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2009年5月31日 (日曜日)

ちょっと変わったことをする

労働基準法で定められた以上の仕事をしている人はざらにいます。

徹夜で仕事をしている人もいます。

それは凄いことですが、ずっとそんな調子で仕事を続けることはできません。

そんなとき、わずかな時間でもちょっと眠れば、持久力は全然違います。

私も、忙しい週の週末はかなり疲れることがありますが、仕事で移動している際に少し居眠りすると、持久力は全然違います。

かわって休日。

1週間の疲れをいやすために、のんびりするのがたまりませんが、一日中ゴロゴロするよりも、わずかな時間でも勉強や仕事をすると、一日としても、体においても充実します。

単調なスケジュールの方が覚えやすいですが、体のためには、単調なスケジュールの中に何かアクセントを加えるとスムーズに生活がすすみやすいようです。

平日は仕事詰め・休日は休養、そういう単純な分類ではなく、毎日いろいろ負担にならないようにする、その方が人間にとっては望ましいというのであれば、ますます労働基準法の合理性に疑問を感じてしまいます。

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2009年5月30日 (土曜日)

ROOKIES

ROOKIES初日公演に行ってきました。

思っていた以上に若い女性のお客が多く、「週刊少年ジャンプのマンガじゃなかったのかよ」と感じました。

内容のネタバレは厳禁でしょうから、ここでは書きませんが、基本は原作の笹崎戦。

ただし、原作は安仁屋のサヨナラホームランでニコガクが勝ちましたが、映画ではニコガクが先攻で、それが試合の最後に大きなポイントになります。

安仁屋・新庄・若菜は、原作と変わることなく、持ち味を存分に出していますし、平塚は劇場中の爆笑を呼んでいました。

そういうあたりで、各キャラの個性を明確にしながら、丁寧にその心情を描写しており、非常に理解しやすい丁寧な作品に仕上がっています。

原作では毎試合、何らかのトラブルを起こす川藤先生は、この映画ではあまり暴れません。

それは映画という限られた時間の都合なのでしょうが、生徒がもう川藤先生の手を離れ、自分の力で夢を見つけ、その実現に向けて努力していく心を手に入れた、そして、卒業、というテーマにつながっており、このあたりの完成度も秀逸です。

この映画は、単にイケメンタレントの集客力に依拠したものではなく、内容的にも文句なく素晴らしいものです。

原作を知る人も、知らない人も、是非一度見てほしいと勧められる作品です。

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2009年5月29日 (金曜日)

原告はつらいよ・・

不況でも、弁護士業界の仕事はあまりかわりませんが、最近、特に違いを感じるのは債権回収の場面です。

裁判を起こし、裁判官の心証も固まり、分割弁済の和解をすすめようにも、十分に払えない人が非常に増え、いかに債権回収をうまくやるかが大事なポイントになりました。

仕事がない

仕事を失った

そういう人からは分割にしても十分な支払を受けることは困難で、とりあえず判決をもらって、時効を中断して様子を見るしかできない場合もあります。

金融機関側の代理人に立つと特にこれを感じますが、同時に思うのはこういった十分な支払ができない者の代理人に就任している弁護士や司法書士が意外に多いこと。

支払はできないけれども破産はしたくない、そういう相談を受けて、とりあえず受任して請求をとめ、交渉が失敗しても、判決では負けるが、執行できないので、事実上逃れられる、そういう感覚で任意整理が受任されているのであればゆゆしき事態です。

ともあれ、金銭請求をする原告は、費用と時間をかけて判決で勝っても債権回収ができないケースが増え、特許権侵害を主張する原告は逆に特許権をつぶされてしまうリスクがあり、このままでは裁判はどんどん利用しにくいものになります。

裁判が利用しにくいと、私的債権回収が増え、社会への影響もどんどん悪化していく危険性もあります。

この不況による影響は永続的なものではないでしょうが、原告がもう少し裁判をしやすい仕組みを作っていかなければ、これから裁判件数はどんどん減少していくのではないかと危惧します。

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2009年5月28日 (木曜日)

とある警察署の貼り紙

とある警察署に接見にいった際の話です。

「署長の方針です。職員はエレベーターを利用しないようにしましょう。健康増進と来客の利用確保が目的です」

という貼り紙がありました。

良心があれば当然できるべきことですが、署長が率先してこのような意識改善・問題提起をしていることには新鮮さを覚えるとともに、素晴らしいと感じました。

そもそも5階までの建物では、エレベーターなどつけません。

役所にエレベーターがあるのが特別で、それは納税者たる市民へのサービスの一環といえます。

そうであれば、当然、利用者の便を優先した対応を心がけるべきですし、ちょっとエレベーターの利用を控え、階段を歩くだけでも、メタボ対策には有効です。

私の職務スペースは7階で、住居は13階なので、階段でのぼりおりすることはなかなかありませんが、裁判所では結構階段を使用します。

それはメタボ対策もありますが、エレベーターの待ち時間が結構なストレスで、自分がエレベーターの利用を控えることにより、少しでも一般来訪者のストレスを減らせることができれば一石二鳥だと思うからです。

エレベーターは高層階への移動には必須ですが、近い階への移動のためには、あまり利用すべきではありません。

少しずつでもこの志向が高まるとよいと思いますし、署長が率先して意識づけをしているのは好ましい傾向であると感じます。

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2009年5月27日 (水曜日)

値段表示のないお店

売買契約や、請負契約は契約の要素たる「対価」が確定もしくはその算定方法の定めがなければ無効です。

ところが、メニューの少ない飲食店ではしばしば価格表示がないことがあります。

それでも、お会計の際きちんと明細を出し、納得してもらえば問題はないのですが、こういうお店ではとかく、あまり計算が得意とは思えないおじさんおばさんが暗算で出した金額を請求されるケースが圧倒的に多いです。

