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2011年3月18日 (金曜日)

「こだわり」の価値

第三者から見れば、何でそんなことにこだわるのだろう。
何でそれくらいの金額でもめるのだろう。
と、不思議に思う場面はいくらでもあります。
しかし、それを自分に置き換えることができれば、そこでこだわる理由が理解できます。
裁判所も弁護士も、こだわりをできるかぎり捨てて、合理的に一番利益の高い内容で早期に和解を成立させることを、当事者にお勧めします。
しかし、何らかの譲れないこだわりがある場合、その内容では和解できないでしょう。
弁護士としては、そのこだわりを理解し、依頼者がそれについてどの程度の価値を考えているか把握し、依頼者に最善の結果を再検討することになります。
私はこのブログで、お金が十分にない人にも、通常より安い料金で法的サービスを提供すべきだ、と述べてきました。
通常事件に要する標準的業務量であれば、弁護士料金を下げても経営には大きな支障はないと考えたからです。
その考えの方向性自体は、間違っていないと思いますが、1つきちんと認識しておかなければならないのは、お金が十分にない人は、1000円・・場合によってはそれ以下の金額であっても、こだわりが大きい場合があることです。
私はお金はただの仮想の単位であり、真に見るべきは、そのお金を得るためにその人が果たした努力だと考えています。
安い賃金で一生懸命に働いた方の1000円がどれほどの価値があるのか、理解しているつもりです。
このような人が、1000円にこだわりを持った場合、依頼を受けた以上は1000円の差が埋まらなければ、裁判をしなければいけなかったり、裁判官や相手代理人と込み入った交渉をしなければならない場合もあります。
料金を安くしたからといって、手抜きは許されませんし、かといって、手間がかかるのであれば、相応の費用をいただかなければ、受任しにくい関係となってします。
お金のない人に、安価な法的サービスを提供する弁護士は必要です。
しかし、そうした事件ばかりでは、過労死するか、経営が成り立たないおそれがあるのも事実です。
こだわりの厳しい人、こだわりのゆるやかな人、バランスよくお客を受け入れられる事務所こそが、大事な存在であり、今後ますますニーズが高まっていくのだと思いますし、私もそのような弁護士になりたいと思います。

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