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2009年7月31日 (金曜日)

一致しない被害品

窃盗事件では、被害者の申告した被害品と、加害者が認める被害品に食い違いがあることはままあります。

弁護人としては、この場合、証拠を合理的に読み取り、両者の一致する限度において事実を認め、その余は否認することになります。

この場合、窃盗行為自体は争っていないため、いたずらに証人尋問をしたり、期日が伸びることがないよう気をつけなければなりません。

書証はすべて同意して、認めない事実について、供述の信用性を争ったり、証拠の欠如を指摘するだけで、初回期日に結審するというのが、妥当な流れではないかと思います。

ところが、このように苦労してした仕事について、裁判所は判断を示さないことが多いです。

窃盗事実があるうえで、若干の被害量の差異は量刑を左右するものではないから、無駄な判断は省略するという省エネ志向なのでしょう。

普段、裁判所の妥協ない丁寧な仕事を見ているので、このときばかりは、裁判所はいいなぁと思います。

また、被告人も「何言ってんのこの人。かったるいから早く終わらせてよ」という感じで、一生懸命やるわりには報われない、あまり面白くない仕事でもあります。

しかし、裁判所やその他の人がどのように思おうと、被告人に有利になりうる事情を拾い、あるいは、不利になりうる事情を排除することは大切なことで、一見争いのない事件でもこうした視点を常に忘れず、わりに合わないつまらない仕事をしっかり行っていくことが、刑事弁護人には大切ではないかと思います。

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2009年7月30日 (木曜日)

記録は厚いほどよい?

ときどき、やたら長い主張書面や大量の証拠書類を出してくる相手方がいます。

漠然と見ていたら、すごいとおもいがちですが、事件に照らしてみると、「つまらんことやってくるな」と思うことが多いです。

特許訴訟や、医療過誤訴訟では大量の書証と、綿密な主張が要求されますが、一般事件では、そこまでは要求されず、逆に、争点等の簡素化の方が要求されます。

そのような空気をよまず、だらだらと長い書面や大量の訴訟が出されても、すごいとは全く思いませんし、必要がなければ目もほとんど通しません。

特許訴訟や医療過誤事件は裁判官が知らないことが多いため、裁判官に調べろというのではなく、裁判官にできる限りわかりやすく説明することが必要ですが、裁判官が当然知っている基本的な法律解釈論をだらだらと述べたり、証拠だけ大量に放り込んで、あとは読んで解釈してくれ、というのは、優れた弁護活動ではないと思います。

適切な法律構成を考え、それを裏付ける主要・間接事実をわかりやすく簡潔に整理し、争点についての証拠を余すことなく提出し、各証拠の立証趣旨・位置づけをきちんと説明する。

研修所でも教えられている基本中の基本ですが、それができない弁護士を時々見かけるにも事実。

事件の難易度・専門性をふまえ、適切な量の主張・立証を心掛け、読んでもらえない・読んでがっかりする仕事をしないよう、今一度精査しながら1件1件の仕事を丁寧に処理したいと思います。

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2009年7月29日 (水曜日)

刑事裁判をスラムダンク風に語る

被告人「おい、被害者。今日限り被害届はおろしてもらう」

被害者「おめーには弁償は無理だ。被告人」

被告人「俺じゃない。うちの親父が払う」

被害者「ほう」

被告人の父親「まいったな」

弁護人「被害弁償が直接できなくても、贖罪寄付という手段もあって・・」

被告人「イカスなそれ。 全額被害者にいくわけじゃないんだろうからまけてくれ・・3000円」

弁護人「3000円・・奴は大物になる・・」

スラムダンクを知らない人には何が何だかわからないと思いますが、このように、自分が犯した罪の重さを理解せず、当たり前のように親にしりぬぐいしてもらったり、わずかな財産でなんとかしろという被告人には、国選事件ではよく出会います。

国選事件はお金を持っていない被告人なので、被害弁償はもとより無理、という人もいますが、国選弁護事件で弁護人が何かできるとすれば被害弁償くらいなので、わずかな財産と今後の収入の中で、いかに被害者が満足する弁償ができるかを一生けん命考えます。

しかし、考えた結果いい案が出ても、肝心の被告人がこのような感じではうまく被害弁償はできません。

自分が犯した罪の重さに気づいてもらう

それを償うために何をすべきか考えてもらう

非常に難しいことで、わりに合わない仕事ですが、最近、このような仕事や和解を成立させる仕事のように、人を理解し、人を動かす仕事に興味を持ち、積極的に経験を積んでいきたいなと思うようになってきました。

これもJC効果でしょうか?

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2009年7月28日 (火曜日)

約束は守ろう

苦労して和解を成立させても履行してもらえないケースがしばしばあります。

もちろんどなりこみますが、身勝手な自論を述べるばかりで履行を期待できないケースが多いです。

こういうケースでは、淡々と強制執行するのが最も早いですが、こういうケースに限って、依頼者が執行費用を渋ったり、執行すべき財産が見つからなかったりします。

和解は、自発的に提案するか、裁判官にしっかり説明してもらったうえで、同意するもので、成立した後にいろいろ不満を述べるのは信義則違反です。

しかし、現実には、こうしたケースが後を絶たないのも事実。

原因の1つは、法曹が勝手にあるべき解決内容を勝手に決定し、当事者に押し付けている点にもあるのでしょう。

他方で、裁判官や弁護士に説得されても、自分の考えが唯一の正義だと信じて譲らない人もおり、こうした「依頼者」を相手にする場合、この依頼者を満足させられるのか十分に検討して受任すべきですし、こうした「相手方」を相手にする場合、強制執行までする覚悟で、依頼者を満足させられるか十分に吟味してから受任するのが筋でしょう。