お店の人間はそれで納得しているのか知りませんが、これは絶対にいけません。

法律家として、契約が正式に成立していない点の指摘もありますが、それ以前に人間として

・あまりにお客に不親切である

・手計算及び明細不提示はお客に対して失礼である

・過剰請求・過小請求の危険性があるし、その疑いをかけられるおそれもある

要は、お客としては値段がわからなければ安心して注文できないし、納得した支払もできない、この1事だけで接客業として失格だと思います。

「自分がもうかればお客の気持ちなどどうでもいい」そういうお店なら、自分が二度と行かなければいいだけですが、食事でよいものを出すお店に対しては、将来にわたって繁栄してほしいと思うからこそ、価格明示を意識してほしいと願います。

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2009年5月26日 (火曜日)

複数の弁護士に相談する

弁護士会や市役所の法律相談では、ときどき、すでに他の弁護士に相談したうえで、さらに相談に来られる方がいます。

内容的なことをいえば、勝算の高い案件であれば最初に相談した弁護士に依頼しているでしょうから、セカンドオピニオンを求められる相談では、筋がよくない案件も多く、依頼を受けても十分な成果をあげる見通しがみえにくいため、受任をお断りするケースが多いです。

ただ、法律相談という限られた時間の中で、文献を調査することなく話す内容は、その弁護士の私見や感覚の割合が多く、ひょっとしたら見落としがあるかもしれないので、無料法律相談でセカンドオピニオンをもらっておく姿勢は悪くありません。

それよりも大事なことは費用の問題です。

同じ事件を依頼するにも、弁護士によって費用が異なりますが、一部の専門性の高い案件を除けば、誰に依頼しても結果は大差ない案件が多いです。

債務整理・過払案件などは、まさに、誰がやっても結論はほぼ同じですので、それならできる限り安い弁護士に依頼した方がよいのは当然です。

債務整理案件で再度の相談に来られた方の話を聞いていると、過払報酬が25%を超えていたり、着手金の支払をしなければ受任しなかったりする事務所が結構あるようです。

過払報酬は20%が標準値ですし、過払の見込まれる案件では着手金は後払い可とする事務所も最近では増えてきています。

何も知らずに高い事務所に依頼してしまうことを避け、リーズナブルな値段で標準的なリーガルサービスを受けるために、法律相談を利用して複数の弁護士に相談することは結構意味があると思います。

相談を受ける弁護士側から見れば、セカンドオピニオンを求められている場合には、通り一遍の説明で終わらず、何か見落としがないか探す。誰でもこなせる案件においては費用やサービスの点で何か依頼者にお得なことを心がける、ということが大事であるとわかります。

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2009年5月25日 (月曜日)

いじめの構造

大人の社会でもいじめがあると時々耳にします。

幸いなことに、私は大学を卒業した後は、そのような環境とは全く無縁の生活を送っていますが、職場や住まいなどで、いじめのある環境に暮らす人は非常に大変だと思います。

いじめというか、「嫌がらせ」は単発では法的に問題とならないケースが多く、だから日ごろのウサ晴らしに行う人がいるのでしょう。

法的に問題ないからやってもよいと思う思考自体が非常に幼稚ですが、このような幼稚な人間は、あまりどこまではセーフで、どこからがやばいか十分に考えていないことが多いようで、行き過ぎた嫌がらせに及び、刑事・民事上問題に至ることもままあるのでしょう。

逆に、嫌がらせを受ける側も、「自分には非はない」と信じ込んで、一切の妥協や改善をしないケースもあるようですが、それではいつまでたっても環境は変わりません。

「最後に悪は裁かれる」「法によって自分は保護される」そこに逃げ道を求めるのではなく、まずは、自分なりに精一杯状況の改善に努めることが大事だと思います。

そういうわけで、職場や近隣の嫌がらせに関する相談は、非常にやりにくいケースです。

法に依存するのではなく、自分で状況を打開する強い心、他者を思いやる気持ちは、大人になっても醸成していかねばならないもので、教育を要するものなのだと思います。

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2009年5月24日 (日曜日)

日頃の行い

インフルエンザに感染しないように、そういう目的で休校された学校の生徒の多くは繁華街に繰り出し、人の空気をたくさん吸いました。

外に出た理由は、遊びたいという思いもあるでしょうが、「家にいてもやることがない」「外に出る危険性を十分に説明されていない」ということもあるでしょう。

今回のインフルエンザ騒動は、突然起きた極めてイレギュラーなもので、授業やイベントの中止までは良かったのですが、そのあと具体的にどうすべきか、人を動かすところまではできていなかったように思います。

合理的な理由があれば人は動く

非常に甘い考えです。

歴史的にみても、しっかりとした理由により、人を動かそうとするにも、それが人に対する負担をかけるものであれば、うまく人が動かないケースは多々あります。

その理由として

・なぜそうすべきなのか十分に説明せずに、ただ負担を課している

・日頃から、相手のキャパを考えず、無茶振りを繰り返している

・負担を課す側が規則を遵守していない

などがあります。

このような場合、正しいことを言っても、「やってられるかよ」という反応が返ってくるのは仕方ありません。

いざというときに人を動かすためには、理由の正当性だけをアピールするだけでは足りず、普段からの行いが大事です。

大事なときに人がついてきてくれるよう、普段から信頼される言動を心がけることが、人の上に立ち、人を動かす立場の人間には非常に大切であることが、今回のインフルエンザ騒動からもよくわかります。

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2009年5月23日 (土曜日)

