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2009年6月30日 (火曜日)

刑事事件の処理速度

検察官の仕事は時間との戦い。

難解な案件も、勾留期間内にきっちり証拠をそろえ、起訴に持ち込むそのスピードと正確性については、いつも驚きます。

最近は、被疑者国選により、起訴時に既に弁護士が選任されており、第1回公判期日もますます早く入りますので、証拠整理・証拠カード作成も非常に早く、弁護士にとっても頼もしい仕事ぶりになっています。

ところが、起訴後勾留に切り替わると、捜査は時に異常に遅くなります。

あと検察官面前調書とるだけやん、という案件でも、追起訴まで1か月要するなどと、言ってくることがあり、不思議に思うこともあります。

普段の仕事が時間制限の厳しいものばかりで、それがますます大変になっていることのしわ寄せが追起訴案件にきているのでしょうか。

追起訴未了であると、事実上、保釈はできませんので、被告人の機嫌もどんどん悪くなっていきます。

第1起訴まで時間厳守すれば、あとはなあなあでよい、というのが刑事訴訟法の趣旨ではないはずで、検察官の増員等により、対処すべき課題の1つではないかと思います。

ただ、勾留期間が長くなることを別のかたちでフォローしようとしている形跡は見られます。

例えば、軽微な案件では、相当期間勾留することで、事実上の受刑とみなし、起訴猶予で釈放するとか、資力のない被告人の罰金刑事案で、あえて勾留期間を長くとり、未決勾留日数の罰金への充当で調整するとか、相当期間の勾留を1つの有利情状に事実上斟酌して、微妙な判断が求められる事案で執行猶予にするとか、様々なかたちがあります。

ない物ねだりをせず、運用で妥当性を図ろうとしている現在の刑事司法制度は、批判されるべき点があるものの、よく頑張っているという印象のほうが私には強いです。

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2009年6月29日 (月曜日)

「最新 事業再編の理論・実務と論点」発刊

本日、民事法研究会から「最新 事業再編の理論・実務と論点」という書籍が発刊しました。

総ページ約1000ページにも及ぶこの本の65人の執筆者の中に、私も入れていただきました。

私の担当箇所は、倒産法を少しでも知っている人ならだれでも書ける平易なポイントだったので、それほど構成に悩むことはありませんでしたが、他の先生方の担当箇所を呼んでいると、それぞれが自分の専門分野での経験を惜しみなく披露されており、非常に勉強になります。

この執筆は、アメリカ経済がはじける前に依頼され、書ききったものでしたが、そのあと、世界がこのようなことになり、倒産法の枠組みの中できわどいせめぎあいを繰り広げる社会になるとはどれほどの人が予測できたでしょうか?

もはや、企業法務・企業顧問を遂行するうえで、倒産法に対する理解と、迅速・適切な対応は不可欠になりつつあります。

この時代、倒産案件の仕事が増えるからではなく、依頼された企業を守るために、倒産法の勉強は弁護士の必修科目であるといっても過言ではないでしょう。

執筆者に入れてもらっただけで、私は倒産法のスペシャリストではありませんが、これを機に倒産法をしっかり勉強し、企業依頼者のニーズにこたえられるよう頑張っていきたいと思います。

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2009年6月28日 (日曜日)

650人の会食

今日はハイアットリージェンシーで600人以上の昼食会に出てきました。

これほど多くの人が一同に会すると、食事を用意する側が大変です。

ブッフェ形式で自由に好きなものをとって食べてほしいというしつらえでしたが、人数が多すぎるため、なかなか列が進まず、進んでも、すぐに大皿料理が空になるので、食事にありつくにも大変な昼食会でした。

結婚式などでは、多くの参加者がいても、あたりまえのようにきめられた時間に決められた料理が出てきますが、一度に大勢の人数の食事を、質を落とすことなく用意するのは非常に大変なことで、式やパーティーの食事が割高になるのもうなずけます。

同じものを大量に作るのだから手間が省けるだろう、と考えがちですが、普段の平均的な仕事量に対応して備えられた設備で、急にキャパをこえる大量の仕事をこなすだけでも大変で、これに加え、時間指定まであるともう厨房はてんてこまいでしょう。

その様子が見えないと、少しサーブが遅いだけでもクレームをつけたくなりますが、料理を作る側の苦労を考え、落ち着いて食事をする心を大事にしなければいけないと感じることができました。

普段の自分の仕事でも、自分の使える設備のキャパを大きくこえる仕事を受け入れ、顧客をイライラさせたり、質が低下することにならないよう気をつけ、期限を守る仕事を心掛けていきたいと思います。

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2009年6月27日 (土曜日)

