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2011年6月 2日 (木曜日)

時効の必要性

刑事事件で時効の必要性が何度か議論されました。

時効を制度として認める理由の1つとして、証拠の散逸という問題があります。

犯人は何年たっても、証拠が集まれば裁判のうえ処罰すべきだというのは正論です。

しかし、裁判にかけられるのは必ずしも犯人とは限らないという点を考慮すべきです。

犯人でないAさんが、犯人だと疑われた場合、それが事件直後であれば、アリバイなど、自分で無罪を証明できる証拠を用意することができるかもしれません。

しかし、これが事件から3年経ってから疑われると、事件直後であれば協力を得られた知人の協力を得られなくなったり、自分の記憶も薄れていくでしょう。

事件から30年経過してはじめて疑われると、もう自分ではどうしようもなくなります。

このように、無罪の被告人からすれば、時効がなく、事件から何十年経過してからいきなり犯人だと疑われることは防御の機会を奪われる大変なことだといえます。

そういう意味で、疑われる立場からすれば、時効というのはどうしても必要です。

とはいえ、人間の判断することですので、犯人かどうかを証拠から正確に見分けることは困難ですから、凶悪犯については時効はなくしたうえで、古い証拠の証明力の判断でさじ加減をとるしかないように思います。

日本の刑事訴訟法は、①必ず犯人を処罰する②無罪の人間を誤って処罰することがないよう気をつける、相反する2つの要素を比較した際、間違いなく②を優先する法律です。

法は法であるべき姿に落ち着きますので、その中で、②の無罪の人間が処罰されないよう最大限の活動をしていくべきだと改めて感じます。

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