タイミングもあれば流れもある

最近、特に「婚活」という言葉が流行っています。

ところが、出生率は全然あがりません。

人の気持ちなので、理屈で説明することは困難なのでしょうが、

将来に不安があるから安心できる人と結婚したい。でも、将来に不安があるから子供は産めない

という意識が少なからず働いているように思えます。

しかし、結婚も出産も人生の流れの中で偶然のきっかけをもとに発生するもので、合理的にすすめるものではありません。

人生設計の中でも、就職・進学はしっかり人生設計のうえ、決められた時期に決断しなければなりません。

これは、就職・進学してはいけない空白の時間があると人生に大きな打撃がありますし、選ぶべき選択肢は簡単に情報が手にはいるからです。

しかし、結婚は、十分な選択肢が与えられていませんし、いつしてもよいものです。

時期が来たからそろそろ探そう、というのではなく、自分らしい生き方を第一に置き、その中で気のあう人がいなければ選択を見送り、いい人がいれば仲を深めていく、というものだと思います。

人生設計を合理的にすすめようとも、与えられた情報が不十分であれば、当然理屈の狂い、決して思い通りの人生にはなりません。

それならば、自分らしさを常に第一に考え、結婚はその修正要素と考えた方が人生は楽しいし、かえってうまくいくのではないかと思います。

出産も、法律上の夫婦であるか否かにかかわらず、行為を行えば子供ができる可能性は0ではないし、何度試みても子供を授からない場合もあります。

これもまた人生の流れの1つです。

自分たちの意思で子供を授かったなら、もはや人生設計うんぬんではなく、結婚し、仕事を後回しにし、丁重に新たな家族を迎え入れなければなりません。

結婚や出産をいつ頃しようと計画し、その準備をすることはもちろん、悪くはありませんが、これらは、個人の人生設計や計画に反し、思うようにすすまなかったり、突如機会が訪れるという気まぐれな性格があります。

これは人生の流れやタイミングによるもので、こうした場合に、自分の考えに反して、人生を受け入れられるか否かが充実した生活をおくることのできるポイントではないかと思います。

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2009年5月22日 (金曜日)

長い文章

この仕事では、非常に長い文章を書く人が多いです。

知財や会社案件などの専門性の高い分野の準備書面や意見書は、言葉の定義から丁寧に1つ1つ積み上げていかなければ途中で議論が迷走しますので、長い文章になるのは必然です。

ところが、特段、大きな問題点のない平易な案件の意見書や準備書面でも非常に長い文章を書く弁護士は少なくありません。

もちろん、細かいところまで精査して、他人が気づかないような視点をずばずば指摘するなら、素晴らしいことですが、多くは実質的な内容の乏しいもので、目次や表題を斜め読みすれば内容を理解できるものです。

なぜ、このように長い文章を書くか。

まずは、依頼者や相手方に対し、自分はこんなに丁寧にこの案件を精査したのだとのアピールが考えられます。

確かに長い文章をもらうと、その段階では「すごいな」と思いますが、内容を理解できる人が読めば、「たいしたことないな」という判断に変わります。

次に、相手方や裁判所に「この人面倒臭いな」と思わせることが考えられます。

面倒臭いと思わせれば、和解交渉で有利に進めることはできそうですが、だからといって安易に譲歩する弁護士はそうそういませんし、判決内容に影響があるとも思えないので、この効果もあまりありません。

そうなるとあと考えられるのは、たくさん書いてタイムチャージを稼ぐ、この視点がどうしても残ってきます。

会社からの依頼はタイムチャージで受任することが多いですが、だからといって、あまり内容のない文章作成に時間をかけて報酬を水増しするやり方は好ましくありません。

タイムチャージで事件を受けたことのない若手弁護士のたわごとと思われるかもしれませんが、固定報酬だからこそ、よりよい解決のために、時間関係なく最大限の調査を行う、タームチャージでは、依頼者少ないリスクで高い結果を得られるよう最大限配慮すべき、ではないかと思います。

簡潔な文章で確実に必要な事実や主張を読み手に伝えることは長い文章を書くより難しいですが、非常に有益な方法と思います。

これを実現するには、「手抜き」「見落とし」がないよう、を普段から気をつけていかねばなりません。

簡単な見落としの多い私にとって日々の大きな課題です。

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2009年5月21日 (木曜日)

裁判員制度始まり

今日から裁判員制度がはじまりました。

私は本日、当番弁護待機で、かつ、裁判員対象事件取扱弁護士名簿に登録していますので、裁判員案件がこないか半分ワクワク、半分ドキドキしながら待っていましたが、来たのは普通の被疑者国選案件でした。

裁判員案件をこなせる弁護士はまだまだわずかで、最初のうちは手なれた弁護士からわりふっていくのでしょう。

その裏で、弁護士にとって重大な影響は、国選案件を自分で選べず、依頼を受けた案件を受けるか受けないかの選択になったことではないかと思います。

これまでは、国選弁護事件は自由選択で、受任したい弁護士から早く並べば、受けたい事件を受けることができました。

これに対し、今日からは、法テラスから指名された案件を受けるか受けないかの選択になります。

もちろん、近場の警察に留置されている被疑者はベテラン弁護士に、遠くの警察に留置されている被疑者や少年案件は、若手にという配慮はあるのでしょうが、基本は依頼されたものを受けるかどうか。

これまでは起訴された後、裁判所が適当に公判日を調整して日によって事件が集中したり少なかったりすることを回避できましたが、勾留請求と同時に国選弁護士が選任されるならば、どうしても日々の事件の多寡に対応するために人数を増やさざるをえない、そうすると事件にあぶれる弁護士が増え自然と増え、弁護士間に序列ができていく、そんな感じがしました。

いずれにせよ、熱心に対応する弁護士がどんどん表に出るのはいいことです。

私も、今一度刑事弁護士の職責を思い出し、1件1件しっかり対応していきたいと改めて感じました。

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2009年5月20日 (水曜日)

転ばぬ先の弁護士

不景気の影響かわかりませんが、最近、自分で裁判をやって、手おくれになってから弁護士に泣きつく人が多いように感じます。

弁護士費用をけちって敗訴しては大損であることを経験者は体感していますが、そうでない人は「自分が正しいのだからなんとかなるだろう」とでも思っているのでしょうか?

