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2017年6月 6日 (火曜日)

自分目線でない法曹

地裁の裁判官は、民事でも刑事でもピンキリで、非常に優秀な方から、なんでこんな人が裁判官?と疑問を感じる人まで様々です。
ここで何をもって優秀かというの線引きが難しい部分がありますが、その1つの要素は裁判官が目線をどこに置いているかにあります。
優れた裁判官は、事件を検討する目線を当事者のレベルに合わせます。当事者とできる限り同じ目線で事件を見て、検討するので、事件を裁くために必要な要素よりも、まずは当事者が事件についてどう考え、何を重視しているのかの理解に努めます。
逆に、この裁判官は・・・と、疑問を感じる人は事件を自分目線で見て、勝手に自分で争点を選別して、自分目線で重視しない当事者の主張は事実上無視し、勝手に一人で進めていってしまいます。そして、地裁レベルの裁判官は、それがしばしば間違った方向にぐいぐい行ってしまうので困りものなのです。
我々法曹が事件を裁くのは、機械的な仕事ではなく、生きた生物の処理に近いものと考えた方がよいかもしれません。仮に正しくても当事者を軽視して一人でさくさく進んでもあまり評価されるべきことではなく、どれだけ丁寧に、事件の敏感な部分を扱えるかこそが大事なのです。
弁護士も、忙しいとついつい要件事実以外の部分の当事者のこだわりを軽く見てしまったり、クライアントの前では丁寧に対応していても、書面を作成する際には機械的な仕事になってしまったりしがちです。
この仕事は効率を考えてはならず、自分の力を過信してもならず、クライアント目線で丁寧に進める意識をもっと強く持たなければと思わされます。

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