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2009年3月31日 (火曜日)

法のアメとムチ

AがBに壺を渡し、「代金はあとでいいから」と言った場合。

その後、Aが売買代金として1000万円をBに請求し、Bが「あんなもの二束三文の価値しかないから代金なんか払えるか」と答えたケースを想定してみます。

意外と似たようなケースは身近にあるのではないでしょうか?

双方の言い分が異なるため、裁判になる可能性が高いですが、これを地裁の裁判官が裁くと、売買契約の成立を認めたうえで、双方に壺の価値について主張・立証させ、時に証人尋問でひょっと出た「だいたい○○円くらい」という証言だけで強引に心証をとり、Bに一定額を支払わせるケースが多いでしょう。

ところが、これが高裁の判断となると、売買契約の要素である売買代金も、その金額を定める方法についても合意がないので、売買契約は成立していない、と、要件事実論でバッサリ切り捨てるケースが多いと思います。

常識的に考えて、物を贈与ではなく受け取って、お金は払わないというのは奇妙な結論で、前者の考え方は至極当然の判断のようにも思います。

しかし、法律上の理屈を厳密に考えれば、代金を定める方法すら取り決められていない約束を売買契約と呼ぶわけにはいかず、法律の執行者としては、売買契約の主張は退けなければなりません。

1審でできる限り、常識的・和解的な解決を試み、それでもなお高裁でケンカするなら、法律の理屈で切り捨てるしかない、というのは、よくよく考えればよくできているものだと感じます。

弁護士もよく陥る罠ですが、日頃なあなあにしている取り決めが、裁判所では通用しないということは結構あるものです。

このような場合、強気で戦うのもかまいませんが、最終的には地裁で和解しておくのが、費用対効果の面でもリスク管理の点でも大事だと思います。

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2009年3月30日 (月曜日)

意見は事実を語る

公の場で、根拠に基づかずに、真実と異なる事実を述べてはいけません。

これは常識。

では意見はどうか。

人がどのように感じ、どのように思うかは自由ですし、それを他人が不快に思っても、認識の相違の範疇なので、特に問題はおきないはず、そう考えていました。

しかし、最近、ニュースキャスターや芸能人の発言やブログの書き込みが波紋を呼ぶ事件が多発しています。

その内容は個々人の自由な発想に基づく「意見」であるはずですが、意見の表明の前提には事実があり、一定の意見を表明することで、一定の事実が想起されてしまい、その事実に裏づけがなければ社会的に問題視されるのが現代の風潮だといえます。

私もこのブログで扱う事実は慎重に取り扱い、できる限り、客観的な報道に基づき、仕事の中身には絶対に触れない、仕事を題材にする際も、できる限り抽象的・統計的事実にとどめ、個人の特定が可能な個別具体的な事実には絶対に触れない、ということを意識してきました。

その反面で、意見については、時にかなりぶっちゃけた意見も述べてきました。

しかし、このような社会的な風潮のもとでは、意見の前提たる事実の存否をしっかり見極めて、慎重な発言をしないと、自分の良心にしたがった意見を述べることが他人を不当に貶め、自らの首をしめてしまうことになります。

ぶっちゃけた話は顔見知りと居酒屋で笑い話をしている時くらいにおさえ、公の場での意見表明は慎重にならなければならないことには、少し寂しい気はしますが、これが「一方的に意見表明する媒体」の限界なのかとも感じます。

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2009年3月29日 (日曜日)

