« 権限移譲は肝入りグループに段階的に | トップページ | 必要なのは再現力+? »

2020年9月17日 (木曜日)

今こそ、自由と公共の福祉の線引きを見直す時期

〇〇の自由、とよく言われます。これは原則として、国家からの自由を指し、法律でこれを制限されないことを意味します。そして、自由権は無制限なものではなく、公共の福祉の範囲内でのみ制限できると憲法上定めされており、法律で自由を制限する際の境界線として難しい議論がなされます。
コロナ禍のこの時期、〇〇の自由、という言葉が再び盛り上がってきました。たとえば夜の街でクラスターが発生した際に、夜の街の飲食店の営業時間を制限したり、過度の清潔管理を求めるのは営業の自由の侵害だという主張です。いきなり法律で夜の街の営業を制限することはおそらく困難で、政治家もそれは理解しているため、夜の街への要請は自粛の域を超えることはありません。
しかし、〇〇の自由、という言葉が盛り上がってきた今、また、新しい様式への対応機運の高まっている今こそ、過去の法律の枠組みにとらわれずに、新しい自由と公共の福祉の線引きを見直す時期ではないかと思います。
たとえば、上記の営業の自由。自由の方があくまで原則ですし、きちんとルールを順守している人には最大限の自由が保障されるべきですし、経済回復のためにも、自由の「間口」はできる限り広げるべきです。自由の間口を広げるとは、従前許可制の業種をフリーにするなどです。他方で、自由の範囲が広がると間違いなくコロナの感染拡大は進行します。そこで、コロナ対策のための一定の利用制限、たとえば利用者は必ず入口で手を消毒したうえで、マスク着用を遵守することや、コロナの追跡調査を拒否しないことなどを遵守することを条件とし、違反者に対して集中的に厳しく自由を制限する、という線引きは可能だと思います。
法律で自由の境界を定めるのは、当然のことながらある対立利益があり、それを守るため。しかし、現行法が成立したときとは対立する利益のバランスが失われ、コロナ対策が大きな課題である分野は多々あると思います。こうした分野から、自由の領域を今一度見直し、より適切な「〇〇の自由」が実現されてほしいと思います。

|

« 権限移譲は肝入りグループに段階的に | トップページ | 必要なのは再現力+? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 権限移譲は肝入りグループに段階的に | トップページ | 必要なのは再現力+? »