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2017年4月25日 (火曜日)

直感か理屈か

少し前に、「複数の参加者でいろんな議論ができる架空の法律事案を考えてほしい」という依頼を受けました。
そのような案件はいくつかパターンがあるのですが、私が面白いと感じるのは、直感的な常識による結論と、理屈による結論が真向対立する事案です。
直感的な常識と理屈が合致すれば、議論の余地はあまりありません。直感的な常識による結論と、理屈による結論が異なれば、各自様々な立場から、いろんな意見を出すことができて、議論が白熱します。
だいぶ昔の、真面目に法律事案について弁護士同士が議論しあっていたころの「行列のできる法律相談所」が採用していた事案もこのようなものが多く、多くの場合、4人の弁護士が3対1で常識的な結論の方を押していました。
理屈による結論よりも、常識的な結論の方が優勢になるのも私的には妥当と感じます。それは、理屈による結論が非常識ならば、そこかでその理屈を崩す理屈が発生する可能性があり、一生懸命考えれば、常識的な結論を理論的に導く法律構成を見いだせる可能性は、その逆よりも大きいと考えられるからです。
しかし、注意すべきは、「常識」とは所詮、個人の主観的なもので、ましてや架空の法律事案に対する意見は、直感的な瞬間的な判断によるものであることを考えると、そのベースは決して盤石なものではなく、むしろ脆弱な場合の方が大きいのではないかと思われます。
まずは、自分の常識にしたがって、その結論を導く理屈を一生懸命考えてみてよいですが、もし、その理屈が見つからなかったら、自分の常識感覚が間違っているのではないかと、自分の直感的な結論に固執せず、1歩後退して最初から考え直すべきでしょう。
プロの法律家として必要なのは、直感から入っても、理屈から入ってもよいですが、きちんと自ら正しいと信じる結論に明確な理屈を道づけることだと信じています。

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