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2017年8月18日 (金曜日)

「完成」はない。ギリギリまで粘れ

何をするにしても「完成」という状態はありません。他人から見て及第点と言えるかどうかの判断ポイントはわかっている、ということはあるかもしれませんが、すべて成し遂げたという状態はあり得ないのです。
及第点がわからない場合、すなわちどこまでやれば期待に応えたのかわからない場合で、絶対に失敗できないケースはしばしばあります。このようなとき、今、完成状態にないことを謙虚に受け止めてギリギリまで精一杯あがくべきです。
たとえば試験。何をどれだけ勉強すれば合格できるかわからない以上、最後の1秒まで徹底的に参考書にかじりつくと、その最後にちらっと目に入った内容で答案を書くことができ、合格というのはしばしばある話です。
弁護士の業務の中で難しいものの1つが証人尋問。証人が何を発言するか予測できない場面でも、わずかな時間で証人の証言のおかしいところを見出して問いただす必要があります。
この証人尋問の準備も完成状態はありません。ギリギリまで記録に目を通し続けることにより、ちらっと頭の片隅い残ったことが、証言を聞いた際に違和感として伝えられ、充実した尋問ができるということはあります。
ゴールが見えている事については、ゴール到達のための最低限度の努力を効率的に行うことも手でしょう。しかし、ゴールが見えない事に取り組む場合、効率を模索したり努力量削減を試みると達成できることもできなくなりがちです。
いくら頑張っても完成には達しない、でもこれは達成したい。そのような場合、ゴールはないことを認識して最後まで粘ることが、最後の成否をわける逆転の一手となるかもしれません。

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