投高打低

高校野球に出てくるチームにはいくつかのパターンがあります。

A:実力があり、優勝が期待される高校

B:何回か大会をすれば1回優勝できるかもしれない高校

C:3回戦くらいまでは余裕をもって勝ち上がれるがそこまでの高校

D:残念ながら、やや力不足で、上位進出は望めない高校

私は、高校野球はよく見にいきますが、1回戦は見ません。

AやBとDとの対戦は、見るに忍びないからです。

ところで、今回の大会は、大差がつく試合が非常に少なく、延長戦も多いです。

しっかり打つ高校が少ない反面で、好投手が多いというのが今大会の傾向です。

いい投手がいて、守備がしっかり守れれば、甲子園でも1,2勝できるCのレベルに達することは、他の手法と比べれば比較的用意といえそうです。

今大会は、打撃よりも、まず、堅実でねばり強い守備で試合の流れを作ろうとする高校が多いです。

それはそれで、勝つチーム作りや教育の点では正しい方針といえます。

しかし、チームとしては小粒な感は否めません。

夏には、120キロ程度の球は下位打線までしっかりミートしてくる高校がたくさん出てきます。

そういった高校が出てきたときに太刀打ちできるか、夏には、今大会とは出場校ががらっと変わってしまうのではないかとさえ、思います。

今大会は、もうあと4日。

最後まで、際どい守備合戦を制したチームが優勝しそうです。

この中から、4年後のWBCで活躍できる選手が出てくることを期待します。

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2009年3月28日 (土曜日)

高速料金が1000円に

高速道路の料金がどこまで乗っても1000円になりました。

初日の今日は大きな混乱はみられなかったようですが、GWには大変なことになるでしょう。

国が高速料金を1000円でいいという。

それは、高速をもっと使ってほしいというメッセージがありますが、快適な利用を保証するものではありません。

快適な利用は利用者同士のマナーにより守られるものです。

公共の場所に遊びに出かけた際、施設管理者はゴミは後で業者が処理するから置いて帰ってよいといっても、本当にゴミを残していくと、他のお客は不快な思いをします。

誰かがいいといったから、好きなようにやるというのではなく、今回のように、多くの人の利用が見込まれるときこそ、ゴミ処理や、トイレの利用のマナーを意識し、他人に思いやりをもった行動が大切です。

私は、人が自由に自分らしく振る舞えることが大事だと考えていますので、個対個の関係では、遅刻やわがまま、マナー違反について、特に何も言わないことが多いですが、それが自分をこえて、他人に迷惑をかける場合には、厳しく指摘することがあります。

高速が安くなった。もうけもうけ、ではなく、

ただでさえ人が多くなって大変なのに、他人に気を遣ったら損、損、でもなく、

こういう時こそ、あえて電車を利用したり、迅速に動いて駐車時間を減らすなど、周囲に配慮した行動が大事ですし、少しでもそのことに気づく人が増えていくことを期待します。

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2009年3月27日 (金曜日)

自分を持つこと

昨日、矯正の話をしましたが、矯正というのは何を意味するのかは考えものです。

私の場合、他人に何か指摘された場合、それを参考に、いいものであればとりいれるし、自分の考えに合わなければ無視します。

議論しても答えのない話題や、上下関係で最終的には屈しざるをえない話題では、時間と労力のコストを考えて、さっさと相手に譲ることもあります。

このような対応の中に矯正があるのかは、難しいところでしょう。

他方で、矯正の対象となる犯罪者などは、2つのパターンがあると思います。

ひとつは、回りに流されてばかりで、自分をはっきり持てていない人間

もうひとつは、根本的に見当外れの方向で、自分を固めてしまっている人間

前者は、自分がどうあればよいか定まっておらず、不安定な心の上で、他人からちょっと背中を押されてしまえば、犯罪に及んでしまう人です。

このような人は、人に左右されるので、矯正は可能ですが、すぐに、元に戻ってしまう危険もあります。

どうあればよいかを教えつつ、自分を持つことの大事さを教えることが大事です。

後者は、歪んだ人格を直すことができれば矯正ですが、大人になればなるほど、それは困難になります。

どのパターンでも「矯正」らしきことができるのは、限られているように思います。

限られているから投げ出すわけではありませんが、事後に矯正するよりも、事前に「自分を持つことの大事さ」「他人を思いやることの大事さ」を身につけさせていく方が効果的です。

その点で、学校や、場合によっては鑑別所・少年院での教育が担う意味は非常に大きく、私もこのような業務に携わる際は、丁寧かつ心のこもった言動を心掛けたいと思います。

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2009年3月26日 (木曜日)

裏表

「きょうせい」という言葉を漢字変換すると、

まず 強制 が出て、

次に 矯正 が出て

そのあと、 共生 が出てきました。

同じ読みでもえらい意味の異なる言葉が出てきたものだと感じました。

このブログでも何度もとりあげています通り、人はそれぞれ、自由に自分らしく生きることが一番大事だと思いますので、強制は私の思想や生き方に照らして憎らしい言葉で、他人から強制されることには反抗する人間です。

