをすることになります。

弁護士自身が把握する情報をまずしっかりと保管し、他者の対応についてアドバイスする、そのためには、弁護士自身が必然的にIT化していかないといけないと思います。

昨日から法テラスが開業しましたが、これからの弁護士大増員時代に生き残る第一の条件は情報操作にたけていることではないかと感じています。

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2006年9月27日 (水曜日)

雇用される人の人権

雇用関係は雇用者と被用者双方の自由意思によって成立すべきものです。

しかしながら、色々と見る限り、雇用段階ではどうしても被用者が蔑ろにされている印象を受けます。

八重山商工のエース大嶺投手が、突然のロッテによる指名に驚き、挨拶すら拒否しているとの報道が続いていますが、ただでさえ被用者の人権を蔑ろにしたドラフト制度であるのに、さらに選手契約を球団間の駆け引きの材料にしようとしたことがうかがわれる事件であり、大嶺選手側の立腹はもっともだと思います。

確かに、まずドラフト会議で球団が交渉権を獲得し、その後に球団と選手が契約するというのが建前ですが、雇用契約が真の自由契約であるためにも、事前に少なくとも球団の概要と球団として興味はもっている事実は伝えたうえで、選手本人にもプロ生活をイメージできる機会は保証すべきだと思います。

ドラフト会議で球団が一方的に決定され、球団が作成した契約書にサインするだけでは、あまりに被用者の立場がなさすぎます。

プロ野球選手に限らず、どこの世界でも、雇用者側は自社に必要な人材かどうかを効率よく見極め、必要な人材に対してのみ普通の対応をします。

その結果、被用者側は雇用者がどのようなものかも十分にわからぬまま、雇用者の意思一つで雇用され、あるいは門前払いされる結果となります。

自由競争の中では当たり前のことかもしれませんが、雇用者と被用者の関係がサーカスの団長と動物のような関係にならず、真に必要としあい、高めあえる関係を築くためには、もう少し互いの立場を理解した交渉が必要ではないかと思います。

少なくとも、プロ野球球団は、単なる営利団体ではなく、非常に大きな公益的使命をもっているのですから、特に選手の雇用・育成に関しては意識して改善していかなければならないと思います。

逆に、一般企業では、一度採用した社員を解雇するのが困難であり、その点で雇用時と退職時で雇用者・被用者の利益のバランスをとっているのかと感じますが、これでは根本的解決にはなりませんし、「一度雇用されてしまえばあとは・・」とモラルハザードを助長するだけではないかと感じます。

現実的にはこの制度の改正は困難かもしれませんが、意識して少しでも改善していくべいではないかと感じます。

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2006年9月26日 (火曜日)

本心は本人のみぞ知る

奈良の女児誘拐殺人事件で、小林被告の死刑判決が言い渡されました。

それ自体は、意外だった面はあるもののそれほど驚くべきことではなく、弁護人が即日控訴したのもよくある光景です。

しかし、不思議なのは、被告人は自ら再犯可能性を主張し、死刑にされなければ今後再犯に至ること、死刑にしてほしい旨を明言しています。

このような自分に不利益な主張はパフォーマンスである可能性等が少なくなく、慎重に対応しなければなりませんが、現実に死刑願望を明言している被告の代理人が、死刑判決に対する不服申立を即日できるということは、背後に複雑な事情があることを推認させます。

刑事弁護をやっていって、犯罪を犯す人は意外に普通の人だなと気付く面が多かったのですが、最近では、やっぱりおかしな人だから犯罪に至るのだなと改めて感じる場面にもよく遭遇します。

刑を軽くしてもらうために、反省の弁を述べるのは誰しも行うことですが、その真意は本人のみぞ知ることで、周囲の人間はなかなか気づきえません。

ただ、刑事裁判に関わる法曹三者は、真意の核心までは理解できずとも、被告人の真意がどこにどのようにあるかを漠然とでも把握していないと被告人の矯正教化になりません。

あの被告人はおかしな奴だから俺ら一般人には理解できん、というのではなく、できる限り理解しようと努力しようとすることが非常に大事だと改めて感じます。

そうすれば、オウム事件の控訴審の弁護団はこの努力を行ったのではないかという疑いも生まれ、裁判所から懲戒請求されてやむなしといった感じもします。

形式を重んじる刑事弁護で、その形式のレールにのせることはそれほど困難なことではありませんが、レールの上にどれだけの実体を形成できるかが、弁護士のみならず法曹三者全体の力量の見せ所だと思います。