コントロール可能な依頼者から事件を受けるのがそもそもの筋ですが、すぐれた裁判官や弁護士でもコントロールできない人間が多いのが現状だと思います。

そうした人を相手にした際に、法曹がまず心がけるべきことは、

約束できないことはするな

約束したら守ろう

これを守れないならあなたの仕事はしない

の3点ではないかと思います。

事件処理が思わぬところで頓挫しないためにも、各自がこうしたことを意識して職務に励んでいってほしいと思います。

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2009年7月27日 (月曜日)

初名鉄

横浜から帰還して疲れいえぬまま、名古屋出張がありました。

新幹線の中からあの真赤な車体は気になっていましたが、今日の出張で初めて名鉄に乗る機会を得られました。

まず驚いたのは、行先方向別に複数のホームがあるにもかかわらず、2分おきにひっきりなしに電車が来ること。

2分お気に電車が来るのは、ラッシュアワーの山手線などの特権かと思っていましたが、名古屋でもこのような電車があったことは新鮮でした。

特急に乗って、普通電車に乗り換える際に、まわりはひたすら田んぼで、肥料のにおいのする駅だったことも驚きです。

要は、名鉄は路線が多いため、電車数も多いが、名古屋市街を外れれば、愛知県もまだまだ自然に囲まれた県なのだと感じます。

東京の電車のように忙しく田舎を走りまわる電車

初めて乗ったばかりですが、そんな名鉄のファンにすっかりなってしまいました。

関西でもこのような鉄道が走る日を期待したいと思います。

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2009年7月26日 (日曜日)

サマーコンファレンス2009

24日~26日はJCのサマーコンファレンスなどに参加してきました。

いろいろとためにたる会議でしたが、内容をわからない方に記事を発信してもあまりピンとこないと思いますので、この3日間は休載とさせていただきます。

明日から社会復帰できれば、更新を再開したいと思います。

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2009年7月23日 (木曜日)

裁判官も人間だもの・・

裁判所が全て解決してくれる。

時々そう考えている方がいます。

我々弁護士からすれば、裁判官・書記官はよく法律を勉強しておられ、見落としが少なく、非常に丁寧確実な仕事をする頼もしい存在です。

しかし、同じ人間である以上、誤った判断をすることもありますし、人間にできないことをできるはずはありません。

裁判所は全ての事実を見抜いてくれる

裁判官は全てのウソを見抜いてくれる

裁判官は資力の乏しい相手に金を払わせてくれる

裁判実務を知らない人が陥りやすい誤解ですが、このようなことは人間の能力を超えており、いかに超人裁判官といえど無理です。

訴訟を提起する際、あるいは、提起された訴訟を受任する場合、相談者が裁判に対し、どのような印象を持っているか把握し、少しずつでも裁判について説明し、考え方を修正に導くのも弁護士の大きな仕事だと思います。

話変わって、裁判員制度が市民に敬遠されるのは、自分には上に書いたようなことができっこない、という考えも大きなウェートをしめるのではないでしょうか?

裁判官は職務上、よくわからない事件でも何らかの事実認定をして結論を出さねばなりません。

その際の責任・プレッシャーは想像を絶するものだと思います。

これを裁判官にばかり背負わせて、誤りがあれば事後に結果論で批判するのは正しいあり方だとは思いません。

全てできなくてもいい、人間なのだから。

一緒に考え、意見を出し合い、少しでも確からしい結論を導くことができれば、この制度は大成功です。

そういう考えで、少しでも裁判員制度に対する意識が高まり、裁判に対する認識が変わっていけばよいと思います。

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2009年7月22日 (水曜日)

空ぶった善意

ある男性は、純粋な善意で声をかけたと思います。

「どうぞ、座ってください」

声をかけられた女性は笑顔でこう応えました。

「や~ラッキー。もうけもうけ。」

今日、とある地下鉄内で見かけた光景です。

お腹にスイカをかけているのではないかという女性を妊婦と勘違いして席を譲ったのでしょうが、その若い女性のお腹につまていたのは新しい生命ではなく、大量の脂肪だったようです。

確かに、よく見れば全身が丸みを帯び、単なる丸っこい女性かもしれないという印象はありましたが、現実の立場に立たされれば、大きなお腹をかかえた女性を放ってはいられないでしょう。

その意味で男性の善意は模範的な態度だったと思います。

その空気を読まずに「もうけ」の一言でこのやりとりを片づけた女性に出会った不運は、第三者から見れば面白い話ですが、それだけではこの記事も空気を読まずに「面白い」の一言でこのやりとりを片づけた小市民に出会った不運にすぎなくなります。

こういう時、当事者から前言撤回はしにくいので、やはり第三者からこの女性に「勘違いするな」と、ガツンと言ってやらねばならないと思います。

他人同士のケンカは、第三者から見れば飛び火しない余裕に裏付けられた楽しい出来事にもなりがちですが、誰かがガツンと言って止めなければ必ずどこかに飛び火してしまいます。

