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2017年1月17日 (火曜日)

アマチュアスポーツでの誤審にどう対応すべきか

年末年始様々なスポーツがありました。何となく見ていても誤審は時々あり、中には勝敗を左右する致命的な誤審もあったように思います。
プロスポーツでは誤審に対して徹底して抗議します。勝つことが仕事でその対価として給料をもらっているので当然といえば当然ですが、観客を白けさせるほど長時間にわたる抗議が果たして良いのかどうかが議論の種です。
逆にアマチュアスポーツでは、明らかな誤審でも選手はすぐに審判に従って切り替えます。抗議しても損するだけのルール設計となっており、また、審判に従う事をスポーツをする中で重視するからです。
明らかな誤審に対して何も言わずにあっさり引き下がる姿は少し違和感がありますが、この姿勢は社会人になって必ず役に立ちます。判断する人がおり、その判断は人がする以上、主観的になりがちで、ミスもある。その判断に逐一反論してもいい事はなく、切り替えて次により精度の高い活動をすればよい、という精神が身に付くのであればスポーツ教育は大いに意義があります。
しかし、勝敗を左右しかねない大きな誤審に対しても何も言わないのが果たして正しいあり方なのでしょうか。こうした場面で何も救済制度がないと、最後は監督が激怒して審判に詰め寄るという原始的な解決に持ち込まざるをえなくなり、かえって教育によくないはずです。
審判が絶対的な判断をできない以上、たとえばスポンサーについた全国大会では1試合に1回限りでも、重要な局面ではビデオ判定を求めるチャレンジ制度をアマチュアスポーツでも認め、当事者の納得する正確な試合運営に努めないと、ただ「審判は絶対」というだけの精神論ではそのスポーツにあらゆる資源を投資して頑張る選手をつなぎとめられないおそれがあるように思います。
とはいえ、現状、アマチュアスポーツの審判がまだまだ未熟で、おそらくビデオ判定を導入しても自らのジャッジを覆さない人も多数いると予測され、日本のアマチュアスポーツの成長はまず審判の成長から進めていかなければならないのが現状のようです。
一般社会では、様々な判断権者が様々な判断をし、その判断が著しく不当な場合、訴訟提起して裁判官に判断してもらうこととなります。判断するーしてもらうも人間関係なのでこうした紛争を裁判所に持ち込む事は非常に嫌われ、本当に我慢ならない最終段階でのみ訴訟による解決が機能します。
アマチュアスポーツにおいても、当たった審判が未熟であったとしてもそれも一期一会。結局、よほど結果を左右する重大な誤審でない限り、素直に従って次に向けて切り返るのがやはり再善だということでしょう。

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