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2017年3月21日 (火曜日)

コンビニのATM不要論

大手のコンビニにはATMがあり、誰でもコンビニでお金をおろせます。銀行があちこちにある都会では別にいらないと思いますが、銀行には車に乗っていかなければならないような町では大事な存在なのだろうと思います。
私は都会に住んでいるのでコンビニのATMは利用したことは一度もありません。深夜にお金をおろす必要が生じた際にはコンビニを使うしかないでしょうが、深夜に急にお金が入用になるというのは大抵無駄遣いにつながるものなので、そこで歯止めがかかります。
酔っぱらった人をだましてお金をおろさせる犯罪も時々おきており、コンビニにATMは無い方が平和なのではないかと感じます。
さらに、コンビニのATMはコンビニ経営のある問題の解消を妨げているようです。
今や24時間営業は決して費用対効果のよいものではなく、夜間は店を閉めた方がもうかるケースが増え、外食産業などはどんどん24時間営業から撤退しています。コンビニもこれだけ乱立して24時間十分なお客が来続けるとは考えにくいです。アルバイト確保の困難も考慮して、店を閉めるべき時間帯は占めた方が経営合理的です。
しかし、ATMがあるから、防犯の都合等により24時間営業をやめられないのです。ただでさえ必要性の疑義のあるコンビニATMが、合理的経営の邪魔になるのであれば最早このようなものない方がよいでしょう。
おそらくコンビニ契約の中でATMの設置が必須とされ、それが元となって24時間営業が強制されているのだと推察されます。この条項は見直した方がよいのではないでしょうか。
繁華街の中や不夜城オフィスの近くなど、24時間営業で採算のあう店舗にのみATMは設置し、夜間の客が少ない店舗にはATMを置かず夜間閉店の自由を認めた方が1店舗あたりの収益はあがるでしょう。
合理性に気づいてこの判断ができるか、あくまで全店舗ATM設置にこだわるか、増え続けるコンビニ市場を制する1つのポイントがここにあるような気がします。

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