普通に笑顔で話しかける

大阪青年会議所で毎年恒例の、障害をかかえた児童たちの文化祭に参加してきました。

去年、初めて参加した際は、障害をかかえた児童とのコミュニケーションはあまりできませんでしたし、積極的にしようともしませんでした。

1年間、障害を抱える人の生活ぶりや、一般人でも社会生活をどうすれば円滑にできるかなど、見聞して自分なりに勉強した結果、今年は積極的にコミュニケーションをとっていこうと考えました。

障害などを抱えた人は、ひょっとしたらイジメにあったことがあるかもしれませんし、多少のコンプレックスをかかえているのではないかと思います。

そうした人たちに、こちらから笑顔で、普通に話しかけ、コミュニケーションをとろうとしていくと、相手も、「この人は自分を対等に見てくれる」と信頼してくれ、会話のキャッチボールが少しずつできるようになるのではないかと思います。

同じ話しかけるやり方でも、見下したような話し方をすると、さらに相手を傷つけ、コンプレックスを深め、ノーマライゼーションを遠ざけてしまいます。

普通に笑顔で話しかける。簡単なことでも難しいことでもありますが、障害をかかえた方ばかりでなく、できる限りいろいろな人にそのように接し、社会を明るく豊かにしていければよいと改めて強く感じることができました。

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2009年6月26日 (金曜日)

大阪ってちっちゃいな

弁天町にあるスカイラウンジ「エア シップ」で飲んできました。

51階 地上200メートルからの大阪の夜景は絶景で、宣伝にたがわず、宝石をちりばめたような大阪市内を満喫することができました。

この高さだと市内の高層建築物はおおむね見渡せ、大阪市内の距離感もつかむことができます。

今まで高いと思っていた梅田やOBPのビルが小さく、しかし手の届きそうなところにあるのを見ると、大阪はそれほど大きくなく、ちょっと広い視野を持てば、すべてを把握できそうな感じさえしました。

自転車で走り回るわたしならではの独自の感覚かもしれませんが、

どうにもならない巨大組織と思われるまとまりも、少し巨視的にみれば小さな団体にすぎなかったり、逆に、わずかな人数で構成する小さな団体の中に、非常に複雑かつ多様な関係があったり、あるまとまりというのは、しばしば我々の直観的な把握を裏切ることがあるのではないでしょうか?

そう考えると、自分の直観で「これはできそう」「これは難しそう」と最初から見こみを想定して行動することが無意味であるように思います。

人の暮らす社会についての見方は多種多様で、ある視点からの受け止め方と、違う視点からの受け止め方は全然異なります。

この点を忘れることなく、常に多様な視点から、なすべきことに向けて手法を検討していく姿勢を忘れてはならないと、改めて感じました。

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2009年6月25日 (木曜日)

品のある仕事

弁護士とタクシー運転手の微妙な接点は、このブログでも何度か記事にしましたが、その続編。

急いでいるときに、急いで運転してくれるタクシー運転手は非常に頼りがいがあります。

しかし、信号無視・割り込み・車線無視までして飛ばすタクシー運転手を信頼してよいものでしょうか?

微視的に見れば、時間のない自分を救ってくれた救世主かもしれませんが、巨視的に見れば、道路交通法違反の教唆あるいは、不作為による共犯行為だと言われかねません。

お客に最大の利益をもたらすのが、受任者の役目ですが、それはあくまで法律というルールに則った範囲での最大の利益のことです。

ルールを無視してまでお客に与えるべき利益は、私はないと思いますし、お客に利益にならなくても、正々堂々、ルールの範囲内で戦うべきだというのは、時に躊躇しながらも、貫き続けている私の理念です。

道路交通法に 違反してまでお客に利益を与えるべきではなく、急いでいるお客に対しては、経験を駆使して最も空いているルートを把握し、時間を短縮するのが最高の仕事だと思います。

裁判上の和解では、裁判官が解決の指針を示してくれるため、無茶を言う弁護士は少ないですが、裁判所が指針を示さない調停では、依頼者の最大利益に拘泥して、無茶な主張をしたり、一切の譲歩をしない弁護士もいます。

依頼者の利益を考えると、あながち間違った態度ではありませんが、品のない行為だと思います。

熱意をもって速やかに依頼者の(ルールに則った)最大の利益を確保することこそが、最も大事だと思いますし、そのためには、調停で裁判所が指針を示さない中でも、相手の手札を解析し、弱点を全て突いたうえで、想定される裁判所の判断に近いかたちで話をまとめるのがベストではないかと思います。

つたない自分のところに助けを求めに来る人に対しては、精一杯力を尽くしたいと思いますが、ルールに従い、品のある仕事を心がけたいと思います。

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2009年6月24日 (水曜日)