私は、今日のやりとりを目にし、男性の善意に敬意を表するとともに、今後このような場面に遭遇したら、第三者として、しっかり意見させていただこうと、考えました。

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2009年7月21日 (火曜日)

100円おにぎりの成功と失敗

最近、コンビニが100円おにぎり合戦を繰り広げています。

懐の寂しいサラリーマンには嬉しい企画です。

この企画、最大の成功のポイントは新商品やおいしいのに売れ行きが今ひとつの商品の格好の宣伝になること。

普段食べないおにぎりを食べる機会が提供されることにより、予想以上においしいおにぎりに出会い、リピーターになる機会は、お金をかけて宣伝するよりもはるかによい効果をもたらしそうです。

しかし反面で、この企画が見落としている大きなポイントは、サラリーマンはおにぎり1個に150円も出さないことです。

どれだけおいしくても、サラリーマンや学生といった、町中のコンビニの顧客層には、おにぎり1個150円は高すぎです。

最近はハンバーガー1個300円が当たり前の社会になっていますが、日本人の大多数の家庭の昼食代の平均は500円が相場です。

最近話題になっている500円前後の低価格高級弁当はコンビニの顧客層の要求に合致しますが、150円のおにぎりや300円のハンバーガーは明らかにサラリーマンらの要求に合致しないものだと思います。

コンビニの顧客はあくまで近所の住人もしくはサラリーマン・学生です。

うまいものには金に糸目をつけない資産家や小遣いたっぷりの学生ばかりではありません。

そのあたりに配慮して事業を展開して行かなければ、100円おにぎり企画は、サラリーマンが安く高級おにぎりにありつけるボーナス期間でしかないでしょう。

せっかくのよい着眼の企画ですので、各コンビニがこれをうまく営業に生かせることを期待します。

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2009年7月20日 (月曜日)

ブッフェかコースか

ホテルでパーティーとなるとどうしてもブッフェ形式が多くなります。

多くの参加者の食事の量や好み・アレルギーなど、逐一確認して対応できませんので、一通り食事を並べておき、各自好きなモノを好きなだけもっていってもらうというのは合理的です。

しかし、参加者が増えれば増えるほど、ブッフェ形式では、待ち時間が長く、また各自が現実の食事量よりも多めにとっていくことが多いため、並んだ果てに皿は空、ということもままあります。

それゆえ、ブッフェ形式はかえって不満を抱えかねません。

他方でコースにすると、食事は間違いなくテーブルに運ばれてくるため、待ち時間も有効に会話を楽しめますが、人が多くなればなるほど、「平均的な食事」として用意されたコースと個人の嗜好との差は大きくなってきます。

いずれにせよ、一長一短で、状況に応じて使い分けることが大事ですが、時間差ブッフェは工夫次第でうまくできないものでしょうか。

例えば、全体に簡単な共通の食事を出せば、すぐにブッフェに並ぶ人と、テーブルの食事を食べてから並ぶ人とで、時間差ができます。

また、参加者をカテゴリーにわけて、時間差整列を誘導したり、並ぶ列を分断し、1つの列の長さを短くすると、「長く待ったのに全然食事がなかった」という不満は解消されるでしょう。

このような工夫ができれば、ブッフェ形式の方が参加者にきめ細やかな配慮ができますが、できないようであれば、コース料理の方が参加者にゆっくり楽しんでいただけ、よいのではないかと思います。

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2009年7月19日 (日曜日)

雨降る夏休み

海の日を含む3連休は待ちに待った夏休みの始まりです。

しかし、予約をとって楽しみにしていると、この3連休は雨という大敵に思わぬ痛手を被ることがあります。

一昨年は、台風がちょうど3連休の頭にやってきたので、沖縄へ行く予定でしたが、飛行機が本当に飛ぶのか、最後までやきもきしながら空港に向かいました。

今日は、昼までいい天気でしたので、車でどこかへでかけようとしたのですが、天気予報を信じ、家でおとなしくしていると、夕方から大荒れの天気となりました。

近畿各地でも大雨警報が出されていたようで、昨日天気が持ってよかったなと思います。

今年に関しては、まだ梅雨があけたかどうかがそもそもはっきりしませんので、せっかく夏休みに入っても、雨でどこへも行けないというのであれば、楽しさは半減してしまいます。

これに加え、最近ではゲリラ豪雨という厄介なものも頻発し、いい天気かと思えば突如豪雨に見舞われるということがままあります。

こうなると、せっかくの夏休みも落ち着いてレジャーを楽しむことはできず、行程つつがなく終えられるのは運のいい人だけとなってしまいます。

夏休みは暑くて活動能力が落ちることと、お盆があることから休暇のシーズンとなっていますが、わざわざ活動しにくい時期に旅行や遊びに出かける必要はなく、お盆のための帰省だけで十分ではないかと最近思うようになりました。

そして、旅行は活動しやすいゴールデンウィークや秋の連休にどんどんシフトしていったほうがよいのではないでしょうか。

暑く、雨も降る夏休みから、春休み秋休みへのレジャーのシフトは、これからどんどん加速していくのではないかと思います。

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2009年7月18日 (土曜日)

急がば直進

JCの近畿地区大会に参加するため、水口に行ってきました。

道路に詳しい人は、「急がばまわれ。名神にのった方が早い」と言いますが、知ろうとの私は、枚方から307号線を直進するほうが道がわかりやすいし、距離も短い、と考え、下道を疾走することとしました。