同様に、破産案件でも、裁判で敗訴してから弁護士に「強制執行されては困る」と相談に来る人がいます。

通常の破産の相談であれば、介入通知発送前に判決が出ているケースは少なく、申し立てまでに差し押さえがなされる可能性は極めて0に近いのですが、受任前に判決をもらっていると、申し立てまでに差し押さえがなされる可能性は格段にあがります。

「銭ないからはらえへんねん」と言えば長期低額分割弁済を認めてくれるというのは甘すぎる考えで、そのしりぬぐいを弁護士に求めるのもまた無理な要求です。

この時代、コンプライアンスが最大の経費削減です。

すなわち、法令を順守し、将来のリスクを消滅させていく方が、多少の費用はかかっても、最終的な損失は最小限ですむのです。

経済的に余裕がないからこそ、あらかじめ弁護士に相談し、余計な損失の発生をおさえていく。

この発想が定着していけば、紛争の発生せず、かつ、景気も回復する豊かな社会が復活するのであろうと信じています。

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2009年5月19日 (火曜日)

国家機関の保護

インフルエンザ対策をしようにもマスクが足りない。

よく聞く不満です。

新型インフルエンザが日本に入ってくることは時間の問題だったわけで、マスクの準備ができなかったものか、そちらに私は疑問を感じます。

ところで、私は今日、裁判所地下にある仮監獄で被告人と面会する順番待ちをしていたところ、拘置所からの車からぞろぞろとマスクに集団が降りてきました。

被告人が全員マスクをしているのです。

拘置所で集団感染がおこると大変ですので、当然の対応だとは思いますが、一般市民がマスクを買えない中で、被告人が国家から支給されるマスクを完備することには、奇妙な感じが否めません。

我々の1まわり上の人たちは、こういった国家機関に属する特典のおいしさから、公務員志望の方が多かったのでしょう。

しかし、権力嫌いの私はこのような様子を見るとますます国家機関が嫌いになります。

国だから特別、こういったことは少なくなってきたようで、まだまだいざというときにはかなり幅をきかせるものなのでしょう。

それでも私は、マスクに頼らずこの逆境を乗り切りたい、そう改めて感じる1日でした。

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2009年5月18日 (月曜日)

移動は自由自在

インフルエンザのことばかり書くのはあまり好きではないのですが、当分は仕方ありません。

JCのとある全国規模の団体で、「大阪さんはウィルスを持ってくるから参加しないでくれ(笑)」という冗談メールを受け取ったという話を聞きました。

大阪・神戸の人間は必死に自衛活動をしている中で、まだまだ他の地域は余裕だからこれが冗談で済むのでしょう。

しかし、現実はそんなに甘くありません。

人の移動が自由自在なため、国内にウィルスが入ってきたとおり、国内の人の移動はもっと自由自在である以上、感染が全国に広がるのは時間の問題でしょう。

どこの誰が感染したかではなく、自分は感染しないよう気をつけなければならないのが正しい現状把握ではないかと思います。

この週末の大阪神戸の様子を知っている以上、これが全国に広がると様々な面で大打撃であることは優に推測できます。

関西で感染が確認されたため、関西隔離や関西蔑視がすすまなければよいとも思っていましたが、事の重大性を把握するたびに、もはやこれは日本国レベルで本気で対応していかなければならない大事であると思います。

まさに、人の移動が自由自在であるがゆえの事件。

好きな時に好きなところに行くことのできる自由

好きな時に好きなところから必要なものを運び込む自由

この自由化が引き込んだ悪夢は、自由化社会を実現した我々が対処しなければならない副産物だと思います。

日本全国で適切迅速に対応し、早く安心して自由に暮らせる社会を取り戻したいものです。

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2009年5月17日 (日曜日)

自衛活動

関西地区で相次いで多数の人が集まるイベントが中止になっています。

現状、新型インフルエンザに感染する危険性は極めて0に近いものでしょうが、それでも、感染者がこれ以上増えれば対応がどんどん困難になるのでやむをえない対応でしょう。

昨日も書いたとおり、インフルエンザに感染して不運を嘆いても遅いです。

同じ高校の仲間が揃って感染するということから、ちょっと話すだけでも感染するおそれがあります。

接する人の感染を疑うのはやりすぎですが、感染していない前提で行動するのも自衛活動が欠如しているように思います。

人の多いところではマスクをする

うがいを励行する

体調管理をしっかり行う

これらをしっかりやるだけでも、10のマイナス何乗かの確率がさらに何分の1にもなります。

周りを恨んだり愚痴っても仕方ありません。

もう起こってしまった事件である以上前向きに対処する必要があるでしょう。

各自が自衛活動を心がけ感染者の増加を食い止め、現在の患者の治療をすすめる。

これしかありません。

こんな気をつかわなければならない生活は私も鬱陶しいですが、早くそうしなくてもよい生活に戻れるよう、当面は気をつけて生活していきたいと思います。

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2009年5月16日 (土曜日)

これも一期一会

新型インフルエンザ患者は、海外に渡航していない人から現れました。

常識的に考えれば、海外でウィルスを吸った人が、その人は体が強いので発症しなかったけれども、その人の吐いた空気を吸って感染したか、海外から帰国した人が本当は発症しているのを隠して日常生活をしていたかでしょう。

いずれにせよ、そういう人に接してしまったために、思わぬ負担を背負い込むことになりました。

とはいえ、インフルエンザとはそういうものですし、だからこそ、あれだけ大騒ぎしていたのですから、不幸、不運といっても始まりません。

よくよく考えればこういう不運はどこにでもあるものです。

交通事故などは、たまたま歩いているところに車がくるもので、痴漢はたまたま発情した男性の近くにいたために受ける被害です。

好ましくない話ですが、これも一期一会です。

マイナスの一期一会には、自分はなんて不運なんだろうと嘆きたくなりますが、嘆いても仕方ありません。

これは努力で回避できるものではありませんし、それゆえ、誰に対しても同様の確率で発生するものです。

このような避けられない不運を嘆くと余計不幸な感じがしますので、私はこのような場合、このような一期一会をポジティブにとらえることにしています。

新型インフルエンザについてはまだまだこれからも問題が残りそうですが、少しでもとばっちりを受ける不幸な感染者がでないよう、最善が尽くされて欲しいと切に願います。

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2009年5月15日 (金曜日)