ただ、悪い点は自主的に直していかねばなりませんので、その指針を与える矯正はやりかた次第ですが、人間の成長と人間社会の平穏のために必要なものと考えます。

そして、各自が自分らしく生きつつ、共生できる社会こそが人類全体で成し遂げるべき課題であり、最終目標ではないかと思います。

他人に強制したくはないし、されたくもない。

しかし、必要があれば矯正すべきだし、矯正されるべき。

それは、他人と共生するための努力。

意味は表裏正反対だが、同じ読みの言葉、きっちりと使い分けて、人間社会がうまくまわっていくことを強く望みます。

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2009年3月25日 (水曜日)

地裁の判断と高裁の判断

まだまだ若手で未熟な私のもとには、途中まで自分でこなしたが、あとどうすればわからないので、引き継いでほしい、という依頼がしばしばあります。

当然、勝算を計算のうえ、受任しますので、和解による解決ができなくても、ほぼ全ての案件で、一部勝訴以上の結果を地裁で残します。

法テラス案件が多いこともあってか、相手方の不服申立てに際して、高裁での代理は依頼されない(再び自分で行う)ケースも相当数あります。

しかし、私が代理人から外れたとたん、高裁で逆転の判断が連続して出たことがあり、残念に感じたことがあります。

同じ訴訟資料なら同じ判断が出るというのは理想論で、地裁と高裁の判断は結構分かれるようです。

これを分析すると、地裁は実質的妥当性を重視した判断をするのに対し、高裁は、最高裁や著名な学者の論文の記載に忠実な判断をしているといえると思います。

このように、判断手法の分かれる中で、われわれ弁護士の打てる方策といえば、文献や判例をしっかり調査したうえで、有利な主張を間違いなく裁判所に伝えるとともに、地裁では、結論の妥当性を説得的に論じる形式で、主張を構成するのが望ましいといえそうです。

裁かれる側からすれば、同じ訴訟資料からは、同じ結論を導いてほしいと思いますが、これは裁判官も人それぞれに考え方や立場が違うので、限界があります。

しかし、それは1つの事件を見る視点が複数あることに起因する面も大きく、誰がどこから見てもこれが妥当な結論であろう、そう思えるよう多角的に検討し、主張を構成することが大事です。

なかなか困難な話ではありますが、そういう活動をできるようがんばっていきたいと思います。

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2009年3月24日 (火曜日)

アジアの力

20世紀、日本人メジャーリーガーを数名輩出したころ、日本野球がアメリカを上回ることを予想した人が何人いたでしょうか?

韓国野球が日本を脅かすことを予想した人が何人いたでしょうか?

2006年、韓国は日本を2度倒し、日本と韓国はアメリカをおしのけてWBCの二次リーグを突破しました。

この時は、アメリカがメキシコに負けてくれた偶然と、日本の韓国に対する油断という偶然的要素が大きいと考えた人が多かったのでしょう。

しかし、2009年のWBCの決勝の舞台に立ったのは日本と韓国。

日本は韓国に2敗しながらも、大事な試合を勝ちきり、優勝しました。

アメリカはといえば、予選から負けを重ね、日本には完敗。

資金力で有力な選手がアメリカに集まってはいますが、選手の国籍で考えれば、アメリカよりもアジアのレベルが高いのではないかと思わせる大会になりました。

もちろん、アメリカはメンバー的にもコンディション的にもベストにはほど遠く、実力を出し切れてはいません。

しかし、それは日本も同じような事情をかかえており、結果を覆す事情ではありません。

20世紀に、近代化で遅れをとった東アジアが、「正確性」を売りにした着実な成長で、欧米に比肩する国家に化けた歴史が野球界でも繰り返された思いです。

野球においては、三振をとる剛速球やホームランの方が観客としては楽しいですが、勝つという点においては正確なコントロールと機動力が大事であることを物語り、これを備えるアジア野球が野球界をリードするというのが今の野球界の実情だと言ってもよいと思います。

