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2017年11月28日 (火曜日)

合理的な説明ができなければアウト

証人尋問をする際に、多くのクライアントに説明することがあります。
「ドラマみたいにきれいに、相手に真実を言わせたり、嘘を認めさせることは一般的に困難です。おかしい点を追求して、それに対してきちんと合理的な説明ができない状況まで追い込めば、後は裁判官が適切に認定してくれるので、それで勝ちです。」
たとえば不倫裁判では、不倫の決定的な証拠が提出されていない限り、当事者はまず不倫を認めません。ですので、不倫の疑いのある日の行動を追求して、相手がきちんときれいに潔白な行動を証言すればシロ、しどろもどろになったり、証言を拒絶したり、証言内容に矛盾が出てくればクロに近づくというメカニズムです。
裁判でなくとも、世の中には様々な疑惑が飛び交っています。疑惑が生じた場合、刑事事件では立証責任は検察官にあるので灰色では責任は発生しませんが、民事ではグレーな状態では疑惑をかけられた方が説明責任を果たす必要があります。
すなわち、疑惑の段階では刑事責任の追及は困難ですが、人と人との間の話では、個々人がグレーな状態について真実を推測し、対応を決めることになります。
疑惑をかけられてダンマリを決め込む人は、私から見れば疑惑を認めたようなもの。刑事責任を逃れ、人のうわさも75日を過ぎるのを待つ目的での逆転の一手なのでしょうが、無様には違いありません。
きちんと1つ1つの行動に責任を持ち、かけられた疑惑にはきちんと説明責任を果たす。一定の成功者の地位に長くいたいのであれば、足元を見つめ直してこの点を強く意識すべきだと感じます。

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