いつやるか

この不況の折、われわれ弁護士はまだ仕事に恵まれ、大きな変化なく生活することができています。

この仕事、当然完成期限があるわけで、自分のスケジュールと見合わせてしっかり、いつどこまで完成させるか考えて行動しなければなりません。

ところで、弁護士業界では、手に負えない難しい仕事を引き受けて処理手法がわからずに放置したという事件を聞くことがありますが、それよりも、簡単な仕事をするのを忘れていた、という話の方がよく聞きます。

簡単な仕事だから本気を出せばいつでもできる。だから後でいいや。

と考えてしまうとついつい忘れてしまうのでしょう。

簡単な仕事であれば、忘れていても後でフォローがきくことが多いので、大事にはなりにくいですが、できない事件を受任してしまう以上に特に気をつけなければならないです。

そういうこともあるので、私は作るべき書面、返すべきメールはできる限りその日のうちにすべて終えて帰宅するようにしています。

JC活動をする時間をとるためにも、あいている時間にできる限り仕事をやっておく必要性があることも、このような仕事のやり方につながっています。

ただ、「今日中にあれもやらなきゃ、これもやらなきゃ」と背負いすぎてしまうと、心理的に非常に負担があり、ミスも発生しやすいので、あまりつめこまないように気をつけたいと思っています。

小さな簡単な仕事はいつでもできますが、だからといって後回しにするのも、無理にすぐ行うのもよくありません。

仕事のスケジューリングは意外に難しいものです。

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2009年5月14日 (木曜日)

嫌味にも愛をこめる

昨日の落してもちあげる話の続編みたいですが、

どうしても嫌味を言わざるをえないために愛をこめることも非常にだいじだと感じます。

嫌味は遠まわしな批判

面と向かって批判するほどではないが、指摘しておかねばならない点を遠まわしな表現で伝え、自覚を促す場面があります。

このような場合、客観的には嫌味を言って、本人に気づかせることが多くなるのだと思います。

しかし、面と向かって直接批判しなくても、遠まわしに嫌味を言われても不愉快ですし、時に傷つきます。

それが目的で嫌味をいう人間は最低ですが、人を不愉快にさせるために嫌味をいうのでなければ、内心で攻撃的意思がなくても客観的に何らかのフォローが必要です。

その有効な手段が、嫌味の中、もしくは前後に愛をこめたメッセージをもりこむこと。

客観的に意味・理由のない嫌味はただの中傷と同じで、そうでないようにするためには、嫌味をいう中で「お前のことが嫌いで言っているわけではない」ということもわかりやすいかたちで直接または間接に表現することが大事です。

人と接する仕事、人と接する活動をしていると、人の好ましい行動、好ましくない行動がはっきりと見え、いろいろ参考になります。

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2009年5月13日 (水曜日)

落として持ち上げる

最近、解雇に関する相談が激増しています。

解雇に関する案件といえば、従来は、横暴な雇用者が不当に社員を辞めさせようとした事案を想像させ、最近は、どこも経営が厳しいからある程度は仕方ないよね、という発想が真っ先に浮かびます。

しかし、現実の事案では、被用者の著しい態度不良や驚くような懈怠があったり、会社側も十分に利益があがっているのに、多数派が気にくわないという理由で、強引に辞めさせようとする事案もあります。

そういうわけで、解雇に関する相談自体は増えていますが、現実に弁護士が動くべき事案というのはあまり増えていない気もします。

前者のケースの被用者は、自分が独立して食べていける力があるなら独立すべきですし、なかればもう少し謙虚であるべきです。

後者のケースの多数派は、いじめをする学生と精神的に同レベルであることを理解すべきです。

理由や経緯はどうあれ、縁あって同じ会社に雇われて仕事を共にする以上、家族関係と同じように、簡単には縁をきれない、だから、お互い尊重しあって気持ちのよい職場環境を維持するという気持ちが大事だと思います。

職場やサークルの同僚でよくある態度として「落として持ち上げる」というものがあります。

人の欠点や癖などに対して、本気で怒ったり笑いのタネにしたりして、同僚を一旦貶めますが、あとでほめたりあやまったりしてフォローする態度です。

私はこれまでこのような態度をとる意味がわかりませんでした。

マイナスしてプラスして帳尻をあわせるなら最初から何もしなかったらええやんと思っていました。

しかし、ダメな部分を叱ったり、笑いのタネにして団体を盛り上げることは有益で、団体全体のレベルアップのために大きな意味を持ちます。

ただ、落としっぱなしだと後々しこりを残したり、関係に亀裂が入るおそれがあるので、持ち上げてフォローしておくことにより、「お前の事が嫌いなわけではない」「厳しいこと言ったけど、前向きに頑張っていこう」というメッセージを発信し、関係を壊さないよう配慮するのは、一見して大したことがないようで、非常に大きな意味を持ちます。

この時期、誰もが苦しく、余裕のない状態にあります。

だからこそ、他人を攻撃して自分を守ろうとするのではなく、他人を理解し、協調して苦難を乗り越えようとする意識が大事だと思います。

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2009年5月12日 (火曜日)

