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2019年12月 4日 (水曜日)

大量獲得はセオリー大量廃棄は罪

現代的には、大量のデータを取集し、その中からコンピュータの力を借りながら重要な情報を抽出して分析し、余ったデータは捨てるというのが1つのセオリーになっています。私はこの考え方は好きではありません。その理由は、大手企業が有望な人材を大量獲得したうえで、使える人材だけ登用して残りは放出することや、金持ちは大量の食事を用意し、食事会で余った食事は捨てること等に強い嫌悪感を感じているからでしょう。
ただ、情報と、人材・食事は分けて考えるべきです。
情報は捨てられても、少なくとも情報管理の内容を秘密にすれば誰も悲しみません。人材の使い捨てはその相手が悲しみますし、食材の使い捨ては、その食材の生産者や食事に困っている人たちが困る点で異なります。ただ、別の用途がある点は大きくは変わりません。うまく組織のフィットしない人材でも、その人材が組織のために頑張る意志があれば、役職を変えれば化ける可能性があります。余った食材は、翌日以降に別の料理にアレンジ可能です。情報も、それが一事実である以上、何らかの因果に基づくもので、マイナーな方向性の情報であっても丁寧に検討する意味はあります。
必要そうなものを大量に集めて、その中から必要なものだけ抽出して残りは捨てるというやり方は、必要なものを確実に得るための最短距離です。しかし、そこで残りを捨ててしまう必要はなく、捨てることは世の中で何かを犠牲にする罪なのだと思います。必要なものを確実に得るという目的を達成した後、その目的には関連しなかった残り物にも必ず価値はあります。その残り物を生かす試みが大事なのです。資源豊富な組織や個人の賛同を得るのは困難かもしれませんが、ある目的のためにいろいろ集めるのは当然の一手。しかし、そこでつかいのこしたものは他の用途で使い切るべきで、これもまた現代のセオリーなのだと思います。

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