大型車が制限速度で丁寧に走っているため、速度自体はそれほど出すことはできなかったものの、ほぼ予定通りに走ることができ、時間通りに到着。

逆に、名神利用者は、連休の頭ということもあり、非常に混雑していたようで、かなりの遅刻となっていました。

急ぐときこそ、子細工をせず、下道を直進、という選択も頭に入れておくべきと思いました。

さて、帰りですが、もう名神は混雑していないだろうとは思っていましたが、往路のこともあり、また、10分20分の違いであれば、どちらで帰っても同じという考えもあり、往路の引き返しで下道を走りました。

車が少なく、順調かと思いきや、307号線の京都と滋賀の県境付近の山は、夜間通行禁止となっており、結局422号線から遠回りすることになり、大きく遅れて帰宅することになりました。

そのまま通れたら、おそらく高速道路利用よりも早く帰れたのではないかと思いましたが、急がば直進の「直進」ができなければそりゃ時間がかかります。

要は、行程のスケジューリングをしっかりすべきということ。

旅は、あまり厳密にスケジューリングをせず、気のままに移動する自由あってこその楽しさがありますが、タイムリミットのある移動については、しっかり情報を集めて丁寧なスケジューリングをすることが非常に大事だと思いました。

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2009年7月17日 (金曜日)

婚姻関係を継続しがたい重大な事情

離婚案件では、ほとんどの場合、婚姻関係を継続しがたい重大な事情の存否が争点となります。

そして、浮気や継続的暴力など、客観的に明らかな事情のない事案では、何が婚姻関係を継続しがたい重大な事情なのかをいかに説得的に説明できるかがポイントですが、その何が婚姻関係を継続しがたい重大な事情であるかは、非常に奥の深いものです。

夫婦仲が悪い事情とそうなるにいたった経緯を事実として説明することは困難ではありません。

そうした事情や経緯のどの点が、どのように婚姻関係の破綻につながるかを説明することが難しく、離婚案件の最終準備書面を書く際にはいつも難儀しています。

裁判例を参考にしようにも、やはり、裁判に至るまでの事情や経緯を詳細に認定することを重視し、なぜ婚姻関係が破綻しているかの説得的な説明は書かれていないことが多いです。

これは、離婚案件はそもそも理屈ではないから仕方のないところなのでしょう。

浮気や暴力も程度問題で、どこまでならOK、どこからはアウト、という線引きに理由をつけることは困難で、また、線引きは判断する人や社会情勢によっても変わります。

結局、ペーパーとして残される判決書の記載が表面的にならざるをえないのは仕方のないことでしょう。

しかし、それは実際の事件の解決が表面的でよいというわけではありません。

現実の当事者を説得するためには、その人の考えを理解し、その人にあわせた説明を考えなければなりません。

言葉にできないことをなんとかして説明して納得してもらうという仕事は大変なものですが、そこに、人間味も現れ、やりがいもあるのだと思います。

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2009年7月16日 (木曜日)

移動手段

排ガス規制のため、車に乗らないよう呼びかける声があります。

それに従い、経済的かつ健康的な自転車を利用する市民が増えていますが、自転車が増えると、今度は道路が邪魔だということになり、自転車撤去が増えます。

自転車で出かけたら撤去されて、罰金払わされた。

最近は車が減ったので、道路が空いている。

そう感じると、せっかく自転車に乗り換えた市民がまた車派に戻ってしまうのではないかと思います。

最近は駅前駐輪場が増えてきましたが、経済性を理由に自転車を選択した市民が有料の駐輪場をそう簡単に使用するとは思えず、結局歩道の自転車は減らないのではないかと思います。

このような状況を打開するには、

自動車については駅前に駐車場をやや高めの料金で用意して、自動車利用者に駐車場維持費の財源を負担させる

自転車については駅前に無料の駐輪場を用意し、その維持費は放置自転車の罰金を財源とする

こうしたすみ分けが必要だと思います。

違法駐車は最近の運動でかなり改善されてきました。

放置自転車問題も意識は高まっていますので、試行錯誤のうえ、よい結果を生む出すことを期待します。

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2009年7月15日 (水曜日)

銀行の取引履歴

事件処理において、銀行の過去の取引履歴を照会することはよくあります。

が、古い記録はないとの回答もよくあります。

消費者金融業者のように、過払請求対策のため、法定保管期限をこえた履歴はとっとと抹消するという事情のない銀行ですので、もう少ししっかり履歴を残しておいてほしいなという印象はあります。

銀行履歴を照会する大きな理由は生前贈与の確認ですが、銀行履歴の残っていないほど昔の生前贈与について厳格な立証を求める裁判のあり方の方に問題があるのではないでしょうか?

