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2019年7月10日 (水曜日)

100点を目指すときと60点を目指すとき

私の高校時代の成績は、数学で高得点を取り、英語は平均より少し上、残る科目は惨憺たる有様でした。こうした私の成績を見て、教師を含む周囲は皆、東大文系は無理だろう、と言いました。当然であり、その理由は国語や社会ができないのに文系の最高峰を目指であるわけがないというものです。この理由をもう少し読み解くと正確には、国語や社会で比較的簡単な問題を安定してとれないようでは、これらの科目が高確率で致命傷となる、というものです。
受験はトータル勝負で、苦手科目ではいかにとれる問題だけに注力して確実に得点を積み上げるかが大事になります。模試の成績が良くなくても、簡単な問題だけ確実に取れているならまだ望みはありますが、比較的簡単な、解ける問題を落としているようではダメです。苦手なりにポイントを重ね60点を取りきる力が受験には必要です。
日々の仕事も似たようなもので、100点取れればよいですが、仕事を与える側が望むのは良い仕事であるよりも、ボツ仕事でないことです。後者であれば、その人から引き続き仕事をもらえるチャンスがあり、その中でポイントを少しずつあげていけばよいのです。
このように、日々の活動の多くは、特定分野で100点満点を目指すよりも、特定分野を穴にしない、ことが重要になります。しかし、いつまでも60点でまとめればよいというわけではありません。相手からの期待が高ければ高いほど、その最低得点はあがっていきます。そうすると、「大きなミスをしない」を守るだけではどうしても足りなくなります。
相手の期待が低いところでは、評価をあげようと張り切って大きな成果を目指すよりも、着実に合格点を積み上げていくことが大事ですが、やがてそれは守ればよいだけではなく、攻めに転じなければならない時が来ます。相手の自分への期待をきちんと図りながら、まずは相手の想定する最低ラインをクリアすることの重要性が現代的にますます大きくなっていくと考えられます。

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