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2010年4月21日 (水曜日)

たらいまわし

控訴審の国選事件を担当していると、
「私にできるのはここまで、あとは控訴審の弁護人にお願いしてくれ」
といわれた、という人に時々会います。
こういう事件では、1審弁護人は、弁護士として通常やるべき弁護活動はほぼ全てやりつくしていますので、控訴審において新たにやることはあまりありません。
弁護人として最善を尽くしても執行猶予がつかなかったり、保釈が認められないケースはあります。
当然、難しいという説明はするのですが、それでも、納得がいかないというのであれば、別の弁護士に相談してくれ、という対応をするのは、私がその立場に立った場合でもやってしまう可能性がありますので、1審弁護人の心情をふまえ、対応に苦慮しながら、あれはどうだ、これはどうか、という対応策を練ります。
同じく、法律相談をしていると、「弁護士に相談しろといわれたので来た」という相談者が、確かにモラル上は問題がありそうだが、到底不法行為は成立しそうにない相談をかかえてくる場合があります。
悩んで来られているので、「これは不法行為にはなりません」とむげもなく断るわかにもいかず、かといって、希望をもたせたり、さらなるたらいまわしを防ぐためにも、ここで、納得して請求を断念させなければならない面もあり、対応に苦慮します。
たとえが悪いかもしれませんが、爆弾が流れてきた際、それを隣の人にパスすることは、簡単で、最もリスクの低い行為です。
しかし、それにより、爆弾の鎮火が遅れ、リスク自体はどんどん大きくなりますし、最後にパスされた人はあまりにかわいそうです。
そうすると、簡単・安全な方法ではなく、一人ひとりが爆弾の早期鎮火に努めていったほうが社会全体にとっては利益ですし、不慮の損害を被るリスクも減ります。
生活保護のたらいまわしにより、大阪市民は大変迷惑しています。
米軍基地のたらいまわしにより、候補地の人々は戦々恐々としています。
問題の先送りに、今の人は被害を受け続けています。
誰か何とかしてくれる、時間が解決してくれる、ではなく、自分が率先して1歩踏み出し、問題を解決する、その姿勢が、
保守的な日本人には特にかけているのではないかと思います。
まだまだ能力が足りないので、ベテラン弁護士なら解決してくれるだろうと、パスを投げたくなるときはあるでしょうが、できる限り簡単にパスせず、相談者としっかり向き合っていきたいと思います。

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