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2017年10月20日 (金曜日)

逆転の一手が逆転の発想を要するケース

逆転の一手はしばしばセオリーや第一感とは全く正反対の方法であることがしばしばあります。今日とりあげるのは、逆転の一手が「休む」場合となるケース。
普通に考えれば努力しなければ成果は得られません。人それぞれ自ら判断した内容の努力を継続します。しかし、この努力が最適なものであるかどうかは、正直、誰にもわかりません。
筋トレでは、超回復を意識して、3~4日おきに体に負荷をかけるのがセオリーです。しかし、どの程度の負荷をかけるのがよいかは、その人にもよりますが、さらにその人の体調や回復度合いにも影響します。
同じ重量の負荷をこなしても、日によって体に利く日と利かない日はどうしてもあります。利いていないということはあまり体に負荷になっていないので、少し重量をあげなければ成長につながりません。
しかし、体に利かせるために重い重量を設定して3~4日おきのペースを堅持していくと、どこかで体全体に疲労がたまってきます。こうした状況では、小手先のマッサージなどではなく、思い切って1サイクルトレーニングをスキップして体を休めることが、状況を打開する最善手です。
私が20代のころは、「体にあまり利いていないが所定量のトレーニングはこなしているからまあいいや」という考えで、形式的なトレーニング量で満足していたため伸び悩みました。
最近は、「体に利かなかったら意味がない」「超回復のサイクルから外れたら意味がない」と実質的に考えてトレーニングを積んでいますが、どうしても体に疲労の蓄積がはっきり表れるようになりました。
努力は形式的なものではあまり意味がなく、実質的に考えて自分を追い込んでいる、という前提がある人には、伸び悩んだ時に「休む」という逆転の発想の最善手が現れることもあります。

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