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2009年6月 1日 (月曜日)

心証開示すべきとき

最近、裁判官が比較的早期に心証開示するケースをよく目にします。

裁判官が心証を開示すると話が早いので、弁護士的には好ましいことなのですが、時に早すぎる心証開示も見受けられます。

まず、事実認定は、よほどの客観的書証の差がない限り、尋問前に心証開示することは望ましくないと思います。

よくあるのは、陳述書は理路整然としているが、これを裏付ける客観的書証のない場合、尋問を聞かずに、棄却事案だから早く和解しろという指導。

尋問だけでは事実認定はしないという固定観念は捨てるべきですし、真実を語る当事者に「裏付けがないから早くあきらめろ」というのは、裁判所の態度として失礼だと思います。

法律上の判断については、最高裁判例のある事案では、早期に判断を示すべきですが、地裁・高裁レベルで判断が分かれる事案や複数の有力な学説のある事案では、裁く裁判官により採用する見解、さらには結論が分かれてくるのでしょう。

こうした場合、その裁判官がどう考えるから和解すべきだ、という理屈は成り立たず、裁判官の心証開示はよいですが、それをもとに和解をすすめるのはあまり適切でない面があります。

裁判官による心証開示は、多くの場合審理を促進しますが、「ほかの裁判官が裁いても同じ結論だ」とまで言い張ると傲慢となり、「自分の見解はこうだ」というレベルでは、当事者を納得させないなど、例外的なケースは多々あります。

こうした点をしっかり考えて訴訟指揮する裁判官と、事件を早く片付けようとして訴訟指揮する裁判官とでは大きな差があり、訴訟を展開する代理人として、当り外れを感じる場合もある点でもあります。

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