2009年11月 9日 (月曜日)

法律相談のレベルアップ

法律相談のレベル

レベル1 知っていることしか答えられず、実務に対応できない

レベル2 扱ったことのある案件についてはなんとか答えられるが、応用力はない

レベル3 会話のやりとりが成立し、相談者の納得のいく話に持ち込めるが、「調べないとわからない」がまだ結構多い

レベル4 特定の得意分野はてきぱきと完璧に答えられる

レベル5 何を聞かれてもしっかり答えられる

ここで、弁護士会の法律相談はレベル2の弁護士から

市役所法律相談は、レベル3以上の弁護士を要望していますが、実際はレベル2の弁護士がたくさん対応しています。

独立してやっていける一人前弁護士はレベル4が目安でしょう。

私の自己診断はレベル3。

会話は普通に成立し、限られた時間の中でしっかり結論を出せますが、まだまだ本を参照しなければ正確な答えが出せないことはたくさんあり、事務所に戻ってから復習することもあります。

レベル3の弁護士にとっては、法律相談は、仕事を求めていくよりも、勉強の機会を求めていく面が大きいと思います。

経営者になれば「お金になるかならないか」で相談者を見ざるをえなくなります。

そうなる前に、しっかりと1つ1つの相談にこたえ満足してもらえるよう研鑽していきたいと、相談で完璧な回答ができない度に思います、

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2009年11月 6日 (金曜日)

法律相談センターの知名度

今日はとある大阪弁護士会管内の法律相談センターの相談担当でした。

前日連絡では「予約が1件もないが、ドタ参があるかもしれないからとりあえず来てくれ」ということでした。

結果的に複数名の相談者がいたため、時間をもてあますことはあまりなかったのですが、法律相談センターにも地域格差を感じた1日でした。

本庁の相談センターは、一部の分野を除き、ほぼ時間いっぱい相談者で埋まり、忙しいです。

それに対し、地方の相談センターでは、3時間枠の中で、相談者が0~1名ということもしばしばあります。

法律問題を抱える人間の地域格差というわけでもないでしょう。

地方の市役所相談ではここまで相談者が少ないということは少なく、本庁相談センターの相談者は結構遠方から、時には、他府県から相談に来ているケースもあります。

この問題は、①地方の法律相談センターの広報が不十分②本庁相談センターのブランディングが強すぎる、の2点の問題を呈していると思います。

現実には、地方のセンターでの相談も市内の弁護士が対応しているので、本庁の相談者がとりたてて優秀というわけではなく、むしろ、地方のセンターでの相談を引き受ける弁護士は、費用対効果を考えず、広く社会のために貢献したい志向を有する善良な弁護士が多い気がしてなりませんが、社会から見れば、真剣に相談料を払ってまでする相談は、本庁の優秀な弁護士にしてほしいという志向があるのでしょう。

大阪弁護士会の名誉のためにも、本庁相談センターと地方相談センターとで、対応する弁護士の質に変わりはないと意見いたしますが、弁護士会としても、地方の相談センターでコストがかかっていることですし、もっとその存在と質について、しっかり広報活動していければよりよいのに、と思います。

大阪の本庁に遠い地域に住む人々が、気軽に近い相談所で相談できるよう、弁護士会も個々の弁護士ももっと積極的に活動しなければならないのかもしれません。

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2009年11月 5日 (木曜日)

追いつめられないために~刑事弁護編~

昨日、鬱病にならないよう、追いつめられないためにいかにすべきかという記事を書きました。

自分の精神を守るのも大事ですが、被告の精神を守るのも刑事弁護人の大事な使命です。

弁護士と接見する権利は、被告人の権利ですが、被告人が権利を行使すると、捜査機関も弁護人も予定を大きく崩されます。

一生懸命予定を調整したら、大した要件ではないとか、ただの時間稼ぎであったりすると非常にがっかりします。

しかし、接見してかわした会話の内容に意味はなくとも、接見した事実に意味があることもあります。

警察署や拘置所での生活は、はじめて過ごす人には過酷を極めるもののようです。

拘置所にいながら、リラックスとか情報を遮断するとかは困難ですし、被告人にそうした常人のアドバイスをしても無駄です。

それよりも、弁護士がしっかり接見し、励ますことのほうがよほどのストレス解消になります。

このようなサービスが弁護人の本質的な仕事であるかどうかは疑問のあるところですが、弁護士が聞きたいことを聞くだけでなく、被告人の精神の叫びを受け止め、これを和らげるために接見はやはり重要です。

そう考えると、被疑者弁護制度は非常に大きな意味を持ちますし、起訴後も定期的な面会を確保できる制度作りが大事だと思います。

つまらない用事で呼び出されると、頭に来ることもありますが、それでも人助けには違いないと思い、接見にはマメに行くことにしています。

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2009年10月30日 (金曜日)

答弁 不知

民事事件では、相手主張事実を知らないと答弁することがあります。

事件によっては大半の事実を知らないと答弁することもあります。

それに対して刑事事件では不知と答弁することはあまりないのですが、最近立てつづけに不知と答弁せざるをえない事件にあたり、手続選択を悩ませる事案に出会いました。

民事事件で認否するのは相手方の事情ですから、相手方の事なんぞ知らんということはいくらでもあります。

対して、刑事事件で認否するのは、自分の行動ですから、検察官に指摘された行為をしたかしていないか、返事は2つに1つです。

このような刑事事件の認否ですが、たとえば

共犯事件で共犯者がやったことはしらん 被害額多すぎじゃないのか

とか

飲酒酩酊していたので、どんな行動をとったか覚えていない

とか

同様の犯罪を繰り返し行ったので、日時場所態様を逐一覚えていない

といった場合には、本人は事実について知らないのは当然やむをえません。

証拠を見て、おかしな点があれば、弁護人の意見として否認して争うことはできますが、証拠から事実が明白であっても、被告人が認めていない事実を弁護人が認めるのはよくありません。

そこで、事実に対する認否は不知とし、関連証拠について被告人と十分に反対尋問の要否を検討したうえで、同意した書証から裁判所が心証をとるのはかまわない、という手続になっていきます。

自分のしたことなのに、不知、というのはおかしな話で、裁判官や検察官にも厳しい追及を受けることがありますが、時にそういう場合もあります。

マニュアルにのっとった処理ができない難しい案件ですが、決して被告人に不利益とならない手続という観点から丁寧に検討していけばよいと思いました。

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2009年10月27日 (火曜日)

依頼者か相手代理人か

民事裁判で双方代理人がついた場合、相手代理人は敵ですが、仲良くするのが事件の早期解決のポイントです。

代理人間でコミュニケーションがとれていれば、お互いの思惑を共有でき、双方にとって利益のある和解案を模索できることが大きいからです。

私が担当した案件でも、相手代理人とうまくコミュニケーションをとれた事案では非常に良い内容で和解できたと思っています。

代理人間のコミュニケーションが事件解決に資するということを否定する弁護士はいないと思います。

しかし、依頼者は相手憎しで裁判をやっているわけですから、相手と仲良くなどできませんし、相手をたたきのめすことしか考えられません。

弁護士は依頼者に雇われているわけですから、依頼者の意向に沿った訴訟活動の方が重視すべきポイントになってきます。

その結果、相手代理人と仲良くしたくても、依頼者の意向に従い、相手代理人を罵倒する書面を書かざるをえない場面もあるでしょう。

でも、ここは少し待った。

相手本人は悪だとしても、その代理人にまで非難を及ぼすのは筋違いだと思いますし、依頼者思いの善良弁護士もそこは配慮すべきです。

依頼者の言うがままの書面をかくなら、弁護士資格がなくてもできます。

弁護士という資格で書面を書く以上、書くべき内容は精査すべきですし、依頼者の前であっても、発言内容は考えるべきと思います。

私が相手代理人を判断するうえで、依頼者を抑えて穏やかな文章を書いてくる代理人は信頼しますし、依頼者の言うがままの素人同然の文書を出してくる弁護士とは腹をわった話し合いができる気がまったくしません。

依頼者の意向を100%くみとる。この姿勢を批判する気は全くありませんが、依頼者にとって何が利益かを考えて動ける人とそうでない人とは、全く見方が異なってくるなと、一日に何件も訴訟をこなしていると感じます。

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2009年10月26日 (月曜日)

刑事事件はなぜ満たされないか

刑事事件はもうからないと言われます。

被疑者弁護をすれば、1回2万円も日当が出るのになぜもうからないのか。

それは、「時間がかかるからです」

近場の警察署へ往復し、若干の待ち時間を経て30分面会したら、大体大体二時間程度かかります。

スムーズにいってこの時間です。

少し遠い警察署や、待ち時間の長いタイミングに遭うと3,4時間かかることもままあります。

接見日当が出ているからこそわりにはあっていますが、起訴後日当が出ない段階で、何度も呼び出されると、得られる費用÷かかった時間=タイムチャージは他の案件よりも著しく低くなっていきます。

かといって、呼び出しを受けているにも関わらず、接見しないという暴挙に出るわけにはありません。

被疑者・被告人は捜査機関に対して弱い立場にありますが、刑事弁護人はそうした人たちの手足として動かなければならない点も、刑事事件が敬遠される理由の1つでしょう。

しかし、被告人の権利は最大限に充足されるべきです。

どうすれば、被告人も弁護人も満たされるのか、簡単にできる改善策として、接見待ち時間を減らすことが挙げられるでしょう。

小さくとも町中にある警察署は面会室を増やすなどして、待ち時間なく接見しやすい体制を整えるべきでしょう。

夜10時11時まで接見が続くのは弁護人はともかく、被告人も警察も負担が多いです。

午後5時~9時までの間にすべての業務が終わる、そうした体制ができてこそ、被疑者国選が被疑者にも弁護人にも受け入れられる良い制度になると思います。

弁護士の都合と思われがちがもしれませんが、仕事しやすい社会の構築は豊かな社会の基本です。

被疑者・被告人が満足し、弁護人も仕事のやりやすい社会になるためには、もう一歩、行政に努力してもらわなければならないと思います。

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2009年10月 6日 (火曜日)

標準価格はどうやって知る?

不動産業者の代理人をやっていて、「固定資産評価額より高い価格で物件を売りつけたから詐欺取消」という裁判を起こされた案件があります。

驚くべきことに、この訴訟、法テラスが「勝訴の見込みあり」として、弁護士費用立替を決定していました。

固定資産評価額より高い不動産取引が詐欺取消されるなら、およそ不動産取引業は成り立たず、裁判所がそのような判断をしないことは弁護士なら簡単にわかります。

この法律構成のポイントは、売買の価格設定は売主の自由ですし、調べればすぐわかる標準価格の説明義務はない、ということにあると思います。

固定資産評価額程度であれば、不動産取引をする人なら調べたうえで取引しなさい、と裁判所に言われても仕方がないでしょうが、それ以外の取引では、標準価格の把握が難しいものもあります。

例えば、過払金返還事件の弁護士報酬。

標準価格は取り戻し額の20%ですが(私もこの金額です)、CMを流している事務所や売れない個人事務所を中心に、30~50%の報酬を請求をする事務所が多々あるようです。

こうした際に、弁護士報酬の詐欺取消を主張して、委任契約を取り消そうとするのは、裁判所では通用しないと思いますが、それでは、標準価格をどのように知ればよいのか、といわれると難しい問題があります。

詐欺取消構成では、誰が見ても明らかなぼったくり以外はなかなか保護されません。

しかし、当事者の納得はなかなか得られない気もします。

業界の標準価格は、HP等で簡単に調べられるよう明示しておけば、実務の考えに沿った解決がより合理的になります。

結論はなかなか変えられません。

それならば、当事者を納得させる情報開示を推進すべきですし、あらゆる業界でこれを勧めてほしいと思います。

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2009年10月 5日 (月曜日)

団体にはまる罠

刑事事件を見ていると、1人では犯罪はしないのに、悪い団体に引き込まれてつい・・・というケースが成人も少年も多いです。

不良団体を憎んで人を憎まず、というやつです。

真面目な人間より、社会に刃向かう人間の方が破天荒でハラハラし、楽しくつきあえる面もあります。

しかし、それに釣られて、自分も破天荒になってしまうと、鑑別所や拘置所にお世話になってしまうことになります。

それは、最終的には、自分の居場所をはっきりさせられていないことに問題があるのですが、ある団体に所属する際、その中での自分をしっかり見極め、一線をこえないことが極めて大事です。

犯罪をする団体に限らず、宗教団体や身近なサークルでもそうです。

その団体の傾向に盲目的に従うのではなく、自分でこえてはならない一線をこえないよう気をつけることが大事です。

私が思うに、日本人は犯罪傾向は低く、普通に暮らしている分には平和に暮らせますが、義理人情が強いせいか、他人に迎合しやすく、団体の絡んだ犯罪に巻き込まれやすいのではないかと思います。

そうならないためには、各自が自分のあるべきテリトリーを把握して、そこから出ないよう努めるべきですし、はみ出てしまった人をうまくあるべきテリトリーに誘導することが大事です。

不良集団や犯罪軍団やインチキ教団を批判することはたやすいですが、批判しても問題は解決しません。

そういった組織に染まった人をいかに救済するか、そういった組織に染まらないよういかに努めるか、日本が平和な明るい国家であり続けるために、考え、行動していかなければならないと思います。

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2009年10月 1日 (木曜日)

主尋問と反対尋問の準備

話し合いで解決できなければ、証人尋問をして判決を求める必要があります。

自分が申請する証人を尋問するには、あらかじめ陳述書を作成し、できる限りその内容に近い証言を引き出せることが理想です。

逆に、相手が申請する証人を尋問するには、あらかじめ提出された陳述書を検討し、陳述書や証人の証言内容と整合しない事実をたくさん引き出せることが理想です。

その違いから、主尋問と反対尋問とでは用意すべきことが全然違います。

主尋問をする場合は、陳述書を作成した後、証人尋問で聞く質問と回答(想定問答集)をあらかじめ用意しておきます。

これ自体は事務的で創造性のない仕事ですが、これを作ってしまい、打ち合わせをすませてしまえば、尋問当日は比較的荷の軽い仕事となります。

対して、反対尋問は、想定問答集を作れません。

厳密にいえば、質問に対して想定される答えに対しさらに質問を考えと、想定問答集を掘り下げていくのが大事ですが、非常に幅広く、とてもすべてを網羅しきれません。

ある程度までは、想定問答を準備すべきですが、最後はセンスやその場の判断が要求されてきます。

主尋問は事務作業量が多いものの、本番の仕事は比較的楽で、成果をあげやすい

反対尋問は事務作業量は少ないものの、本番の対応が大変で、成果は不透明

どちらがよいかと言われれば、日本人的には前者の方が人気が高いのではないかと思います。

しかし、やりがいは明らかに後者です。

私も弁護士になった当初は前者の方が好きでしたが、やがて後者に傾いていきました。

誰にでもできる仕事をするより、自分しかできない仕事を成し遂げる快感は格別です。

その分、責任も重いことを重々承知しながら、できる限り楽しんで、積極的に仕事ができればいいなと思います。

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2009年9月30日 (水曜日)

口約束の内容

口約束に基づく契約の履行を求める裁判がときどきあります。

口約束など、法的保護に値しない、という裁判例もありますが、多くの場合、約束したことは守らせる判決が出ますので、しっかり対応しなければなりません。

ところが、書面にしていない契約ですので、お互いが認識している合意内容が異なり、裁判上争いとなる場合が多いです。

請求原因を主張・立証すべきなのは原告ですので、原告はきちんと合意の内容を特定しなければいけませんが、被告はどうすればよいか。

原告の主張内容が事実と異なれば否認します。

否認のうえに、さらにどういう契約であったかを被告の側も特定しなければならないかというと、主張・立証責任の分担から考えて抵抗があります。

被告の側で契約内容を特定すると、その限度で合意の存在は争いがない、自白が成立してしまいますので、後で契約内容が実は違ったということがいいにくくなったり、自分の主張により、相手が立証すべき請求原因が認定されてしまうこともあるからです。

ここで、平凡な裁判官は、適当に主張立証させて、全裁判資料から適当な合意を事実認定しますが、積極的に訴訟指揮をする裁判官は、被告側にも合意内容を主張させます。

何らかの合意があったことに争いがなければ、請求原因の主張立証責任は原告にあっても、その特定のためには被告も協力し、合意内容を履行せよ、ということでしょう。

とはいえ、被告がどこまで事実を特定すべきかは、大事な問題ですので、事案の性質や依頼者の性格などをしっかりと把握して個別に慎重に対応すべきことです。

何気ない仕事の中にも、実務には難しい問題が常に内在され、緊張感をもって仕事をしなければならないと思います。

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2009年9月25日 (金曜日)

能力相応

消費者金融業者の裁判は弁護士でない社員が担当することが多いです。

法律的に素人であるため、誰かが別件で書いた主張書面をその意味もわからずコピペして、出してくるため、「・・・という理由で当該主張は失当である」というマジレスをするのが大人げないと感じることもあります。

最近の消費者金融業者の中には、過払い案件は最終的に言い値で支払うことになっても、ある程度引き延ばせればよい、と考えている業者もあるようで、「多忙」と「素人」を盾に、主張を小出しにし、時間稼ぎをしてくるところもあります。

これを我々若手弁護士がすると、裁判官にこっぴどくしかられますが、ベテラン弁護士や業者の社員にはおとがめはあまりありません。

それはできる子が努力しない場合、教育的意味で叱りますが、できない大人、もしくはキャパを超えた大人に何を言っても無駄という、教育上の問題と似ています。

要はその人の能力相応の対応をするという態度です。

消費者金融は大手法律事務所が抱えるよりはるかに多数の訴訟を抱えているようですので、素人社員に任せて時間がかかるのは多少は仕方がないですし、引退間近のベテラン弁護士が古い判例を持ちだして、現在では失当な主張を展開しても、きちんと逐一反論しなければいけないのもある程度は仕方がないです。

しかし、だからといって、訴訟が、一般的なスピードより著しく遅くなってよいわけではありません。

その対策としては、裁判所がそういう訴訟追行者に対し、一定の場面で手綱を引き締めるとともに、相手代理人も、早く的確な主張で、素早く相手を追い詰める(無理筋な部分は深追いしない)ことが大事だと思います。

裁判のスピードは相手代理人の対応や能力にも左右されます。

いかに相手代理人の能力にあわせた弾力的な対応ができるかも大事な要素であると思います。

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2009年9月16日 (水曜日)

弁護人は被告人のパシリか裁判代行人か

金がないので、葉書を1枚めぐんでもらい、弁護士に手紙を書く。

拘置所では結構あるようです。

本来であれば、弁護士が定期的に接見に行き、裁判準備以外でも丁寧に被告人をフォローしていかなければならないのでしょうが、中にはぜんぜん接見に行かない弁護士もいるのでしょう。

拘置所に1回接見に行くと昼間の貴重な2時間を割かれます。

刑事事件は引き受けなければならないが、刑事事件を引き受けるならしっかり時間をあけろとなると、いささか理不尽な感もします。

私の場合、①受任後即接見と、②期日直前(1~3日前)打ち合わせは、全ての事件で対応しており、これに加え、必要があればその間に、中間打ち合わせを入れます。

十分な接見回数とはいえないかもしれませんが、被告人の生活や訴訟追行に支障のない活動は確保していると思います。

ところが、時に、毎週、下手をすれば、接見をした翌々日に接見要望が届く場合があります。

なんとか時間を調整して行ってみれば、ただの雑談を求められたり、パシリのような仕事を求められることが結構あります。

身柄を拘束されて自分でできることが限られていますので、杓子定規に断るのではなく、ある程度は応じてあげなければならないと思いますが、何でもかんでも弁護士が被告人のパシリになるというのはおかしな感じが否めませんし、そうであれば、刑事弁護人のなり手は少なくなるでしょう。

依頼し、依頼される信頼関係を築かなければならない間柄であるにも関わらず、どこまで要求を飲んで、どこからは断るかの駆け引きをするのは非常に抵抗感があります。

どうすれば被告人の要求が満たされつつ、弁護人もスムーズに仕事ができるか、個別具体的にしっかりと対応しなければならない非常に高度なスキルを要する事件だとよく思います。

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2009年9月 9日 (水曜日)

聞き手を意識した仕事

昨日、ただの覚せい剤取締法違反被告事件にずいぶんたくさんの傍聴人が並んでるな、芸能人の事件かな、と思っていたら、裁判員制度の事件でした。

この事件、裁判長から検察官にかなり指摘があったようです。

「裁判員がわかる言葉を使い、専門用語をできる限り使うな」

いまさらながら、至極もっともなことですが、意識しても簡単にできないことだというのがよくわかります。

裁判員制度では、法律素人がわかりやすい言葉で説明することを決して忘れてはならないことを、改めて教えてくれました。

しかし、この姿勢は、裁判員案件だけ意識していればよいものではありません。

普段の法律相談も、相手は法律素人です。

裁判所に話す言葉と同じ言葉を使っても十分に理解はできないでしょう。

できる限りわかりやすい言葉を使い、理解と納得を繰り返しながら、事件を進めていくことが、事件を円満に解決していくため、信頼関係を築けるために、一番大事なことではないかと思います。

弁護士は裁判をする人ではなく、裁判する内容をわかりやすく説明する人であるべきです。

法律素人を相手にしない検察官が陥ったポイントは、今後、調書作成の面などで応用してほしいと思いますし、われわれ弁護士は、独りよがりに事件を進めず、依頼者にわかりおやすい事件処理を常に心がけていかなければならないと、裁判員制度上の問題をしっかり受け止めるべきだと思いました。

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2009年9月 8日 (火曜日)

金銭貸付の事実認定論

手持ち現金で貸し付けた

裁判上、そのように主張されることはしばしば見かけます。

自分の依頼者から事情聴取をしてこのような相談を受けた場合、周辺事情も聞いて特段の不合理がなければ、私は結構信用してしまいます。

しかし、裁判所は客観的な証拠の裏づけがない限り、まずこのような主張は採用しません。

歴史的事実はあるが、証拠がないから事実認定できない、というケースは当事者にとってこれ以上ない苦痛で、対応に苦慮するものです。

「手持ち現金を貸し付けた」という主張が採用されるためには、金額によって要求されるレベルが違うと考えるべきでしょう。

大きな金額の場合、せめて貸付直前にその金額に近い現金引き出しの形跡がなければいけないでしょう。

大金を現生で、自宅で長期間保管する行為はリスクばかりでメリットはなく、通常人において考えにくいからです。

対して、比較的少額な場合、通常人においてその程度の現金を持っていても不思議ではないため、貸付の動機や、貸付に至る経緯の自然や合理性が重視されるべきです。

通常、客観証拠があるだろう、というケースでは客観証拠の存否で判断し、通常、客観証拠はないだろう、というケースでは、本人供述の内容とそれに対する相手の認否から積極的に事実認定してほしいと思います。

とはいえ、これらの要素を備えない証拠構造の場合、かなりの確率で反対尋問で崩れます。

証拠がないから事実認定できない、というケースは当事者にとってだけでなく、裁判当事者全員がすっきりしないあとくされの残る解決方法です。

相手方が手持ち現金を貸し付けたと主張する事案では、代理人がただ漫然と証拠の欠如を指摘するだけでなく、反対尋問でしっかりと不備をつつき、納得して事実がないことを受け入れられるよう、積極的に行動すべきで、代理人に求められる役割は大きいと思います。

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2009年9月 7日 (月曜日)

誰のための判決文?