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2006年9月14日 (木曜日)

飲酒運転取締警報発令中

全国各地で飲酒運転による悲惨な事件が相次いでいます。

とりわけ公務員による飲酒運転はおそらく今年のキーワードになるほどの注目を集めそうです。

それの影響あってかないのかわかりませんが、最近交通検問やパトカーの巡回が多いような気がします。

私は自転車のキタの繁華街を通り抜けて通勤していますが、飲んで帰る際、警官のパトロールと遭遇することが多く、最近は自転車の違反も厳しく追及されることを思い出し、内心ヒヤヒヤしながら通行しています。

飲酒運転はもちろん、信号無視・速度超過・無灯火といったことでも処罰の対象になりうるので、これからは自転車を運転するのも大変です。

自動車の飲酒運転をする人の心理としては①ちょっと飲んだくらいでは判断は鈍らない②帰る手段が車しかない③結果さえ発生しなければなんでもないこと、という気持ちがあるかもしれません。

しかし、現実に裁判でこのような主張をしても採用されにくいでしょう。

①については、飲酒運転の規定値はビール数杯程度ではあまり検知されにくいもので、相当飲まないと達しない数値であること、②については帰る手段はタクシーなどあること、③については、発生が予想される結果が重大で、結果が発生してから後悔しても遅すぎる面があること、といった判断がなされると思います。

夜間、交通量の少ない道路で、速度超過&信号無視して暴走する自動車はしばしば「みかけますが、運転者の些細な我が儘によって、何の落ち度もない通行人が甚大な被害を被ることは非常にいたたまれないものです。

周囲の人に対する害悪の点からタバコに対する規制がここ数年進みましたが、自動車の運転に対する規律も、危険運転致死傷罪の設置以降、今後ももっと強化されていく様相を呈しており、その方向性は間違っていないと思います。

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2006年9月13日 (水曜日)

「みんなのお金」の使い道

大分市議会議員が公費で甲子園の応援に行ったとして、波紋をよんでいます。

個人的にこれはひどいな、と思いますが、地元活性化のためなどと理由をつけられたら、裁判所を含めた第三者は妥当かどうかの判断はなかなか難しいです。

市議会の予算などは、いわば市民の共有財産であり、それを一部の市民の私腹を肥やすためだけに使われるのでは、他の市民が怒るのも無理はありません。

他方で、全員が納得のうえでしか使用できないならば、全く使い勝手の悪い死に金となりかねませんので、代表者が常識の範囲内で裁量によって使途を決めることができます。

国家予算、議会の予算、組合の財産、夫婦の財産、文化祭の売上など、共有財産となるものは無数にありますが、どれも使途に争いの日種をかかえやすい財産です。

昨日とりあげた近隣問題に加え、共有財産の不正使用案件もこれからどんどん増えていきそうな感じがします。

これも最終的には様々な要素を総合的に判断して常識の範囲を逸脱するかどうかで判断するのだと思いますが、一つ一つの事件を風化させず、事件毎に着実に道しるべがdけいていってほしいと思います。

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2006年9月 3日 (日曜日)

お年寄りをいたわる心

厚生労働省が全国の老人ホームの調査を決定しました。

近時社会問題となっている虐待問題の実態を把握するためです。

老人ホームに入ってまで不安な人生を送らざるをえないというのは非常に悲しい話です。

朝刊を読んでいたら、耳が遠い高齢夫婦の間で喧嘩があり、妻が夫を殺害してしまったという事件もありました。

いずれもお年寄りにいらだって生じた事件だと思います。

それは誰もが感じるいらだちだとは思いますが、お金をもらって仕事としてお年寄りを介護している人や、長年連れ添ったパートナーがこのようないらだちに耐えきれず、犯行に至ってしまうのは非常に悲しいことです。