遺産の範囲の確定でも、遺留分の計算においても、過去の生前贈与は、無制限に遡って参入されるのが現行法の解釈ですので、これを有利に主張する側に立証責任があります。

しかし、これは理屈上の理想論であり、証拠書類の不存在が明らかな場合においても原則に従った立証責任を課すことには疑問を感じずにはいられません。

生前贈与の参入期限を限定するよう、法律改正をするか、解釈論を工夫するか、立証責任の分配を再考するか必要だと思います。

生前贈与の消滅時効やその主張権の消滅時効といった概念での対応も考えられます。

現在検討されている民法改正議論には含まれていませんが、現代実務の大きな問題点だと思いますので、実務事例の蓄積に期待したいところです。

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2009年7月14日 (火曜日)

残る人。出る人。

離婚案件では、妻が子供を連れて実家に帰るケースが圧倒的に多いです。

子どもを連れて帰れば親権はほぼ堅い。追い出された妻のほうが有利と皮肉る人もいます。

しかし、最近意外なところで、問題になるのは郵便物です。

残された夫のもとに送られ続ける郵便物が意外な証拠になったりすることはままあります。

公的な書類は住民票の住所か筆頭者に送付されます。

児童手当や定額給付金など、妻がもらう権利のある公的給付も、夫から書類をもらわなければ受けられないということもあります。

家に残るも出るも、それなりに大きなデメリットを抱えるものです。

それはつきつめれば、家庭内別居でも同じようなもの。

離婚は多くの場合、多額の費用をかけてお互いの心身を削り合う不毛な戦争みたいなものです。

事件にまきこまれないよう日頃からコンプライアンスを気をつけるように、不毛な戦いをしないよう、普段から家庭内のコンプライアンスも気をつけるべきでしょう。

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2009年7月13日 (月曜日)

進歩のない時間

電車に乗っている途中に知人から電話がかかってきたので、目的地ではない駅で一旦降りました。

話はすぐに終わったのですが、次の電車がなかなか来ず、次第にイライラが募ってきました。

たった数分なのになぜイライラしたのか?

それは、待ち時間に何も有益なことをする準備がなく、有益に使えたはずの時間を、知人からの電話という不運で失ってしまったことに対する損失感が原因だと思います。

時間を有益に使っている限り、不満は感じません。

電車で2分の1駅先の目的地に行くために、ダイエットをかねて30分歩いても、達成感があるので不満は感じません。

5分で簡単に書ける書面でも、時間があるので、少し掘り下げて考えてみようと、1時間かけて大作に仕上げても、損したという感じはありません。

時間はあるのに、有効に使えない、この不自由感は人によってはとてつもない苦痛になるでしょう。

忙しい我々はとかく、自分の都合ありきで、他人を待たせがちですが、他人がそれをどう感じるかをしっかり考え、待たせない対応を常に心がけたほうがよいと思います。

無益な時間を浪費しないよう、常に8分目で、仕事は少し残し、本も読みかけのものを鞄に入れておくことが、意外なストレス回避の方法かもしれません。

合理的に行動しようとすればするほど、不合理な選択が効を奏するケースはしばしばあります。

どうすれば、時間を無駄なく有効に使えるか、使ってもらえるか、いろいろ考えながら行動したいと思います。

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2009年7月12日 (日曜日)

サービスを売る

東京に出かけたので、銀座三越のラドゥレを買いに行きました。

専用入り口があると聞いていたのですが、これは夜間の喫茶店利用者の出入りに使うようで、普通にエスカレーターをあがって2階から入れましたし、思ったほどの行列もできていませんでした。

店頭に並んだ商品ですが、

マカロン1個244円

紅茶1缶2800円

ケーキ1個800円

アロマキャンドル2個6000円

巾着4700円

など、高っ!

マカロンのケースにどの種類を逐一お客に聞き、その後ラッピングするので、遅っ!

と思ってしまいがちです。

値段が高くて接客が遅いお店が繁盛するはずがありません。

では、なぜ、ラドゥレの商品は高くても売れるのか

1つ1つの商品の完成度と質の高いサービスが顧客の関心をひきつけているからだと思います。

その点はシャネルやエルメスなどと同じ。

物とお金を交換するという活動において、あらゆる側面でお金を出す側のニーズを最大限に満たすべく努力しているから物が売れる、それだけの話だと思います。

このようなサービスは、ちょっとした気配りや配慮でもお客を満たしうるもので、原価を要しないものも多数あります。

原価のかからないものを売ることができれば、これほど儲かる話はありません。

有名人の成功の自叙伝を読むと、無形の努力を普段から欠かさないことの大事さを訴えるものが多いですが、費用対効果を考えて目に見えないところの手を抜く、目に見えないところも手を抜かずベストを尽くす、このちょっとした志向の違いが成功者と凡人を分ける大きなポイントになっていることは現代では明らかでしょう。

忙しい中では、できる限り、業務を簡潔に、最小限度にやりたくなりますが、今一度、無料サービスの上乗せを意識して、クオリティの高い行動が公私ともにできるよう心がけていきたいです。

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2009年7月11日 (土曜日)

ドラクエ9

ついにドラクエ9が出ました。

私も早速近くのコンビニで買い、プレーしました。

主人公が人間に見えないところで、村人に奉仕し、幸せに感じてもらうというオープニングを見ると修練・友情・奉仕を3信条とするJCと重なる点がまず何より目につきます。

村人に頼まれるがままにお人好しの主人公がこれに応えていくという単調なシナリオでは途中で飽きてくる人が多くなると言う全然作の教訓が生きているかどうか、しっかり見極めたいと思います。

ルイーダの酒場で職業を自在に選べるドラクエ3以来のシステムは期待されるべき点の1つです。

戦士・勇者・武闘家・僧侶という最もオーソドックスな、打撃重視の堅実チームを採用しましたが、ドラクエ3でオフェンスの要であった戦士が今一つ活躍せず、変わって武闘家がよく使えます。