民事訴訟の判決文は順に

結論 当事者の主張のまとめ 裁判所の判断

の順にまとめられていることが多いです。

結論を冒頭で一目で確認でき、その後、その結論に至った理由を確認するうえでは非常に読みやすい構造です。

ところが、時々、詳細に当事者の主張がまとめられた後、裁判所の判断はちょっとだけ。

という判決に出会います。

裁判官という優秀な人材に、わずかな裁判所の判断に対して、多くの事務作業を課すのはずいぶん能力の無駄遣いだなと思います。

当事者の納得だけを考えれば、裁判所の判断を懇切丁寧に、わかりやすく書くことに腐心したほうがよいように思います。

しかし、そうではなく、当事者の主張整理という事務作業に力を入れるのは、控訴審を想定して、控訴審がすばやく的確に事件を処理できるように、という視点に着眼しているのではないかと感じました。

ある意味、地裁の高裁に対するホスピタリティですが、裁判所は当事者よりも上級審に親切な裁判をしてよいのかという疑問はあります。

高裁を想定して、事件処理を早め、よって紛争の早期解決を目論むとしても、当時者の主張が裁判所の判断よりも圧倒的に多い判決はあまり良い判決とは思えません。

私なら、そうした裁判では、当事者が積極的に争う心境を考慮し、裁判所の判断を、同じことの繰り返しになっても、丁寧にわかりやすく書くと思います。

ほかに何らかの意味があるのか、判決文のあり方には今後も注目していこうと思います。

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2009年9月 4日 (金曜日)

当事者を憎んで代理人を憎まず

裁判官の心証開示に反対したとき。

一貫しない態度をとったとき。

そんなとき、裁判官の機嫌は悪くなります。

そりゃそうでしょう。

法に則って適正に事件を裁こうとする中で、こうした人間は「異物」で、適正な事件処理を妨げるからです。

しかし、それを代理人にあたらないでほしいと感じています。

怒りをぶつける相手が代理人しかいない

代理人からもっとガツンと本人に言い、説得しろ

そうした心境もわかりますが、平均的な弁護士はすでにこれを実践しています。

最初から負け事件を受任するのは閑古鳥の鳴く法律事務所だけでしょうし、

ふらふらした態度をとられると、困るのは代理人ですから、人によってキャパが違うでしょうが、たしなめるのが普通です。

こうしたことが起こるのは、裁判所も、合理的な判断しかできず、和解が成立しない人間の心理を理解もしくは許容ができていないからだと思います。

それは、裁判は裁判所に出された資料から判断され、出されていない資料を引用したり、勝手な憶測をはらんではいけないという構造によります。

当事者が、合理的に動いてくれず、コントロールできない場合、弁論準備などで、こっそり裁判官に事情を説明し、裁判所に事件処理を予測・修正する機会を与えることが大事だと思います。

これも、弁護士の裁判技術の1つ。

「裁判所は何でも理解してくれる」ではなく、「裁判所にすべて理解してもらえるよう」活動することが、今後ますます求められてきそうです。

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2009年8月31日 (月曜日)

安心できるシグナル

交通の教習でのクイズ

一番安心できる信号は何か?

答えは「赤」

確定的に、「動かない」という判断が正しく、答えを考える必要がないからです。

青や黄は、周囲の状況をふまえ、動くべきか止まるべきか判断が必要で、判断を誤るリスクがあるというのが理由です。

同じように、一番安心できる被告人の態度は何か?

答えは「否認」

書証を原則としてすべて不同意とし、被告人に不利な証拠や証言を弾劾していけばよく、対応を考える必要がないからです。

自白やプチ否認の場合、証拠を確認したうえで、事実を認めてよいか、証拠に同意してよいか判断を求められ、その判断を誤ると、責任追及されるリスクがあります。

何度かこのブログでも取り上げてきましたが、最近、判断に苦しむプチ否認案件が多く頭を悩ませることがあります。

共同起訴されている被告人の弁護人は、たいてい、簡単に事実も証拠も認めてしまいますが、私は、被告人が事実を完全に認めていない事件で、このような軽い対応をしてはいけないと思います。

1,2回期日が伸びると被告人も裁判所も検察官も嫌そうな顔をしますが、事実を無視して進める手続きに価値はないと思います。

ただその反面で、不必要に証拠を不同意とし、証人尋問の回数を増やしても意味がないので、できる限り証拠は同意する姿勢も大事です。

まさに、黄色信号の交差点の中で、加速してつきぬけるべきか、急ブレーキをかけるべきかの判断を求められているようです。

大変な仕事のわりに、否認事件のようなやりがいもなく、あまりやりたくない事件です。

しかし、微妙なタイミングで黄色信号に変わってしまうのは、運転している以上は避けられないこと。

この仕事についている以上、微妙な否認事件も、適切に処理できるよう1件1件しっかり考えながら対応したいと思います。

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2009年8月25日 (火曜日)

保釈のタイミング

追起訴予定のある事件について、被告人から保釈申請があった場合、保釈してよいか

司法修習生の模範解答はノー

理由は、別件逮捕されれば、保釈金納付が無意味になってしまうからです。

実務では往々にして、追起訴予定の件について保釈希望が出されます。

こういう被告人は頻繁に弁護士を呼びだすので、弁護士としても早く保釈してあげたいのですが、安易に応じてはいけません。

時に、被告人は「警察官は追起訴しないと言った」「警察官が保釈された場合、きちんと任意捜査に応じていれば再逮捕しないといった」「取調はすべて終わった」といって保釈要望を出してきますが、仮に警察官がそういったとしても、上司の検察官らが、追加捜査や再逮捕、追起訴を指示すれば従わざるをえませんし、再逮捕される可能性が0とはいえないので、やはりこの段階で保釈申請を出すのは慎重であるべきです。

起訴状に追起訴ありと書かれていたら、予定は遅れても追起訴はある確率が高く、追起訴されるのであれば、再逮捕の可能性もあります。

そうした点を丁寧に説明して、じっくり判断してもらう必要があります。

しかし、これは保釈申請しないという結論を被告人に押しつけるものであってはなりません。

諸々のリスクを十分に説明したうえで、最終的な判断は本人にしてもらわなければなりません。

無理筋の否認事件以外では、あまり被告人と弁護人の方針は大きく違わないのが、刑事事件のよいところですが、保釈申請については、丁寧な説明と慎重な判断が求められ、思ったよりしんどい仕事だと感じることがあります。

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2009年8月24日 (月曜日)

簡裁に学ぶ

簡易裁判所の事件を扱うと、第1回期日のあまりの多さにビックリします。

第1回期日なので、反論期日の予定を決めるだけ、と、油断していくと、事件があまりに多く、待ち時間の長さに予定を狂わされます。

しかも、時間が押しているのに、やたら丁寧な訴訟指揮をする裁判官がいたりして、もっと手際よくちゃっちゃっと処理してほしいと思うこともあります。

しかし、簡裁案件でも、本格的に争う事件では、午後遅い時間に期日が入りますが、この時間帯はかなり落ち着いています。

要は、新受件数が非常に多いため、第1回期日の案件は非常に混み合いますが、解決数も多いため、審理すべき案件については、しっかり審理できているのが実情なのでしょう。

時間がおしていても、丁寧な訴訟指揮をするのは、解決すべきタイミングを逃すと、それこそ裁判所の事件処理のキャパをこえることに備えているのではないかとも思います。

飲食業などでは、薄利多売型の商売が流行していますが、法曹は小さい案件をたくさんこなそうとしても、限界があることが非常によくわかります。

これを見て参考にすべきことは、話し合いをまとめるタイミングを逃さないことと、優秀な事務員に支えられて仕事ができているということです。

専門部のある地裁が総合法律事務所なら、簡裁は個人経営の町弁事務所のようなもの。

それぞれのよい部分をしっかりと吸収していくことが、若手法曹が成長していくために非常に大事だと思います。

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2009年8月22日 (土曜日)

弁論主義と代理人の法律構成

裁判所は当事者の主張していないことを勝手に認定・判断してはならない。

民事訴訟の基本原則です。

しかし、実務についてみると、少なくとも本人質問で出た事実は、主張上全くなものも、これまでの主張と矛盾するものも、当然に裁判の前提とされ、時に、そこから裁判所が、当事者の主張していない法律構成で判断するケースもあります。

裁判所の心証として勝たせたい当事者が、適切な法律構成を選択していない場合、当該当事者が勝てる法律構成の基礎事実が証拠上認定できれば、当該法律構成を採用してよいというルールがあるようです。

これはこれで、適正な判断のために必要なことではありますが、弁論準備手続までテキトーな主張を繰り返していた当事者が、本人質問でいきなり違うことを言い出し、形勢が逆転してしまうということがまかり通るようであれば、大変なことです。

もう1つ、当事者がある程度主張立証を尽くした段階で裁判官が、「ところでこの事件の争点はどういったところんいなってくるのでしょうか?」と聞いてくる事件もあります。

もっと早い段階で聞けよ、と言いたいところですが、それは、典型的な紛争類型に当たらない事件で、当事者としても事情を列挙するばかりで、法律構成を整理できていないからなのでしょう。

いずれの類型も、代理人が十分に法律構成を吟味できていないが、それで勝敗が決するのはおかしいので、裁判所がフォローしているというのが実情ではないでしょうか?

弁論主義は、代理人が十分に事件資料を検討し、最善の法律構成を行使することが前提となりますが、「よくわからん事件だから、あとは裁判官ヨロシク!」では、弁論主義を貫くと適正な事件解決ができない場合もあるようです。

本当に「よくわからん事件」を受任するのは、売れない弁護士か、修羅場を乗り越えてきたベテラン弁護士ばかりだと思いますが、ありがちなのは、典型的な紛争類型と微妙に違うのに、そこに気づかないことだと思います。

昨日の契約書チェックの点同様、仕事の一部を「ここはいつも通りのありきたりなところ」と、判断してしまわず、微妙な違いの存在にしっかり気づけるよう、日々丁寧に書類に目を通すよう気をつけていかなければならないと改めて思います。

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2009年8月21日 (金曜日)

バトル オブ フォームズ

契約書や合意書の内容を相手方とつめていく際、お互いに書面の文案を相手方に提案し、差を埋めていきます。

この提案をする際、一般的には、「どの部分をどう変えた」と変更点について箇条書きでもよいので説明を加えます。

これは誠意交渉する当事者間の暗黙のルールであり、相手方に対するホスピタリティであり、かつ、交渉を早くすすめる工夫でもあります。

非常に仕事がやりやすくなる心がけですが、だからといって、書面全体の見直しを怠ってはいけません。

ときどき、「大きな変更点はここです」といって文案を出してきたものの、他の部分で先方に有利な条項にこっそり書き換えられているケースもあるからです。

これを見落として合意してしまうと、「ちゃんと契約書に書いてあるから、それを見落としたお前が悪い」で通されてしまいます。

非常にせこいやり方ですが、これもバトル オブ フォームズの一例です。

契約書チェックは単純作業のようで、実は非常に繊細なものであることをしっかり認識して仕事に臨まなければいけないと改めて感じさせられます。

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2009年8月19日 (水曜日)

用事のない当番弁護?

当番弁護で接見に出かけると、「特に質問はない」という被告人にはしばしば会います。

お前が呼んだんちゃうんかいというツッコミをした気持ち

楽な仕事でラッキーという思い

逆に心配になる感じ

人によって、いろいろ違う感じ方があるでしょう。

私は、こういう被疑者と出会ったときの方がよく喋ります。

本当に何も用がないのに、弁護士を呼ぶという事実を簡単に受け入れてはならないと思うからです。

助けは求めたが、なんらかの理由で口にだせない

弁護士に聞きたいことがあったが、急に来たので思い出せない

警察署での生活が苦しいので、少しでも外の社会にいる人間と話をしたい

人によって、いろいろ違う事情があるでしょう。

こうした人である可能性がある以上、時間をとってしっかり話を聞いてあげ、事情を把握する必要が当番弁護士にはあると思います。

そのような活動に公の費用が出ることが果たして妥当なのかどうか、意見は分かれるところでしょうが、初回接見については、少なくとも、自分の考えうる範囲でその人を理解し、できることをするまで話す、それ以降は必要な行為のためには力を惜しまず働き、特にできることがなければ、いたずらに費用を発生させない。

そういった心がけで、刑事被疑事件にとりくむべきではないかと、このような人に出会うたびに思います。

その是非についても意見は分かれるでしょうが、やるべきことを積極的に探して精一杯活動するべき点には違いはなく、初回接見はその点でしんどいものの、やりがいのある仕事でもあるといえます。

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2009年8月17日 (月曜日)

電話でちょっと聞く

弁護士会の電話相談を担当しました。

困った人を助けるために、電話で気軽に相談に乗れる環境を整備することは大事だと思います。

しかし、電話相談をする人は、費用をけちっているのか、非常に早口で、すぐに結論を求め、こちらからの質問に十分に答えてくれない人もいます。

顧問先からの相談であれば、求めるものは「確実な答え」でそのためにしっかり前提情報と時間をくれるのでやりやすいです。

わからないことはすぐにはわからないと答え、調べる時間をもらい、できる限り早く、正確な答えを返す、という流れがもらえると、弁護士としても職務を全うできます。

しかし、前提情報も十分に教えてもらわないまま、完全回答を求められるのは、弁護士のキャパを越えている場合もあり、十分な前提事情も与えられないまま、結論の保証を求められても困ります。

こういう場合、少し前までは、聞かされた内容から標準的な事案を想定し、保証はできないことをことわって、「一般的にはこうですよ」と回答していました。

しかし、それでも聞く人は弁護士のお墨付きをもらったと思ってしまいます。

うざがられても、電話料金がかさんでも、しっかり必要な情報を教えてもらわない限り、弁護士としても責任をもった回答はできない

そういう態度も時には必要だと思います。

とはいえ、電話相談を邪険にする気は全くありません。

必要情報を教えてくれる限り、真摯に回答する、十分な情報を提供しないまま早急に結論だけを求める人は場合によって回答を断る、電話相談は対応を誤った際の責任が大きいがゆえに、対応方法には特に気をつけないといけないと思います。

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2009年8月13日 (木曜日)

わずかでもアウト!

被疑者国選事件で接見に出かけたら、接見シートなるものを警官に請求して書かなければいけなくなりました。

私は刑事弁護委員会のメールに目を通しているため、知っていましたが、警察官もよく把握していないこの制度、定着するまでしばらくの間は、混乱の原因となりそうです。

さて、このような誰も望まないシートの作成が要求されたのは、被疑者国選事件の報酬の不正請求があるのではないかとの疑いによるものであることは想像に難くありません。

接見に来ない国選弁護士に対しては、しばしば被告人から解任請求書が裁判所や弁護士会に送付されます。

接見に来ないから解任してくれと被告人からクレームをつけられている弁護士が、被疑者段階の接見皆勤で、満額請求しているような案件が何件かあるから、疑いをかけられたのではないかと個人的には推測します。

普通の弁護士であれば、目先の数万円の国選報酬を得るために詐欺行為まですることには抵抗を覚えるはずです。

その抵抗を感じないのは数万円を稼ぐのも苦しい売れない事務所か、数万円の価値をわからないずれた弁護士ではないかとも勝手に推測します。

ところで、自宅でこの記事を作成しているため、詳しい情報まではあげられませんが、2つの興味深い裁判例を紹介します。

・数百円の交通費を、現実には支出していないのに支出したとして会社に不正請求をした社員の解雇が正当と認められた事件

・数枚のお賽銭硬貨を持ちだした窃盗罪の被告人による可罰的違法性の欠如の主張が退けられ、有罪判決が言い渡された事件

前者は、たとえ数百円でも、会社に対して詐欺行為を働く人間を置いておけないという判断がなされ、後者は、たとえ数円でも、お賽銭を盗んだら窃盗罪で処罰に値すると判断がされた事件です。

結局、金額がわずかでも、犯罪を犯せば、他人の信頼は回復できないということ。

国選弁護の報酬の不正請求があるとしたら、これを機に速やかにやめてほしいと思いますし、他人の信頼により、成り立っている仕事であることをもいう一度考え直してほしいと思います。

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2009年8月12日 (水曜日)

弁護士業に対して思うこと

人数増加で危機感募る弁護士業界ですが、改善すべきは合格人数ではなく個々の弁護士の意識ではないかと思います。

私の率直な感想は、弁護士費用は高い。

だから、力のない弁護士のところにはお客が来ない。

そういう点もふまえ、私は、個人の依頼者に対する弁護士費用はかなり安くしています。

弁護士費用に関する基準はありますが、それは困った人間を相手にするぼったくりのないようにするストッパーの意味が大きいものでした。

単純な業務や事務員任せの仕事、ほとんど相談のない会社の顧問業務などに大金を出す人がいるか、その点をしっかり考えて費用設定することが大事ではないかと思います。

次に、仮に弁護士費用をおさえても、弁護士業界の仕事が割のいい仕事には違いありません。

それゆえ、月2,3件受任できれば悠々食べていけるはずです。

法律相談すらまわってこない東京で、顧問先もなく独立した人を除けば、生活に困ることはまだまだないはずです。

なのに、危機感が募るのは、費用削減に努めていないからではないでしょうか?

単純業務は事務員に丸投げ、移動はタクシー

そんなのは一部の売れっ子弁護士のみのはずです。

費用削減に努めれば支障はないのに、それをせずに苦しい苦しいというのは少し違うのではないでしょうか?

あとは、顧客獲得の努力をすべきこと。

新たなお客を積極的に獲得しようとせず、お客から近寄ってくる・近寄ったお客を捕まえる、そこに重点を置いている人が多いのではないかと思います。

2代目・3代目の社長が、普通にやっていて親と同じ立場にたどりつけると思っているのと同様の錯覚に陥っている人がいるのではないかと時々感じます。

弁護士資格をとったから、従前の弁護士のような暮らしができるのではなく、その中で努力をした人にお客は集中する、そうした競争社会の厳しさに早く気付かせてくれた点で、弁護士増員の意味はあると思いますし、将来安泰と思わず、不断の努力を講じないといけないとことあるごとに思うことです。

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2009年8月 6日 (木曜日)

裁判員制度1号事件終了

裁判員制度はじめての事件は、検察側の主張をおおむね採用した内容となりました。

この裁判結果が、司法制度に与える影響はまだはかり知れませんが、こうした傾向が続くと、検察官が、極めて妥当な筋で起訴を行っていることが裏付けてくるでしょう。

報道を見る限り、訴訟活動は双方とも熱心になされたようで、まずは、裁判員が事件を理解し、意見を述べられる段階には乗せられたようです。

今後は、裁判員制度はおろか、公判前整理手続すら知らない弁護士が出てきたり、オウム真理教事件のように非常に証拠構造が複雑な否認事件でも対応可能かどうかが問題となってくると思います。

裁判員制度が生まれた契機は、「自分は妥当な判断ができる」と考えている法曹の鼻を明かす意見や問題意識を提示してほしい、という司法からのメッセージだととらえることもできます。

たくさんの裁判に触れている裁判官の方が一般市民よりも事実認定や量刑判断に優れていることはいうまでもありません。

しかし、判決内容の統一・公平の観点から、暗黙のうちに、このようなケースではこう判断すべきという内部ルールのようなものが裁判所の中にあることも否定できないことでしょう。

裁判員に求められるのは、Aの場合にはBと判断すべきという、裁判所内部の暗黙のルールを覆す意見を述べてもらうことで、特に裁判員に意見がなければ、裁判官が判例をもとに迅速に判決を書いたほうがよいです。

私もそのうち、裁判員制度案件を受けることになるかと思いますが、普通に裁判所に述べてもなかなか採用されない主張について、いかに、裁判員の説明し、理解を求め、賛同意見を述べてもらうか、そうした観点から丁寧な訴訟活動を心がけたいと思います。

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2009年7月31日 (金曜日)

一致しない被害品

窃盗事件では、被害者の申告した被害品と、加害者が認める被害品に食い違いがあることはままあります。

弁護人としては、この場合、証拠を合理的に読み取り、両者の一致する限度において事実を認め、その余は否認することになります。

この場合、窃盗行為自体は争っていないため、いたずらに証人尋問をしたり、期日が伸びることがないよう気をつけなければなりません。

書証はすべて同意して、認めない事実について、供述の信用性を争ったり、証拠の欠如を指摘するだけで、初回期日に結審するというのが、妥当な流れではないかと思います。

ところが、このように苦労してした仕事について、裁判所は判断を示さないことが多いです。

窃盗事実があるうえで、若干の被害量の差異は量刑を左右するものではないから、無駄な判断は省略するという省エネ志向なのでしょう。

普段、裁判所の妥協ない丁寧な仕事を見ているので、このときばかりは、裁判所はいいなぁと思います。

また、被告人も「何言ってんのこの人。かったるいから早く終わらせてよ」という感じで、一生懸命やるわりには報われない、あまり面白くない仕事でもあります。

しかし、裁判所やその他の人がどのように思おうと、被告人に有利になりうる事情を拾い、あるいは、不利になりうる事情を排除することは大切なことで、一見争いのない事件でもこうした視点を常に忘れず、わりに合わないつまらない仕事をしっかり行っていくことが、刑事弁護人には大切ではないかと思います。

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2009年7月30日 (木曜日)

記録は厚いほどよい?