これを機に、プロ野球選手を目指すこどもたちが、皆、コントロールや機動力を重視した小回りの利く選手を目指すと困りますが、パワーや体格のない選手がどのようにトレーニングしていけば良いかについて、大きなヒントと希望を与えてくれたと思います。

先日開幕したセンバツ甲子園での挨拶でもありましたが、日本野球の原点は高校野球です。

甲子園を目指す球児がますますその腕を磨き、どんどんいい選手が育ち、日本野球が発展していくことを大きく期待させるいい大会になってよかったと思います。

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2009年3月23日 (月曜日)

仲間外れと感じたとき

私が今住むマンションでは、住民にマナー違反があるとすぐにエレベーターに注意が貼られます。

掃除夫の方に聞けばそれほど悪質なものではなく、気になったから管理会社に連絡しただけ、とのことですので、管理会社の対応が迅速なのでしょう。

以前住んでいたマンションでは、ゴミ置き場にせよ、自転車置き場にせよ、ペットにせよ、騒音にせよ、管理会社の対応が非常に遅かったため、やりたい放題の住民がいました。

管理会社がしっかり対応すれば、2番手、3番手のマナー違反者が現れない、そうすると、自分だけが違反している後ろめたさから、マンション全体がマナーを守る空気になります。

逆に、皆がゴミや自転車を好き勝手置いていれば、自分だけ真面目に規則を守っていても仕方がないと思い、どんどんマナー違反者が増えていきます。

大人の社会では、やってはいけないことをさせないためには、口で直接注意するよりも、その人が特異な存在であることを明らかにし、自覚を促すのが大事だと感じます。

思えば、日本社会の治安が世界的に見て良いのは、こうした人の誘導の仕方がうまい面もあるのだと思います。

もっとも、精神的に未熟な中高生は疎外感を感じるとかえって反抗する場合がありますので、安易に人を疎外すればよいというわけではありませんが、人を動かすには、間接的にうまくコントロールすることが大事であることは、ここにもよく表れています。

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2009年3月22日 (日曜日)

湯布院

大分に行った最大の目的は湯布院です。

湯布院の夢想園の露天風呂は何度言っても最高の風呂だと思います。

広々とした露天風呂から壮大な湯布岳を眺め、自然の中で、自然と一体化した気持ちになると、これまでのつまらない失敗やいやな気持ちなどすっきり忘れてしまし、生きていることの幸せを実感できます。

もちろん、食事の方も豊かな水を利用した野菜や豆腐、そして地鶏や地牛などの肉類も充実し、満足のいく食事を堪能できます。

温泉に旅行に行くにあたり、まず思いつくのは湯布院で、他人に紹介するのも湯布院です。

しかし、この湯布院に不満があるのは、外来の人たち。

地元の人と思われる人は非常に親切で楽しいのですが、時々、食事や買い物の際、不親切で嫌味なスタッフがいます。

さまざまな事情から、外からアルバイト的に来ている人ではないかと推測されます。

また、日ごろ交通量が少ないからこそ、信号のない交差点なのに、旅行者が狭い道まで車でおしかけるため、商店街や観光地近くの狭い道では非常に通行に迷惑な様子も見られました。

いい観光地だからこそ、私は、皆に愛される楽園であってほしいと思いますし、観光客も、金を払っているからやりたいようにするのではなく、親切に出迎えてくれる地元の人たちのことを思いやる必要があるのではないかと思います。

とはいえ、見るところはそれほど多くありませんが、満足度は非常に高いいいところです。

ぜひとも多くの人に愛されてやまない温泉地であり続けてほしいと思います。

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2009年3月21日 (土曜日)

別府

3連休を利用して大分へ行ってきました。

初日は別府。

今は人気が大分おちているようですが、それでも、地獄めぐりや砂風呂など、名所は観光客でごった返し、大盛況でした。

海が近く、風が気持ちよく、街のあちこちから湯けむりがあがる風情は非常に趣深いものです。

町としても結構開け、さまざまな施設があり便利ですが、旅館や飲食店が結構古く、一昔前に発展し、そのあと、あまり開発されていないのではないかとも感じます。

「温泉宿」としては、ほかにもいろいろな名所が台頭してきましたので、別府だけが特別扱いされなくなったのが大きいと思います。

しかし、初めて大分に旅行した際、別府の地獄めぐりは欠かせません。

別府観光をして、そのまま別府の温泉宿に宿泊するか、食事どころに困らない大分に宿泊するかほかのところへ行くか、その選択肢が広がっただけで、別府自体がさびれたり、観光地としての質が落ちたということはまったくないと感じました。

