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2010年7月10日 (土曜日)

仏の顔は3度まで、人の顔は2度まで

刑事事件で、初犯は執行猶予、2回目は実刑、という基本原則がよく知られています。
もちろん、初犯でも悪質な犯罪は一発実刑ですし、軽微な犯罪では、再度の執行猶予というのも考えられます。
そうした特別な犯情のない場合、上記のような原則が導かれるのはなぜか。
私は以下のように説明します。
初対面の初犯の犯罪者が、目の前で「もうしません」と反省している。
「それはウソだろう、またやるだろう」との憶測は抱いても、確信は抱けません。
つまり、反省が信用できないと断じる理由がないので、信じて軽い刑にしなければならない。
しかし、2回目の犯罪者が、目の前で「もうしません」と言っても、
「前も同じようなこと言って、結局また犯罪を犯したんでしょう?」
と、反省を簡単には信用できないので、厳しく処罰されます。
これは、被告人の反省の弁に限らず、人間社会どこにでもあるルールでしょう。
「・・・します」と言う人に対し、その内容が物理的に不可能なものでなければ、多少怪しくても、1回目は信用しなければなりません。
しかし、2回目は簡単に信用してはならないでしょう。
必ず明日までに仕事を仕上げます
もう浮気はしません
寝煙草はやめます
来月中にお金を支払います
今度こそ、政治を立て直します
など、人は様々な約束をしますが、目先の利益にとらわれて安易な約束をしてしまうと、2度目は信用されないがけっぷちに追いやられることになります。
人間社会の怖い部分ですが、自分の発言の責任を持ち、有言実行を果たしていくことが何より大事でしょう。

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