ときどき、やたら長い主張書面や大量の証拠書類を出してくる相手方がいます。

漠然と見ていたら、すごいとおもいがちですが、事件に照らしてみると、「つまらんことやってくるな」と思うことが多いです。

特許訴訟や、医療過誤訴訟では大量の書証と、綿密な主張が要求されますが、一般事件では、そこまでは要求されず、逆に、争点等の簡素化の方が要求されます。

そのような空気をよまず、だらだらと長い書面や大量の訴訟が出されても、すごいとは全く思いませんし、必要がなければ目もほとんど通しません。

特許訴訟や医療過誤事件は裁判官が知らないことが多いため、裁判官に調べろというのではなく、裁判官にできる限りわかりやすく説明することが必要ですが、裁判官が当然知っている基本的な法律解釈論をだらだらと述べたり、証拠だけ大量に放り込んで、あとは読んで解釈してくれ、というのは、優れた弁護活動ではないと思います。

適切な法律構成を考え、それを裏付ける主要・間接事実をわかりやすく簡潔に整理し、争点についての証拠を余すことなく提出し、各証拠の立証趣旨・位置づけをきちんと説明する。

研修所でも教えられている基本中の基本ですが、それができない弁護士を時々見かけるにも事実。

事件の難易度・専門性をふまえ、適切な量の主張・立証を心掛け、読んでもらえない・読んでがっかりする仕事をしないよう、今一度精査しながら1件1件の仕事を丁寧に処理したいと思います。

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2009年7月29日 (水曜日)

刑事裁判をスラムダンク風に語る

被告人「おい、被害者。今日限り被害届はおろしてもらう」

被害者「おめーには弁償は無理だ。被告人」

被告人「俺じゃない。うちの親父が払う」

被害者「ほう」

被告人の父親「まいったな」

弁護人「被害弁償が直接できなくても、贖罪寄付という手段もあって・・」

被告人「イカスなそれ。 全額被害者にいくわけじゃないんだろうからまけてくれ・・3000円」

弁護人「3000円・・奴は大物になる・・」

スラムダンクを知らない人には何が何だかわからないと思いますが、このように、自分が犯した罪の重さを理解せず、当たり前のように親にしりぬぐいしてもらったり、わずかな財産でなんとかしろという被告人には、国選事件ではよく出会います。

国選事件はお金を持っていない被告人なので、被害弁償はもとより無理、という人もいますが、国選弁護事件で弁護人が何かできるとすれば被害弁償くらいなので、わずかな財産と今後の収入の中で、いかに被害者が満足する弁償ができるかを一生けん命考えます。

しかし、考えた結果いい案が出ても、肝心の被告人がこのような感じではうまく被害弁償はできません。

自分が犯した罪の重さに気づいてもらう

それを償うために何をすべきか考えてもらう

非常に難しいことで、わりに合わない仕事ですが、最近、このような仕事や和解を成立させる仕事のように、人を理解し、人を動かす仕事に興味を持ち、積極的に経験を積んでいきたいなと思うようになってきました。

これもJC効果でしょうか?

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2009年7月28日 (火曜日)

約束は守ろう

苦労して和解を成立させても履行してもらえないケースがしばしばあります。

もちろんどなりこみますが、身勝手な自論を述べるばかりで履行を期待できないケースが多いです。

こういうケースでは、淡々と強制執行するのが最も早いですが、こういうケースに限って、依頼者が執行費用を渋ったり、執行すべき財産が見つからなかったりします。

和解は、自発的に提案するか、裁判官にしっかり説明してもらったうえで、同意するもので、成立した後にいろいろ不満を述べるのは信義則違反です。

しかし、現実には、こうしたケースが後を絶たないのも事実。

原因の1つは、法曹が勝手にあるべき解決内容を勝手に決定し、当事者に押し付けている点にもあるのでしょう。

他方で、裁判官や弁護士に説得されても、自分の考えが唯一の正義だと信じて譲らない人もおり、こうした「依頼者」を相手にする場合、この依頼者を満足させられるのか十分に検討して受任すべきですし、こうした「相手方」を相手にする場合、強制執行までする覚悟で、依頼者を満足させられるか十分に吟味してから受任するのが筋でしょう。

コントロール可能な依頼者から事件を受けるのがそもそもの筋ですが、すぐれた裁判官や弁護士でもコントロールできない人間が多いのが現状だと思います。

そうした人を相手にした際に、法曹がまず心がけるべきことは、

約束できないことはするな

約束したら守ろう

これを守れないならあなたの仕事はしない

の3点ではないかと思います。

事件処理が思わぬところで頓挫しないためにも、各自がこうしたことを意識して職務に励んでいってほしいと思います。

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2009年7月23日 (木曜日)

裁判官も人間だもの・・

裁判所が全て解決してくれる。

時々そう考えている方がいます。

我々弁護士からすれば、裁判官・書記官はよく法律を勉強しておられ、見落としが少なく、非常に丁寧確実な仕事をする頼もしい存在です。

しかし、同じ人間である以上、誤った判断をすることもありますし、人間にできないことをできるはずはありません。

裁判所は全ての事実を見抜いてくれる

裁判官は全てのウソを見抜いてくれる

裁判官は資力の乏しい相手に金を払わせてくれる

裁判実務を知らない人が陥りやすい誤解ですが、このようなことは人間の能力を超えており、いかに超人裁判官といえど無理です。

訴訟を提起する際、あるいは、提起された訴訟を受任する場合、相談者が裁判に対し、どのような印象を持っているか把握し、少しずつでも裁判について説明し、考え方を修正に導くのも弁護士の大きな仕事だと思います。

話変わって、裁判員制度が市民に敬遠されるのは、自分には上に書いたようなことができっこない、という考えも大きなウェートをしめるのではないでしょうか?

裁判官は職務上、よくわからない事件でも何らかの事実認定をして結論を出さねばなりません。

その際の責任・プレッシャーは想像を絶するものだと思います。

これを裁判官にばかり背負わせて、誤りがあれば事後に結果論で批判するのは正しいあり方だとは思いません。

全てできなくてもいい、人間なのだから。

一緒に考え、意見を出し合い、少しでも確からしい結論を導くことができれば、この制度は大成功です。

そういう考えで、少しでも裁判員制度に対する意識が高まり、裁判に対する認識が変わっていけばよいと思います。

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2009年7月17日 (金曜日)

婚姻関係を継続しがたい重大な事情

離婚案件では、ほとんどの場合、婚姻関係を継続しがたい重大な事情の存否が争点となります。

そして、浮気や継続的暴力など、客観的に明らかな事情のない事案では、何が婚姻関係を継続しがたい重大な事情なのかをいかに説得的に説明できるかがポイントですが、その何が婚姻関係を継続しがたい重大な事情であるかは、非常に奥の深いものです。

夫婦仲が悪い事情とそうなるにいたった経緯を事実として説明することは困難ではありません。

そうした事情や経緯のどの点が、どのように婚姻関係の破綻につながるかを説明することが難しく、離婚案件の最終準備書面を書く際にはいつも難儀しています。

裁判例を参考にしようにも、やはり、裁判に至るまでの事情や経緯を詳細に認定することを重視し、なぜ婚姻関係が破綻しているかの説得的な説明は書かれていないことが多いです。

これは、離婚案件はそもそも理屈ではないから仕方のないところなのでしょう。

浮気や暴力も程度問題で、どこまでならOK、どこからはアウト、という線引きに理由をつけることは困難で、また、線引きは判断する人や社会情勢によっても変わります。

結局、ペーパーとして残される判決書の記載が表面的にならざるをえないのは仕方のないことでしょう。

しかし、それは実際の事件の解決が表面的でよいというわけではありません。

現実の当事者を説得するためには、その人の考えを理解し、その人にあわせた説明を考えなければなりません。

言葉にできないことをなんとかして説明して納得してもらうという仕事は大変なものですが、そこに、人間味も現れ、やりがいもあるのだと思います。

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2009年7月15日 (水曜日)

銀行の取引履歴

事件処理において、銀行の過去の取引履歴を照会することはよくあります。

が、古い記録はないとの回答もよくあります。

消費者金融業者のように、過払請求対策のため、法定保管期限をこえた履歴はとっとと抹消するという事情のない銀行ですので、もう少ししっかり履歴を残しておいてほしいなという印象はあります。

銀行履歴を照会する大きな理由は生前贈与の確認ですが、銀行履歴の残っていないほど昔の生前贈与について厳格な立証を求める裁判のあり方の方に問題があるのではないでしょうか?

遺産の範囲の確定でも、遺留分の計算においても、過去の生前贈与は、無制限に遡って参入されるのが現行法の解釈ですので、これを有利に主張する側に立証責任があります。

しかし、これは理屈上の理想論であり、証拠書類の不存在が明らかな場合においても原則に従った立証責任を課すことには疑問を感じずにはいられません。

生前贈与の参入期限を限定するよう、法律改正をするか、解釈論を工夫するか、立証責任の分配を再考するか必要だと思います。

生前贈与の消滅時効やその主張権の消滅時効といった概念での対応も考えられます。

現在検討されている民法改正議論には含まれていませんが、現代実務の大きな問題点だと思いますので、実務事例の蓄積に期待したいところです。

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2009年7月14日 (火曜日)

残る人。出る人。

離婚案件では、妻が子供を連れて実家に帰るケースが圧倒的に多いです。

子どもを連れて帰れば親権はほぼ堅い。追い出された妻のほうが有利と皮肉る人もいます。

しかし、最近意外なところで、問題になるのは郵便物です。

残された夫のもとに送られ続ける郵便物が意外な証拠になったりすることはままあります。

公的な書類は住民票の住所か筆頭者に送付されます。

児童手当や定額給付金など、妻がもらう権利のある公的給付も、夫から書類をもらわなければ受けられないということもあります。

家に残るも出るも、それなりに大きなデメリットを抱えるものです。

それはつきつめれば、家庭内別居でも同じようなもの。

離婚は多くの場合、多額の費用をかけてお互いの心身を削り合う不毛な戦争みたいなものです。

事件にまきこまれないよう日頃からコンプライアンスを気をつけるように、不毛な戦いをしないよう、普段から家庭内のコンプライアンスも気をつけるべきでしょう。

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2009年7月 9日 (木曜日)

きめ細やかな交渉

弁護士の大きな仕事の1つは交渉し、契約を締結することです。

しかし、契約を締結することが果たしてどれほどの意味を有するのかも考えながら仕事をこなしていかねばなりません。

裁判上で和解をしたまではよいものの、和解条項がぜんぜん守られない際に、和解を勧めた裁判官に不満を覚えるのと同様、自分が主導して成立させた契約が守られないと、不満の矛先は弁護士に向いてきます。

自ら約束したことを守れないのは、人間として恥ずべき行為の1つですが、守れないのは、無理を課している場合が多いのではないかと思います。

契約の定型化が進み、一定の事実関係の中では、あるべき契約・理想の契約がどんどん固定化され、固定化された内容で、契約締結に至ることが最善の仕事であると思いがちです。

金融機関による債権回収の場合、先に「分割は3年まで」という社内ルールありきで、このルールに則った和解案を相手に強制し、和解成立にいたれば成功、そうでなければ和解する意味なし、という態度をとりますが、相手の支払能力を度外視して、ただ漫然と3年以内の和解を成立させればよいというわけではありません。

結局支払ができず任意整理をやりなおすことになれば、時間も余計にかかり、約定利息の回収の点でも損をします。

同じように、要望の範囲で理屈上「ベストな契約書」を作成できたとしても、これを相手が履行できなければ実質上「ベスト」とは到底言いがたい代物で、相手のキャパを考え、破綻することなく、最大の利益をあげる契約内容を個別具体的に検討する必要があります。

任意整理にしても、契約締結交渉にしても、単純な仕事をマニュアル通りにこなすのは、弁護士資格があれば誰でもできることですが、この単調な仕事をいかに個別具体的に深く検討し、究極の仕事に昇華できるかどうかで、弁護士の能力の差異が現れていくと思いますし、これから生き残っていくのはこうした個別の事情を丁寧に汲み取れる弁護士であると思います。

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2009年7月 8日 (水曜日)

スポーツ事故の責任の所在

今日は、スポーツ事故についての勉強会に出席してきました。

様々な裁判例を検討し、なるほどと思いましたが、同時に、教師や学校にとっては厳しい判決ばかりだなと思います。

スポーツで命を落とすのは、多くは、体がしっかりできていない小中高生の低学年です。

遺族からしたら子供を預けていてこのような事故に巻き込まれ、憤慨するのは当然です。

しかし、預かる側の学校や教師からすれば、全ての生徒をずっと見続けることは不可能で、さらに、クラブ活動で団体で行動しているなら、団体の統一性を維持し、特定人物だけ特別扱いしないことが原則として求められます。

チームが結果を出す最善のコーチングも求められます。

生徒に異常があれば、直ちに練習をやめさせ、治療を受けさせるべき

というのはこれだけ見れば正論ですが、

勝利ただそれだけのために青春をかける生徒や、それを預かる学校側からすれば、求められる行動と逆方向の行動を求められるわけで、この視点を知ってしまうと、手放しに正論万歳と素直に賛同できなくなります。

また、世界に通用するプレーヤーを輩出しようとするなら、このような正論に拘泥していては、到底目的の達成は困難でしょう。

裁判例の傾向は大体理解できましたが、それぞれの思惑が真っ向から対立する非常に難しい問題です。

どちらの立場にたっても、主張すべきことをしっかり主張し、よりより判例法理の確立に努めなければならないと思います。

本日の裁判例検討でも、あくまで判決日基準で、当時の妥当な考え方に基づいてなされた判決で、今後も、標準的思考の変化に伴い、結論も変化する可能性があることが示唆されました。

何が妥当であるかは、裁判所ではなく、一般市民が決めることです。

そのために、法曹はもっと教育現場を知るべきですし、教育関係者ももっと法曹に意見を求める姿勢が大事であると強く思います。

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2009年7月 2日 (木曜日)

調停はゲーム理論?

調停がなかなか成立しにくいことは何度か話題にしました。

原因は依頼者がなかなか決断できない、裁判所が判断を示さないなどいろいろありますが、大きな問題は「顔が見えない」ことにあるのではないかと思います。

和解であれば弁護士同志は顔が見えるので、腹をわった話し合いは可能ですが、調停は弁護士同志、当事者同士が顔を合わせない、すると、相手がどのように事件を考えているのか全くわからない状態に置かれます。

適切な内容で調停を成立させられれば、当事者双方がウィンウィンな関係に立ちますが、調停成立をあせって安易に譲歩すると、弱みにつけこまれ、大切な依頼者を危険にさらしかねません。

「強気のカード」と「弱気のカード」の2枚があるとしたら、

双方が「弱気のカード」を出したら、双方合計で最大利益

一方が「強気のカード」、他方が「弱気のカード」を出した場合、強気側はぼろもうけ、弱気側は大損

双方が「強気のカード」を出したら、裁判でえんえんと戦うことになり、利益は減少

ということに、簡単に考えてなります。

顔が見えないから、弱気のカードで交渉の余地があるのかないのかわからないため、強気のカードを出し続けるという弱気の交渉しかできなくなるのが、調停ではまる落とし穴だと思います。

相手代理人が知っている人物であれば、直接電話で話し合えますが、知らない場合、まず、その弁護士の評判を聞いてみる。

ある程度、裁判の材料と相手代理人の情報が集まった段階で、まず相手代理人に調停成立の見込みを聞いてみる。

相手代理人が頓珍漢な考えを持っていたり、相手本人が譲歩の姿勢を見せない場合、早い段階で裁判に切り替えた方が依頼者の利益確保に資する場合が多いでしょう。

逆に、話し合いの余地があるなら、話し合いを継続し、多少譲歩しても調停を成立させるメリットを依頼者に説明することができます。

調停をゲーム理論にしないためには、弁護士が相手の顔を暴くことが大事ですし、裏を返せば、相手代理人に顔を見せることも大事だと思うようになりました。

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2009年7月 1日 (水曜日)

この事件いつ終わり?

不当な請求を退ける案件は、いつをもって事件の終了と見ればよいか悩みます。

闇金や特商法で契約取消を行う事案は、電話一本あるいは内容証明一本で請求を止められます。

しかし、止めただけでは解決とはいえません。

本当に事件解決というためには、債務不存在の念書まで交わす必要がありますが、このような相手方は簡単には念書は書いてくれません。

債務不存在の訴えまで起こす必要性も感じないケースでは、事件が自然消滅するかたちになり、報酬をもらいそこねます。

消滅時効を援用する事案でも、内容証明郵便一本で請求自体は止められますが、時効中断事由がないことまではわかりませんので、内容証明郵便を出して、はい事件終了、報酬ください、というわけにはいきません。

結局、しばらく事件を寝かせて、相手方から何も連絡がないことを確認しなければ事件として終了できません。

そんなこんなで、事件として事実上は終了しているけれども、完全に解決したわけではないので、まだ片付けるわけにはいかない事件ファイルが少しずつたまってきています。

放置しておいて問題ないけれども、放置するしかできないことになんとなくすっきりしない感じがあります。

請求する側には、支払督促など、簡易な方法がありますが、債務不存在を請求する側も、安くて早くて簡単な手法があればよいのではないかと時々思います。

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2009年6月30日 (火曜日)

刑事事件の処理速度

検察官の仕事は時間との戦い。

難解な案件も、勾留期間内にきっちり証拠をそろえ、起訴に持ち込むそのスピードと正確性については、いつも驚きます。

最近は、被疑者国選により、起訴時に既に弁護士が選任されており、第1回公判期日もますます早く入りますので、証拠整理・証拠カード作成も非常に早く、弁護士にとっても頼もしい仕事ぶりになっています。

ところが、起訴後勾留に切り替わると、捜査は時に異常に遅くなります。

あと検察官面前調書とるだけやん、という案件でも、追起訴まで1か月要するなどと、言ってくることがあり、不思議に思うこともあります。

普段の仕事が時間制限の厳しいものばかりで、それがますます大変になっていることのしわ寄せが追起訴案件にきているのでしょうか。

追起訴未了であると、事実上、保釈はできませんので、被告人の機嫌もどんどん悪くなっていきます。

第1起訴まで時間厳守すれば、あとはなあなあでよい、というのが刑事訴訟法の趣旨ではないはずで、検察官の増員等により、対処すべき課題の1つではないかと思います。

ただ、勾留期間が長くなることを別のかたちでフォローしようとしている形跡は見られます。

例えば、軽微な案件では、相当期間勾留することで、事実上の受刑とみなし、起訴猶予で釈放するとか、資力のない被告人の罰金刑事案で、あえて勾留期間を長くとり、未決勾留日数の罰金への充当で調整するとか、相当期間の勾留を1つの有利情状に事実上斟酌して、微妙な判断が求められる事案で執行猶予にするとか、様々なかたちがあります。

ない物ねだりをせず、運用で妥当性を図ろうとしている現在の刑事司法制度は、批判されるべき点があるものの、よく頑張っているという印象のほうが私には強いです。

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2009年6月25日 (木曜日)

品のある仕事

弁護士とタクシー運転手の微妙な接点は、このブログでも何度か記事にしましたが、その続編。

急いでいるときに、急いで運転してくれるタクシー運転手は非常に頼りがいがあります。

しかし、信号無視・割り込み・車線無視までして飛ばすタクシー運転手を信頼してよいものでしょうか?