親による子供の虐待も、教師による教え子への体罰問題も背景には同じものがありそうです。

好きな仕事ではなく金のための仕事をしていたら出来る限り楽をしようとする。

自分の思うとおりにならなければ血のつながりのある親族でも敵視する。

恐ろしい世の中になったと思います。

このような悲惨な事件をしっかりと直視してまずは自分がこのような愚行に及ばないこと、次に周りの人がこのような行為に及ばないようしっかりと人の心をはぐくんでいかないと感じます。

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2006年9月 1日 (金曜日)

奇妙な報道

私は直接見ていませんが、大阪で女子大生を洗脳して監禁し、その親に2500万円を送金させたというニュースがワイドショーを中心に広まっているようです。

この事件を担当するのは私の知り合いの弁護士、起訴検事は私の同期・同クラスということで、マスコミよりは少し真実を知りうる立場にありますが、どうやら多少先走りすぎた報道の可能性があるようです。

通常、マスコミが成人犯罪者を報道する際、きちんと実名を公表します。

今回の件では、現在公判中の事件については相当程度に情報は流れており、マスコミが実名を知らないということはまずないと思われます。

犯罪者が逮捕された場合、一定の被疑事実について逮捕されたという事実は真実ですので、報道に何ら問題はありませんが、今回は関係者からの密告だけがソースだと思われ、真実として確実に報道できることがないからではないかと感じます。

そもそも、被害者とされる女性の所在すら把握していないのではないかと思います。

被告人は拘置所内で弁護士を通じた取材しかできない、被害者の所在もわからない、被害者の親族や近隣住民の話だけで事実を想定していれば、視聴者の目をひくキーワードだけを並べた空虚な報道になるのではないか、心配しています。

報道されている事実が真実かどうかは、刑事・民事の裁判で明らかにされることで、現時点でどうだとはいえません。

ただ、予断なく普通にこれらの報道に接したら「ひどいことする悪い奴がいるもんだ」と感じるでしょう。

私もそうして報道を鵜呑みにしてブログ記事を書いてきましたが、この事件を通じて、言葉を通じて報道されるニュースの裏には非常に複雑な問題があることを実感しています。

私も一人の人間として、今回のような報道に接したらキーワードに目をとられ、事件を公平に見ようとする意識を失ってしまいますが、裁判においてはこのような考えは禁物です。

刑事弁護の基本は、自分の浅はかな考えで勝手なシナリオを書かず、被告人の主張(たとえそれがどれでけ信じがたいものであっても)をできる限り受けとめ、それを骨にした主張を構成することです。

今回の事件について、私はまだ白とも黒とも判断がつきませんが、公平な視点でなりゆきを見守りたいと思います。

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2006年8月29日 (火曜日)

小学校の残業の場合

昨日は残業手当の法改正について書きましたが、今日は公立小学校が来年度から放課後にスポーツや勉強などの課外カリキュラムを導入するというニュースを目にしました。

この取り組み、うまく活用すれば色々な面で良い効果がでそうな気がします。

主眼は共働き夫婦の間の子供を預かることにあるようですが、現在問題となりつつある鍵っ子や登下校中の小学生が狙われる事件対策としても効果がありそうです。

さらには、生徒の中には学校では給食と体育以外は興味ないという人も多くいるでしょうが、課外カリキュラムという新たな楽しみができることにより、学校に行く楽しみや、友人との交流など、勉強外での人間形成の機会も増え、学校から帰ったら、親ともろくに話さず、テレビや漫画やインターネットの世界にふける子供が減りそうです。

カリキュラムの中には、勉強のカリキュラムに含まれているようで、参加者に強制しないものであれば、普段の授業でできないような実験や討論もできそうで、ゆとり教育にも資する気がします。

こういう試みが考えられた背景には、親の教育放棄・教師への教育の押しつけというあまりよろしくない事情もありますが、全体として子供の安全・教育・人間形成といった近時の問題点に前向きに対処できるものであれば、非常に良い試みではないかと感じます。

現場の教師にとっては負担がさらに大きくなるかもしれませんが、良い試みとして成功することを祈っています。

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2006年8月25日 (金曜日)