空港から移動する際、同じ飛行機で来た観光客のほとんどは「まず別府」という人が多かったです。

さまざまな温泉観光地が台頭してくる中で、別府は頭抜けた特徴は今は備えていないかもしれませんが、快適に過ごし、いろいろ楽しむには、パーツの揃ったよいところです。

私自身は別府は6年振りですが、知人にお勧めできる名所であることを再確認できました。

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2009年3月20日 (金曜日)

賢いエレベーター

エレベーターの待ち時間は苛立ちを感じやすい時間です。

やたらとろいエレベーターにいらだちを感じることはありますが、これは仕方ありません。

エレベーター絡みの事故は危険ですので、安全第一の運転をするエレベーターは大事な任務を忠実に守る信頼に値する乗り物です。

しかし、行先指示に従うばかりで、上階にたまりっぱなしのエレベーターなどは、指示に従うだけで、融通の利かない「頭の悪い」乗り物だと思います。

同じ階に固まっていても意味がありませんし、時間帯によって利用の多い階に自然に移動するなど、いろいろ方法はあると思います。

そんなエレベータに乗って、昼食から職場に帰るときや、夜帰宅する際に、私は出る時1階のボタンを押してでます。

1階から目的階に移動したい人が多いこの時間帯、1階にエレベーターがあり、すぐ乗れると、ささやかながらうれしいですし、少なくともストレスは感じません。

ボタンを1つ押すという簡単な作業をするだけで、他人のストレスを解消できるのなら、非常にお安い御用です。

私自身、普段、エレベーターの動きに不満を持つことが多いので、少しでも他人がストレスを感じない行動ができればいいなと思います。

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2009年3月19日 (木曜日)

このむかつきをどうすりゃいいの?誰が僕を救ってくれるの?

「先生、これ慰謝料とれまっか」

「とれまへん」

「いや、まだ何も相談してへんわ」

という、漫才みたいなやりとりは決して意図的にやっているわけではありません。

人間のつきあいの中では、他人の言動にむかつくことは多々あります。

最近の相談では、むかついたんやけど、慰謝料いくら取れます?

という対応に苦慮するものがしばしばあります。

慰謝料は、不法行為に基づく損害賠償請求権で、文字通り「不法」な行為が前提とされます。

「不法」と万人が言えるのは犯罪行為や離婚原因を作ったことなど、明らかに「アカン」ことで、単にむかついただけでは慰謝料は請求できません。

というか、人をむかつかせたら慰謝料を払わなければならない、そんな拘束された社会には私は住みたくありません。

このように、簡単に慰謝料を口にする人は、他人のことを考えることが苦手な、未熟な人間だと私は認識し、相応の対応をします。

相応というのは、法律上慰謝料は請求できないことははっきり告げたうえで、同時に、それを告げただけでは解決にならないことも知っていますので、法律外の点でできる限りのアドバイスをします。

相談者としては、日本の法律の不合理を感じるかもしれませんが、人間社会の動きを考えればこれは当然の帰結だと思います。

苦労はしますが、少しでも相談者の納得のいくかたちで、うまく説明できるようになりたいと思います。

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2009年3月18日 (水曜日)

いやな相手

WBC日本代表は試合全体としては優勢にすすめながら、2つの弱点を突かれて敗戦しました。

一発勝負ではいかに相手に弱点を見せない、突かれないことが大事ですが、

立ち上がりの不安定

と、

大事なところでストライクを決められないコントロール力

という2つの弱点をつかれて失点を重ねてしまいました。

先日書いたとおり、一発勝負では、いかに相手につかれる弱点を減らし、的をしぼらせないことが大事になります。

シーズンを通じて安定した成績を残すよりも、短時間で攻略できない選手のほうが有効であることを如実に物語りました。

自分の目線ですぐれているか、いないかではなく、相手の目線で面倒臭いかそうでないかが、大事です。

このことは、われわれの仕事にも有用な考え方で、自分目線で勝算十分かどうかよりも、相手にいかに敗訴濃厚であるかを知らしめたほうが、はるかに迅速かつよい結果に落ち着きます。