微視的に見れば、時間のない自分を救ってくれた救世主かもしれませんが、巨視的に見れば、道路交通法違反の教唆あるいは、不作為による共犯行為だと言われかねません。

お客に最大の利益をもたらすのが、受任者の役目ですが、それはあくまで法律というルールに則った範囲での最大の利益のことです。

ルールを無視してまでお客に与えるべき利益は、私はないと思いますし、お客に利益にならなくても、正々堂々、ルールの範囲内で戦うべきだというのは、時に躊躇しながらも、貫き続けている私の理念です。

道路交通法に 違反してまでお客に利益を与えるべきではなく、急いでいるお客に対しては、経験を駆使して最も空いているルートを把握し、時間を短縮するのが最高の仕事だと思います。

裁判上の和解では、裁判官が解決の指針を示してくれるため、無茶を言う弁護士は少ないですが、裁判所が指針を示さない調停では、依頼者の最大利益に拘泥して、無茶な主張をしたり、一切の譲歩をしない弁護士もいます。

依頼者の利益を考えると、あながち間違った態度ではありませんが、品のない行為だと思います。

熱意をもって速やかに依頼者の(ルールに則った)最大の利益を確保することこそが、最も大事だと思いますし、そのためには、調停で裁判所が指針を示さない中でも、相手の手札を解析し、弱点を全て突いたうえで、想定される裁判所の判断に近いかたちで話をまとめるのがベストではないかと思います。

つたない自分のところに助けを求めに来る人に対しては、精一杯力を尽くしたいと思いますが、ルールに従い、品のある仕事を心がけたいと思います。

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2009年6月24日 (水曜日)

主張の崩し方

裁判では、理解不能な無茶苦茶な主張や言い分は次々と出てきます。

無茶な主張は、放っておいても裁判所は採用しませんし、相手するだけ労力の無駄なので、私は基本的に相手をしませんが、主張によっては、裁判所がそれを採用する可能性がるものもあり、反論を怠って相手の主張を通してしまうと懲戒ものです。

そこで、確実に裁判所が採用しないと断言できる主張でなければ何らかの弾劾をするのは、普通の対応といえるでしょう。

その代表的手段が「つつく」

反対尋問や求釈明などにより、「ここは常識に外れていると思うのだが、合理的に説明せよ」と突きつけ、合理的な説明や反論ができないことをもって、有利な結論を引き出そうとする手法です。

ただ気をつけなければいけないのは、

反対尋問は有利な効果を引き出すべく、誘導的・脅迫的なものになってはいけないこと

求釈明は、「自分の常識」を前提として、不合理をつついても意味のないこと

だからこそ、反対尋問では、求めるべき答えが明らかでも、そこに導く流れが正当かつ明らかでなければならず、求釈明では、相手の主張内容と自分の評価が一致しなければ、不毛な非難に終始してしまうことをしっかり理解すべきです。

裁判で相手の主張は崩していかなければなりませんが、いきなり自己の主観的評価を前提に飛びつかず、いろいろ考え、明確なステップを踏んで進めていかなければなりません。

その意味で、私は、求釈明は反対尋問で必要不可欠なポイントを逃さないための確認のステップ、反対尋問は、相手方の言い分の不合理をだと決定づける実践のステップ位置づけ、適当な対応を心がけています。

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2009年6月19日 (金曜日)

労働審判早っ!

労働審判制度が始まって3年あまり。

正直、私はこの制度をあなどっていました。

簡明な案件にしぼれば、そりゃ3回以内の期日で解決できるでしょ・・

そう考えていましたが、労働審判は、私の思惑をこえるスピードで審理され、第1回期日に証人尋問してしまい、審判員の心証開示まで行う事件も少なくありません。

手続の部分を最速でやってしまい、当事者の納得のために時間をかけるというのは非常に望ましい紛争解決の仕方だと思います。

そうした裁判所の意向もあってか、労働審判はかなり定着してき、使用しやすい制度として認識されてきた感があります。

労働審判は、運用を誤れば「ただあるだけ」の制度になりかねないものでしたが、裁判所がうまく動かして、非常に使用しやすい有名な制度になりつつあります。

裁判員制度も、最初はいろいろあるでしょうが、うまく活用し、市民が親しみを持てる良い制度になってほしいと思います。

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2009年6月17日 (水曜日)

原告か被告か?

弁護士になりたての際の研修で、「原告側ばかりやる弁護士」「被告側ばかりやる弁護士」がいることを教えてもらいました。

当時の我が国の判決における原告の一部以上勝訴率は約9割。

被告側事件を受ける弁護士は負け筋事件のしりぬぐいばかりやっているというイメージがありました。

しかし、今現在、原告側より被告側事件の方が圧倒的にやりやすいと思います。

原告側は、法律構成を選択できますが、裏を返せば、弁護士の法律構成が悪かったと結果論を言われかねませんし、受任時にしっかり証拠構造をつかんでおかなければ、受任後に証拠不足などで、棄却濃厚となった場合に紛争のもとになります。

さらには、裁判で勝っても、被告に支払能力がなく、結局依頼者の要求が満たされないケースも多いです。

特許訴訟では、カウンターパンチで特許自体がつぶされてしまう危険すらあります。

それを考えれば、負け筋事件でも、資力欠如を理由に交渉の余地のある被告側は気楽な方なのでしょう。

私は常に、原告側・被告側をバランスよく受けていますし、どちらかに偏っていることはありませんし、受けた以上は、依頼者の最大の利益を主張しますが、和解では、「裁判所はどう考えるか」「公平な結論は何か」を客観的に考え、裁判所の判断にできる限り従うよう心がけています。

しかし、人によっては同じ事件でも、原告に就く場合と被告に就く場合で全く正反対の態度をとる人もいます。

原告と被告のどちらに就くかは、人それぞれでしょうが、どちらについても、客観的に妥当な和解案に依頼者を導くべきなのは変わりませんし、もう少しこの点を意識して活動すれば、もっと和解はスムーズにいくのではないかと思いました。

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2009年6月15日 (月曜日)

この絶望感はなんだろう

通常の1時間程度の打ち合わせであれば、なんともないのに、2時間レベルの打ち合わせになると午前でも午後でも妙な絶望感を感じます。

通常の打ち合わせであれば、急に入った相談でも、その日の業務に大きな影響は与えません。

そういうスケジューリングを心がけているつもりですし、この程度の打ち合わせであれば、機転もきかせられるからです。

しかし、2時間の打ち合わせが入ると状況は一変します。

まず、打ち合わせ中眠くなる確率があがりますので、緊張感が違います。

次に、2時間席を外せない間にたまる電話メモとメールの数に愕然とします。

長い打ち合わせはそれだけとるべきメモも多く、話を聞きながら整理していく力も必要です。

まだまだありますが、長時間の打ち合わせが入ると、短時間の打ち合わせが複数入るよりも圧倒的に、その日の仕事を無事に終えられるか怖くなります。

しかし、そんな長時間の打ち合わせを要する大事件をこなしていかなければ、弁護士として大成しません。

大きな事件をこなすために、小さな事件を減らし、時間の融通が利くようにしておくのも大事なのかと思います。

さらに、長時間の打ち合わせを長時間と思わずにすむよう、多量の情報を要領よく整理していくトレーニングも必要なのでしょう。

なかなか大変ですが、日々、嵐のように飛び交う業務の中で、どれをどのように処理していけばよいか、なんとなくわかってきた気がします。

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2009年6月14日 (日曜日)

考慮すべきこと、できないこと

窃盗事件は、単純ですが、刑事裁判になると難しい問題がいろいろあります。

その1つが事実の評価。

・生活費に苦慮して及んだ犯行は刑を軽くすべき事情といえるか

・お金に困っていたことは、犯人であることを裏付ける理由の1つとなるか

現在の裁判では、双方とも「NO」と判断する裁判官が圧倒的です。

生活費に困っていたとはいえ、犯罪は犯罪であるし、生活保護や親族の援助など、まずとるべき救済手段をとるべきだから、刑を軽くすべきではない。

お金を持っていない人が窃盗を行うというのは偏見であるし、お金を持っている人も窃盗を行うから、金銭の有無は犯人性を裏付ける事情とはならない。

こうした判断は現在の事情に照らして、適切な判断であるとは思います。

万引きが、必ずしもお金のない人が犯した犯罪ばかりではなく、むしろ、お金があるのに、支払をけちって犯行に及ぶケースが増えていることを考えれば、後者はますます現代的事情に合致していくのだと思います。

しかし、下着泥棒のように、動機に酌量の余地のない事件と、その日の食事にありつくために、なした車上荒らしとでは、後者の方が経済的損害は大きくても、前者の方を厳しく処罰すべきではないでしょうか。

窃盗事件が起きるのは、経済的困窮よりも、道徳心の欠如の方が大きな事情となりつつあり、被害弁償よりも、犯行後の教育の方が難しい時代になっています。

このような時代では、犯行に及んだ動機や理由をしっかり追求し、きちんと評価して量刑を判断すべきです。

「後で金をはらえばよい」そのように考えている被告人こそ、将来的に危険です。

窃盗事件は現行犯が多く、事件として争う点が少ない分、なぜ窃盗をしたのか、なぜそのようにしてはいけないのかを、しっかり伝えていきたいと思います。

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2009年6月13日 (土曜日)

一日中授業を受ける

今日は、弁護士会で一日かけての、民法改正講義がありました。

さすがに、きつい・・

仕事で走りまわっているよりもつらかったです。

平日は、午前9時前から午後11時前くらいまで、一日14時間ほど仕事をする日もありますが、今日ほどにつらいと思ったことはありません。

仕事は、ある程度こちらからどのようにしようと能動的に動けますし、自分の思う通りにいくと達成感もあります。

相談では話すこともできます。

これに対し、抗議は受動的に話を聞くだけ。

難しい話になると眠くなりますが、本当に眠ったり、気晴らしに部屋の外に出る自由も制限されています。

楽しい講義ならともかく、難しい話の中でさまざまな苦痛や不自由をひたすら耐えるのは、精神的に結構きついものです。

一日中授業を受ける学生はなんてすごいのかと改めて感じます。

事件をこなすだけでは、十分な成長は望めませんので、こういう機会はしっかり生かしていかねばなりませんし、うまく苦痛を感じない勉強法を考えていきたいと思います。

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2009年6月10日 (水曜日)

調停を成立させる弁護士

私は婚姻費用分担以外で、調停を成立させたことがありません。

それは、当事者間の仲がきわめて険悪なため、ある意味仕方のないことなのですが、調停を見ていると、代理人の立場でも、調停委員の立場でも、調停を成立させられる弁護士がすごいと思います。

調停は裁判ではないため、言う人は身勝手な言い分を言いまくりますし、およそ裁判で採用されえない主張に固執する人もいます。

調停を、事件解決のための重要な手段と認識していれば、調停成立に向けて、争いのある点につき、依頼者の言い分に理由のないところを説得して、譲歩案を出します。

他方で、弁護士費用をもらえばいよい、もしくは、依頼者に最大の利益をもたらすのが唯一絶対の結果、と認識している弁護士は、依頼者の言い分に不備がある点を説得しようとしませんし、かえって、無理筋と認識しつつ、ごねてよりよい和解案を引き出そうと一緒になってごねる傾向があるように思います。

こうした弁護士には、判例を挙げて「この点の主張はちょっと無理があるでしょう」と説明しても、聞く耳を持ちません。

このような態度では、調停が成立するはずがありません。

双方の主張のリスクを的確に見極め、合理的な話をできる弁護士相手であれば、最終的に想定される判決の近い内容で話し合いができますが、これをできない弁護士相手には、裁判で決着をつけるしかありません。

このような意味で、弁護士が増えること、調停前置主義を貫くことには疑問があります。

このリスクを依頼者に説明する作業は、自分の読み間違いがあると、洒落にならない失敗になります。

そのため、裁判経験を積み、裁判所はどう判断するかを的確に把握できることが何より大事で、日頃から意識していかなければならないと思います。

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2009年6月 2日 (火曜日)

警察官の役割

被疑者弁護をやっていると思うのですが、警察官による取り調べは、一般に想像されているものと大きく異なります。

否認案件でも、無理やり自白させられるような無茶はほとんどなく、刑事は淡々とマニュアルにのっとった捜査をし、あとは検察官がすべて決める、という住み分けというか役割分担をよく感じます。

これはこれで、非常に効率的な事件処理なのですが、警察官はもっと熱く、自分のポリシーをもった捜査を心掛けた方が、治安自体はよくなるのではないかとも思います。

しかし、警察官が常に温厚・冷静であるかというとそうではなく、一部にはまだまだ旧来の拷問・利益誘導があると、耳にします。

これは、被疑者の勝手な吹聴の可能性もあるため、断定した判断はできませんが、いざ、警察官による拷問などがなされると、密室での出来事ゆえ、それこそ、昨日の話題のように、本人の供述だけではいかんともしがたいです。

結局、民事でも刑事でも、単純な勧善懲悪のシナリオを探そうとせず、事案全体をバランスよく見渡し、公平な視点で、事件を見ることができるか否かが非常に大事であると言えますが、ここに至る法曹がまだまだ少ないことも現実です。

自分に自身を持ちすぎない、相手・他人に対する感謝のき気持ちをもって接する、こういった要素を磨いて行かなければ、法曹として大成しないと思いますので、これから、こういった点もしっかり意識して仕事をしていきたいと思います。

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2009年6月 1日 (月曜日)

心証開示すべきとき

最近、裁判官が比較的早期に心証開示するケースをよく目にします。

裁判官が心証を開示すると話が早いので、弁護士的には好ましいことなのですが、時に早すぎる心証開示も見受けられます。

まず、事実認定は、よほどの客観的書証の差がない限り、尋問前に心証開示することは望ましくないと思います。

よくあるのは、陳述書は理路整然としているが、これを裏付ける客観的書証のない場合、尋問を聞かずに、棄却事案だから早く和解しろという指導。

尋問だけでは事実認定はしないという固定観念は捨てるべきですし、真実を語る当事者に「裏付けがないから早くあきらめろ」というのは、裁判所の態度として失礼だと思います。

法律上の判断については、最高裁判例のある事案では、早期に判断を示すべきですが、地裁・高裁レベルで判断が分かれる事案や複数の有力な学説のある事案では、裁く裁判官により採用する見解、さらには結論が分かれてくるのでしょう。

こうした場合、その裁判官がどう考えるから和解すべきだ、という理屈は成り立たず、裁判官の心証開示はよいですが、それをもとに和解をすすめるのはあまり適切でない面があります。

裁判官による心証開示は、多くの場合審理を促進しますが、「ほかの裁判官が裁いても同じ結論だ」とまで言い張ると傲慢となり、「自分の見解はこうだ」というレベルでは、当事者を納得させないなど、例外的なケースは多々あります。

こうした点をしっかり考えて訴訟指揮する裁判官と、事件を早く片付けようとして訴訟指揮する裁判官とでは大きな差があり、訴訟を展開する代理人として、当り外れを感じる場合もある点でもあります。

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2009年5月29日 (金曜日)

原告はつらいよ・・

不況でも、弁護士業界の仕事はあまりかわりませんが、最近、特に違いを感じるのは債権回収の場面です。

裁判を起こし、裁判官の心証も固まり、分割弁済の和解をすすめようにも、十分に払えない人が非常に増え、いかに債権回収をうまくやるかが大事なポイントになりました。

仕事がない

仕事を失った

そういう人からは分割にしても十分な支払を受けることは困難で、とりあえず判決をもらって、時効を中断して様子を見るしかできない場合もあります。

金融機関側の代理人に立つと特にこれを感じますが、同時に思うのはこういった十分な支払ができない者の代理人に就任している弁護士や司法書士が意外に多いこと。

支払はできないけれども破産はしたくない、そういう相談を受けて、とりあえず受任して請求をとめ、交渉が失敗しても、判決では負けるが、執行できないので、事実上逃れられる、そういう感覚で任意整理が受任されているのであればゆゆしき事態です。

ともあれ、金銭請求をする原告は、費用と時間をかけて判決で勝っても債権回収ができないケースが増え、特許権侵害を主張する原告は逆に特許権をつぶされてしまうリスクがあり、このままでは裁判はどんどん利用しにくいものになります。

裁判が利用しにくいと、私的債権回収が増え、社会への影響もどんどん悪化していく危険性もあります。

この不況による影響は永続的なものではないでしょうが、原告がもう少し裁判をしやすい仕組みを作っていかなければ、これから裁判件数はどんどん減少していくのではないかと危惧します。

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2009年5月28日 (木曜日)

とある警察署の貼り紙

とある警察署に接見にいった際の話です。

「署長の方針です。職員はエレベーターを利用しないようにしましょう。健康増進と来客の利用確保が目的です」

という貼り紙がありました。

良心があれば当然できるべきことですが、署長が率先してこのような意識改善・問題提起をしていることには新鮮さを覚えるとともに、素晴らしいと感じました。

そもそも5階までの建物では、エレベーターなどつけません。

役所にエレベーターがあるのが特別で、それは納税者たる市民へのサービスの一環といえます。

そうであれば、当然、利用者の便を優先した対応を心がけるべきですし、ちょっとエレベーターの利用を控え、階段を歩くだけでも、メタボ対策には有効です。

私の職務スペースは7階で、住居は13階なので、階段でのぼりおりすることはなかなかありませんが、裁判所では結構階段を使用します。

それはメタボ対策もありますが、エレベーターの待ち時間が結構なストレスで、自分がエレベーターの利用を控えることにより、少しでも一般来訪者のストレスを減らせることができれば一石二鳥だと思うからです。

エレベーターは高層階への移動には必須ですが、近い階への移動のためには、あまり利用すべきではありません。

少しずつでもこの志向が高まるとよいと思いますし、署長が率先して意識づけをしているのは好ましい傾向であると感じます。

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2009年5月26日 (火曜日)

複数の弁護士に相談する

弁護士会や市役所の法律相談では、ときどき、すでに他の弁護士に相談したうえで、さらに相談に来られる方がいます。

内容的なことをいえば、勝算の高い案件であれば最初に相談した弁護士に依頼しているでしょうから、セカンドオピニオンを求められる相談では、筋がよくない案件も多く、依頼を受けても十分な成果をあげる見通しがみえにくいため、受任をお断りするケースが多いです。

ただ、法律相談という限られた時間の中で、文献を調査することなく話す内容は、その弁護士の私見や感覚の割合が多く、ひょっとしたら見落としがあるかもしれないので、無料法律相談でセカンドオピニオンをもらっておく姿勢は悪くありません。

それよりも大事なことは費用の問題です。

同じ事件を依頼するにも、弁護士によって費用が異なりますが、一部の専門性の高い案件を除けば、誰に依頼しても結果は大差ない案件が多いです。

債務整理・過払案件などは、まさに、誰がやっても結論はほぼ同じですので、それならできる限り安い弁護士に依頼した方がよいのは当然です。

債務整理案件で再度の相談に来られた方の話を聞いていると、過払報酬が25%を超えていたり、着手金の支払をしなければ受任しなかったりする事務所が結構あるようです。

過払報酬は20%が標準値ですし、過払の見込まれる案件では着手金は後払い可とする事務所も最近では増えてきています。

何も知らずに高い事務所に依頼してしまうことを避け、リーズナブルな値段で標準的なリーガルサービスを受けるために、法律相談を利用して複数の弁護士に相談することは結構意味があると思います。

相談を受ける弁護士側から見れば、セカンドオピニオンを求められている場合には、通り一遍の説明で終わらず、何か見落としがないか探す。誰でもこなせる案件においては費用やサービスの点で何か依頼者にお得なことを心がける、ということが大事であるとわかります。

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2009年5月22日 (金曜日)

長い文章

この仕事では、非常に長い文章を書く人が多いです。

知財や会社案件などの専門性の高い分野の準備書面や意見書は、言葉の定義から丁寧に1つ1つ積み上げていかなければ途中で議論が迷走しますので、長い文章になるのは必然です。

ところが、特段、大きな問題点のない平易な案件の意見書や準備書面でも非常に長い文章を書く弁護士は少なくありません。

もちろん、細かいところまで精査して、他人が気づかないような視点をずばずば指摘するなら、素晴らしいことですが、多くは実質的な内容の乏しいもので、目次や表題を斜め読みすれば内容を理解できるものです。

なぜ、このように長い文章を書くか。

まずは、依頼者や相手方に対し、自分はこんなに丁寧にこの案件を精査したのだとのアピールが考えられます。

確かに長い文章をもらうと、その段階では「すごいな」と思いますが、内容を理解できる人が読めば、「たいしたことないな」という判断に変わります。

次に、相手方や裁判所に「この人面倒臭いな」と思わせることが考えられます。

面倒臭いと思わせれば、和解交渉で有利に進めることはできそうですが、だからといって安易に譲歩する弁護士はそうそういませんし、判決内容に影響があるとも思えないので、この効果もあまりありません。

そうなるとあと考えられるのは、たくさん書いてタイムチャージを稼ぐ、この視点がどうしても残ってきます。

会社からの依頼はタイムチャージで受任することが多いですが、だからといって、あまり内容のない文章作成に時間をかけて報酬を水増しするやり方は好ましくありません。

タイムチャージで事件を受けたことのない若手弁護士のたわごとと思われるかもしれませんが、固定報酬だからこそ、よりよい解決のために、時間関係なく最大限の調査を行う、タームチャージでは、依頼者少ないリスクで高い結果を得られるよう最大限配慮すべき、ではないかと思います。

簡潔な文章で確実に必要な事実や主張を読み手に伝えることは長い文章を書くより難しいですが、非常に有益な方法と思います。

これを実現するには、「手抜き」「見落とし」がないよう、を普段から気をつけていかねばなりません。

簡単な見落としの多い私にとって日々の大きな課題です。

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2009年5月21日 (木曜日)

裁判員制度始まり

今日から裁判員制度がはじまりました。

私は本日、当番弁護待機で、かつ、裁判員対象事件取扱弁護士名簿に登録していますので、裁判員案件がこないか半分ワクワク、半分ドキドキしながら待っていましたが、来たのは普通の被疑者国選案件でした。

裁判員案件をこなせる弁護士はまだまだわずかで、最初のうちは手なれた弁護士からわりふっていくのでしょう。

その裏で、弁護士にとって重大な影響は、国選案件を自分で選べず、依頼を受けた案件を受けるか受けないかの選択になったことではないかと思います。

これまでは、国選弁護事件は自由選択で、受任したい弁護士から早く並べば、受けたい事件を受けることができました。

これに対し、今日からは、法テラスから指名された案件を受けるか受けないかの選択になります。

もちろん、近場の警察に留置されている被疑者はベテラン弁護士に、遠くの警察に留置されている被疑者や少年案件は、若手にという配慮はあるのでしょうが、基本は依頼されたものを受けるかどうか。

これまでは起訴された後、裁判所が適当に公判日を調整して日によって事件が集中したり少なかったりすることを回避できましたが、勾留請求と同時に国選弁護士が選任されるならば、どうしても日々の事件の多寡に対応するために人数を増やさざるをえない、そうすると事件にあぶれる弁護士が増え自然と増え、弁護士間に序列ができていく、そんな感じがしました。

いずれにせよ、熱心に対応する弁護士がどんどん表に出るのはいいことです。

私も、今一度刑事弁護士の職責を思い出し、1件1件しっかり対応していきたいと改めて感じました。

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2009年5月20日 (水曜日)

転ばぬ先の弁護士

不景気の影響かわかりませんが、最近、自分で裁判をやって、手おくれになってから弁護士に泣きつく人が多いように感じます。

弁護士費用をけちって敗訴しては大損であることを経験者は体感していますが、そうでない人は「自分が正しいのだからなんとかなるだろう」とでも思っているのでしょうか?

