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2010年8月 4日 (水曜日)

氷山に立ち向かう意思

大きな事件、というか、記録の大きな事件は、サイズの2乗に比例するくらい1つの仕事に骨を折ります。
証拠の捜索や照合もそうですが、一番大事なのは、主張の整合性です。
過去に自分で書いた準備書面を十分に読み返さずに打ち合わせにのぞみ、依頼者の話を聞くがままに事情聴取して準備書面を書き上げてみたら、前の準備書面との内容の整合がとれない、ということもあります。
大きな事件、あるいは大きくなりそうな事件では、通常事件と異なり、固められる基本からきっちり固めていかないと、後になればなるほど、大変になります。
この点について、
①大型事件では、あえて多くを語らない
という方や
②主張は最低限度にし、文献や判例の引用で分量を誤魔化す
という方策をとられている方をしばしば見られます。
「よく理解できた」点だけ書き、「よくわからない」点は誤魔化すのは、主張展開のうえでのセオリーですが、
最終的には理解し、主張しないと勝てないので、早め早めに依頼者と腹をわって話し合い、「できる限り正確」に理解することが大事なのでしょう。
あとは、それをどこまで書くかです。
証拠の提出状況に照らして、裁判官に一番わかりやすい程度にまとめるのがベストでしょうし、相手方が十分に理解していないなら、つまらない揚げ足取りをされて議論が脱線しないようにも心がけるべきです。
このような苦労をするからこそ、一部のエキスパートしか受任できないのでしょうが、このような大変な事件にも向き合い、できるかぎり早く正確に理解できるよう精一杯頑張ることがまずは何より大事なのだろうと、難しい案件をやりながら感じました。

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