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2019年9月 4日 (水曜日)

自分をさらけ出すとき、さらけ出すべきでないとき

宴会の場などは、少し前までは、お堅い人が意外な一面を見せるなど、自分をさらけ出すことで相互理解を育み、皆で愉快になることが求められていました。今はそこまでこのような取り組みは求められていません。その理由は、ウケ狙いの芸がしばしば暴走しがちであるという事情もありますが、SNS投稿などによって、そのさらけ出した姿が保存・拡散され、お酒の入っていない場でも話のネタになり続けることが大きいのかと思います。
他人の信頼を得るためには、お堅いだけでは絶望的で、どこかで自分をさらけ出して共感を得る試みが必要です。しかし、宴会はお酒が入るためしばしば暴走しがちであったり、エンタメの場であるからカメラや録音が残される危険も高く、他人の信頼を得るという目的ありきで安易に自分をさらけ出せばよいというものではありません。
さらけ出した自分に対して、どこまで周囲が追いかけてくるか、エビデンスを保存するかはコントロールしようがありません。ですので、自分をさらけ出すタイミングを自身でコントロールする必要性が現代的に高まっています。そのためには、お酒やエンタメの場では話題を広げるにとどめ、自分をさらけ出すのは、警戒の必要性の低い、昼食やお茶、その他休憩の時間帯の方が望ましいでしょう。
自分をさらけ出すのが恥ずかしいからお酒の力を借りてエンタメの場で、というのは今の時代危険です。お酒の場でもなく、真面目な仕事の場でもない適切な時間帯をみつけて、本来の自分を周囲に理解してもらうことの必要性が高まっているように思います。

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