同様に、破産案件でも、裁判で敗訴してから弁護士に「強制執行されては困る」と相談に来る人がいます。

通常の破産の相談であれば、介入通知発送前に判決が出ているケースは少なく、申し立てまでに差し押さえがなされる可能性は極めて0に近いのですが、受任前に判決をもらっていると、申し立てまでに差し押さえがなされる可能性は格段にあがります。

「銭ないからはらえへんねん」と言えば長期低額分割弁済を認めてくれるというのは甘すぎる考えで、そのしりぬぐいを弁護士に求めるのもまた無理な要求です。

この時代、コンプライアンスが最大の経費削減です。

すなわち、法令を順守し、将来のリスクを消滅させていく方が、多少の費用はかかっても、最終的な損失は最小限ですむのです。

経済的に余裕がないからこそ、あらかじめ弁護士に相談し、余計な損失の発生をおさえていく。

この発想が定着していけば、紛争の発生せず、かつ、景気も回復する豊かな社会が復活するのであろうと信じています。

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2009年5月11日 (月曜日)

債権回収のかけひき

交渉はいうまでもなく、弱みを握られた方が負けます。

弁護士として債権回収の合理的な道筋が見えていても、最初からその道筋で交渉を進めれば弱みを握られます。

相手に差し押さえるべき財産があるなら、判決をもらって差し押さえをすればよい。

そうせず、あえて和解目的で中途半端な対応をすると、足元を見られます。

最初から差し押さえ前提の強気の交渉をした方が、相手からの和解打診を引き出しやすいです。

仮差押をしておくとなお交渉は有利にすすみやすいでしょう。

逆に差し押さえるべき財産のない場合、判決は相手にとって弱みではなく、話は違います。

この場合も、中途半端に和解せず、まず判決をおさえておくのは常套です。

相手の資力説明をうのみにして、安易に依頼者の権利を譲歩させてしまっては大変です。

判決をもらったあと、いかに任意に相手に弁済させるかが弁護士の腕の見せ所。

依頼者としては強気で押して、少しでも多額の分割弁済を引き出してほしいと思うでしょうし、それは基本です。

しかし、強権をふるって、無茶な分割弁済の合意書を交わしても、相手が払えなくなれば、余計手間がっかり、弁護士と依頼者の間の信頼関係にも影響が及びかねません。

相手の資力・返済能力というのは、結構変動するものです。

相手がどうしてもまとまった返済が難しいというのであれば、とりあえず最低限の額を必ず毎月入金させ(これが結構大事)、定期的に連絡をとる。

その中で、景気がよくなった兆候があれば、返済額を増やさせる。

こうした地道な対応が、差押財産のない債権回収手続では非常に大事だと思います。

相手に弱みを見せない

相手の弱みがみえない場合、堅実路線で交渉する

当たり前の話ですが、弁護士業界でも非常に重要な方法論です。

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2009年5月10日 (日曜日)

試合に出なけりゃうまくならん

今年の阪神・・もう限界でしょ、と思います。

数年前に優勝したメンバー頼みで、そのあとは、FAで獲得した選手以外で台頭してきている若手の数が非常に少ないです。

どこかでベテランを休ませ、若手をどんどん試合に出して成長させていかなければ右肩下がりに成績が落ちていくことは必然です。

巨人の坂本は、松井のいたころの巨人に入団していたらおそらくろくに出番をもらうことなく、そこそこの選手で終わっていた可能性が強いですが、若返りを目指すいい時期に入団したおかげで、試合出場機会をもらい、20歳にして日本プロ野球のトッププレーヤーに成長しました。

阪神も試合に出れば伸びる選手は何人かいるはず。

しかし、目先のチーム成績維持のためにベテランを酷使しつづけ、試合出場機会と成長の機会をもらえないのは残念なことです。

サッカーならビッグクラブに入り、そこで試合に出してもらえないならレンタル移籍で試合に出られるチームに出向することができます。

野球ではそれができず、入団したチームで試合出場機会がもらえなければ戦力外通告かFA宣言まで飼殺しという悪夢にあいます。

その意味で、必ずしもビッグクラブに入ればよいというわけではなく、試合に出られるチームに入団できることが大きな意味を有するといえるでしょう。

弁護士業界も同じで、新人を大切に扱ってくれる事務所もあれば、使えない弁護士は解雇はしないまでも、事実上飼殺しにする事務所、雑用的な仕事だけ任せて、実力のつく仕事はまわしてくれない事務所などもあると聞きます。

必ずしも評判のよい事務所に入ればよいというわけではなく、そこで、どのように扱われ、どのように仕事をさせてもらえるのか、そこが一番大事ですが、なかなか就職面接を受ける修習生の中には、この点をしっかり意識して就職先を選んでいる人は多くないように見受けられます。

実戦を積んでこそ力がつくもので、実戦を積ませてくれる環境が何より大事だと思います・・が、現実には被用者も雇用者も、そのことは二の次になっている感が否めません。

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2009年5月 2日 (土曜日)

依頼者と相手方

ゴールデンウィークに入ってもアポがあり、ゆっくり休めません。

そのほとんどは、事件の相手方との折衝です。

事件の相手方と折衝しなければならない中で、相手方が平日は無理だというのであれば、休日に時間をとらざるをえませんし、先方に出向くことも必要になる場合があります。

これに対し、依頼者とのうちあわせの場合、多くは平日の日中に、事務所で行います。

同じ事件処理に必要な仕事なのに、相手方の要望には応じて休日や先方事務所でのうちあわせを飲むのに対し、依頼者には自分の要望を飲ませるのはおかしな感じが否めません。

依頼者の方がコントロール可能であるため、どうしても自分の要望をのんでもらいがちですが、これは「お願い」の域を出てはならないと思います。

数年前に比べ、弁護士が事務所にいる時間が少なくなったというベテラン弁護士がいます。

事務所にきてもらうより、先方に出向くうちあわせが少しずつ増えてきているようです。

外出すると、帰ってきた際のメールと電話履歴の数に愕然としますが、それでも、できれば先方に出向いて話を聞くことが親切ですし、事件処理も信頼関係も円滑にしやすい気はします。

最近、私も、あまり事務所にいないので、時々、事務所に戻ってから返電した依頼者に「ずいぶん忙しいんですなぁ~」と言われることがあり、「いつも事務所にいない」というのは大きな問題ですが、会社の相談など、先方の人数の方が多い場合には、先方に出向いてうちあわせをするというのは、悪くないと思いますので、機会あれば採用していきたいと思います。

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2009年4月27日 (月曜日)

期限厳守

①期限は守るし的確な仕事をする

②期限はいつもぎりぎりだが的確な仕事をする

③期限は守るが中身は結構いいかげん

④期限は守らないし、内容もいいかげん

弁護士にはこの4パターンがありますし、裁判官や検察官も、厳密な分類をすれば、この4つに分類することは可能です。

①が素晴らしく④がダメなことは一目瞭然ですが、問題は②と③。

私は期限は守るのですが、まだまだ未熟で、依頼者や裁判所を100%満たす仕事はなかなかできず、しいて分類すれば、まだまだ③のカテゴリーにいます。

それならば、時間をかけてでも、完璧な仕事を目指せ、といいう周囲の指摘が耳に痛いです。

それはそれで正論なのですが、期限ぎりぎりにとんでもない書面や記録が届くと大変な思いをします。

期限の1,2日前にささっと書いた書面は、ものの1,2分で内容を把握できます。

しかし、期日前何日もの間に十分に練られた書面が期日の前日に提出されたらたまりません。

その例として、検事が忙しいのは重々承知ですが、期日の直前の追起訴や書証提出があっても、弁護士は十分に対応できず、1期日が無駄になります。

中身を充実させるのが一番大事ですが、相手当事者のことを考えると、期限厳守も大事な信頼獲得のポイントです。

期限を守りつつ、少しずつでも書面の精度を上げていきたいと思います。

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2009年4月24日 (金曜日)

批判と対案

仕事を共同で進めるうえで、積極的にぐいぐい進めてくれる人は非常に頼もしいです。

裁判官が勉強熱心で、自分が考えていなかった視点を提供してくれると、それだけで、その裁判官を全面的に信頼してしまいますし、何をするにも後手後手の裁判官には、正直、別の裁判官に変わってくれと思うこともあります。

裁判官にせよ、共同受任の弁護士にせよ、他人のすることの批判は簡単です。

人それぞれ、意見は異なるので、自分なりの異なる点を明らかにすれば、いいだけだからです。

そういうわけで、簡単に人を批判する人がいますが、ちょっと待った。

批判のうえで、よりよい対案を示せますか?

自分の対案が相手の案よりすぐれている根拠は十分ですか?

私は、批判は、前向きな動機を生みにくい行為だと思いますので、少なくとも公の場で、人の考えを批判することは、ほとんどしません。

しかし、逆に、自分の意見ややり方には、それなりにすぐれたものと勝手に自負したり、いろいろやりたがる人間なので、十分に吟味しつくしていない意見を対外的に発表し、結構批判にさらされます。

批判された瞬間は悲しいですが、よくよく議論を詰めると、明白なミスを除けば、完全に論破されることはなく、最終的には自分の意見が通っていることが多いです。

他人の意見を否定するのは簡単ですが、自分の意見を肯定するのは困難です。

これを磨く機会は、たくさんの批判を浴びて、意見を推敲し、他人を論破する素材を収集することです。

他人の批判は、愚痴をこぼす程度にし、自分を批判の矢面に立たせて磨く。

このライフスタイルが素晴らしいと思いますし、私にはあっていると思います。

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2009年4月22日 (水曜日)

不動産に絡む事件

弁護士と不動産といえば、多くの不動産業者が弁護士に、任売案件を紹介してくれ、と仕事の紹介を求める件のウェートが大きいですが、訴訟等の事件に絡むものとしては、やはり相続絡みが多いです。

隣地訴訟は、水の合わないお隣さん同志が、費用対効果のつりあわない争いを繰り広げるケースもありますが、もとはといえば、相続に端を発した一族内の話も多いです。

また、相続不動産の分割や移転登記も、かなりの数を占めます。

私は、不動産案件を比較的多数こなしてきましたので、同年代の弁護士の中では、不動産案件の処理に手なれた方だと思っており、実際に不動産案件を処理していて苦痛にはならないので、依頼があれば、儲けを度外視して受任をすることもあります。

それは、田圃など、経済的価値の低い不動産の事件については、経済的利益が僅少で、所定の弁護士費用を請求すると、全部勝訴でも、赤字になるケースもあるからです。

金銭的評価の明らかな案件では、弁護士会の標準より若干安い価格でサービスを提供し、依頼者に現実の利得をもたらすことができます。

しかし、相続絡みの不動産案件は、単純に経済的利益から弁護士費用を計算すると明らかに依頼者の得にならないケースが多く、かといって、放置するとどんどん法律関係がややこしくなるので、赤字やむなしで、事件処理をさせていただきます。

不動産は、右から左に動かすだけで利益を生む出す可能性がありますが、事件物になると多額の費用を要する、非常に博打性の高い商品であることがわかります。

昨今の経済事情の動向もあり、不動産に対する見方は当面の間、激動の時代を迎えそうです。

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2009年4月10日 (金曜日)

尋問は2度できない

裁判における法律構成の考え方は大きく2つあります。

1つめは依頼者に最も有利な結論をもたらす構成

2つめは裁判例や裁判官の示唆などから合理的と思われる構成

です。

民事でも刑事でも、依頼者から委任を受けて事件処理を行う以上は前者の構成をとるのが普通ですが、できる限り敗訴の確率を下げるためには、後者の構成を主張しておくことも大事です。

これが相互に矛盾しない主張や、請求内容に大差ない場合は、両者の主張を並べたり、主位的・予備的に構成したりいろいろ手法がありますが、どうしても二つを並べられない場合もあります。

このような場合、要件事実さえ主張・立証されていれば裁判所が法律構成を考えて判決を書くため、判決をあけてみて「え~~っ?」というどんでん返しがある場合があります。

当事者の想定していない法律構成で判決を書かれるのならば、その法律構成に対する当事者の攻撃防御の機会を保障すべきですが、尋問後に急に裁判官が新たな法律構成を示しても、上訴審で反論が主張できるだけで、再尋問等立証活動はほとんど制限されます。

これでは、結局裁判官が「俺がこう考えるからいまさら何をやろうと見解は変わらないよ」と言っているようなもので、必ずしも適正な事件解決も当事者の納得も図れないと思います。

ポイントに対して当事者が十分に攻撃防御を尽くしたうえで、それらすべてに答える判決を書いて事件処理といえるのではないでしょうか?

代理人や当事者のうっかりで、見落とした主張・立証の機会を確保すべきかどうかは別にして、当事者の主張と裁判所の考え方が違うなら、裁判所は遅くとも尋問までに法的観点を指摘するべきですし、尋問後にいきなり考えた理屈をふりかざす裁判官はあまり能力が高くないのではないかと疑いを感じます。

事件処理は誰がやっても同じというのは空想で、代理人と裁判官の能力や考え方に大きく依拠するのだということがわかります。

このような事態を防ぐために、代理人としては十分に裁判例を検討したうえで、法律構成を精査すること、そのうえで、裁判官がどうも違うことを考えているようであれば、裁判官の法的観点をできる限り引き出すことが大事です。

今まで、裁判事件の処理は頭のよい裁判官の先導にただついていくだけでよいと考えることもありましたが、依頼者の利益を守るためには、裁判官を動かしていくことが大事だと最近よく感じます。

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2009年3月31日 (火曜日)

法のアメとムチ

AがBに壺を渡し、「代金はあとでいいから」と言った場合。

その後、Aが売買代金として1000万円をBに請求し、Bが「あんなもの二束三文の価値しかないから代金なんか払えるか」と答えたケースを想定してみます。

意外と似たようなケースは身近にあるのではないでしょうか?

双方の言い分が異なるため、裁判になる可能性が高いですが、これを地裁の裁判官が裁くと、売買契約の成立を認めたうえで、双方に壺の価値について主張・立証させ、時に証人尋問でひょっと出た「だいたい○○円くらい」という証言だけで強引に心証をとり、Bに一定額を支払わせるケースが多いでしょう。

ところが、これが高裁の判断となると、売買契約の要素である売買代金も、その金額を定める方法についても合意がないので、売買契約は成立していない、と、要件事実論でバッサリ切り捨てるケースが多いと思います。

常識的に考えて、物を贈与ではなく受け取って、お金は払わないというのは奇妙な結論で、前者の考え方は至極当然の判断のようにも思います。

しかし、法律上の理屈を厳密に考えれば、代金を定める方法すら取り決められていない約束を売買契約と呼ぶわけにはいかず、法律の執行者としては、売買契約の主張は退けなければなりません。

1審でできる限り、常識的・和解的な解決を試み、それでもなお高裁でケンカするなら、法律の理屈で切り捨てるしかない、というのは、よくよく考えればよくできているものだと感じます。

弁護士もよく陥る罠ですが、日頃なあなあにしている取り決めが、裁判所では通用しないということは結構あるものです。

このような場合、強気で戦うのもかまいませんが、最終的には地裁で和解しておくのが、費用対効果の面でもリスク管理の点でも大事だと思います。

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2009年3月25日 (水曜日)

地裁の判断と高裁の判断

まだまだ若手で未熟な私のもとには、途中まで自分でこなしたが、あとどうすればわからないので、引き継いでほしい、という依頼がしばしばあります。

当然、勝算を計算のうえ、受任しますので、和解による解決ができなくても、ほぼ全ての案件で、一部勝訴以上の結果を地裁で残します。

法テラス案件が多いこともあってか、相手方の不服申立てに際して、高裁での代理は依頼されない(再び自分で行う)ケースも相当数あります。

しかし、私が代理人から外れたとたん、高裁で逆転の判断が連続して出たことがあり、残念に感じたことがあります。

同じ訴訟資料なら同じ判断が出るというのは理想論で、地裁と高裁の判断は結構分かれるようです。

これを分析すると、地裁は実質的妥当性を重視した判断をするのに対し、高裁は、最高裁や著名な学者の論文の記載に忠実な判断をしているといえると思います。

このように、判断手法の分かれる中で、われわれ弁護士の打てる方策といえば、文献や判例をしっかり調査したうえで、有利な主張を間違いなく裁判所に伝えるとともに、地裁では、結論の妥当性を説得的に論じる形式で、主張を構成するのが望ましいといえそうです。

裁かれる側からすれば、同じ訴訟資料からは、同じ結論を導いてほしいと思いますが、これは裁判官も人それぞれに考え方や立場が違うので、限界があります。

しかし、それは1つの事件を見る視点が複数あることに起因する面も大きく、誰がどこから見てもこれが妥当な結論であろう、そう思えるよう多角的に検討し、主張を構成することが大事です。

なかなか困難な話ではありますが、そういう活動をできるようがんばっていきたいと思います。

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2009年3月19日 (木曜日)

このむかつきをどうすりゃいいの?誰が僕を救ってくれるの?

「先生、これ慰謝料とれまっか」

「とれまへん」

「いや、まだ何も相談してへんわ」

という、漫才みたいなやりとりは決して意図的にやっているわけではありません。

人間のつきあいの中では、他人の言動にむかつくことは多々あります。

最近の相談では、むかついたんやけど、慰謝料いくら取れます?

という対応に苦慮するものがしばしばあります。

慰謝料は、不法行為に基づく損害賠償請求権で、文字通り「不法」な行為が前提とされます。

「不法」と万人が言えるのは犯罪行為や離婚原因を作ったことなど、明らかに「アカン」ことで、単にむかついただけでは慰謝料は請求できません。

というか、人をむかつかせたら慰謝料を払わなければならない、そんな拘束された社会には私は住みたくありません。

このように、簡単に慰謝料を口にする人は、他人のことを考えることが苦手な、未熟な人間だと私は認識し、相応の対応をします。

相応というのは、法律上慰謝料は請求できないことははっきり告げたうえで、同時に、それを告げただけでは解決にならないことも知っていますので、法律外の点でできる限りのアドバイスをします。

相談者としては、日本の法律の不合理を感じるかもしれませんが、人間社会の動きを考えればこれは当然の帰結だと思います。

苦労はしますが、少しでも相談者の納得のいくかたちで、うまく説明できるようになりたいと思います。

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2009年3月16日 (月曜日)

独占禁止法の独占?

独占禁止法は分量も適度で勉強しやすい法律ですので、自主的に研究している弁護士は少なくありません。

しかし、現実的には事件の圧倒的な少なさと偏在により、本を読む以上の勉強は困難で、専門家にまではなろうとしてもなれないのが現実です。

事件はなくとも、中小企業の案件でも、相談レベルではいくらでも案件はあります。

しかし、事件を通じて法の扱い方を体系的に学ばなければ、単発の知識を超えるものではなく、専門知識として使えるものではありません。

とはいうものの、これは少し誤解があり、独占禁止法を知っていれば当然気づくべき論点を弁護士が見落としている、その背景には、独占禁止法の考え方が現在の「常識」に合致していない面もあるのでしょう。

私も独占禁止法は勉強していますが、業務としては、もっぱら知的財産権法の検討の中で派生的に検討するくらいです。

皆そんなもので、真に事件処理をできるようには、こうした機会に検討できるだけ検討しておくことが大事であると思われます。

一部の弁護士に独占されている非常に皮肉な法律ですが、研究する面白みは非常に高いものですので、小さな契約書チェックでも丁寧に見て理解を深めていきたいと思います。

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2009年3月11日 (水曜日)

知らんかったじゃすまされない

WBCの規則を日本チームが誤解していたようです。

松坂投手は、今日練習試合で調整し、15日の登板に備える予定でしたが、登板間隔を置かなければならない規則を誤解したため、松坂投手は本日の試合に登板することができず、明日登板して、中2日で本番に臨むか、ぶっつけ本番に臨むか、調整予定が大きく狂うこととなりました。

練習試合なので、大事には至らなかったものの、担当者の責任は重いです。

登板間隔の規定が練習試合にも適用されることすら失念していたのか、基準時を間違えたのかは定かではありませんが、大事な規則である以上、解釈に少しでも疑義があれば、本部に確認すべきです。

我々の業界では、手続についてよくわからないことはしょっちゅう出てきます。

文献等を調査して、現実的な妥当性もふまえれば、おそらくこれが正解であろうという結論にたどりつくことができますが、確信を持てなければ裁判所に確認します。

裁判所としては非常に迷惑な話ですが、「調査したうえで、たぶんこれが正解」と思い、間違ったことをしてしまうと、下手をすれば懲戒事案になってしまいますが、その背景には「裁判所に聞けばわかるのに、なぜそれを怠ったのか」という判断があります。

今回のWBCの件も、聞けばすぐわかることを聞かなかった責任は免れません。

実務感覚が身についたと誤解しがちな我々くらいの世代の弁護士は、調査を手抜きし、自分の感覚で動いてしまいがちですので、しっかり気を引き締めて、謙虚に行動していきたいと思います。

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2009年3月10日 (火曜日)

人の恨みをかう仕事?