いやらしい考え方であまり好きにはなれませんが、勝負事では相手の嫌がる仕事を続けることが大事だと改めて感じます。

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2009年3月17日 (火曜日)

自分らしさを忘れずに

人間は人それぞれです。

誰がどのような考えを持ち、どのように生きるかはその人の自由意思で決めるもので、他人が指図するものではありません。

よく自分と考えの違う人間に、自分の主観的な言動や生き方をおしつける人がいますが、それに従うのも、従わせるのも、人間として未熟な面の現れだと思います。

私の場合、以前、怒られた際の対応について書いたこともありましたが、

・議論しても平行線でまとまらない、あるいは、上下関係で最後は押しつけられる

という場合には、無駄な争いはせずに、形だけ「はいはい」と従い、実質は自分の良心や理念に従い行動します。

・議論により解決しそう

という場合には、相手を尊重しながら、粘り強くお互いに納得のいく結論を求めます。

人に怒られようと、嫌われようと、(犯罪志向などの極端な例外を除き)人はそれぞれ自分らしく生きるべきで、他人の言動に常に左右されながら生きるべきではないと思います。

少なくとも自分はそう行きたいし、周りの人にもそうあってほしい、というのが、今の私の大きな願いです。

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2009年3月16日 (月曜日)

独占禁止法の独占?

独占禁止法は分量も適度で勉強しやすい法律ですので、自主的に研究している弁護士は少なくありません。

しかし、現実的には事件の圧倒的な少なさと偏在により、本を読む以上の勉強は困難で、専門家にまではなろうとしてもなれないのが現実です。

事件はなくとも、中小企業の案件でも、相談レベルではいくらでも案件はあります。

しかし、事件を通じて法の扱い方を体系的に学ばなければ、単発の知識を超えるものではなく、専門知識として使えるものではありません。

とはいうものの、これは少し誤解があり、独占禁止法を知っていれば当然気づくべき論点を弁護士が見落としている、その背景には、独占禁止法の考え方が現在の「常識」に合致していない面もあるのでしょう。

私も独占禁止法は勉強していますが、業務としては、もっぱら知的財産権法の検討の中で派生的に検討するくらいです。

皆そんなもので、真に事件処理をできるようには、こうした機会に検討できるだけ検討しておくことが大事であると思われます。

一部の弁護士に独占されている非常に皮肉な法律ですが、研究する面白みは非常に高いものですので、小さな契約書チェックでも丁寧に見て理解を深めていきたいと思います。

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2009年3月15日 (日曜日)

感情を表現する

知り合いの関係で芝居を見に行きました。

先日、小説を書く際の大事なポイントについて記事を書きましたが、芝居で大事なのは登場人物の感情をいかに表現するかです。

ただ泣く、ただ笑う、ただ怒る、これは練習すればだれでもできることです。

大事なのは、なぜこの人は泣いているのか、なぜ怒っているのかを、シナリオその他「演劇の全趣旨」から理解でき、いかにそれに共感できるか、小説を読む、テレビドラマや映画を見ることと違う演劇の面白さはそこにあると思います。

爆笑を誘う演出も必要、殴り合いの演出も必要、しかし、一番大事なことは話の中で最も重要な人物の心の動きと、それを周囲の人物がどう受け止め、どう反応しているのか、それを観客が受け止められば、観客はそれをお土産に持ち帰り、満足感とまた来ようという気持ちになります。

逆にこれがなければ、ただ器械体操を見た、お金を出してまでまた見たいとは思わんな、という気持ちになるのでしょう。

今日私が見た演劇は、まだ公演が続くため、一切ネタバレはしませんが、ドタバタした事件の背景に非常に純粋かつ人情あふれる感情が動いていることがわかり、大変満足できました。

また機会があれば行ってみたいと思います。

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2009年3月14日 (土曜日)

