« 大阪再開発 | トップページ | 長引きそうな事件は腹わって即決 »

2010年3月15日 (月曜日)

批判しない、微笑もう!

私が修習生のころ、検察官を進路として考えることはありませんでした。
検察官は犯罪者をしっかり追い詰め、文句なしの手続きで、適正に裁判を受けられるよう準備する名誉ある仕事です。
しかし、必要以上に、被告人の悪口を言う、あら捜しをするところがなじめませんでした。
一番よく現れるのは動機です。
犯罪にいたるのは何らかの動機があるはずで、大半の事件は、何らかの事情があって犯罪に及んでいるはずです。
しかし、そこを無視しているのか、見てみぬふりをしているのか、裁判では、必要以上に、動機や人格面を批判しているように受け取れました。
それをそのまま採用する刑事裁判も、修習中に違和感を感じることが多かったです。
法曹は正義と真理を追究するものだと思うからこそ、自分の感性に反し、紋切り型の批判的主張をすることに違和感を感じるのです。
弁護士の民事裁判では、相手を嘘つきであると主張したり、人格を批判するような主張をすることがあります。
前者は、依頼者と十分な打ち合わせをしたうえで、どう考えても、相手がウソをついていなければ辻褄があわない、という場合に行うもので、依頼者の言うがままに相手を嘘つき呼ばわりすることは、少なくとも私はできません。
離婚案件などでは、激しい人格批判の応酬になる場合があります。
そんな準備書面が届いたとき、私はとても悲しくなります。
先の嘘つき主張とことなり、人格批判は明らかに攻撃防御方法を逸脱していると思います。
強い主張をしたほうが、依頼者の信頼は得やすい、しかし、裁判上の書面で書くべきことであるかは、一考すべきでしょう。
笑顔で暮らせる明るい社会を築くにはどうすればよいか、日常のルーティンワークの中でも、常にこのことを意識して、少しでもおかしな仕事のあり方を是正していければよいなと思います。

|

« 大阪再開発 | トップページ | 長引きそうな事件は腹わって即決 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 批判しない、微笑もう!:

« 大阪再開発 | トップページ | 長引きそうな事件は腹わって即決 »