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2014年6月26日 (木曜日)

民放のサッカー放送のあり方を再考する

民放のサッカー報道のあり方がひどいと、あちこちで叩かれています。
例えば今朝のコロンビア戦。実況はファールでもなんでもない場合でも、接触して日本選手が倒れれば「倒された~審判の笛はない、何故だ!」と連呼し、解説はまるでサッカー観戦者かのように感情的な発言を連発。
サッカー関連の報道番組は、誰もが知っている当たり前の情報と、紋切り型の応援を繰り返すばかり。時々、過去のデータを持ち出したかと思えば、(おそらく視聴者にデータの誤りを指摘されて)数分後に訂正するケースも目立ってきました。
一言で言えば、報道が「陳腐」になっているのです。
その理由はおそらく、サッカーの視聴率を上げるため、「サッカーをあまり知らない層」をターゲットとし、「日本代表の勝利を期待し、応援する」という固まった方向へ導こうとしているからです。
このように目的を硬直化してしまうと、報道内容は極めて平易になってしまい、対象の層の裾野が広いため、同じ内容を、時間帯を変えて繰り返し繰り返し報道せざるをえなくなります。
しかし、この考えには、「サッカーファンは当然サッカーを観る」ということを前提としており、そこに傲慢があります。
Jリーグ発足から20年以上。今、日本には相当多数のサッカー通がおり、こうした方々にとっては民放の報道はつまらないし、感情的な実況の入る中継では試合を十分に楽しむことができません。
パブリックビューイング会場ではしばしば、実況や解説の頓珍漢な発言にブーイングが起きる時代です。ネット社会の今日、サッカーは必ずしもテレビで見なければいけないものではないので、サッカー通は今後どんどんテレビからネットにサッカー観戦の場を移していくでしょう。
サッカーという真剣勝負の解釈は個々人で自由にすべきもので、マスコミが一定の方向性を与えてしまうとサッカーの試合自体がつまらないものになってしまいます。
今のおかしな民放の報道を是正するためには、まず、試合中継は「事実の報道」に徹し、主観的な意見を付加することをやめること。
続いて、対象をサッカー初心者だけでなく、サッカー通も楽しめる内容を真剣に考えること。
日本全体で盛り上がろう、という姿勢を否定する気は毛頭ありませんが、民放の報道のあり方はこれ以上否定的な意見が増える前に抜本的な改善を試みるべきだと強く感じました。

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