適材は適所へ

オープン戦のオリックスvs巨人を見てきました。

WBCの最中ということもあり、若手が多く試合に出ており、どれだけの選手が今シーズンブレイクできるか、名前を覚えておこうと思いました。

巨人は、高卒2,3年目の若手がスタメンで活躍していますが、数年前の松井黄金期では考えられないことです。

その時期に入団していたら十分な試合経験を積むことなく退団していた可能性があり、現に、能力がありながら、試合に出させてもらえないまま引退した選手もいるかもしれません。

松坂のように、どのチームに行ってもエースになれる選手なら別ですが、多くの選手にとって、いかに入団してから成長できるかが大事です。

2軍は実戦経験をあまり積めないので、いかに自分にチャンスをくれるチームに入るかが、ビッグチームに入るよりも重要になってくると思います。

巨人に行きたい、メジャーに行きたい、そう思う気持ちは大事ですが、すぐ活躍できるわけではないのであれば、まずは、試合経験を積めるチームに入ってしっかり実力をつけて、それから移籍するというのが、巨視的に見た勝ち組の人生設計ではないかと思います。

ともあれ、WBCで主力がいない今は、若手選手にとっては絶好のチャンス。

しっかり経験を積み、どんどん日本プロ野球界を底上げしてほしいと心から思います。

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2009年3月13日 (金曜日)

国を動かすチカラ

フィリピン人家族の特別在留が認められなかった件は非常にかわいそうですが、現在の法制度と運用状況では、やむをえない面もあります。

国の機関として判断する側においても、個人の心情的な理由で、特定案件のみを特別扱いするわけにはいかないからです。

このことは、法律や裁判例にかたくなに則り、融通の利かない裁判所を相手にしている私たちにはよくわかります。

具体的な妥当性を欠くとして、法制度やその運用状況に反した結論を求めるためには、国のトップを動かさなければどうしようもありません。

その点で、ハンセン病患者が当時の小泉首相を、C型肝炎患者が当時の福田首相を動かしたことは素晴らしいことでしたし、人間の力を集めた場合、とても大きな影響力を持ちうることを証明しました。

今回の件は、残念ながら、国を動かすまでには至りませんでしたが、今後に向けて大きな問題提起はなされたと思います。

今後、同様の悲しみをかかえる家族が現れないためにも、今回の件は、引き続き、国の問題を投げかけつづけ、具体的妥当性を確保した運用ができるよう検討が続けられてほしいと思います。

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2009年3月12日 (木曜日)

一流になるために小説家たれ

文章でまとまったメッセージを伝えようとする場合、大きくわけて3つの方法があると思います。
・簡潔に、エッセンスだけをまとめて読み手が読みやすい文章を組み立てる
・詳細に、細かな意図まで丁寧に記し、重要なことは繰り返し述べる
・短い文章の中に想像力をかきたてるよう巧みに文章を練り上げる

最初の方法は1を記せば確実に1を伝えることができますが、それ以上は伝わらず、伝えようとする
と誤解を招きます。
2番目の方法は、10記して、ようやく1~2を誤解なく伝えることができ、熱心に読んでくれる読
者には9伝えることができる反面、逆に、全く読んでもらえない可能性もあります。
この2つの方法は、伝えようとする内容と場面、読者層に分けて使い分けるべきでしょう。
究極の方法が3番目の方法で、3を記して10伝えることができ、その精度(誤解されない可能性)
は書き手の腕次第です。
小説家は、ドラマや漫画と異なり、具体的な映像のない暗闇で、読者に内容を楽しく伝えなければな
りません。
そのため、このような文章が書けなければ商売になりません。
ところで、このような文章の書き方ができるのは、小説家らだけだと思っていたら、実はそうではな
いようです。
どの道でも優れた人物は、決して単調な話はせず、冗長は話もせず、適度な長さで、質のつまった話
をされます。
どの分野で頑張るにしても、人との交わりの中で評価されていく以上、メッセージを的確に発信する
ことは極めて重要で、そのためには、上2つの基本的な文章力をしっかりつけることはもとより、第
3の方法による伝達方法についても、日々磨いていかねばならない(普通は、一流の人が書いた文章
、一流の人の会話から無意識的に学ぶものだと思います)と、良い文章、良い書籍、良い講義に出会
うたびに感じます。

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2009年3月11日 (水曜日)

