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2019年11月 1日 (金曜日)

広く読む?浅く読む?

ある本を読む際、そのエッセンスを抽出するだけならそれほど時間はかかりません。ですので、私は知りたいことがあってそのエッセンスがわかれば後は自分で敷衍できるという場合は、古本屋の宅配サービスを活用します。
他方で、エッセンスだけでは用をなさないケースもよくあります。1つの本は、文章だけでなく行間も含めて著者の経験談が詰まっています。そうした部分を深堀する必要がある場合、本を何度も読んでできる限り筆者の理解の域に達する必要があります。そうした場合、私は書店で新品を買い、古本屋に売れないほどにボロボロになるまで読みます。
ネット社会が定着して、情報はネットで簡単に得られるようになっています。こうした社会で情報発信側が留意すべきはキーワードと、簡潔さ。キーワードで著者の情報を求めている人が確実にサイトに来られるように誘導したうえで、端的に情報受信者がほしい情報だけを提供するのがセオリーで、前段落の前半の場合に該当します。
しかし、時にネット情報でも深く読み込まなければ使えないものもあります。そうした場合、あれこれ深く書いている方が情報受信者には有益ですし、何度も読み返して筆者の行間の考えを理解することもできます。これも、端的な情報が複数あればそれらを合わせて読み込めばできることで、たくさん情報をアップしている人の記事は、自分が興味のない物も一応目を通しておくと、あとで深堀する場合手間が省けます。
本やネットで情報を集める場合が典型的ですが、個の成長のために理解を深めようとする場合、その理解を水平的に広げようとするベクトルと、高低で深めようとするベクトルの2つがあります。このどちらが良いかは自分の趣向ではなく、外部環境によって決まっていると思います。ですので、自分が置かれた状況をふまえて、どういった情報を、広く?深く?集めるかをきちんと把握してアクションすることが、個の成長のために不可欠で、分別は簡単だけれど判断の難しいポイントになるのかと思います。

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