連続攻撃が決まると与えるダメージが増えるのですが、武闘家と戦士のターンは最初と最後のため、この2者が連結することはほとんどありません。

使えない戦士を外して、武闘家を2枚起用、という案も浮かびましたが、まだまだ序盤ですので、そのまま様子を見ることにしました。

全体的に、人の気持ちを理解することの大事さを教えてくれる内容になっているようです。

しばらく寝不足の日々が続きそうですが、楽しみな日々も続きそうだと序盤をプレーして思いました。

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2009年7月10日 (金曜日)

ペーパーかデーターか

会議資料はペーパーベースからデーターベースに移行しつつあります。

資料の増大に伴い、紙の無駄遣いを避けるとともに、データーで送っておくと当該データーを各参加者がそれぞれの業務に利用できるメリットがあります。

しかし、データーベースの会議は必ずしも積極的に推進されるものではないと思います。

まず、このような会議をするには、各参加者がパソコンを持参しなければなりません。

人数が多くなると、必然的に消費電力も大きくなり、環境にやさしいというわけでもなくなります。

また、パソコンを持参すると、会議に参加するふりをして、メールやゲームなど、さぼる、メンバーもでてきます。

さらにいえば、「読む」ということに限定すれば、データーよりもペーパーの方が読みやすいです。

時代の流れは、どんどんペーパーベースからデーターベースの会議に移行しつつありますが、まだまだ会議の趣旨・目的をふまえ、個別にいずれがのぞましいかを検討しなければならないと思います。

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2009年7月 9日 (木曜日)

きめ細やかな交渉

弁護士の大きな仕事の1つは交渉し、契約を締結することです。

しかし、契約を締結することが果たしてどれほどの意味を有するのかも考えながら仕事をこなしていかねばなりません。

裁判上で和解をしたまではよいものの、和解条項がぜんぜん守られない際に、和解を勧めた裁判官に不満を覚えるのと同様、自分が主導して成立させた契約が守られないと、不満の矛先は弁護士に向いてきます。

自ら約束したことを守れないのは、人間として恥ずべき行為の1つですが、守れないのは、無理を課している場合が多いのではないかと思います。

契約の定型化が進み、一定の事実関係の中では、あるべき契約・理想の契約がどんどん固定化され、固定化された内容で、契約締結に至ることが最善の仕事であると思いがちです。

金融機関による債権回収の場合、先に「分割は3年まで」という社内ルールありきで、このルールに則った和解案を相手に強制し、和解成立にいたれば成功、そうでなければ和解する意味なし、という態度をとりますが、相手の支払能力を度外視して、ただ漫然と3年以内の和解を成立させればよいというわけではありません。

結局支払ができず任意整理をやりなおすことになれば、時間も余計にかかり、約定利息の回収の点でも損をします。

同じように、要望の範囲で理屈上「ベストな契約書」を作成できたとしても、これを相手が履行できなければ実質上「ベスト」とは到底言いがたい代物で、相手のキャパを考え、破綻することなく、最大の利益をあげる契約内容を個別具体的に検討する必要があります。

任意整理にしても、契約締結交渉にしても、単純な仕事をマニュアル通りにこなすのは、弁護士資格があれば誰でもできることですが、この単調な仕事をいかに個別具体的に深く検討し、究極の仕事に昇華できるかどうかで、弁護士の能力の差異が現れていくと思いますし、これから生き残っていくのはこうした個別の事情を丁寧に汲み取れる弁護士であると思います。

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2009年7月 8日 (水曜日)

スポーツ事故の責任の所在

今日は、スポーツ事故についての勉強会に出席してきました。

様々な裁判例を検討し、なるほどと思いましたが、同時に、教師や学校にとっては厳しい判決ばかりだなと思います。

スポーツで命を落とすのは、多くは、体がしっかりできていない小中高生の低学年です。

遺族からしたら子供を預けていてこのような事故に巻き込まれ、憤慨するのは当然です。

しかし、預かる側の学校や教師からすれば、全ての生徒をずっと見続けることは不可能で、さらに、クラブ活動で団体で行動しているなら、団体の統一性を維持し、特定人物だけ特別扱いしないことが原則として求められます。

チームが結果を出す最善のコーチングも求められます。

生徒に異常があれば、直ちに練習をやめさせ、治療を受けさせるべき

というのはこれだけ見れば正論ですが、

勝利ただそれだけのために青春をかける生徒や、それを預かる学校側からすれば、求められる行動と逆方向の行動を求められるわけで、この視点を知ってしまうと、手放しに正論万歳と素直に賛同できなくなります。

また、世界に通用するプレーヤーを輩出しようとするなら、このような正論に拘泥していては、到底目的の達成は困難でしょう。

裁判例の傾向は大体理解できましたが、それぞれの思惑が真っ向から対立する非常に難しい問題です。

どちらの立場にたっても、主張すべきことをしっかり主張し、よりより判例法理の確立に努めなければならないと思います。

本日の裁判例検討でも、あくまで判決日基準で、当時の妥当な考え方に基づいてなされた判決で、今後も、標準的思考の変化に伴い、結論も変化する可能性があることが示唆されました。

何が妥当であるかは、裁判所ではなく、一般市民が決めることです。

そのために、法曹はもっと教育現場を知るべきですし、教育関係者ももっと法曹に意見を求める姿勢が大事であると強く思います。

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2009年7月 7日 (火曜日)