主張の崩し方

裁判では、理解不能な無茶苦茶な主張や言い分は次々と出てきます。

無茶な主張は、放っておいても裁判所は採用しませんし、相手するだけ労力の無駄なので、私は基本的に相手をしませんが、主張によっては、裁判所がそれを採用する可能性がるものもあり、反論を怠って相手の主張を通してしまうと懲戒ものです。

そこで、確実に裁判所が採用しないと断言できる主張でなければ何らかの弾劾をするのは、普通の対応といえるでしょう。

その代表的手段が「つつく」

反対尋問や求釈明などにより、「ここは常識に外れていると思うのだが、合理的に説明せよ」と突きつけ、合理的な説明や反論ができないことをもって、有利な結論を引き出そうとする手法です。

ただ気をつけなければいけないのは、

反対尋問は有利な効果を引き出すべく、誘導的・脅迫的なものになってはいけないこと

求釈明は、「自分の常識」を前提として、不合理をつついても意味のないこと

だからこそ、反対尋問では、求めるべき答えが明らかでも、そこに導く流れが正当かつ明らかでなければならず、求釈明では、相手の主張内容と自分の評価が一致しなければ、不毛な非難に終始してしまうことをしっかり理解すべきです。

裁判で相手の主張は崩していかなければなりませんが、いきなり自己の主観的評価を前提に飛びつかず、いろいろ考え、明確なステップを踏んで進めていかなければなりません。

その意味で、私は、求釈明は反対尋問で必要不可欠なポイントを逃さないための確認のステップ、反対尋問は、相手方の言い分の不合理をだと決定づける実践のステップ位置づけ、適当な対応を心がけています。

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2009年6月23日 (火曜日)

昼はコーヒー夜はビール

健康診断の結果が返ってきました。

2年前までは何の問題もない鉄の体だったのが、最近はぽつぽつ要注意の数字が出始めています。

まずは、尿酸値。

ビール好き、エビ好き、レバー好きの私には今後一生つきまとう天敵です。

これに続くのが、コレステロール。

結局いずれも、ビールとそのアテの揚げ物が原因ですが、つきあい上も嗜好上も、一定限度までは仕方のないことで、できる限り余計な摂取を控える意識を高めていかなければならないと強く思います。

昼食は、揚げ物を徹底的に避ける昼食を心がけているのですが、卵を避けきれず、やはりコレステロール対策の意識改革が必要です。

さらに昼は、眠気対策のためにブラックを毎日飲みますが、これも胃への負担が大きいようです。

コーヒーやビールはありふれた大衆飲料ですが、体に悪いなら、そんなにメジャーになるな、と苦情の1つも言いたくなります。

といっても仕方なし。

まだまだ長い人生、体に負担をかけすぎないよう気をつけながら、生活を組み立てていきたいと改めて感じました。

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2009年6月22日 (月曜日)

運が良い?悪い?

天気の日の話をしたとたん、梅雨日となりました。

朝起きたら土砂降りで、いつものように自転車通勤できず、憂鬱な週明けとなりました。

自転車通勤できないと、雨の中駅まで歩いて、濡れた傘をもった人で満員の電車に乗り、所外に出かけるにも、歩いて出かけなければならず、憂鬱が続きます。

そんな気分でいると、昼には晴れてきて、「何で朝出勤するときだけ雨降ってるんだ、おれってついてないな」という気持ちになります。

しかし、最近よく思うのですが、一時の不運は後に幸運に変わることがしばしばあります。

重たい荷物を持って帰ろうとしたときにまた土砂降りになっていると、「ああ、今日は電車で通勤して正解だったな。朝に雨が降ってくれてよかった」、という気持ちになれます。

これは、「今日の相談では収穫なしだったな」という気持ちが「急に忙しくなった新件が来なくてよかった」という気持ちになったり、「この依頼者難しい要求ばかりしうるな」という気持ちから、その依頼者と一生の関係になったり、さまざまなパターンがあります。

微視的に一個の不満を過大に受け取らず、巨視的にみてよい方向にいっているかといえば、私は、非常に恵まれていると思いますし、そう考えると些細なミスや不満などたいしたことありません。

細かいところをきっちりつめていかなければ良い作品・良い仕事は生まれませんが、人生においては、巨視的に、アバウトに、良い方向にむかっているかだけ確認し、細かいことにこだわらないほうがよいのかもしれません。

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2009年6月21日 (日曜日)