真面目に働いていて殴られたのは・・

タイトル通り、真面目に働いていて殴られた理不尽な暴行事件が2件立て続けに報道されました。

北海道では、眼鏡の宅配に訪れた人に対し、「野球観戦の邪魔をするな」と、暴行を加えた事件がありました。

埼玉では、車内で騒がしい人を注意した運転手が殴られた事件がありました。

今日ではありませんが、デパートの店員がいきなり客に日傘で刺されて、眼球破裂の重傷を負ったという事件も報道されていました。

このように、真面目に仕事をしていて暴行を受けるというのは非常に理不尽な話だと思います。

今日の2件については、自分の思い通りにならないから、という理由で全く動機に酌量の余地はない事件だと思います。

食べ物の恨みは怖いといいますが、食べ物に限らず、何かの欲求が他人に害された時、人はひどくその他人を憎むのでしょう。

しかし、冷静に考えれば、簡単にすむところを何でもかんでもきれれば思い通りになる、という発想が広まりつつあるのは非常に残念です。

今日の2件については、非常に悪質な犯行だと感じますが、現実の裁判では民事でも刑事でもほとんどおとがめなし同然の判決になりそうです。

現行法上仕方のないことかもしれませんが、このような理不尽な事件が横行するような世の中にならないよう何らの手だてもないのか、案じてやみません。

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2006年8月18日 (金曜日)

中国ではネットも検閲

日本では、表現の自由が保障され、国家による検閲はできないと憲法に明記されています。

とはいっても、公共の福祉のための表現の自由の制限は必要不可欠ですので、表現の自由に対する規制自体はあり、それが検閲に該当するかどうか、という問題は残されています。

これはもっぱら書籍の発行に対するもので、児童ポルノ等を除けばネットの規制はほとんどなく、ネット上の表現の規制は、もっぱら管理人の仕事とされています。

このようなやり方は自由を基本原則とする社会において望ましいことですし、ただ、現代のネット上のトラブルを考慮すると、管理人の責任は重大であることをもう少し国民全体が理解する必要があるのでは、と感じます。

これに対して、中国では、ネット上の過激発言や、知的財産権の侵害行為等について表現を規制できる検閲制度が検討されているようです。

ネット社会において、相手が見えないことをいいことにやりたい放題のことをするのは、人間の本性だと思いますので、必ず現われる宿命だと思いますが、だからといって、あまりに制限しすぎれば、自由が原則ではなくなりますし、そこから現われるはずの新しい文化の目もつみ取ってしまいかねません。

日本では自由であることに感謝しつつ、この自由を守るためにも、ネット上での相互の気遣い・監視が今後大事になってくると思います。

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2006年8月 8日 (火曜日)