天満宮に祈る

今日は七夕です。

小学校以来、七夕を行事と思ったことはありませんでしたが、今年は大阪JCの事業で、7777枚の短冊を集め、大阪天満宮に納めるという事業があったため、個人的にも、また、知人にも短冊の記入を推進しました。

短冊を書いていてよく言われたことは、「天満宮に祭るなら、学問に関したお願いでないと意味ないね~」ということです。

しかし、当の天満宮には、学問に限らず、恋愛成就や健康など、様々なお祈りのパートがりました。

お祈りというのは、時に宗教戦争を引き起こす厄介なものですが、基本的には、神や仏にすがることにより、自己実現ができるかもしれないという淡い期待を抱けいた際のささやかな幸福感にひたれるところに意味があるのでしょう。

そういう意味で、我々JCも、大きなことはできなくても、こういうささやかな幸福感をお届けできる事業を続けていけば、「明るい豊かな社会」の実現に1歩ずつでも近づいていける気がしました。

午前中に降った雨も午後にはからっとあがり、蒸し暑い一日になった今日、織姫と彦星、そして大阪市民がささやかな幸せに包まれ、ゆっくり眠れることをお祈りし、私もそろそろゆっくり寝ようと思います。

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2009年7月 6日 (月曜日)

長続きする商品

一昨日、10年ほど前に愛飲したマイナーな缶飲料を販売している自販機を発見しました。

昨日、別の場所で同様の自販機を発見しました。

今日、出張先の裁判所近くで同様の自販機を発見しました。

コカコーラやアクエリアスなど、CMでおなじみの商品が町にあふれるのは当然のことです。

しかし、CMをしないで、10年以上残る缶飲料も非常に貴重な存在です。

何かをやるからには、その道で一番になるか、最後まで生き残るかが大事であることを如実に物語っています。

どの道で生活していくにも、このどちらかを意識し、日々精進していくひとこそが本当のプロになり、生き残っていくのだと思います。

そうなるべく、決して知名度は高くなくとも、10年20年生き残れる存在になれるよう、雑草魂を持ちながら頑張りたいと思います。

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2009年7月 5日 (日曜日)

わんぱく相撲大阪市大会

今日は、わんぱく相撲大阪市大会が開催されました。

昨年は府立体育館で開催されましたが、今年は広い大阪ドームでの開催で、主催者側も参加者も歩く距離の多い大変な大会でした

しかし、スペースを広くとることができることにより、空いたスペースで遊べたり、アトラクションを用意できたり、いろいろな企画が可能になりました。

大半の参加者は数時間もの時間を割いて、わずか1~2試合で敗退する人たちです。

そうした多数派の人たちにも、相撲以外で楽しんでもらえる準備ができたのは大きく、費用はかかっても、ドームで開催した意味を感じることができます。

様々なことを短い時間にたろうとするあまり、段取りが悪かったり、待ち時間が長かったりした面もありましたが、全体的には「充実した日曜日」を過ごしてもらえたのではないかと思います。

この事業に参加すると、純粋、かつ、後腐れ泣くさわやかに闘える子供達がうらやましく感じます。

大枠は同じようで、細かい微調整が大事な「わんぱく相撲」が大阪市はもちろん、全国で大きな意味を持ってくれることを期待せずにはいられません。

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2009年7月 4日 (土曜日)

大阪ドーム 広すぎ

明日はいよいよJC主催のわんぱく相撲大阪市大会です。

今日は午後から大阪ドームに前日準備に行ってきました。

7月に入り、本当に暑い1日で、いつもより疲れがたまるのが早い1日でした。

そのせいもあるのかわかりませんが、大阪ドームは本当に広い!

普段、スポーツの試合を見に行く際には外野から内野にまわるくらい、なんでもありませんが、今日はあちこちに行かねばならなかったせいか、大阪ドーム内に移動の多さにぐったりしました。

プロ野球の試合などを我々が不自由なく観戦できるのは、スタッフの方々がこの広い大阪ドームを走り回ってくれるからだということを実感できます。

明日は、我々JCが小学生の相撲大会を支えるスタッフとなります。

まずは、我々が惜しみなく走り回り、参加者に不自由をかけないこと

次に、案内をしっかり行い、参加者が無駄な労力を尽くすことなく、スムーズに移動できるように心がけて対応したいと思います。

昨年は全体の流れを理解できないまま、指示されるがままに1つの土俵を仕切りましたが、今年は担当委員会ではないものの、ある程度全体の流れは教えてもらいました。

明日は午前4時起きで、現場に向かうので、明日の成功を祈り、今日はゆっくり寝たいと思います。

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2009年7月 3日 (金曜日)

「ちょっとここだけの仲やんか」の罠

「お願いしますから、これ出してくださいよ~」

日常生活で結構よく聞く言葉です。

私は職業柄、書類の開示をよく求められますし、書類に限らず、私的公的情報の開示も求められます。

法律で開示せよ、という義務が明定されていない限り、応じる必要はないのですが、人間関係は法律ではわりきれず、応じざるをえない状況に追い込まれることもあります。

しかし、目先の人間関係にとらわれ、余計な情報を開示してしまうと、後で強烈なしっぺ返しをくらいます。

他人からの預かり金銭を勝手に使用すると横領であるのに、他人からの預かり情報を勝手に使用・流用しても責任を問われない、ということは甘い話です。

金銭でなく情報であっても、他人の情報は最後まで責任をもって管理し尽くすことが何より大事です。

様々なかたちで「書面を書け」「情報を教えろ」と言われる社会にはうんざりですが、目先の人間にだけ甘くならず、常に「この書面を書いてよいか」「この情報を開示してよいか」を考えて行動しなければなりません。