長い昼

夏至が近く、夜7時を過ぎても空が明るいです。

日曜日も仕事があった1日でしたが、昼が長いため、ゆったりとした1日を過ごすことができました。

夏至には昔から興味があり、一番遅い日で、何時くらいまで空が明るいんだろうと思ったことは何度もあります。

しかし、現実の夏至付近は、雨の日が多く、これを実感することはできませんでした。

最近は季節が全体的に遅れてきているのか、梅雨が6月末から7月上旬になり、「明るい午後7時」を体験することができるようになっています。

普段、時間に追われる生活をしていると、こうした、時間がゆっくり進む感覚が非常に嬉しいものです。

できる限り無駄な時間をなくし、余裕をもったスケジュールで生活できることが、実は一番幸せではないかと思います。

秋の夜長に、ゆったり流れる夜を楽しめるように、夏のゆったり流れる夕方を来週も再来週も楽しみたいものです。

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2009年6月20日 (土曜日)

飲酒のリスク管理

年をとるにつれて、お酒が大好きになっていきますが、お酒に弱くなっていきます。

昨日は遅くまでしっかり飲んだため、今日は非常に重たい体をひきずって予定をこなすこととなりました。

お酒は非常に大切なものですが、リスク管理をしっかりと行わなければ身を滅ぼすものです。

・車で店に来ていないか

・体調が悪くないか

・酔って事件を起こさないか

・酔って転倒して事故を起こさないか

・翌日の仕事に差し支えないか

などなど、いろいろ考えて計画的に飲まなければ、何らかの影響を生活に与えてしまいます。

その際の最大の敵は、「昔は・・・だったから、大丈夫」という過信です。

日々お酒に対する抵抗が弱まる中で、どこまで飲むと後々問題となるか、金銭管理同様に厳密に計算していかなければならなくなります。

私も、日本酒は金曜日と土曜日の夜しか飲まないようにしています。

酒を欲する体の要求をおさえるのは非常につらいことですが、生活を守るために計画的につきあていけないという点ではお金の管理となんらかわりないということが、年々よくわかってきました。

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2009年6月19日 (金曜日)

労働審判早っ!

労働審判制度が始まって3年あまり。

正直、私はこの制度をあなどっていました。

簡明な案件にしぼれば、そりゃ3回以内の期日で解決できるでしょ・・

そう考えていましたが、労働審判は、私の思惑をこえるスピードで審理され、第1回期日に証人尋問してしまい、審判員の心証開示まで行う事件も少なくありません。

手続の部分を最速でやってしまい、当事者の納得のために時間をかけるというのは非常に望ましい紛争解決の仕方だと思います。

そうした裁判所の意向もあってか、労働審判はかなり定着してき、使用しやすい制度として認識されてきた感があります。

労働審判は、運用を誤れば「ただあるだけ」の制度になりかねないものでしたが、裁判所がうまく動かして、非常に使用しやすい有名な制度になりつつあります。

裁判員制度も、最初はいろいろあるでしょうが、うまく活用し、市民が親しみを持てる良い制度になってほしいと思います。

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2009年6月18日 (木曜日)

笑顔を飾る

辛いとき、思うようにいかないとき、ふと、笑顔の人形や写真を見ると心が和みます。

それは、辛かったり思うようにいかないのは一時的な苦痛であることを思い出し、やがてくる楽しい時間を期待させるからでしょう。

こうした効果を得るために、職場や自宅に笑顔の写真や絵、人形を飾ることは、おそらく一般に思う以上の効果があるでしょう。

しかも、人は飽きやすいので、時々入れ替えたり、配置転換したりすると、新鮮味があり、効果が持続しそうです。

笑顔の効果は誰もが知っていることですが、過小評価していることでもあるでしょう。

世の中を笑顔で満たしていけば、くだらない感情的な争いや自殺などは減っていくのではないかと思います。

そのために、まず、周囲を笑顔で飾る。

次に、苦しい時以外は笑顔でいられる人間性を磨く。

こうしたステップを踏めれば非常にいいと思いますし、社会活動としても実践できると素晴らしいなと思います。

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2009年6月17日 (水曜日)

原告か被告か?