弁護士を志す人の相当割合は人の役になりたい、人を幸せにしたい、という動機を持っていると思います。

しかし、その思いとは裏腹に、この仕事は人の不満をぶつけられ、時に恨みをかう仕事です

刑事事件を例に挙げれば、依頼者は犯罪を犯した人か、犯罪を犯していないのに留置されている人です。

おとなしい人もいますが、事の大小を問わずすぐに人を呼び出し、要求に応えられないと、不満や恨みを投げかける人は結構いるので、もう慣れました。

このような被害者の相手方たるのは被害者ですので、弁護士に対しても、犯罪者に対するのと同様の対応をする必要があります。

このような当事者の対応に手を焼き、裁判手続にぬかりが生じれば、裁判官や検察官が黙っていません。

事件によっては、孤独な四面楚歌状態にもなりえる辛い時もあり、何のためにこんなことをやっているのだろうと疑問を感じる時もあります。

民事事件も一方が全面的に悪く他方が全面的に正しいという事件はあまりなく、このような事件に弁護士が介入するのは好ましくありませんので、何かしら、自分の依頼者にも、問題があるケースがほとんどであると推測されますので、上記のような刑事事件と同様の構造をはらんでいます。

ただ思うのは、このような事件が発生してしまった後は、発生前の状態に戻すことすらできない場合も多く、事件発生前の状態と同等、もしくはそれ以上の幸せな状態に持って行くことは不可能なケースが多いのです。

弁護士は不可能を可能にする職業ではなく、人、それもできれば当事者双方を、今よりも幸せにする仕事です。

事件前に比べて不満が残るのは仕方のない場合もあり、逆に、今よりも少しでも当事者が幸せになってくれれば自分が仕事をした実感を感じてよいのではないかと思います。

頑張っても感謝されないのは悲しい面もありますが、自分の仕事に自信を持てれば、結果に満足できると思います。

そうあるべく日々頑張ろうと改めて思います。

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2009年2月26日 (木曜日)

判決理由中の判断

裁判例を検討していると時々おかしなことに出会います。

原審判決や審決を取り消して、真逆の結論を出す裁判は決して珍しくありませんが、判決理由中で、原審等があげた理由a,b,c,d,e,f,g・・・・をことごとく全て否定して原審等を破棄する判決を見ると釈然としないものがあります。

結論が、裁く人によって変わる、これは仕方のないことです。

だからこその3審制です。                  

判決理由中の判断も同じですが、それでも、6つ7つある理由全てが正反対の結論に至る、というのは確率論的に非常に低いものと思います。

結局、裁判で重要なのは、ただひたすら結論だけであり、判決理由は当事者を納得させるための言葉の技巧にすぎない面があるということでしょう。

だからこそ、裁判所は判決理由中の判断の拘束力を嫌います。

b,c,eは理由として認めるけれど、a,d,f,gは理由として認められず、総合的に認められない、と書くと、判決理由がごちゃごちゃしてきますし、「総合的に」ってなんやねん?とますます当事者の疑念を招来するおそれさえあります。

それなら、すっぱり切り捨ててしまったほうが、理由には納得できなくとも、結論には納得してもらえる、といった感じでしょうか?

受験時代は、答案に引用可能な、裁判例の理由中のフレーズばかり追いかけて読んでいましたが、意味のないことであったよくわかります。

判決理由よりも、結論とそれに至った価値判断の経過を、「解説」から拾い上げ、自分なりに消化していく読み方が最も裁判例を読み込むうえで大事だと思います。

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2009年2月25日 (水曜日)

電話で簡易相談所

今日は、遺言・相続センターの事件紹介待機日でした。

最近できたばかりのこの制度ですが、結構利用されているようです。

通常の事件紹介のように、弁護士会館に出向いた相談者が、紹介により、弁護士の事務所に足を運んで対面で相談するのではなく、電話でセンターに相談をした相談者について、センターから弁護士が紹介され、事務所に待機している弁護士から速やかに相談者に電話がなされ、相談を受けるという仕組みは非常に相談者思いの良い仕組みであると思います。

わざわざ予約をとって、弁護士会へ行き、いろいろと書類を書いて弁護士を紹介してもらう、時にはたらいまわしにされる(注:この文章は決して弁護士会の対応が悪いというものではなく、法律相談制度の限界に問題を呈するものです)というのは、相談者にとってやや敷居の高い制度です。

これが、ちょっと相談したときに、自宅から電話をかければ、30分以内くらいに、相談を受けてくれる弁護士のほうから電話をしてきてくれる。

当然、込み入った難しい内容であれば、その弁護士に予約をとって、詳しく相談にのってもらうことも可能。

という制度は、非常に使いやすいいい制度であると思います。

使いやすい制度であることは、同時に、事件性の乏しい相談件数も増えますので、やや大変な面はありますが、弁護士としても、デスクで仕事をしながら、少し手を休めて相談にのってあげることで、相談者に満足してもらえれば、やりがいは感じます。

このように、少しでも気軽に相談できる制度は非常に良いものですので、今後ますます充実していくことを期待してやみません。

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2009年2月24日 (火曜日)

離婚事件は難しい

東京家裁では、しばしば離婚訴訟について、訴状審査の段階で、原告代理人に訴えの取り下げ勧告がなされるという話を聞いて驚きました。

離婚案件は、当事者の感情の琴線にふれる事件であるため、弁護士として軽率な発言をすることは許されず、非常に気をつかう事件です。

そのためか、依頼者にはっきりと物を申しにくく、勝算はあまり高くないことを知りながら、依頼者の要望に従い、離婚訴訟を提起したというケースが多いのかと思います。

間違っても、原告代理人が勝算を見誤ったり、着手金目当てで勝てない事件を受任したのではないことを祈ります。

裁判離婚を求めるうえで、重要な事情は、別居期間と、被告の有責性です。

相当の別居期間があれば、原告に特段の問題がなければ離婚は認容される見通しがたちますが、別居期間が短い場合、被告の責任を主張・立証しとおさなければ、なかなか離婚は認容されません。

調停では離婚に応じていても、裁判では争うかもしれない

性格の不一致は離婚原因になるが評価が難しい

軽度のDVや浮気が先行していても、被告が猛省していればやはり離婚は困難

不貞は事実上直接立証が不可能であるため、裁判所による推認に期待しなければならない面が否定できない

などなど、検討事項は枚挙にいとまがありません。

だからといって、依頼者に「これでは勝てない」とは、なかなかいいづらいですし、いうべきでないケースは多く、非常に難儀です。

ただ、裁判上のルールはルールで、当事者の希望や感情で左右されることはあまりなく、それは我々弁護士が的確に把握し、依頼者を最善の方向へ導いてあげる必要があります。

何らかの理由があって離婚したいという要望があれば、協議・調停で精一杯離婚成立に向けて交渉する。

その中で、離婚に至る決定的な事情がみつかれば、裁判で決着をつければよいですが、決定的な理由がみつからない場合は、相当期間の別居という既成事実を固めることに力を注ぎ、離婚を急がせないように気持ちを持っていくことも大事でしょう。

どこの法律事務所にもあり、「誰でもできる」と思われがちな離婚案件は、法律紛争の中でも特にナイーブな、非常に難しい事件です。

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2009年2月23日 (月曜日)

いい法曹の定義

いい裁判官・いい弁護士の定義の仕方はいろいろあると思います。

最もオーソドックスな定義は、「業務を間違いなく的確にこなす」者で、多くの法曹はそのような法曹になるべく日々研鑽しています。

しかし、仕事をしていると、ふと、違和感を感じます。                      

弁護士よりも圧倒的に優秀なはずの裁判官ですが、「この人はいい裁判官だな」「この人と一緒に仕事したいな」と思える人には、2~3割くらいしか出会えません。

弁護士にしても、有名な先生が必ずしも、いいな、と思える先生とは限りません。

こう感じる理由は、相手の立場を理解しているか、相手の立場に配慮した言動ができているかによっているような気がします。

いい裁判官や弁護士は、話し相手の立場を理解し、その学力や感情をふまえ、その人の立場からわかりやすい言動を心がけていると思います。

だから、話がわかりやすいし、共感しやすい。

頭はいいけれど、いい法曹だと思えない人は、正論を言っていても、上から目線で、不利なことを言われた側は腹がたったり、素直にこれを受け入れられなかったりで、なかなかいい解決にはつながりません。

正しい判例や学説を唱えたければ学者になればよい。

事件を解決してなんぼの弁護士や裁判官は、相手を理解し、相手の立場でわかりやすい話を心がけねばならず、「これが正しいからこうしろ、理解しろ!」という態度はあまり好ましくありません。

忙しいから、いちいち個人のわがままや要望に応えてられないというのはただの言い訳で、きちんと事件処理ができないなら、事件数を減らして、丁寧に依頼者や相手方に接していくべきです。

私も、いかに効率よく事件を回転させるかに腐心した時期もあり、話し方もおそらく上から目線な時が多いと思います。

しかし、それではダメだと、周囲を注意しながら仕事をしていると理解できます。

そう簡単に変われるものではありませんが、少し事件数を減らしてでも、丁寧な事件処理、相手の立場にたった放し方を心がけていきたいと思います。

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2009年2月19日 (木曜日)

いかに相手に自分の主張を伝えるか

私はブログでは、だらだらと同じことを繰り返し言葉を変えてかいていますが、裁判所や相手方に出す書面は簡潔明瞭を心がけています。

だらだらと事情をいっぱい書いても、事件の解決の必要な事情はその仲のごく一部にすぎず、頭のいい弁護士や裁判官はそこだけ走り読みします。

余計なことを書くとそこで揚げ足をとられたり、余計な紛争を引き起こすなどの弊害にも配慮しなければなりません。

また、一般人に出す文書では読みやすい文章にすることが大事ですし、長い文章は何より読むのが苦痛です。

そこで、要件事実とそれを裏付ける重要な間接事実に限定し、コンパクトに重要事項だけを理路整然とまとめるのがベストであると考えています。

しかし、結論を導くための計算式は、これで材料がそろうのですが、事件の概要や、重要な事情に至った経緯・合理性などを理解してもらうために、事件の解決には直結しないけれども、ある程度、周辺的事情を敷衍して書いていかねばならない場合もあり、この見極めに苦慮する場合がしばしばあります。

最初からたくさん事情を書く人もいますが、私は最初は簡潔明瞭な文書を出し、相手の理解度をうかがいながら、随時、事情を補充していく方式が良いと考え、この方式で落ち着いています。

結局は、他人に自分の主張をいかにわかりやすく伝えるかということ、答えのない難題ですが、日々試行錯誤しながら、磨いていきたいスキルです。

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2009年2月16日 (月曜日)

当事者との距離

通常の民事・刑事事件では、記録の閲覧を申し出ると、原則として、裁判所が規則に従い編集する記録全てを見せてもらえます。

しかし、家事事件の場合、記録の閲覧を申し出ても、記録のどの部分を閲覧したいか特定させられたうえ、調停委員のメモなど、一定の書類については閲覧させてくれないものもあります。

前回の調停期日で誰がどういった、といった些細なことでも、過敏に反応する当事者もいますので、まさにそれが大事だという書類が閲覧できないというのは、なかなか辛い場合があります。

もちろん、裁判所は双方当事者に対して異なる顔で接し、これを徐々に近づけていく役割を果たしますので、相手方と裁判所のやりとりを全て把握してしまうと、それこそ大きな問題になってしまいますが、裁判所が一定の内部情報について当事者に対してシャットアウトしているのは、当事者から見れば、裁判所自ら当事者と距離を置いている感じがします。

裁判所と当事者との距離を縮め、腹をわった話をしなければ事件は解決しません。

しかし、一方当事者との距離を縮めすぎると、他方当事者との距離が広がることになり、双方当事者との適切な距離を調節していくことが大事だということでしょうか。

そう考えると、裁判所の仕事は非常に大変なものであると感じます。

しかし、事件終了後も、一定の書類の閲覧は禁止されたままであるなど、やはり、裁判所は当事者に対して暖かくなく、距離を置いている感じは残ります。

時折、裁判官や調停委員が気の利いた対応をとることがありますが、多くの場合、事件が解決しても、業務を終えた対応以上のものはありません。

当事者にとって、事件は大変な出来事で、頼りにする人との関係は非常に大きなものだと思います。

我々弁護士の立場からは、裁判所とは異なり、事件処理が業務的になることをできる限り避け、当事者の立場から様々な面で安心し、納得いく事件処理を心がけていかねばならないと改めて感じました。

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2009年2月12日 (木曜日)

被害の評価

最近、刑事事件の話ばかりしている気がしますが、今日は、財産犯の量刑について。

財産犯では、被害金額と賠償の有無が量刑に大きく反映されていると感じます。

同じ条件下で、1000円の物と1000万円の物を盗んだ場合、前者では、被害弁償ができなくても、懲役1年執行猶予付き、後者では懲役3年実刑、という大きく異なる結論になることも予想されます。

被害金額によって刑が変わるのは当然のことですが、被害金額の違いにより意外に大きな量刑の差につながりえるため、今後ますます被害弁償の重要性が増していくと思われます。

ところで、被害は額面だけでは判断できない場合も多々あります。

1万円のありふれたものを盗むよりも、1000円の持ち主が愛着を持つ品を盗むほうが、被害感情としても、被害の回復可能性においても、厳しい量刑に値すると思います。

また、同じ商品を安売りで売るスーパーと、定価で売る小売店とでは、額面をもとにすると、小売店から盗んだほうが刑が重くなりそうですが、実質的な打撃は、利益率の低いスーパーのほうが大きいです。

それゆえ、「愛着」といった個人的な感情や、多少の金額の差は量刑には反映させないでしょうが、単純に金銭的な打撃を与えただけの財産犯の量刑も、厳密に考えていくと難しい点はいろいろ出てきます。

ともあれ、法曹が財産犯の裁判で被告人に理解してもらわなければならないのは、「被害者の痛み」と「お金を弁償するだけでは解決にならないこと」です。

刑期よりも、この根本的なことを理解してもらい、この不景気の時代に財産犯が増加しないことを祈るばかりです。

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2009年2月10日 (火曜日)

刑事弁護人は多弁に

普段、口数が少なく、依頼者に甘甘の私は、最近、刑事法廷ではおしゃべりになりつつあります。

被告人に有利なことだけを簡潔に手短に質問する。

これは、従来の刑事弁護手続では非常に重要なことでしたが、これは、頭がよく、刑事裁判手続に精通した裁判官や検察官が相手だからこその話で、それぞれが聞きたいことを聞きたい範囲で聞いて、判決に必要なピースを完成させることができるからです。

しかし、先日書いたとおり、近時、傍聴人増えていることと、裁判員制度を控えていることから、刑事裁判でのメッセージは、頭の良い裁判官よりも、むしろ、一般国民がわかりやすい内容を心がけるべきと思いました。

被告人に有利なことだけ簡潔に聞いて、後は裁判官まかせ、というのでは、決して傍聴人や裁判員は納得せず、むしろ、反感を買う可能性すら感じます。

いけないことはいけないと自覚させる、何を反省させるべきか理解させる、被害者の痛みを考えさせる、二度と犯罪を犯さないことを、口先で言うだけではなく、心から思わせる、そのような被告人質問を心がけなければならないと思います。

同時に、これまでの簡略な弁論要旨を廃し、なぜ被告人に軽い処罰を求めるのか、なぜこの事情は有利情状なのかを、もっとわかりやすく、説得力を持つかたちで書いていかねばならないとも思います。

裁判員制度を意識したわけではなく、自然と質問数や内容が変化したのは、頭ではなく、体が新時代の刑事裁判に反応した感じがします。

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2009年2月 9日 (月曜日)

骨折り損のくたびれもうけばかり

至極ありきたりな話です。

調停は、「ただの話し合い」であるため、奥が深いです。

自分としては、争点とそれに対する意見は整理できていても、調停委員は違う意見を有していたり、当事者は違うことを考えていたりして、なかなか話がまとまらないことはよくあります。

こうなると、調停時間はダラダラ間延びになっていき、スケジュールの詰まった弁護士には非常に辛い仕事となります。

話し合いが白熱すると「次の予定があるから・・」と、切り上げて帰るわけには行かず、調停は「いつ終わるかわからない」と考えておく必要があります。

そうすると、調停の後に別の裁判所での裁判や、打ち合わせが入っている場合には、時間に余裕があったとしても、その荷物は持って出ざるをえません。

重い荷物をもってえっさほいさと遠方の裁判所に出かけたときに限り、調停は早く終わり、骨折り損のくたびれもうけとなりがちです。

逆に、「今日は大丈夫だろう」と、たかをくくっているときに限り、調停が長引き、話の途中で退席し、事務員に記録を裁判所まで持ってきてもらう情けない弁護士になってしまいます。

年配の先生になると、調停をコントロールできる方もあるのでしょうが、私には不可能です。

それゆえ、調停の後には予定を入れないか、大量の荷物とともに動くがの2択をいつも迫られています。

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2009年2月 8日 (日曜日)

過大広告の結末

消費者金融業者相手の債務整理案件を受けるために、電車内でも非常に多くの広告がなされています。

しかし、1点疑問に思うのは、少し過大広告になっていないだろうか、ということ。

2年前であれば、消費者金融からの取立てに苦慮している人は、かなりの確率で過払金を返還請求できる状態にありました。

しかし、そういった長期間頑張って返済を続けてきた人が減ったのか、特定の事務所が独占しているのか知りませんが、最近では、一般の法律相談で、過払金を返還請求できる人の割合はかなり少なくなってきています。

反面で、2~3年の取引で、過払金は発生していないだろうと説明すると、「なんや、おたく、よ~過払取り返せへんのか」と毒づく人もときどきいます。

過払金を取り返せることを知らずにずっと苦しい目にあってきた人を救済することがまず第一ですが、宣伝広告のおかげで過払金返還請求の話はかなり認知されてきたと思います。

しかしながら、「頑張って返済していれば過払金がとれる」「弁護士や司法書士に依頼すれば、利息を踏み倒せる」といった、少し誤った考え方も広まっているように思います。

そういった甘い考え方をもってしまった人を甘やかすのではなく、つきはなすのでもなく、無理のない範囲で支払いを継続させるよう誘導することが、今後ますます大事になってきそうです。

債務整理案件は、過払バブルの終焉とともに、落ち着いたというか、本来のかたちにもどったというか、そんな感じがします。

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2009年2月 6日 (金曜日)

銀行はプロ、業者はアマ

私は任意整理事件を受ける際は、全債権者一括で受任することが多いです。

高金利の業者は、通常、全て受任するのが普通ですが、通常金利の銀行等からの借り入れは、弁護士が介入しても、債務残高は減らず、せいぜい、将来利息を削るくらいしか利益はありません。

そこで、弁護士費用をいただいても、それに見合う成果を得られない可能性があることから、比較的残額の少ない、銀行等からの借り入れについては、受任せず、本人にそのまま支払ってもらうのが好ましい、と判断する弁護士もいます。

私の場合、任意整理は、負債全体を把握したうえで、しっかり方針をたててやらなければ、後でぐちゃぐちゃになると思うので、本人がどうしても、整理したくない、という場合でなければ、全債権者まとめて受任、というかたちをとらせていただいています。

これは、これで、どちらのやり方が望ましいということはないと思いますが、1つ気をつけなければならないことは、低金利の銀行等からの借り入れにつき、消費者金融業者が保証しているケースがあることです。

通常のケースでは、支払が厳しくなった場合、銀行とまったり協議して、遅れ遅れでも払っていればなんとかしのげるケースが多いですが、代位弁済がなされれば、債権が移転し、請求方法も、支払条件もかわってしまいます。

銀行からの無担保ローンだからなんとかなるだろう、と、簡単に安心してはいけません。

銀行と金融業者で対応が違うのは、前者は貸金業のプロ、後者はまだまだ素人、という違いによるものだと思います。

銀行はプロであるがゆえに、債権回収手続にぬかりがあることは少なく、法的に無茶なことを言ってくることはありません。

これに対し、金融業者は、手続がいいかげんなことがしばしばあり、明らかに法律を無視した態度をとることがあります。

先の代位弁済の件では、Aという債務者に対して、金融業者Bは、直接のカードローン契約と、C銀行に対する保証契約を締結を有しているところ、弁護士がカードローン契約についてのみ受任し、過払金を回収し、Aがこれを費消した後、C銀行から保証債務履行請求され、Aに対する債権回収に、多くの時間を要した、というケースを聞いたことがあります。

このようなミスは、銀行では起こらないのではないかと思います

債権回収は、「法律の範囲内で」「いかに出費をおさえ」「いかに速く多く金銭を受けるか」の3本柱全てにぬかりおないことが大切です。

回収側、回収される側いずれにたっても、的確な判断を下せるよう、勉強しておかねばなりません。

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2009年2月 5日 (木曜日)

刑事法廷に微妙な変化あり

刑事裁判の傍聴人が少しずつ増えているような気がします。

これまでは、わいせつ事犯は男性傍聴人が常時いるものの、窃盗や傷害といった「ありきたりの犯罪」については、傍聴人はほとんどいませんでした。

しかし、ここ最近、こういった犯罪でも、常時数名の傍聴人がおり、何か違和感を感じてしまいます。

傍聴人が増えている原因を推測すると、やはり、裁判員制度に対する「おそれ」ではないかと思います。

有権者である以上、いつかは裁判員に指名される可能性があります。

裁判員に指名されない裏技はいくつか聞くものの、「もし」断れずに裁判員となった場合、きちんとしなければならない。

これに対するおそれから、裁判を知っておこう、あるいは、裁判を見ておいたら何かいいことがあるかもしれない、と思って傍聴しているのではないかと思います。

国民が裁判に興味を持つことはいいことです。

傍聴人が増えれば、我々法曹も、普段なあなあにしている部分が、国民にはわかりにくいことに気づき、改善する動機にもなります。

私の勘違いかもしれないかすかな変化ですが、これが日本の刑事裁判制度を変革する大きな契機となることを期待します。

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2009年1月30日 (金曜日)