同じ車

駐輪場で自分のものとうり2つの自転車を発見しました。

私は自転車の置き方に特徴があるので、間違うことはありませんが、間違われる危険を感じるとともに、新鮮な感じがしました。

自転車にしても自動車にしても、うり2つの車に出会う確率は極めて低いです。

車種・カラー・カスタマイズ・・車の特徴の構成要素は多岐にわたり、1つでも異なると、一見して違いが明らかだからです。

同じ製品を大量生産すればよいというわけではなく、車業界の生存競争の激しさをうかがうことができますが、利用者にとってはうれしい話です。

愛車と同じものを他人も持っていると盛り下がりますし、公共の場での判別にも一苦労します。

自分の愛車は自分だけのオリジナル。

現実はそうではないですが、そう思い、大切に乗ろうと改めて感じました。

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2009年5月11日 (月曜日)

債権回収のかけひき

交渉はいうまでもなく、弱みを握られた方が負けます。

弁護士として債権回収の合理的な道筋が見えていても、最初からその道筋で交渉を進めれば弱みを握られます。

相手に差し押さえるべき財産があるなら、判決をもらって差し押さえをすればよい。

そうせず、あえて和解目的で中途半端な対応をすると、足元を見られます。

最初から差し押さえ前提の強気の交渉をした方が、相手からの和解打診を引き出しやすいです。

仮差押をしておくとなお交渉は有利にすすみやすいでしょう。

逆に差し押さえるべき財産のない場合、判決は相手にとって弱みではなく、話は違います。

この場合も、中途半端に和解せず、まず判決をおさえておくのは常套です。

相手の資力説明をうのみにして、安易に依頼者の権利を譲歩させてしまっては大変です。

判決をもらったあと、いかに任意に相手に弁済させるかが弁護士の腕の見せ所。

依頼者としては強気で押して、少しでも多額の分割弁済を引き出してほしいと思うでしょうし、それは基本です。

しかし、強権をふるって、無茶な分割弁済の合意書を交わしても、相手が払えなくなれば、余計手間がっかり、弁護士と依頼者の間の信頼関係にも影響が及びかねません。

相手の資力・返済能力というのは、結構変動するものです。

相手がどうしてもまとまった返済が難しいというのであれば、とりあえず最低限の額を必ず毎月入金させ(これが結構大事)、定期的に連絡をとる。

その中で、景気がよくなった兆候があれば、返済額を増やさせる。

こうした地道な対応が、差押財産のない債権回収手続では非常に大事だと思います。

相手に弱みを見せない

相手の弱みがみえない場合、堅実路線で交渉する

当たり前の話ですが、弁護士業界でも非常に重要な方法論です。

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2009年5月10日 (日曜日)

試合に出なけりゃうまくならん

今年の阪神・・もう限界でしょ、と思います。

数年前に優勝したメンバー頼みで、そのあとは、FAで獲得した選手以外で台頭してきている若手の数が非常に少ないです。

どこかでベテランを休ませ、若手をどんどん試合に出して成長させていかなければ右肩下がりに成績が落ちていくことは必然です。

巨人の坂本は、松井のいたころの巨人に入団していたらおそらくろくに出番をもらうことなく、そこそこの選手で終わっていた可能性が強いですが、若返りを目指すいい時期に入団したおかげで、試合出場機会をもらい、20歳にして日本プロ野球のトッププレーヤーに成長しました。

阪神も試合に出れば伸びる選手は何人かいるはず。

しかし、目先のチーム成績維持のためにベテランを酷使しつづけ、試合出場機会と成長の機会をもらえないのは残念なことです。

サッカーならビッグクラブに入り、そこで試合に出してもらえないならレンタル移籍で試合に出られるチームに出向することができます。

野球ではそれができず、入団したチームで試合出場機会がもらえなければ戦力外通告かFA宣言まで飼殺しという悪夢にあいます。

その意味で、必ずしもビッグクラブに入ればよいというわけではなく、試合に出られるチームに入団できることが大きな意味を有するといえるでしょう。

弁護士業界も同じで、新人を大切に扱ってくれる事務所もあれば、使えない弁護士は解雇はしないまでも、事実上飼殺しにする事務所、雑用的な仕事だけ任せて、実力のつく仕事はまわしてくれない事務所などもあると聞きます。

必ずしも評判のよい事務所に入ればよいというわけではなく、そこで、どのように扱われ、どのように仕事をさせてもらえるのか、そこが一番大事ですが、なかなか就職面接を受ける修習生の中には、この点をしっかり意識して就職先を選んでいる人は多くないように見受けられます。

実戦を積んでこそ力がつくもので、実戦を積ませてくれる環境が何より大事だと思います・・が、現実には被用者も雇用者も、そのことは二の次になっている感が否めません。

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2009年5月 9日 (土曜日)

事実と意見

ニュースについてどうあるべきか、どのような報道を信用するか、を討論する会に出席してきました。

淡々と事実のみ報道するニュース

有名コメンテーターの意見を含むニュース

場合によりけりでしょう。

基本的に人は事実を認識し、これに対する意見を持ちます。

なので、意見を形成する材料となる事実をできる限り多く効率よく得ることのできるニュース、というのが基本的に「よいニュース」といえそうです。

しかし、ニュースは事実の一部を抜粋して報道していますので、一部の偏った事実だけから意見を形成するのは危険で、誤解も生じやすいです。

これを回避するために、参照すべき人の意見があれば、理解も意見形成もやりやすくなります。

そういうわけで、できる限り多くの正確な事実を取得でき、かつ、意見形成の手助けもしてくれるニュースというのが今後ニーズが高まっていくのだと思います。

ニュースを見る目的は、人の意見を批判したり馬鹿にするためではなく、教養・知識を増やし、自分の意見を形成することです。

その意味で、本日の討論はいろいろとためになりました。

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2009年5月 8日 (金曜日)