弁護士になりたての際の研修で、「原告側ばかりやる弁護士」「被告側ばかりやる弁護士」がいることを教えてもらいました。

当時の我が国の判決における原告の一部以上勝訴率は約9割。

被告側事件を受ける弁護士は負け筋事件のしりぬぐいばかりやっているというイメージがありました。

しかし、今現在、原告側より被告側事件の方が圧倒的にやりやすいと思います。

原告側は、法律構成を選択できますが、裏を返せば、弁護士の法律構成が悪かったと結果論を言われかねませんし、受任時にしっかり証拠構造をつかんでおかなければ、受任後に証拠不足などで、棄却濃厚となった場合に紛争のもとになります。

さらには、裁判で勝っても、被告に支払能力がなく、結局依頼者の要求が満たされないケースも多いです。

特許訴訟では、カウンターパンチで特許自体がつぶされてしまう危険すらあります。

それを考えれば、負け筋事件でも、資力欠如を理由に交渉の余地のある被告側は気楽な方なのでしょう。

私は常に、原告側・被告側をバランスよく受けていますし、どちらかに偏っていることはありませんし、受けた以上は、依頼者の最大の利益を主張しますが、和解では、「裁判所はどう考えるか」「公平な結論は何か」を客観的に考え、裁判所の判断にできる限り従うよう心がけています。

しかし、人によっては同じ事件でも、原告に就く場合と被告に就く場合で全く正反対の態度をとる人もいます。

原告と被告のどちらに就くかは、人それぞれでしょうが、どちらについても、客観的に妥当な和解案に依頼者を導くべきなのは変わりませんし、もう少しこの点を意識して活動すれば、もっと和解はスムーズにいくのではないかと思いました。

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2009年6月16日 (火曜日)

運動の初夏?

あちこちの学校で体育祭が開催されているのをみかけます。

私は運動会や体育祭はすべて秋に行われる学校だったので、この時期の体育祭は珍しく感じます。

受験や文化祭との峻別に配慮しているのかもしれませんが、IHや甲子園を目指す選手など、夏休みに向けて準備に余念のない生徒にとっては、この時期の体育祭はつらいもので、なかなか生徒にとってベストな開催時期というのはないようです。

1年生にとっては、入学して2か月強のこの時期にクラスで団結して盛り上がる機会があるのはいいことでしょう。

体育祭と同様に、小学生の遠足もよくみかけます。

6月といえば、梅雨のイメージがあり、この時期に屋外行事を入れるのはギャンブラーな感じがしますが、本州の梅雨は大体6月末から7月上旬が本番なので、この時期は降水確率も高くなく、運動しやすい時期なのでしょう。

梅雨に入り、猛暑が訪れると、めっきり外出の機会が減ります。

学生が運動にいそしむこの時期に、社会人ももっと外出して運動しておくことが大事なのだと思います。

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2009年6月15日 (月曜日)

この絶望感はなんだろう

通常の1時間程度の打ち合わせであれば、なんともないのに、2時間レベルの打ち合わせになると午前でも午後でも妙な絶望感を感じます。

通常の打ち合わせであれば、急に入った相談でも、その日の業務に大きな影響は与えません。

そういうスケジューリングを心がけているつもりですし、この程度の打ち合わせであれば、機転もきかせられるからです。

しかし、2時間の打ち合わせが入ると状況は一変します。

まず、打ち合わせ中眠くなる確率があがりますので、緊張感が違います。

次に、2時間席を外せない間にたまる電話メモとメールの数に愕然とします。

長い打ち合わせはそれだけとるべきメモも多く、話を聞きながら整理していく力も必要です。

まだまだありますが、長時間の打ち合わせが入ると、短時間の打ち合わせが複数入るよりも圧倒的に、その日の仕事を無事に終えられるか怖くなります。

しかし、そんな長時間の打ち合わせを要する大事件をこなしていかなければ、弁護士として大成しません。

大きな事件をこなすために、小さな事件を減らし、時間の融通が利くようにしておくのも大事なのかと思います。

さらに、長時間の打ち合わせを長時間と思わずにすむよう、多量の情報を要領よく整理していくトレーニングも必要なのでしょう。

なかなか大変ですが、日々、嵐のように飛び交う業務の中で、どれをどのように処理していけばよいか、なんとなくわかってきた気がします。

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2009年6月14日 (日曜日)

考慮すべきこと、できないこと

窃盗事件は、単純ですが、刑事裁判になると難しい問題がいろいろあります。

その1つが事実の評価。

・生活費に苦慮して及んだ犯行は刑を軽くすべき事情といえるか

・お金に困っていたことは、犯人であることを裏付ける理由の1つとなるか

現在の裁判では、双方とも「NO」と判断する裁判官が圧倒的です。

生活費に困っていたとはいえ、犯罪は犯罪であるし、生活保護や親族の援助など、まずとるべき救済手段をとるべきだから、刑を軽くすべきではない。

お金を持っていない人が窃盗を行うというのは偏見であるし、お金を持っている人も窃盗を行うから、金銭の有無は犯人性を裏付ける事情とはならない。

こうした判断は現在の事情に照らして、適切な判断であるとは思います。

万引きが、必ずしもお金のない人が犯した犯罪ばかりではなく、むしろ、お金があるのに、支払をけちって犯行に及ぶケースが増えていることを考えれば、後者はますます現代的事情に合致していくのだと思います。

