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2016年5月21日 (土曜日)

なぜ個の成長に金を払って師を求めるのか

土曜日カテゴリー「個の成長」については2月にブログ方針を再編してからいくつか厳しい意見がついています。
個人レベルの成長はそれぞれがぶつかった壁に真正面から取り組むか否かに尽きるのであまり一般的な意見は意味がない
個人の成長はそれぞれ向き合っている課題が異なるから一般的な記事にならないはず
といった感じで、要は「出来る人」は日常でつきつけられた課題に真摯に向き合い、これを何とかクリアして成長しているから、個人レベルの成長のノウハウは不要だし、一般性がないというものです。
しかし、社会では個人レベルの成長のために成功者の指導を受けたいと願う人がたくさんいます。
私は成功者でもなんでもなく、自分が成長するためにした工夫をただここで公開でいているだけですが、確かに社会では自分の部分的な成功体験を有料で提供している人がたくさんいます。
「出来る人」たちが指摘しているように、個人レベルの成長は日々たくさん味わう辛酸、失敗体験を逆に、絶対見返してやるという気持ちで取り組むことで、多くは実現しますし、人間の1日に注力できる限界を考えると、これを遂行するだけで1日24時間では足りない事も往々にあるはずです。
にもかかわらず、個の成長のために費用を払って師を求める人がいるのは、時間が限られているからこそ、効率的に物事を進めたいのと、課題は自覚しているがその解決のために何をすればよいかわからないという気持ちのためでしょう。
時に、解決すべき課題は認識しているが、時間が足りないあるいは何をすればわからないという人がいます。
このブログのこのコーナーではそうした人にヒントになるような記事の掲載を心がけていきたいと思います。

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