会議を面白く、参加動員のコツ

委員会に出ると思うのですが、会議はつまらなく、時間のムダだとの感がぬぐえません。

それは、一部の人間が決めたことの報告を一方的に受けるだけで、自分はいてもいなくても同じ。

自分の存在価値を見いだせないから、「ほかにやりたいことあるのに、なんでこんな会議に出てるんだろ?」と思ってしまうところにあります。

よって、会議を参加しやすい親しみのあるものにするためには、一部の人間だけですべて決めてしまうのではなく、参加者の意見を聞き、参加者を表に出す工夫が必要です。

もう1つ、今ひとつ参加率のあがらない会議にいかに参加者を動員するか、それは、会議参加のメリットを巧妙にアピールすることが大事です。

参加動員がかかっているから出てくれという、温情作戦は、時に逆効果を生みますので、あまり勧められません。

また、参加のメリット・デメリットを直接言葉で表すと、わざとらしく、かえって抵抗感も出ます。

「巧妙に」というのは、いかに嫌みなく、受けとった人が会議に参加したい、と感じ取れるかどうかです。

いろいろ面倒臭いですが、一部に人間ですべて決めてしまうより、できる限り多くの人間で意見を出し合う方がよりよい案に到達できます。

自分を過信せず、多少他人に媚びてでも、合理的な範囲で会議を楽しく参加しやすいものにし、参加動員をかけていくことは大事で、基本的なことです。

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2009年5月 7日 (木曜日)

プロに学べ

私たち弁護士は本を読んで理解し、それを仕事のうえで表現することを業としますので、本の理解力は人並みよりは高いと自負している人が多いです。

本に書いてあることを理解できなければ仕事にならないので、この点はそうあるべきです。

しかし、本を読んだだけで、その内容を理解できたと過信してはならないと思います。

たとえば、非行少年の扱い方について、巷には多くのハウトゥー本があり、これを読むことはできます。

怒るとき、ほめるとき、そのやり方・・さまざまなのとが書いていると思いますが、書かれている言葉やその意味を理解しただけで、すぐにこれを実践できるわけではありません。

むしろ、プロである調査官の子供に対する接し方を直に見る方が、はるかに、叱り方やほめ方を理解できます。

本にこう書いてあることがわかった

それだけでは、本の中身を真に理解したとはいえず、実社会でも応用できません。

本を読むことは効率的な勉強法ですが、それよりもできる限りプロの仕事を直に見聞し、これを直接吸収することが大事です。

我々弁護士は、必要な情報の7割以上を文献やインターネットに頼っていますが、それよりも、裁判官や各方面のプロに接する機会も多いのですから、実務の中で直に目一杯学ぶことを何より大事にしなければいけないことを忘れてはならないと思います。

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2009年5月 6日 (水曜日)

GWが終わり・・

GWが終わり思うこと

他国に比べ、日本は新型インフルエンザ患者はまだみつかっておらず、大きな混乱がないこと、大きな死亡事故がなかったことを幸せに思うべきだということです。

高速料金の低下など、景気を刺激する新たな試みがなされていくなかで、それと引き替えというか、盲点というべきか、いつもであれば代わりに大きな弊害が発生することが多いですが、このGWは、大きな事故や事件もなく、フツーに終わることができました。

新型インフルエンザはこれから、日本でも問題となっていく可能性がありますが、日本に入ってくるのが遅ければ遅いほど、また、患者の拡大が狭ければせまいほど、対策は簡単になりますので、このまま何事もなくすめばよいと期待しています。

生憎の雨や、渋滞など、GWを満喫できなかった要素もありますが、それは些細なこと。

毎日雨でも、それで、中国からの黄砂や有害物質が流れ、我々が吸い込む危険が回避できるのであれば、その方が、日本人にとっては幸せな生活につながります。

世界がいろいろ騒がしいこの1年間ですが、日本では大きな問題が起きないことを何より祈りますし、そうあるよう十分な対策と準備がなされてほしいと思います。

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2009年5月 5日 (火曜日)

旅費に占める交通費の割合

Uターンラッシュのニュースを見ていると、混むのが嫌だから、普段は車を利用していたのを、電車を使用した、という人もいるようです。

車を利用すると旅費が削れ、その分をお土産や食事にまわせるというのは正しい発想です。

しかし、車の代わりに電車を利用すると自由に話せ、酒も飲め、本も読め、うたたねもできます。

そもそも海外旅行であれば、確実に旅費の半分以上は飛行機代やそれに付随する費用です。

旅行とはその程度の交通費がかかるものであると私は認識していますし、そう考えると、車で遠出する選択肢はないと思います。

疲れてもいいから、とにかく安く!という人の気持ちはよくわかります。

しかし、このGWの渋滞を体験してもはたしてそう思えるでしょうか?

計算通りにはいかない、急がばまわれ

普段の週末であればともかく、GWや夏休みはたとえ安くても、電車で確実に移動する方が、結果的に精神的消耗や時間のロスをふまえれば得しているのではないかと思います。

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2009年5月 4日 (月曜日)

道を譲るとき、ふさぐとき

GWは予想通り高速が混んでいます。

混んでいるからみな、自分のことしか考えられないのかもしれませんが、少し振り返るべき点があるのではないかと思います。

合流で、車が入ろうとしているのに、道を譲らず、強引に直進する車がかなりありました。

合流で入ろうとする車と既に走行している車とでは、後者が優先するルールですが、これはあくまでもめたときの紛争解決を担保するものです。

皆、渋滞で困っている状態ですし、1台道をゆずったところで、到着時間は1分も遅れません。

逆に合流の車を止めたままにしておくと、その後の運転手全員が困ります。

そういうことを考え、1台、他車に道を譲れると素晴らしいなと思います。

もう1つは、高速はやはり制限速度を大幅にこえた無謀な走行をする運転手が後をたちません。

制限速度で走行している方が危険な思いをするのは明らかに間違っています。

そんなわたしは、制限速度いっぱいで走行している車をみつけると、併走まではしませんが、斜め前後に位置し、制限速度いっぱいで走行します。

これで、速度超過車両を強制的に黙らせることができ、1石2鳥です。

速度超過は明確な法律違反なので、いかなる理由があろうと(警察や救急車は別として)許される余地はありません。

これを阻止するために合法の走行で、悪く言えば「道をふさぐ」行為は何ら問題のないものでしょう。

逆に、合流でどちらが先に行くかは、基本はお互いの譲り合い、話し合いによるもので、法律で決められるものではありません。

法律は守り、譲り合いの精神をはぐくむ、この姿勢が渋滞時のストレス解消の大事な秘訣であり、多くの人に浸透してほしいものです。

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2009年5月 3日 (日曜日)