しかし、下着泥棒のように、動機に酌量の余地のない事件と、その日の食事にありつくために、なした車上荒らしとでは、後者の方が経済的損害は大きくても、前者の方を厳しく処罰すべきではないでしょうか。

窃盗事件が起きるのは、経済的困窮よりも、道徳心の欠如の方が大きな事情となりつつあり、被害弁償よりも、犯行後の教育の方が難しい時代になっています。

このような時代では、犯行に及んだ動機や理由をしっかり追求し、きちんと評価して量刑を判断すべきです。

「後で金をはらえばよい」そのように考えている被告人こそ、将来的に危険です。

窃盗事件は現行犯が多く、事件として争う点が少ない分、なぜ窃盗をしたのか、なぜそのようにしてはいけないのかを、しっかり伝えていきたいと思います。

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2009年6月13日 (土曜日)

一日中授業を受ける

今日は、弁護士会で一日かけての、民法改正講義がありました。

さすがに、きつい・・

仕事で走りまわっているよりもつらかったです。

平日は、午前9時前から午後11時前くらいまで、一日14時間ほど仕事をする日もありますが、今日ほどにつらいと思ったことはありません。

仕事は、ある程度こちらからどのようにしようと能動的に動けますし、自分の思う通りにいくと達成感もあります。

相談では話すこともできます。

これに対し、抗議は受動的に話を聞くだけ。

難しい話になると眠くなりますが、本当に眠ったり、気晴らしに部屋の外に出る自由も制限されています。

楽しい講義ならともかく、難しい話の中でさまざまな苦痛や不自由をひたすら耐えるのは、精神的に結構きついものです。

一日中授業を受ける学生はなんてすごいのかと改めて感じます。

事件をこなすだけでは、十分な成長は望めませんので、こういう機会はしっかり生かしていかねばなりませんし、うまく苦痛を感じない勉強法を考えていきたいと思います。

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2009年6月12日 (金曜日)

肉体が充実する条件

今週はJCの長野での会議で体がちぎれそうな1週間でした。

普段は眠くてもひたすら耐えるのですが、さすがに今週は仕事に影響が出そうでしたので、市販の栄養ドリンクに頼ることにしました。

しかし、栄養ドリンクのんだ直後、かえって眠くなるのは私だけでしょうか?

栄養ドリンクにも糖分が含まれていますので、それがまず眠気を誘い、そのあと、栄養は体にいきわたっていくという感じがします。

なんか、疲れてるんだからお前は寝ろ!寝てる間に体は修復しといてやる、と言われているみたいです。

疲れているけれども、本当に集中して仕事をしなければならないときは、早めに栄養ドリンクを摂取しておくか、何も腹にいれないかだと思います。

眠くならない、神経を研ぎ澄ますには、何も食べないのが一番だと思いますが、これは体に負担を与えるもので、そうそうやってはいけないこと。

仕事もJCも手を抜かないでやろうとすると、どうしても無茶をする場面が増えてきますが、体を大事にしながら、うまく調整していきたいなと思います。

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2009年6月11日 (木曜日)

決断が大事

この仕事についているからこそ言えることかもしれませんが、結婚も離婚も慎重に考えるべきである反面、決断が大事です。

好きだから結婚する・子供ができたから結婚する

早すぎる決断です。

結婚がどれだけの負担を背負うものか十分に考えて決断すべきですが、負担ばかりを気にしていつまでも決断しないのは相手に失礼ですし、大きな不安を与えてしまいます。

変わって離婚。

長く一緒にいれば、「やってられん」と思うことはでてきます。

それで、お互いがそっぽを向いて離婚するというのはあまりにも安易ですし、裁判でも、この程度の不仲であれば、双方が離婚に同意した場合以外は、離婚判決には至りません。

離婚は本当に夫婦関係がどうしようもない時まで決断すべきではありません。

しかし、裁判まで至ったら、潔く離婚は決断すべきでしょう。

離婚訴訟を提起するということは、原告は相当の覚悟をもって離婚を希望しているということ。

そのような原告に対し、仮に裁判で勝っても、関係を修復することは困難で、裁判を続けても家庭の事情を対外にさらすだけになりかねません。

それなら、子供のことを第一に考え、ひとまずは穏便に離婚し、面接交渉の中で復縁の可否を探ったほうが圧倒的に有利です。

しかし、こうした合理的な判断を鈍らせるのが男女関係の深いところ。

離婚案件は合理的な話ができないため、大変ですが、だからこそ、これに携わる弁護士が理屈ではなく、人間の心を理解した対応をしなければならない、重要な仕事です。

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2009年6月10日 (水曜日)