そうすると、つまらない人間だと思われても、法律に従い、開示義務のない他人の情報は原則開示しない対応がやはりベストなのでしょう。

頼まれると断りにくいのは、私だけでなく日本人の多くの抱える短所であり、長所だと思いますが、ここで心を鬼にできるかが、自分の身を守る大事な考え方であると、最近強く思います。

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「ちょっとここだけの仲やんか」の罠

「お願いしますから、これ出してくださいよ~」

日常生活で結構よく聞く言葉です。

私は職業柄、書類の開示をよく求められますし、書類に限らず、私的公的情報の開示も求められます。

法律で開示せよ、という義務が明定されていない限り、応じる必要はないのですが、人間関係は法律ではわりきれず、応じざるをえない状況に追い込まれることもあります。

しかし、目先の人間関係にとらわれ、余計な情報を開示してしまうと、後で強烈なしっぺ返しをくらいます。

他人からの預かり金銭を勝手に使用すると横領であるのに、他人からの預かり情報を勝手に使用・流用しても責任を問われない、ということは甘い話です。

金銭でなく情報であっても、他人の情報は最後まで責任をもって管理し尽くすことが何より大事です。

様々なかたちで「書面を書け」「情報を教えろ」と言われる社会にはうんざりですが、目先の人間にだけ甘くならず、常に「この書面を書いてよいか」「この情報を開示してよいか」を考えて行動しなければなりません。

そうすると、つまらない人間だと思われても、法律に従い、開示義務のない他人の情報は原則開示しない対応がやはりベストなのでしょう。

頼まれると断りにくいのは、私だけでなく日本人の多くの抱える短所であり、長所だと思いますが、ここで心を鬼にできるかが、自分の身を守る大事な考え方であると、最近強く思います。

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2009年7月 2日 (木曜日)

調停はゲーム理論?

調停がなかなか成立しにくいことは何度か話題にしました。

原因は依頼者がなかなか決断できない、裁判所が判断を示さないなどいろいろありますが、大きな問題は「顔が見えない」ことにあるのではないかと思います。

和解であれば弁護士同志は顔が見えるので、腹をわった話し合いは可能ですが、調停は弁護士同志、当事者同士が顔を合わせない、すると、相手がどのように事件を考えているのか全くわからない状態に置かれます。

適切な内容で調停を成立させられれば、当事者双方がウィンウィンな関係に立ちますが、調停成立をあせって安易に譲歩すると、弱みにつけこまれ、大切な依頼者を危険にさらしかねません。

「強気のカード」と「弱気のカード」の2枚があるとしたら、

双方が「弱気のカード」を出したら、双方合計で最大利益

一方が「強気のカード」、他方が「弱気のカード」を出した場合、強気側はぼろもうけ、弱気側は大損

双方が「強気のカード」を出したら、裁判でえんえんと戦うことになり、利益は減少

ということに、簡単に考えてなります。

顔が見えないから、弱気のカードで交渉の余地があるのかないのかわからないため、強気のカードを出し続けるという弱気の交渉しかできなくなるのが、調停ではまる落とし穴だと思います。

相手代理人が知っている人物であれば、直接電話で話し合えますが、知らない場合、まず、その弁護士の評判を聞いてみる。

ある程度、裁判の材料と相手代理人の情報が集まった段階で、まず相手代理人に調停成立の見込みを聞いてみる。

相手代理人が頓珍漢な考えを持っていたり、相手本人が譲歩の姿勢を見せない場合、早い段階で裁判に切り替えた方が依頼者の利益確保に資する場合が多いでしょう。

逆に、話し合いの余地があるなら、話し合いを継続し、多少譲歩しても調停を成立させるメリットを依頼者に説明することができます。

調停をゲーム理論にしないためには、弁護士が相手の顔を暴くことが大事ですし、裏を返せば、相手代理人に顔を見せることも大事だと思うようになりました。

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2009年7月 1日 (水曜日)

この事件いつ終わり?

不当な請求を退ける案件は、いつをもって事件の終了と見ればよいか悩みます。

闇金や特商法で契約取消を行う事案は、電話一本あるいは内容証明一本で請求を止められます。

しかし、止めただけでは解決とはいえません。

本当に事件解決というためには、債務不存在の念書まで交わす必要がありますが、このような相手方は簡単には念書は書いてくれません。

債務不存在の訴えまで起こす必要性も感じないケースでは、事件が自然消滅するかたちになり、報酬をもらいそこねます。

消滅時効を援用する事案でも、内容証明郵便一本で請求自体は止められますが、時効中断事由がないことまではわかりませんので、内容証明郵便を出して、はい事件終了、報酬ください、というわけにはいきません。

結局、しばらく事件を寝かせて、相手方から何も連絡がないことを確認しなければ事件として終了できません。

そんなこんなで、事件として事実上は終了しているけれども、完全に解決したわけではないので、まだ片付けるわけにはいかない事件ファイルが少しずつたまってきています。

放置しておいて問題ないけれども、放置するしかできないことになんとなくすっきりしない感じがあります。

請求する側には、支払督促など、簡易な方法がありますが、債務不存在を請求する側も、安くて早くて簡単な手法があればよいのではないかと時々思います。

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