不景気なんだねぇ・・

危機的な不況時代のなか、ここ最近目立つことがあります。

返済計画が守られない

銀行や金融業者から借り入れたお金は、返済すべきなのは当然ですが、約定の返済計画を守らない人が増えているように思います。

任意整理や和解で、話をまとめても、依頼者側も相手側も、支払を怠ることがあり、いずれにせよ、仲介をした立場としては心苦しく思うことがあります。

相手の窮状をみかね、「しばらくは請求をみあわせる」とでも言おうものなら、「まだ、経済的に厳しいんだ、請求しないって言ったやんか」と半永久的に言われかねません。

このようなことになったのは、本当に経済的に厳しく、自分の生活のための費用を除くと、計画通りの支払いは不可能であるため、開き直るしかない、というのが背景にあるのでしょう。

しかし、それなら、支払計画を立てる段階でもっとしっかり考えておくべきですし、最初の合意のときに、十分な吟味をしていない人が多いようにも思います。

我々弁護士としてできることは、本人が「これでいけますわ」といった支払計画を簡単に鵜呑みにせず、十分な面談を重ねて、本人が実現可能なプランをしっかり立ててあげることです。

合意成立までの仕事は増えますが、後々になって問題が再燃するよりも、最初にきっちりまとめておいたほうがよい。

この時代だからこそ必要なこころがけです。

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2009年1月28日 (水曜日)

額は小さくとも

市役所の相談などでは、時々、自分で裁判や調停を行い、ワンポイントで主張の構成などを聞きにくる相談者がいます。

その中には、弁護士に頼んだ方がいいんじゃないか?と、思う案件もありますが、お金がもったいないのか、自分で裁判をするケースが増えているように思います。

これは、事案の内容に照らして、弁護士に依頼するのが割高だとの考えによるものでしょう。

対して、数万円の債権取立、あるいは、数万円の請求が不当だから争ってくれ、と依頼がくるケースもしばしばあります。

数万円でも、弁護士の名前で動く以上は、若干でも費用はいただかねばなりませんので、ほとんど利益は残りませんよ、と説明はしますが、それでもやってくれ、というケースが多いようです。

これは、費用よりも、意地が優先され、そのためにはコスト割れしてもかまわないという価値判断によるものでしょう。

人それぞれお金で換算する価値はまちまちです。

我々の視点からみれば、客観的な金額からコストパフォーマンスの説明をしていきますが、こういった個別の人間の考える価値を見極め、うまく満たす方法を考えていかねばならないと、改めて感じます。

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2009年1月27日 (火曜日)

被害弁償は難しい

民事・刑事を問わず、被害弁償は弁護士の一つの役割です。

不法行為により、人に損害を与えた場合、これを賠償すべきなのは人として当然です。

法律的に問題があり、不法行為の成立を争う場合はともかく、不法行為の存在が間違いない場合は、依頼者に対しても被害弁償を促すのが弁護士としての職責だと思います。

債権回収と異なり、「まけてくれ~」ではなく、実損の即時賠償をまず促し、経済的に困難であれば、うまく相手と交渉して双方が納得のいく金額と支払方法を調整するべきです。

被害弁償は簡単な作業のようで、非常に成立が難しいものです。

被害者の視点にたった場合、被害を受けたことに強いショックを受け、様々なわずらわしい思いをしますので、実損だけの賠償ではなかなか満たされないケースが多いです。

他方で、加害者においては、被害者の実損に相当する利益を享受していないケースが多く、実際に得た利益以上の賠償に抵抗を示すケースがあります。

裁判所の立場からすれば、実損+事案の程度に応じた慰謝料にて調整、という内容の判決が多く、判決で決着すればこのような内容で落ち着くケースが多いでしょう。

不法行為が起きると、被害者は損害が全て満たされない、加害者は利益以上の損失を被る、と、悪いことばかりで、できるかぎりなくなってほしいことの1つです。

このような被害弁償について、少し前までは、想定される判決の金額で早々に話をまとめてしまうのが双方にとって、結果的に有益だと考えていた時期もありました。

確かに、そうなるケースもあるでしょう。               

しかし、被害弁償についての双方の溝は、時間をかけて、客観的に事件を見ることができるようになったとき、少しずつお互いの溝が埋まっていき、最終的にうまくまとまることが多いのも事実です。

事件の(形式的な)解決よりも、当事者の納得こそが大事です。

簡単なはずの仕事が実は難しいというのは、非常にこたえますが、被害弁償を要する案件については、事案を的確に見極め、当事者にとって何が最もよい解決かしっかり考えながら、最善の一手を模索していきたいと思います。

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2009年1月21日 (水曜日)

メールが気持ち悪い

ある知人が、わずかの間に大量の仕事のメールを受け取り「気持ち悪ぅ~」と言ったのが新鮮でした。

ネット社会の盛りで、もはや携帯電話とインターネットなしでは人並みの暮らしができないかもしれない時代が訪れています。

このような情報社会の中で、情報を遠ざけたいときもあるというのは皮肉な話です。

私も、ちょっと裁判に出かけ、帰ってきたら多数のメールが届いているこよがしばしばあり、気が滅入ります。

情報が必要な時代でも、情報が有りすぎることは敬遠されます。

ほどほどの量で、ほどほどのタイミングで情報を与えることが大事です。

利益最優先主義の中では、あまり人気のない考え方かもしれませんが、相手を思いやり、相手を心地よくさせる情報発信の工夫も必要でしょう。

普段何気なく入ってくる情報とそれに対する気分を研究し、どうすれば情報を心地よく受け入れてもらえるか研究することは非常に大事なことだと思います。

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2009年1月 8日 (木曜日)

相手に破産されたとき

破産は最強のカードです。

相手に破産された者は、ほとんど何も手を打つことができず、ただ自らの債権が消えゆくさまをおとなしく待つだけのことが多いです。

破産する者は、当然のことながら、財産のほとんどない個人が多く、そういった人たちの債権者は銀行や消費者金融です。

こういった会社は、破産の何たるかを熟知していますので、様々な不満を押し殺して、淡々と破産手続に協力します。

ただし、あまり有名でない業者や闇金は、法律に反した無茶な要求をしつこくしてくることがあるので、弁護士としても慎重かつ的確な対応が求められることがあります。

立場変わって、相手に破産された、と相談を受けるケース

銀行の代理人として債権回収をしていたところ飛ばれた、というケースでは、銀行はあっさり身をひき、淡々と損失処理手続に入ります。

企業や個人の代理人で債権回収をしていたところ飛ばれた、という場合、かなりの確率で「先生、なんとかなりまへんのか?」と食い下がられます。

念のため依頼者の言い分を聞き、手段を講じますが、大抵、破産法により効を奏しないことを何とかしてくれ、というものです。

しまいには、「依頼したのだから、何とか手段を考えてくれ」と弁護士任せにされ、できないことをしろ、と言われることに困惑します。

単純に破産法の理解と、債権回収の必要性の違いではあると思いますが、世間で悪役扱いの消費者金融よりも、消費者や一般個人の方がタチが悪いな、と思ってしまうことがあるのは皮肉なことです。

そういった不満を抱える依頼者を納得させることは、弁護士の仕事の中でも大変かつ心の痛いもので、そう思うと普段いとも簡単に申し立てる破産申し立ても、もう少し破産せずに頑張る方法を考えよう、という気がおきることがあります。

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2008年12月26日 (金曜日)

受領拒絶

長い1年間の仕事も(主観的にはともかく)客観的には終了しました。

今年は不況のせいか、昨年までよりも「厳しい」事件が多かったように思います。

特に私が気になったのは、被告が訴状を受領しないケースが目立ったこと。

「振込み詐欺は無視が一番。でも、裁判所からの手紙は無視したら敗訴判決が出るからきちんと対応しなければならない」

この方針はかなり一般市民にも浸透してきた感じですが、裁判所からの手紙を最初から受領しない、という暴挙に出るケースが今年は多かったです。

訴状が送達できなければ、弁論を開くことができず、判決ももらえません。

仕方なく、被告住所地を訪れ、表札や郵便受けの写真をとり、隣人のインタビューをつけて「ここに間違いなく被告はいて、居留守を使っているだけなので、普通郵便で送りつけてやってください」と裁判所に申し立ててようやく手続が進みます。

裁判所からの手紙を受け取らなければ逃げ切れる、というようなことはありませんが、現場で対応する我々には負担が増える煩わしいことです。

また、電話連絡においても、相手方はもちろん、依頼者であっても、金銭の話や、自分に不利な事情や証拠に対してどう対応しようかという話に及ぶと、連絡不通となり、困るケースが結構ありました。

逃れたい現実は人それぞれありますが、それは情報を隔絶すれば逃れられるというわけではありません。

余裕がないから逃げたくなる、これが今年多かった傾向のような気がします。

来年は少しでも景気が改復し、このような傾向も改善されることを希望します。

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2008年12月23日 (火曜日)

弁護士業務の範囲

訴訟を提起する際、請求原因事実は全て書証で立証され、さしたる抗弁事実もない、そういう事案はたくさんあります。

すなわち即日勝訴判決がもらえる事件で、普通であれば第1回期日に結審して、和解勧試があるかどうか、というところです。

しかしながら、今年に入って、こういった結論の明白な事件の被告に弁護士代理人が就き、法律上意味をもたない主張や、無闇に書証の成立を争って、無理矢理争いに持ち込むケースが見られます。

東京では前からこのようなケースはしばしばあったようですが、ついに大阪にも来たかという感じです。

もちろん、当事者の感情は請求原因ではわりきれませんし、当事者が納得していない以上、弁護士が精一杯頑張って納得させるというのも一つの考え方です。

しかしながら、どう考えても結論が動きようのない事件や、成立の確かな書証の成立を争うというのは弁護士業務に含まれるとは私は考えにくいです。

的確に裁判の見通しを説明したうえで、それでもやってほしい、というのであれば低額の費用で精一杯やってあげるというのはありえる話ですが、こういった事件の代理人に就任しているのは、ネットで広告を出している個人事務所であったり、弁護士就任したばかりの若手であったり、依頼者の納得よりも、事務所の売り上げや個人的な経験の場として、このような事件を取り扱っているのではないかと疑いたくなるケースがしばしばあります。

弁護士は事件を解決するための職業で、事件解決を徒に困難にしたり、これをもとに私服をこやすことは望まれません。

一発結審すべき事案で、不必要に争われた場合どうするかは、これからの訴訟社会において十分に検討しておくべき課題のようです。

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2008年12月22日 (月曜日)

継続的侮辱行為に基づく損害賠償請求

Aさんから会うたびに侮辱的な発言をされて傷ついている。損害賠償できないか。

法律相談に行くとよく聞く話ですが、残念ながら現行法では損害賠償を受けるハードルは非常に高いものとなっています

まず、①受けた侮辱的発言の内容を特定し、②これを立証しなければなりません。

通常、不意に言われることですので、正確に理解し、これを正確に裁判官に伝えるのはなかなか困難です。

次に、③発言が「違法性」を帯びる一定のリミットをこえる必要があります。

侮辱発言は犯罪ですが、「侮辱」に該当するかは評価の問題も入りますし、日常会話の延長がたまたま不愉快に感じただけの場合もあります。

よって、不愉快に感じる発言が全て違法というわけではなく、その中で、一般人の見地から「そりゃあかんやろ」と誰もが思うレベルの発言であってはじめて損害賠償の対象となります。

さらに、④損害の立証も必要です。

侮辱的な発言を受けても、その瞬間は不愉快でも、少し時間が経てばその不愉快感は解消され、なんともなくなるのが普通の人間です。

継続的に繰り返し言われることにより、精神状態がおかしくなるなどの客観的な事情が生じてはじめて損害として認定されます。

以上のとおり、言葉の暴力による損害賠償は非常にハードルが高く、相談者の期待には応えられません。

なお、同種事案として3年ほど前に、「引越しおばさん」が話題となりましたが、あれくらい執拗で、直接的で、証拠もあり、被害結果を表す診断書もある、そこまで酷い案件くらいにならなければなかなかまとまった金額の慰謝料は認容されないのが実情です。

言葉の暴力は裁判で解決してもらうのではなく、まず自分で、受け流したり、適度に言い返したり、他人に悩みを聞いてもらうなどして、解決するのが大事だと思います。

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2008年12月17日 (水曜日)

時間制限のある仕事

仕事というものは当然に時間制限のあるものです。

いつやってもいい、というのは、今やらなくてよい、ということの連続を意味し、帰納的に、いつまでもやらなくてよい、ということと同視されます。

また、同じ仕事をするのに、一般的な標準時間を上回ると、「こいつはとろい!」→「使えない」というレッテルを貼られます。

こう考えると仕事は速くこなせるにこしたことはありませんが、実はそうではありません。

多少時間はかかっても、穴がなく、はっとさせられるような仕事をすると評価されますし、時間はかからなくても、穴だらけだと信頼を失います。

30分でできる仕事でも1時間かけてしっかり仕上げる、というのは非常に大事な視点で、私も気をつけなければならないと思います。

しかし、仕事の中には非常にハードな時間制限のある仕事があります。

検察官の勾留期間中の処分決定や、弁護士の強制執行などです。

仕事に「完璧」はないので、時間制限の厳しい仕事では、「本当はもっと丁寧に精査して仕上げたいのに」という思いを殺し、泣く泣く提出することになります。

カタチを仕上げれば終わりというのではなく、中身を仕上げる訓練を時間に余裕のあるときからしていれば、土壇場でも経験が生きるのだと思います。

スピードはあるけど、穴もある、そんな私の仕事スタイルは真剣に改善していかなければならないと感じています。

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2008年12月 8日 (月曜日)

窃盗犯

あなたの身近な犯罪は?

と問われれば、一般市民の多くは、窃盗と暴行・傷害を挙げるでしょう。

それだけこの二つと自動車運転中の犯罪が、事件数としては大きいです。

この3者に共通することは、被害弁償が必要であること。

自動車運転に関しては保険が効くケースがほとんどのため、残る窃盗・傷害案件についていかに被告人に被害弁償させるかが裁判のポイントとなります。

被害者が関与できる刑事裁判手続が少しずつ始まっています。

多くの被告人は、金がないから被害弁償できないのは当然やん。被害弁償できたら犯罪なんかせ~へんちゅうねん。

という態度で、弁護人もそれに迎合しがちですが、満額ではなくとも、示談成立可能性が低くとも、被告人に示談を促し、少しでも多くの被害弁償を提供させることは、弁護人の大きな役目です。

国選弁護であると、成立の見込みのない示談の申入を初めからしない人がいますが、そうではなく、当事者の内心が少しでも満たされるよう尽力することこそ、弁護人の大きな役割ではないかと思います。

そして、お得意様のお客ではない国選弁護こそ、そのスキルを試される絶好の機会だと思います。

付帯私訴の制度は、被告人に被害弁償を促す大事な動機づけの制度となるでしょう。

この制度趣旨に鑑み、少しでも依頼者たる被告人に金を出させ、被害者の充足をはかることが今後ますます求められていくでしょう。

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2008年12月 5日 (金曜日)

仕事の喜怒哀楽

仕事は皆頑張っているもので、人によってはそれに多大なプライドや、さらには命をかけている人もいます。

そのようにしてなした仕事が

人に評価されたり、思った通り、あるいはそれ以上の成果をあげることができれば嬉しい

人に妨害されたり、理不尽な要求をつきつけられたら腹が立つ

人に批判されたり、思うように進まないと悲しい

新たな発見があったり、得たりするものがあると楽しい

仕事をやっている以上、その繰り返しです。

仕事がうまくいかない苦しい時間帯があっても、そのうちめぐりめぐって、嬉しく、楽しい時間帯が訪れるもので、それを信じて苦しい時間帯を乗り越えることが最も大事なことだと思います。

年末になって皆余裕がなくなり、苦しい状態にあっても、それは正月をのんびり過ごすための楽しみへの布石。

仕事が忙しいのは、蓄えをしておいて将来の安泰への布石。

小さいことにも全力でとりくむのは大変ですが、それを見た他の人の評価につながり、将来の喜びにつながります。

いろいろありますが、その場その場の局面での感情に微視的にならず、全体的なサイクルの中で自分の仕事スタイルを調整していくべきだと、最近よく思います。

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2008年12月 2日 (火曜日)

記録の山

弁護士は毎日、多くの事件記録を少しずつ読みます。

この職業が時間の切り売りと言われる所以もそこにあります。

私は、一日の業務の中で、使用したファイルはすぐには棚にはしまわず、机の脇に積み上げていきます。

それは、仕事をした後のファイルは、事務員から質問があったり、相手方や裁判所から電話があったりと、引き続き使う可能性が高いため、手元に置きたいからです。

そんなこんなで、一日の業務を終えた後、私の机には数十冊のファイルが山積し、これを50音順に片づけるのに、10分近くかかります。

そのうち、使用した記録の山に埋もれてしまうのではないかと心配しています。

年の瀬がせまり、非常に忙しい時期にさしかかって、私も、自分がやるべき仕事の全体像を把握することがなかなか難しくなってきました。

そこで、明日すべきことをミスプリの裏に書き出したのですが、帰宅間際、ファイルを片づけ、記録に綴じないメモをシュレッダーにかける際、誤って、明日やることメモまでシュレッダーにかけてしまいました。

忙しいからといって、大切な書類をシュレッダーにかけてしまうと大変です。

忙しいかれあこそ慎重な言動を心がけて今年のラストスパートを頑張りたいと思います。

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2008年11月28日 (金曜日)

ちょっと聞ける便利さ

今日は私が裁判をして勝訴した件について、法務局へ移転登記の手続をしてきました。

登記手続は本では勉強していますが、実務の知識は皆無でしたので、ミスしないか心配しながら法務局え赴いたのですが、現場に無料相談所があり、非常に助かりました。

代物弁済の複雑な案件で、いくつかはっきりしない点があったのですが、なんとか解消して提出することができました。

このように、提出前にちょっと相談できれば、利用者としても安心ですし、法務局も変な書類が提出されず、お互いによい結果をもたらすよい制度だと思いました。

弁護士の相談はどうしてもワンポイントの相談よりも、事件全体の受任を意識しるぎる傾向があるためこのように、個人の活動をサポートし、受任を妨げる方向性の相談はなかなか行われないのが現状です。

訴訟は、裁判所に書類を提出すれば終わりではなく、その後もいろいろと難しいことが多いので、できれば個人ではなく、弁護士を通じた手続が望ましいという点はありませんが、簡裁案件については、弁護士を頼むと費用対効果が悪いから自分でやる、というケースも多く、そうした人の相談に乗ることも大事だと思います。

その相談も、わざわざ予約をとって弁護士会に来いというのではなく、簡裁庁舎の一角で飛び込みで相談できるブースがあるのが望ましいです。

こういったちょっとした相談を予約なしに気軽にできる体勢作りこそが、弁護士業界の敷居の高さを解消し、一般市民との接点を増やす大事な試みではないかと思います。

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2008年11月26日 (水曜日)

「聞いてない」の構造

そんなこと聞いてないよ。

日常生活のあらゆる場面で耳にする言葉です。

説明義務の範囲を議論する裁判事案もありますが、ほとんどは言った言わないの議論です。

自分では言ったつもりでも、実は言うのを忘れていた、あるいは伝わっていなかった

逆に、きちんと説明してはいるが、その事を聞き手が忘れた、あるいは理解できなかった

様々なケースがあります。

「聞いてない」と怒る人は多いですが、その原因がどこにあるのか、当事者双方が冷静に考える機会が必要でしょうし、証明しようのない言った言わないを激しく争うのは不毛です。

そうでなければ、生活のあらゆる場面で、録音テープや書面を残す必要があり、日常生活に支障が生じます。

ところで、後でこのように言われないコツは2つあると思います。

1つめは備忘録をこまめに残すこと。

2つめは横着せず、丁寧な言動を心がけること。

これにより、記憶が整理され、聞いてないと言われても、いつどのように説明したか、信用性の高い説明ができるでしょう。

面倒くさがりの私は、この2つを怠りがちで、きちんと説明したはずなのに、後で、「聞いてない」とキレられることがしばしばあり、落ち込むことがあります。

目先の楽のために横着して、精神的に責められることは大変辛く、もったいないことです。

面倒くさくても、こまめにメモをとり、1つ1つ丁寧な言動を心がける生活態度を心がけていきたいと思います。

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2008年11月25日 (火曜日)

弁護士費用あれこれ

複数の債権者があり、その一部は長期間の取引のあるサラ金だが、残りは銀行かクレジットローン。

こういった事件を受任するにあたり、私は、サラ金の取引が8年をこえていたら、過払金で弁護士費用が充当できる見込みがあるので、初期費用ゼロで全て受任し、事件が終わった段階で精算するという受任方式をとっています。

それが当然の対応であると信じていたのですが、人の話を聞くと、実はこのような対応は極めて好意的で、多くの弁護士はこのように対応していないようです。

全社受任を前提に、着手金を一括支払い、もしくは短期間の分割払いをできないようであれば、受任しない。

受任しても、回収した過払い金のほとんどを報酬金として回収してしまう。

着手金の分割支払に応じるが、過払のありそうな債権者だけ受任し、銀行系は「弁護士が入っても変わらないから」と受任しない(実際には、多額の銀行系ローンは弁護士が介入して分割弁済することにより、将来の利息が大幅にカットされるメリットがあります)。

そういった人が普通に存在することに非常に違和感を感じます。

多くは、広告を出している法律事務所で、過払報酬をとりすぎて、その後の破産手続で管財人に否認請求される弁護士までいる有様です。

広告を出して客を集めて、高い費用をぼったくるなら、広告すんな!