調停を成立させる弁護士

私は婚姻費用分担以外で、調停を成立させたことがありません。

それは、当事者間の仲がきわめて険悪なため、ある意味仕方のないことなのですが、調停を見ていると、代理人の立場でも、調停委員の立場でも、調停を成立させられる弁護士がすごいと思います。

調停は裁判ではないため、言う人は身勝手な言い分を言いまくりますし、およそ裁判で採用されえない主張に固執する人もいます。

調停を、事件解決のための重要な手段と認識していれば、調停成立に向けて、争いのある点につき、依頼者の言い分に理由のないところを説得して、譲歩案を出します。

他方で、弁護士費用をもらえばいよい、もしくは、依頼者に最大の利益をもたらすのが唯一絶対の結果、と認識している弁護士は、依頼者の言い分に不備がある点を説得しようとしませんし、かえって、無理筋と認識しつつ、ごねてよりよい和解案を引き出そうと一緒になってごねる傾向があるように思います。

こうした弁護士には、判例を挙げて「この点の主張はちょっと無理があるでしょう」と説明しても、聞く耳を持ちません。

このような態度では、調停が成立するはずがありません。

双方の主張のリスクを的確に見極め、合理的な話をできる弁護士相手であれば、最終的に想定される判決の近い内容で話し合いができますが、これをできない弁護士相手には、裁判で決着をつけるしかありません。

このような意味で、弁護士が増えること、調停前置主義を貫くことには疑問があります。

このリスクを依頼者に説明する作業は、自分の読み間違いがあると、洒落にならない失敗になります。

そのため、裁判経験を積み、裁判所はどう判断するかを的確に把握できることが何より大事で、日頃から意識していかなければならないと思います。

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2009年6月 9日 (火曜日)

誰のおかげの生活?

人種・性別・老い・・・差別的発言をする人の話のタネは尽きません。

良識ある人間であれば、そのような発言の醜さは自然と理解し、自粛するものですが、それができない人もいます。

そういう人の頭の中には「自分の方が優れており、存在価値が高い」という自惚れがあるのではないかと思います。

これは、差別的な意見を対外的には出さない人も陥りがちな考えですが、少し冷静に考えなおす必要があります。

我々が今、着ている服が誰が編んでいるのか

我々がおいしく食べている食事の食材は誰が作っているのか

それは、ボケたおじいちゃんであったり、教養の足りないギャルであったり、障害をかかえた人であったり、後進国のおっちゃんであったりするはずです。

普段恵まれた生活を送ることができるのは、決して自分やその周囲の人間の力だけによるものではなく、自分の住む世界とは全然違うところにいる人たちによることも多いです。

そのことを理解せずに、他人を見下し、攻撃する人は自分の今の生活を支えているのは誰か、冷静に考えなおすべきでしょう。

人種差別を撤廃し、世界平和につなげるカギは、個人が、自分が見下している人間の存在価値を再確認することだと思います。

これは決して、他人によって教育されることではなく、自分で気づくべきこと。

そのきっかけを与えるような仕事ができれば素晴らしいなと思います。

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2009年6月 8日 (月曜日)

仙人かサイボーグか

JC活動でASPAC長野(アジア環太平洋会議)に参加してきました。

来年の大阪世界大会を控える我々としては、日本で海外のJCメンバーを迎える大会運営を学ぶ大きな機会となりました。

プログラム進行中の誘導・お手伝いなどはもちろんのこと、そのあとの宴席の手配・誘導。

深夜にかけて、翌日の動きの最終確認を行い、発信する情報はすべて発信してから午前4時ころ就寝。

朝5時30分には起床し、最初のプログラムに来られるメンバーをお迎えする。

睡眠時間はわずか1時間30分程度で、日中はさしれされたお茶を飲むくらいしかできない、そんな肉体的に結構キツイ仕事をこなしてきました。

初日は大変しんどかった体は、驚くことに、日がたつにつれ軽くなり、当たり前のように5時30分に目が覚め、お茶だけで夜まで過ごせるだけでなく、日中眠くなることも少なくなっていきました。

この瞬間、「俺は限界を超えた!これが無我の境地か」と考えてしまいましたが、客観的には無口で機械的な応対しかしないサイボーグ状態だったようです。

仙人もサイボーグも無心で、人間を超越した動きをしていることは共通しています。

異なるのは、燃費と機転がきくかどうか。

ただ、与えられた仕事をこなせばよいというわけではなく、少ない労力で、気の利いた仕事をできるよう心がけなければならないと思いました。

ともあれ、やっぱりJCパワーはすごい!