甲子園に魔物あり

高校野球で熱戦が繰り広げられています。

今日の第1試合は、9回裏の大逆転劇で盛り上がったようですが、負けた関西高校には、何かにとりつかれたとしか思えない試合が続いています。

1,今日の試合

9-4でリードしている状況から追い上げられ、ピッチャーゴロの暴投をきっかけに最終回4点とられ大逆転サヨナラを許す。

http://sports.yahoo.co.jp/baseball/hs/scores/2006/summer/0808a.html

2,今年春のセンバツ早実戦

8回裏に3-2と逆転したが、9回にライトの後逸がからみ逆転まけ。

http://senbatsu.mbs.jp/34.html

3,昨年夏の大会

京都外大西相手に8回まで10-4と大量リードしたが、終盤2回で8点を奪われ、逆転まけ。

http://www4.nikkan-kyusyu.com/hi/2005/natsu/htm/hi_kei_0813_03.htm

4,昨年春のセンバツ

7回6-4から3点とられて逆転され、8回に同点にしたが、9回フォアボール3つによる満塁のチャンスを生かせず、裏にサヨナラ負け。

http://mbs.jp/senbatsu/77/03.html

5,一昨年秋の中国大会決勝

宇部商相手に序盤で8-0と大量リードを奪うが、こつこつと追い上げられ、8回裏に5失点して逆転され負け。

http://www.kisweb.ne.jp/personal/aweb/hs/04aki/chugoku.htm

大事な大会でわずか2年の間にこれほどまでに大逆転劇を演じられるのも珍しい事だと思います。

実際にプレーしている現3年生にとっては悔やんでも悔やみきれない高校生活になったかもしれません。

ここまでに大逆転劇が繰り返されるのは当事者でもわからないことだと思いますが、単純にメンタルの弱さや魔物の仕業で片付けられることではないと思います。

何をやってもダメな人、何をやってもできる人、人間社会の中にも様々なタイプの選手がいると思いますが、誰も希望して失敗したり負け犬になったりしないはずです。

うまくいかない時はうまくいく人のやり方を謙虚に学び、何かを捨て、何かを改善しないと同じことが繰り返される可能性が高いのではないかと思います。

そういう観点で物事をみつめると、高いレベルの集団の中に身を置き、他の人のやり方を学ぶ機会があることは非常に大事なことだと思います。

関西高校の話題からだいぶ飛躍した結論になるかもしれませんが、高校野球で敵視されつつある越境入学は、素質のある選手が集まり、互いに刺激しあい、学び会う中で選手として大成する大きな機会を与えられる面があることも無視されえてはいけないと思います。

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2006年8月 7日 (月曜日)

御所を見下してはならない

気温がぐんぐんあがった今日は、外回りが多くひからびた1日でした。

そんな今日、皇居のまわりのビルがぐんぐん伸び、皇居を一望できてしまうことが問題視されました。

私が京都地裁で修習中には、「御所をみくだしてはいけない」ということで、御所の南隣にある京都地裁の構造や、所長室の向き・窓枠などに細かい配慮がなされていたのを説明されたことがあります。

昔は皇居を見下すような建物はありえませんでしたが、高層ビルが当然になったこのご時世では、ましてや、東京と都心部ではこういう問題が顕在化するのも無理はありません。

現在、皇居を見下すようなビル建設を制限する法律はありませんので、あくまで宮内庁から、近隣の不動産所有者に対するお願いがなされているにすぎませんが、高額の土地の利用を制限されることに、そう簡単に応じられるわけもなく、今後この問題がどう発展していくか読めません。

経済的にみても、東京駅の前の土地利用を制限しうることは日本国に対する大きな損失となりえます。

近隣の地主が黙って宮内庁の要請に従えば、大きな問題にはならないかもしれませんが、そうでなければ、法律による規制は可能なのか、可能である場合、その制限による多大な損失とどう折り合いをつけるか、頭の痛い問題が山積みだと思います。

これが本格的に問題になる時は、首都機能と経済中心地が同居できない時だとも考えられます。

皇居の存在が日本経済の足をひっぱるのならば、首都機能は地方に移転せざるを得ないでしょう。

憲法上の「象徴」天皇は、象徴であるにすぎないと規定しても、象徴であるがゆえに日本国の政治・経済に大きな影響を与えており、改めてその存在の重大さを感じます。

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2006年8月 2日 (水曜日)

かたちだけの監視役

プール事故の件で、現場監視員について厳しい報道が次々となされています。

・市の承諾を得ない違法丸投げ

・事件当時の監視員は全て素人高校生のバイト

・監視員は吸水口の蓋が何かわからなかった

これでは、監視員はかたちだけいるだけで、実質的な意味は何ら備えていないのは明らかです。

公認会計士や監査役についても、かたちだけいるだけで、実質的な監視の役割を果たしていないという事件はしばしば目にします。

法律は相互監視にともなう治安維持を目的に、様々な監視の制度を置いていますが、法の趣旨を潜脱して、監視機能を有名無実なものにすることはそれほど難しくないようです。

このように法に実質的に違反しては、今回の事件のような大事故に至って始めて反省したり、刑事事件として摘発されて反省する、しかし、やがて事件は記憶の中から消え去り、また楽な方へと流れていく。

人間の本質を表しているようです。

このような中で、自分が被害者とならないためには、割にはあいませんが、こういった悲惨な事件をしっかりと記憶し、自己防衛の意識を高めるしかないような気がします。

本来はそれがコストパフォーマンスが悪いため、法で監視機能をつけているわけですが、残念ながら法が機能していない状況ではやむをえません。

会社法などでは、取締役の横暴に対する監視機能について頻繁に議論・改正が続けられていますが、この際、法一般として、監視制度の強化をはかる必要があるかもしれません。

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2006年8月 1日 (火曜日)

契約を締結するのは誰?