憲法はいかにあるべきか

憲法記念日の今日、憲法改正論議の集会に参加してきました。

わたしは改憲不要派で、他人の意見を聞いてもそれは変わりませんが、どうすれば憲法は改「正」できるか考えてみました。

憲法が改正されるポイントは2つ①内容の重要性と、②内容の進歩性です。

重要でない部分をいたずらに変更することは憲法の尊厳を損ないますし、内容が「確実に」(個人の主観レベルではなく)よりよいものにならないならなければ改「正」とはいえないからです。

現行憲法の多くの部分について改憲の必要性が唱えられていますが、9条以外については、①の変更するほどの重要性がなく、9条についてはいかなる形式が望ましいかはっきりした改正の形がまとまっておらず、②の進歩性がみられないというのが私の考えの骨子です。

すなわち、9条以外の部分については、立法・法解釈・最高裁判例・政府公式見解・個々人の思想の持ち方で、十分に現状の問題点に対応可能であり、憲法改正は、「憲法レベルでより確実に日本国の在り方をかためたい」というものにすぎません。

さまざまな方法を駆使して対応可能にもかかわらず、安易に憲法を改正してしまうのは憲法の安定性から望ましくないと考えます。

9条については、私は世界に誇れる素晴らしい条文であると考えていますが、北朝鮮・さらに潜在的には中国の脅威に対してどう責任をとるのか、という問題は避けては通れません。

この点で、もし、9条を現代事情をふまえ、確実によりよいものにバージョンアップした改正案が出てくれば、この点については改憲賛成にまわる可能性があります。

しかし、北朝鮮に対する姿勢も未だ定まっておらず、9条をどのように改正すれば現状の問題を解決できるかもはっきりした答えはみつかっていません。

さらには、憲法は日本人が自主的に内容を固めていくもので、北朝鮮がどうだとか、アメリカがどう言おうが、それだけで改正しなければならないと大慌てするのは筋違いの感が否めません。

9条については「改正の必要性があるかもしれない」として引き続き検討を重ねる必要はあるかと思いますが、現時点で改正すべきかと言われれば「ノー」としかいいようがありません。

ところで、憲法改正論議は日本人の総意に基づくことが何より大事です。

そのために、もっともっと草の根まで、憲法の存在と改正の是非が浸透していかなければ、かたちだけの国民投票になってしまいかねません。

その点で、今日の会合は、労働問題や男女平等、君が代問題など、比較的市民に身近なところから話に入り、参加者が話に乗ってきた段階で、9条の問題に入るという素晴らしい演出がありました。

いきなり9条問題を理解するのは、なかなか困難です。

だからこそ、男女平等問題など、身近な題材で考えられることから少しずつ憲法教育を進め、浸透させていくことが非常に大事だと思います。

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2009年5月 2日 (土曜日)

依頼者と相手方

ゴールデンウィークに入ってもアポがあり、ゆっくり休めません。

そのほとんどは、事件の相手方との折衝です。

事件の相手方と折衝しなければならない中で、相手方が平日は無理だというのであれば、休日に時間をとらざるをえませんし、先方に出向くことも必要になる場合があります。

これに対し、依頼者とのうちあわせの場合、多くは平日の日中に、事務所で行います。

同じ事件処理に必要な仕事なのに、相手方の要望には応じて休日や先方事務所でのうちあわせを飲むのに対し、依頼者には自分の要望を飲ませるのはおかしな感じが否めません。

依頼者の方がコントロール可能であるため、どうしても自分の要望をのんでもらいがちですが、これは「お願い」の域を出てはならないと思います。

数年前に比べ、弁護士が事務所にいる時間が少なくなったというベテラン弁護士がいます。

事務所にきてもらうより、先方に出向くうちあわせが少しずつ増えてきているようです。

外出すると、帰ってきた際のメールと電話履歴の数に愕然としますが、それでも、できれば先方に出向いて話を聞くことが親切ですし、事件処理も信頼関係も円滑にしやすい気はします。

最近、私も、あまり事務所にいないので、時々、事務所に戻ってから返電した依頼者に「ずいぶん忙しいんですなぁ~」と言われることがあり、「いつも事務所にいない」というのは大きな問題ですが、会社の相談など、先方の人数の方が多い場合には、先方に出向いてうちあわせをするというのは、悪くないと思いますので、機会あれば採用していきたいと思います。

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2009年5月 1日 (金曜日)

探す情報 見せる情報

とある勉強会で、データベースを作ることになりました。

情報を求める人ができる限り簡単にキーワード検索して目的の情報にたどりつけるよう、ありきたりな言葉は目いっぱい避け、特徴のあるキーワードを出していくことが大事だと教えられました。

私のこのブログは、時事ネタを扱っているため、季節のキーワードはよくでてきますが、意図的にこれを増やそうと考えているわけではありません。

このブログは、私の考えや私を「見せる」ことが目的ではないからです。

もう1つは、旬」のキーワードで検索できるブログは、悪質なトラックバックに荒らされるのが嫌だという思いもあります。

ネット利用者が探す情報を探しやすくする親切と、情報を見せたい意欲がある場合には、著名なキーワードで検索しやすくすべきでしょう。

しかし、人が発信する情報は必ずしも他人が探しているものではなく、見せられて不愉快なものもあります。

表現の自由のもとで、自分の意見を言う機会は非常に大切なものですが、その意見が人に求められるものか、迷惑なものでないか、ブログを書くにせよ、話をするにせよ、頭の片隅に入れていかねばならない大事なことだと思います。

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