来年、大阪がどんなlことになるのか、今から楽しみでなりません。

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2009年6月 4日 (木曜日)

出張に出かけます

本日から月曜日まで、国際会議出席のため、本ブログは休載します。

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2009年6月 3日 (水曜日)

トップページで紹介されるニュース

ネットのページには、トップページで最新ニュースを報道しているものもたくさんあります。

ところが、こういったページではとかく猥褻犯罪のニュースがトップページで紹介されることが多いでしうが、これはまずいでしょう。

猥褻犯罪の被害者は周りが思うよりもはるかに傷ついています。

場合によっては、人間不信に陥り、ネットにすがるしかない被害者もいるかもしれません。

そうしてたどり着いたネットで、自分のことが公表され、セカンドレイプをされるのでは、被害者にとって生きる場すら奪われる結果になりかねません。

ネットのトップページに公表されるニュースは、大抵は直近の一定期間のアクセス数の上位いくつかを機械的にピックアップしたのでしょうが、猥褻犯や芸能人のスキャンダルを面白おかしく批判的に論じるニュースなどは、広く公開することは適しませんので、トップページには掲載されないよう配慮すべきです。

小学生も携帯電話で、授業中にヤフーやグーグルを閲覧しているこの時代、子どもへの影響も甚大です。

人の注目を集めるサイトを表に出すのは常套手段ですが、こういった報道の扱いについては、各サイトが気をつけて管理しなければならないと思います。

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2009年6月 2日 (火曜日)

警察官の役割

被疑者弁護をやっていると思うのですが、警察官による取り調べは、一般に想像されているものと大きく異なります。

否認案件でも、無理やり自白させられるような無茶はほとんどなく、刑事は淡々とマニュアルにのっとった捜査をし、あとは検察官がすべて決める、という住み分けというか役割分担をよく感じます。

これはこれで、非常に効率的な事件処理なのですが、警察官はもっと熱く、自分のポリシーをもった捜査を心掛けた方が、治安自体はよくなるのではないかとも思います。

しかし、警察官が常に温厚・冷静であるかというとそうではなく、一部にはまだまだ旧来の拷問・利益誘導があると、耳にします。

これは、被疑者の勝手な吹聴の可能性もあるため、断定した判断はできませんが、いざ、警察官による拷問などがなされると、密室での出来事ゆえ、それこそ、昨日の話題のように、本人の供述だけではいかんともしがたいです。

結局、民事でも刑事でも、単純な勧善懲悪のシナリオを探そうとせず、事案全体をバランスよく見渡し、公平な視点で、事件を見ることができるか否かが非常に大事であると言えますが、ここに至る法曹がまだまだ少ないことも現実です。

自分に自身を持ちすぎない、相手・他人に対する感謝のき気持ちをもって接する、こういった要素を磨いて行かなければ、法曹として大成しないと思いますので、これから、こういった点もしっかり意識して仕事をしていきたいと思います。

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2009年6月 1日 (月曜日)

心証開示すべきとき

最近、裁判官が比較的早期に心証開示するケースをよく目にします。

裁判官が心証を開示すると話が早いので、弁護士的には好ましいことなのですが、時に早すぎる心証開示も見受けられます。

まず、事実認定は、よほどの客観的書証の差がない限り、尋問前に心証開示することは望ましくないと思います。

よくあるのは、陳述書は理路整然としているが、これを裏付ける客観的書証のない場合、尋問を聞かずに、棄却事案だから早く和解しろという指導。

尋問だけでは事実認定はしないという固定観念は捨てるべきですし、真実を語る当事者に「裏付けがないから早くあきらめろ」というのは、裁判所の態度として失礼だと思います。

法律上の判断については、最高裁判例のある事案では、早期に判断を示すべきですが、地裁・高裁レベルで判断が分かれる事案や複数の有力な学説のある事案では、裁く裁判官により採用する見解、さらには結論が分かれてくるのでしょう。

こうした場合、その裁判官がどう考えるから和解すべきだ、という理屈は成り立たず、裁判官の心証開示はよいですが、それをもとに和解をすすめるのはあまり適切でない面があります。

裁判官による心証開示は、多くの場合審理を促進しますが、「ほかの裁判官が裁いても同じ結論だ」とまで言い張ると傲慢となり、「自分の見解はこうだ」というレベルでは、当事者を納得させないなど、例外的なケースは多々あります。

こうした点をしっかり考えて訴訟指揮する裁判官と、事件を早く片付けようとして訴訟指揮する裁判官とでは大きな差があり、訴訟を展開する代理人として、当り外れを感じる場合もある点でもあります。

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