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2010年7月28日 (水曜日)

数学的証明と判決の違い

数学的証明に慣れすぎた私は、修習生になった際、判決の考え方に慣れるのに時間がかかりました。
数学的証明のポイントは、 一寸の疑いの余地もないことを、できるかぎり簡潔流麗にまとめることです。
相手は、全世界の全ての人。
反対の要素や実験結果などは、徹底的に除外し、前提条件→客観的に証明された法理→結論の流れを、
いかにわかりやすく説明するかが大事で、わかりやすいということは、簡潔であるということです。
これに対し、判決は、同じく論理的に結論を明らかにする点では似ていますが、中身は大きく異なります。
まず、相手は当事者ですから、その当事者が納得できるものでなければ意味がありません。
そのため、前提事実の認定や、適用法令の解釈、証拠の評価など、様々な点で、むしろ、当事者の指摘する反対要素に対する検討が非常に大事になってきます。
必然、判決は長く読みにくいものになります。
ところで、人を気にいったらその全てが気に入り、人を嫌いになったらその全てを嫌いになるように、判決も、検討要素全て、勝訴者側に認定するものをしばしばみかけます。
これは数学的証明から頭を切り離せなかった裁判官の仕事であるケースが多いと考えます。
双方言い分があって訴訟になったケースでは、100:0で一方が完全勝利というのはあまり考えにくいです。
勝訴の結論を説得的に導くために、無理に、反対要素も勝訴者側に認定しているのではないかと疑いたくなる判決がしばしばあるのです。
そうではなく、当事者、特に敗訴者を納得させる必要があるのですから、敗訴者の主張をきちんと受け止め、正当なものは正当だと評価し、そのうえで、プラス要素もマイナス要素もあるなかで、結論が説得的に論じられなければならないと思います。
一方の全面勝利の判決があり、控訴審では結論dあけではなく、前提の認定も全てひっくりかえったら、「裁判所って何やねん?」という不審につながるでしょう。
どんな良い人や物でも、悪い点はきちんと評価する
どんな悪い人や物でも、良い点はきちんと評価する
そのうえで、全体の評価を明らかにする
この姿勢は、人間社会上どこでも大事で、裏をかえせば、人間社会では、数学的証明に拘泥すべきでない、といえるでしょう。

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