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2010年6月 9日 (水曜日)

Time is medecine or poison

人間、新しいことにはすぐ熱中しますが、時間の経過とともに、熱意が落ちてきます。
弁護士も同じで、最初は熱意をもって強気の交渉をしますが、時間の経過とともに、ずるずると譲歩し、和解を成立させる方向で話をする方も多いです。
当事者も同じで、最初は強気ですが、やがて、ずるずると譲歩していく方が多いです。
裁判所も、そのような人間心理をついて、人が譲歩する姿勢を見せたときに、和解を勧めてまとめようとします。
そのような傾向から見ると、私のやり方はかなり特異で、相手方も裁判所もやりにくいのかと思います。
私は、事件受任の段階で、ある程度、「判決がどうなるか」と「執行の見込み」を想定します。
そのうえで、落としどころをできる限り早期に発見し、比較的早い段階で和解の申し入れをします。
同じ内容であれば、だらだら裁判した結果の和解ではなく、できる限り早期に成立した和解のほうがずっと価値があるからです。
こうした早期に提案した和解案には、なかなか応じない方もいます。
「和解案を提案してきた、弱気になっている、もっと値切れるだろう」とでも思っているのでしょうか。
和解が成立しないと、裁判を進行せざるをえませんが、勝敗の見込みを間違えていなければ、時間の経過とともに、どんどん譲歩していきます。
一方で、私は、最初から妥当な落としどころで提案しているので、裁判の途中で提案内容を変えることはしません。
相手方代理人からも裁判所からも「先生、もう1声頑張って」といわれますが、これに応じる理由もなく、断ります。
そうして、差がある程度つまり、あと1声で本当に終わるのであれば、依頼者と相談のうえ、応じる場合があります。
自分の趣味であれば、自分のモチベーションに沿った行動をしても何も問題ありません。
しかし、仕事である以上、自分のやる気や疲れを理由に、依頼者に譲歩を迫ってはいかないと思います。
時間の経過は交渉を容易にする場合もありますが、結果を劣化させる要因でもあります。
しっかり筋を見極め、早期に和解、できなければ判決で構わない、このスタイルは今しばらく継続していくのだろうと思います。

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