それが、依頼者の真の満足を追求する一若手弁護士の意見です。

苦しむ多重債務者をいかに救済するかを弁護士会レベルであれこれ論じている中で、自分が儲ければそれでいい、という考えを有する弁護士がいることに驚きますし、過払金回収や、同時廃止の個人破産といったとりたてて難しい問題のない単純作業的な事件で、高額の報酬をとり、依頼者を搾取することを恥ずかしいと思わないのか、不思議でなりません。

その原因は、今後の不安、今稼いでおかねばという焦りがあるのだと思います。

その気持ちは我々若手も同じですが、やみくもに単純案件ばかりで儲けようと躍起になる弁護士はあまりいません。

仕事としてやっている以上、慈善事業的に、費用対効果を無視した方針はとれませんが、せめて、多重債務者に苦しむ人を救済するという目的を再考し、少しでもよりよい社会復帰に資するよう尽力するのが弁護士の真の役目だと思いますし、自分はそうありたいと思います。

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2008年11月17日 (月曜日)

未知なる地を歩く

当番弁護や法律相談で、遠方の市役所や警察署へ行くことはよくあります。

最初のころは初めて行く場所を楽しみにしていた面がありましたが、最近は初めての場所へ行くのが面倒になってきました。

その最大の原因は「場所がわからん」こと。

グーグルの地図を印刷して持ってはいくのですが、国道以外の道は区別がつかず、これだと思った道が違っていたりして、しばしば道に迷います。

さらには、縮尺・距離もなかなかあてにならず、駅から1km弱という表示なので油断したら20分以上歩く羽目になったということはしばしばあります。

あとは時間的な問題で、市役所相談には当然遅刻するわけにはいきませんし、当番弁護は忙しい中で時間を確保していきますので、時間のロスはしたくなく、普通電車に乗って通過待ちにあたったり、道に迷うと、その日の業務に焦りがでます。

旅は好きな私ですが、先日も書いたとおり、自由にぶらぶらと散策できるのがベストで、何者かに邪魔されたり、縛られたりするのなら行かない方が良いというのが基本的な考えです。

それでも、昔は、余裕をもって早めに出発し、現地でおいしいそうなお店を探して昼食をとるというかたちで、楽しんでいたのですが、最近は出発最終時刻ぎりぎりにしか出られないことが多く、その余裕がなくなったことが最大の環境の変化であり、原因なのでしょう。

府下の施設であれば、別にいつでもいけるので、公務の合間に楽しむ必要性はないですが、せめて、出張の際はのんびり散策を楽しめるよう、スケジュール管理をしっかりしなければならないと感じた1日でした。

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2008年11月14日 (金曜日)

残業できる気楽さ

残業する、といえば、「大変」「嫌」というイメージが大きいですが、私の場合違います。

食事会などがあって、早退しなければならない日の方が仕事がしんどく、11時閉館の今の職場よりも午前2時までビルが開いていた以前の職場の方がリラックスして仕事ができていました。

弁護士の仕事は100点満点の正解のある事務もありますが、正解や完成がなく、いかに調査・検討し、よりよい成果をあげるかが重大な仕事のウェートが大きいです。

内容証明1通にしても、準備書面1通にしても、依頼者への報告書1通にしても、「最低限度の仕事」まではパパッとできても、そこからいかに完成度をあげていくかが重要で、それがその後の成長や人気につながります。

そういう意味で、弁護士の仕事は時間制限になじまず、芸術のように、とことんまで究めたいものです。

それゆえ、早退の日に提出期限の書面などは、ものすごい心残りを感じながら提出することとなり、逆に何も用事がない日は時間制限を気にせず、リラックスして仕事にのぞむことができます。

一見して、毎日飲み歩いている弁護士は楽をしているようで、実は裏ではヒィヒィ言っているケースが少なくないと思います。

このように考えると、弁護士の仕事は労働法の考える就労体系とは少し異質なものであることがわかります。

タイムチャージ制も、一生懸命にやってくれる弁護士の費用が比例して高くなる反面で、優秀で手際の良い弁護士ほどチャージが安くすむ奇異な現象もおきます。

私は、JCに加え、多くの研究会に所属しているため、夜6時以降の予定がぎっしりつまり、なかなかゆっくり仕事をしあげる時間がとれず、早朝にこの時間をとる方向にシフトしています。

余裕がなくなり、仕事がおろそかになってはいけませんので、少し夜の予定を整理しなければならないと感じてきているところです。

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2008年11月13日 (木曜日)

人が嫌がることはしちゃダメ!

携帯電話のカメラでズボンの上から女性の臀部を撮影することは卑猥か?

この点につき、肯定する最高裁決定がありました。

一般的な感覚で見て、そりゃそうでしょう、と思う方が多いと思います。

だって、そんなことされたら普通いやだから。

されたらいやなことをしたら有罪。

その考え方は決して間違っていません。

しかし、日本の刑法では、法律の条文から、有罪になる範囲が一般人の感覚において明らかでなければなりません。

ストーカーが非常に心理的苦痛を伴う行為であるにもかかわらず、法律ができるまで処罰ができなかったことは記憶に新しいことです。

卑猥かどうか、というのは人それぞれで認識の範囲が大きく異なるので、非常に解釈が困難です。

最高裁の決定では、尻を眺める行為が卑猥かどうかについての言及もありました。

女性からすれば、服の上からでも胸や股間、臀部を凝視されるのは恥ずかしく、やめてほしい行為であると思います。

しかし、見る側からすれば、多くの場合性的充足のために見ているのでしょうが、芸術目的やその他の意図で見る場合もあり、このような場合を処罰するのは酷です。

結局、ただ眺めるという客観的事情だけでは、それが卑猥な行為であるか判断できず、無罪とせざるをえないでしょう(ただし、そのほかの客観的な経緯次第では有罪となりえます)。

では、見るのがいいなら撮影もいいじゃないか、という言い訳もでてきそうですが、こうなると一線を越えます。

町を歩いていると、偶然、女性の胸の谷間や下着の一部が目に入ることがあります。

それを目にしただけでは当然犯罪にはなりません。

しかし、カメラで撮影するとなると、当人の同意なしではやってはいけません。

社会生活上たまたま目にしたものを見る行為は自然な行為の範疇に属し、女性側も社会に生きる以上受忍すべきものですが、カメラに撮影することは、自然な行為をこえて非常に人為的で、撮影された画像を不定期に不特定多数の人の目にさらされるおそれがあるという重大な被害を被るものですから、社会に生きる人間としてここまで受忍せよというのは酷にすぎます。

結局、社会生活を営むうえで、当人の落ち度をふまえ、どこまでは受忍すべきかという視点で考えれば、公の場所で服の上から体を見られたり、服装や体勢により、見えてしまった体や下着を見られてしまうのは、受忍すべき範囲内ですが、これを撮影したり、あるいは私的な場所で行うとなれば、そこまで受忍すべきではないとして有罪に傾くと考えるのが筋です。

盗撮は、被害者に不快感を与えていないから無罪だ、という主張も聞きますが、これも同じように考えれば通らない理屈であることは明らかです。

猥褻犯の裁判は、少なからぬ人が興味を持って傍聴に訪れますが、社会通念を理解し、常識的な評価を下す必要のある非常に難解な事件です。

これを裁判員が裁くと非常に議論が白熱し、大変なことになると思いますが、社会通念に従った判断を下すべきだからこそ、裁判員に関与してもらいたいと私は考えます。

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2008年10月31日 (金曜日)

国選弁護費用の負担

刑事裁判の訴訟費用は、私選弁護なら被告人負担、国選弁護なら国負担、とふりわけるケースが多いです。

私はこのふりわけに疑問があり、国選弁護でも費用を負担すべきと思えば費用負担で裁判起案をして、担当裁判官に赤チェックをいれられたことがあります。

私選弁護の被告人が訴訟費用を負担すべきというのはそれでよいでしょう。

例外として考えられるのは、無罪の場合以外では、主として検察官の捜査・証拠整理上の問題で取り調べが必要となった証人の日当くらいでしょう。

逆に、国選弁護の場合、弁護士費用を払う資力がないので国選手続なのですが、訴訟費用すら支払えないという場合はあまり考えられず、もっと訴訟費用負担の場面が拡大してもよいのではないかと思います。

一番簡単な例は、証拠上明白な速度超過事案で、認めれば略式手続であるにもかかわらず、不必要に争ったために正式手続となった場合の国選弁護人の費用は、被告人が持たねばならないでしょう。

また、近時問題となっている飲酒運転などは、そもそも略式手続で運用されていましたが、社会情勢をふまえて正式手続での審理が増えているもので、マスコミ等で散々「飲酒運転アカン」と警告されているにもかかわらず、安易に飲酒して運転し、裁判をすることになったという経緯からすれば、国選弁護であっても、国選弁護人の費用を負担してもよいでしょう。

そもそも、自動車を乗り回しているのに、数万円の訴訟費用が支払えないというのもおかしな話です。

被害弁償を要する窃盗や傷害の国選弁護事件では、国の費用よりもまず被害者を満足させるという視点が大事ですが、被害弁償が必要ではない案件では、特に酌量すべき点がなければ訴訟費用を負担させる風潮が今後ますます進むのではないかと思います。

経済的に困窮する人にもリーガルサービスを提供するという目的の次には、裁判に至った責任をその費用負担のかたちでも自覚させるという新たな目的が今後ますます求められてきそうです。

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2008年10月29日 (水曜日)

刑事弁護人の心構え

信号とエレベーター待ちにひっかかり、法廷に2分遅刻しました。

民事では、期日の時間通りに弁護士がそろうことはあまりないのですが、刑事裁判ですので、裁判官に低い声で「たいへん、お待ちしていました」といわれてしまいました。

たった2分なんやし、信号やエレベーターのちょっとした待つ時間ってわかるやろ、そんな嫌味言わんでもええやん、人情味のない裁判官やな、と少し不満を感じながら、裁判をすすめました。

追起訴案件でしたが、捜査も証拠開示も遅れ気味の事件で、裁判官は検事に対しても嫌味たらしい言葉を投げかけていました。

ここでふと思ったこの嫌味な態度ですが、刑事裁判をしっかりとしたものとして運用するため、もっと法曹三者がしっかりすべきだというメッセージではないかと思います。

刑事事件は厳格に見極めた無罪の者を開放し、有罪の人間を反省させ、更生のための足がかりを作るものですので、裁判を追行する法曹が人間を理解し、人間を従わせる器量が要求されます。

また、裁判員制度の開始とともに、さらに一般市民の目に触れる機会が増えるため、法曹がきちんと裁判を追行しているか否かが裁判制度に対する国民の信頼に直結します。

そうした刑事裁判の内容と展望をふまえれば、いい意味で弾力的、悪い意味でなあなあな民事裁判の運用ではだめで、刑事裁判に携わる法曹としての自覚とプライドをもって、完璧な仕事をしてみせろ、そういう裁判官のメッセージを、説教ではなく、態度にて暗に示したものだと感じました。

確かにそのとおりで、難解で、被告人の主張が強い案件ではどの弁護士もまじめにしっかりやるのですが、あまりやりがいのない平易な事件は手抜きがちです。

民事と刑事の違いをしっかりと認識し、事件の内容にかかわらず、見る人が納得する完璧な仕事(民事は手抜きしてよいというわけでは決してありませんが)をしっかりと心がけていきたいと思います。

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2008年10月15日 (水曜日)

長くても短くても

今年から知的財産案件を少しずつ担当するようになりましたが、特許クレームというものはなんとも扱いずらいものです。

短すぎれば、発明として認められない可能性が高く、特許が成立しても、新規性・進歩性の欠如という手痛いカウンターパンチをくらう可能性があります。

そうかといって、ちょっとしたアイデアをなんでもかんでも盛り込んで長くなりすぎると、実質的に特許侵害をしている商品について、構成要件に該当せず、攻めきれないという難点があります。

特許申請に多大な労力と費用をかけていざ成立したら、侵害排除できないばかりか、逆に無効であると攻められるのは非常に辛い話です。

これはそもそも「特」許なるものが本質的にそう簡単に認められないものであることを意味しますが、あまりに認められないと、日本の創造意欲が全体的に低下してしまいますので、ある程度ゆるやかに認める必要もあります。

調整が難しい難問ですが、多少でも、一般人が容易にはたどり着けない発想はできる限り保護し、ライセンス契約等を通じて利用料を介して共有し、そのうえに新たな発想を次々と積み上げていくのが、最も望ましいのではないかと思います。

その意味で、特許案件は1件が大きいですが、今後縮小傾向がすすみ、著作権・意匠権・実用新案権・パブリシティー権といった比較的身近な案件が増えていくのではないかと思います。

知的財産事件は非常に難解ですが、「文化を守る」という、この仕事をやっていてめったに携われない重要な任務を与えられた感じがしてワクワクします。

どこまで成長できるかわかりませんが、この分野のスペシャリストとなれるよう精一杯頑張っていきたいと思います。

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2008年10月 7日 (火曜日)

注文の多い法律事務所

注文の多い料理店ならず、注文の多い法律事務所の話題があります。

弁護士業界も格差拡大がすすみ、お客の偏在が問題となっています。

お客が多いからといって、事件処理がおざなりになるのは論外ですが、お客が多いと、どうしても、アポの時間に5分遅れたり、相談中にどうしてもとらなければならない重要な電話がかかってくることがあります。

それは、弁護士からみればやむをえない緊急措置ですが、一見のお客から見れば、「こんな弁護士に頼っていいのか」と思うのは至極当然のことで、反省すべき点でもあります。

お客によっては、「約束の時間に余裕を持って来るべきだ。自分はそれをしているのに、お前は何様だ」という方もいますので、そういった方々にも満足いただけるサービスを提供できてこそ、この業界の真の免許を得たといってよいと思います。

ところが、逆に、注文の多い弁護士でなければ嫌だという方もいます。

知人の紹介ではなく、不特定多数の人が頼りにしているかこそが、その弁護士の資質の最大のバロメーターであり、多くの人が頼りにしている弁護士にしか頼みたくない、という方もいます。

この選び方は非常に理にかなっていて、感心しました。

私の事務所は、大阪では注文の多い事務所だと思いますし、私自身の個人の顧客数においても、同期の中では、既に独立した人にひけをとらない注文の多い事務所だと思いますので、個々のお客に対して手抜きにならないように、精一杯力を尽くしていきたいと思います。

逆に、お客に対して注文の多い事務所もしばしばあると聞きます。

紹介者のある人しか受けない、あるいは、紹介者のいる人を優遇して、ない人の案件は後回し、証拠収集や反論骨子の作成を全て依頼者にさせて、弁護士は全く動かない、という事務所もしばしば聞きます。

このような事務所は依頼者にとって最悪だといえるでしょう。

お客の多い、信頼性の高い事務所と、暇だけど、個人的には信頼できる事務所と、どちらがよいかは、人それぞれですので、一概には優劣つけがたいですが、依頼者に対して注文の多い法律事務所は相当高度の確率ではずれだと思います。

そうならないよう、常に自分の言動がどう思われているか吟味しながら一つ一つの行動を慎重に行っていきたいと思います。

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2008年10月 6日 (月曜日)

浪費家の頭の中

破産申立の際に、頭を悩ませるのは家計収支表と通帳をチェックする時です。

あんた自分の立場わかってんの?とあきれてしまう人がしばしばいます。

弁護士が受任通知を発送すれば、いったん取立ては止まり、楽になります。

弁護士費用を取立てる弁護士はいないので、「今しんどいから来月からにして」と言われれば弁護士はこれに応じます。

しかし、このように言う陰で、懇意にしている債権者にだけ返済を継続したり、旅行に出かけたりするなど、とんでもない人が時々います。

また、通帳をチェックしたら、特定債権者への支払いや、賭博機関への支払いの記載があったり、家計収支表を見れば、遊興費・交際費・外食費が10万円をこえて、収入を越える支出をしていたりと、泣きたくなることがままあります。

こういった人たちの言い分は皆同じで、「先生のおかげで楽になったから」。

いや違うでしょう。受任通知で請求がとまるのは、経済生活の立て直しが可能であることを裁判所にアピールするための準備期間であり、平凡な生活が可能な以上にあまったお金は債権者に按分弁済すべきものです。

これを勘違いして、余ったお金で豪遊して、借金は債権者の負担のもとに免責を受けることに、抵抗を感じない人にはビックリで、そのような人とは、事件を外れて個人的につきあいたいとは思いません。

せっかく任意整理で過払い金を回収したのだから、この機に残った借金を全て清算してしまったほうが良いと助言しても無視し、過払い金を使い果たしてから、「払えんから破産したい」という人もいて、全く浪費家の頭の中は、全く理解できないものがあります。

*これらは必ずしも私の依頼者とは限らず、他人から伝え聞いたものもあります。

しかし、このような人でも、きちんと裁判所のルールに従い、誠実に事実を認め、経緯を説明すれば、ほとんどの場合、免責は認められます。

今話題のゲートウェイ21の社長などは、免責は認められず、刑事裁判でも一発実刑となる公算が高そうですが、それくらいでないと「お前が破産で逃げるなんで許されん」と判断されないのが、日本の破産申し立ての実情です。

その分、弁護士が申し立てだけでなく、きちんと破産後の生活に指導し、二度と失敗しないように誘導していかねばならないのでしょう。

そういった側面は刑事事件の類する面があります。

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2008年10月 5日 (日曜日)

電子メールは公私分別で。

私の事務所は職場で私的なメールを使用できません。

したがって、返事はどうしても夜になります。

今日のような休日にゆっくりしているときはメールはあまりきません。

もう少し、自分の時間のあいているときにメールを返したいなと思います。

逆に、仕事メールは平日は山ほどきますが、休日もしばしばきます。

しかし、自宅では見られないので、メールをチェックして返すためだけに出勤するのはたいへんです。

公私のメールを分別するのは、職業人として当然のモラルですが、あまり厳格にすると、限られた時間をうまく使い切れません。

ブログも、平日の夜に睡眠時間を削って書いて、あいている時間に書けないのは少ししんどい時があります。

電子通信は、仕事の大事なツールなので、ミスを防止するために、公私を分ける必要がある。

しかし、電子通信は私的にも大きなウェートを占めるため、そこにどうしてもひずみが生じてしまいます。

ただ、仕事をしての私的生活なので、多少しんどくとも、私的な通信は自宅で、仕事は事務所で、というすみ分けはハッキリさせていこうと思います。

平日に朝から晩までフル稼働して、休日にゆっくりする、私のリズムではありませんが、できないわけではなく、しばらくこのサイクルで生活していくのだと実感しました。

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2008年10月 3日 (金曜日)

道を踏み外した人に

地域の治安がどうだとか関係なく、刑事事件はたくさんあります。

その中には、弁護人として何ができるのか、考え込んでしまう事件も多数あります。

少年事件であれば、法廷で会話をやりとりする中で、なぜその行為が悪いのか、どうすれば二度とそのような行為をしないのかを深く考えてもらい、できれば涙を流してもらい、真に二度と道を踏み外さない心を磨いてもらうという大事な仕事があり、非常に難しいですが、やりがいのある仕事です。

しかし、成年事件では、うわべだけの反省を促すのが精一杯で、真に自分の行為を振り返り、反省させることは至難のわざです。

だからといって、大人を更生させるのは困難だとわりきって、通り一遍の仕事しかせず、その被告人が出所後再犯に及んだら、その責任は弁護人にも少なからずあると思います。

判決文には、必ずといってよいほど、反省の有無と監督者の有無は言及されますが、これらは、それがないことが不利情状になるだけで、これらがあることは、現実には量刑には影響しません。

この文面上の記載と実質の量刑実務の差異には、弁護士でも惑う人がいるのですから、裁判員はもっと迷うことでしょう。

実務自体はそれほど困難ではない部類に入ると言われる刑事事件ですが、実は非常に奥深い困難なもので、特に我々若手弁護士にとっては、年上の人にもの申さねばならない点で、なお一層難しいです。

また、自分の常識を遙かに逸脱する人間に出会うのも刑事事件です。

無難に裁判をこなせばよい、そういった安易な考えは改め、事件の本質的な解決を目指す姿勢を少しずつでも磨いていきたいと思います。

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2008年10月 2日 (木曜日)

夫婦のカタチ

離婚案件は、実務をこなしていれば、法律的なことは比較的容易に身に付きますが、様々なバリエーションがあるので、応用力が求められます。

その一つが生活費の負担方法です。

夫が給与入金口座を支配しながら、現金だけ渡す

計算が面倒くさいので、給与入金口座のキャッシュカードを妻に渡す

大きくわけてこの二つがありますが、この差は離婚調停に至ると大きいです。

妻に対する誠意が見られるのは後者ですが、後者は妻による生活費(婚姻費用)の取得が事実上やり放題であり、婚姻費用分担を、離婚調停の駆け引きの材料に使えません。

完全に主導権を握る夫は、離婚調停でも、妻の生活を交渉材料に、主導権を握ることができますが、家計を妻にゆだねるやや誠実な夫は、場合によってはその給料から妻の興信所費用が支出されることもあり、散々です。

夫婦のケンカは仁義なきものといいますが、冷酷な夫と結婚すると、離婚時にまで不利な立場にあり続ける妻も、誠意を見せて接しているのに、浮気されて勝手に別居された夫も、裁判所では、これまでの努力に見合った成果を挙げることが困難な現状は、おかしいと思います。

しかし、法律は一般人を基準として作成されるもので、変人を基準として作成されません。

これをふまえれば、変人とは接するべきでなく、変人との接触は事故であるというのが日本の法体制だといえます。

法の制定過程には考えるものがないわけではありませんが、結果にはおおいに不満です。

離婚案件に特に多いですが、それに限らず、誠実な人間に不利になる結果がどう考えてもおかしい案件にはよくめぐりあいます。

そういった人を少しでも救うべく、そういった人たちが救われる道を自分が閉ざさないよう、このような案件にはかなりの緊張感をもって臨んでいます。

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