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2020年8月10日 (月曜日)

相手がいるかいないかに関わらずなすべきこと

一昔の仕事やレポート提出などは、プリントアウトしたものを相手に提出し、相手とコミュニケーションを果たす中で、提出物に表現できなかった良さを理解してもらったり、逆に不勉強を指摘されたりして、最終的な結果をいただくのが普通でした。
最近では電子経由で見えない相手に成果物を提出し、細かいコミュニケーションなく結果だけ言い渡されるやり方が増えてきました。電子ベースでの成果物の提供はこれからの社会では不可避のものですが、これは「弁解の機会を失うだけ」の現象なのでしょうか。そうではなく、結局どんな仕事やレポートや試験でもやることは根本的に同じだと思います。
例えば、最近ではメールでの法律相談が増えています。しかし、対面での法律相談では細かいケアができる内容でも、メールでの返答ではどうしても舌足らずとなり、相手の納得を得られないことは生じます。大事なのはその原因です。発信者側がしっかりいろいろ検討して、相手の意向を文面からしっかり推し量った結果納得されないのは仕方ありません。自分が一生懸命考えたことを弁解する機会が与えられればそれを説明すれば少なくとも相手の信頼は失いませんが、そうでなければ相手は全く評価してくれないでしょう。
こう考えると、ペーパーテストとしての論文試験は酷です。弁解の機会を与えられずただ結果のみつきつけられるからです。これは一方通行の電子ベースでの成果物の提供も全く同じ。弁解の機会を与えられないのであれば自分らしくやればいいじゃないか・・とも考えがちですが、それでも仮に弁解の機会を与えられたならば「自分はいろいろと考えて、成果物を出すためにこう努力した」という「こだわり」があってこそ、評価されなくても前に進めますし、ここがおろそかではただ失敗しただけに終わってしまいます。
結局、ペーパーベースでもメールベースでも、自分なりのこだわりを持って成果物を出すことが、対外的に評価されなくとも次につながる反面、そうでない成果物は今後ますます淘汰されるということでしょう。たくさんの成果物を出すよりもこだわりを持った成果物を厳選して出すという意識が、これからの社会でますます求められていくのだと思います。

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