知らんかったじゃすまされない

WBCの規則を日本チームが誤解していたようです。

松坂投手は、今日練習試合で調整し、15日の登板に備える予定でしたが、登板間隔を置かなければならない規則を誤解したため、松坂投手は本日の試合に登板することができず、明日登板して、中2日で本番に臨むか、ぶっつけ本番に臨むか、調整予定が大きく狂うこととなりました。

練習試合なので、大事には至らなかったものの、担当者の責任は重いです。

登板間隔の規定が練習試合にも適用されることすら失念していたのか、基準時を間違えたのかは定かではありませんが、大事な規則である以上、解釈に少しでも疑義があれば、本部に確認すべきです。

我々の業界では、手続についてよくわからないことはしょっちゅう出てきます。

文献等を調査して、現実的な妥当性もふまえれば、おそらくこれが正解であろうという結論にたどりつくことができますが、確信を持てなければ裁判所に確認します。

裁判所としては非常に迷惑な話ですが、「調査したうえで、たぶんこれが正解」と思い、間違ったことをしてしまうと、下手をすれば懲戒事案になってしまいますが、その背景には「裁判所に聞けばわかるのに、なぜそれを怠ったのか」という判断があります。

今回のWBCの件も、聞けばすぐわかることを聞かなかった責任は免れません。

実務感覚が身についたと誤解しがちな我々くらいの世代の弁護士は、調査を手抜きし、自分の感覚で動いてしまいがちですので、しっかり気を引き締めて、謙虚に行動していきたいと思います。

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2009年3月10日 (火曜日)

人の恨みをかう仕事?

弁護士を志す人の相当割合は人の役になりたい、人を幸せにしたい、という動機を持っていると思います。

しかし、その思いとは裏腹に、この仕事は人の不満をぶつけられ、時に恨みをかう仕事です

刑事事件を例に挙げれば、依頼者は犯罪を犯した人か、犯罪を犯していないのに留置されている人です。

おとなしい人もいますが、事の大小を問わずすぐに人を呼び出し、要求に応えられないと、不満や恨みを投げかける人は結構いるので、もう慣れました。

このような被害者の相手方たるのは被害者ですので、弁護士に対しても、犯罪者に対するのと同様の対応をする必要があります。

このような当事者の対応に手を焼き、裁判手続にぬかりが生じれば、裁判官や検察官が黙っていません。

事件によっては、孤独な四面楚歌状態にもなりえる辛い時もあり、何のためにこんなことをやっているのだろうと疑問を感じる時もあります。

民事事件も一方が全面的に悪く他方が全面的に正しいという事件はあまりなく、このような事件に弁護士が介入するのは好ましくありませんので、何かしら、自分の依頼者にも、問題があるケースがほとんどであると推測されますので、上記のような刑事事件と同様の構造をはらんでいます。

ただ思うのは、このような事件が発生してしまった後は、発生前の状態に戻すことすらできない場合も多く、事件発生前の状態と同等、もしくはそれ以上の幸せな状態に持って行くことは不可能なケースが多いのです。

弁護士は不可能を可能にする職業ではなく、人、それもできれば当事者双方を、今よりも幸せにする仕事です。

事件前に比べて不満が残るのは仕方のない場合もあり、逆に、今よりも少しでも当事者が幸せになってくれれば自分が仕事をした実感を感じてよいのではないかと思います。

頑張っても感謝されないのは悲しい面もありますが、自分の仕事に自信を持てれば、結果に満足できると思います。

そうあるべく日々頑張ろうと改めて思います。

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2009年3月 9日 (月曜日)

投手戦

昨日書いた事がそのまま、日本代表は投手戦でころっと負けてしまいました。

負けても順位が違うだけの話で、上に行くために致命的な試合ではありませんでしたが、予測できた範囲内だけに、悔しい思いはあります。

これからは、未経験の投手とあたる可能性がどんどん高くなり、投手戦になる可能性はますます高くなります。

そのような展開についていくためにも、球数制限関係なく、投手は打者一巡で交代し、慣れさせない、四球が一番怖いので、ボール先行の投手は1回以内で早めに交代する、という戦術が大事ではないかと思います。

今日の試合も、2巡目に入り、先頭打者の四球から決勝点を奪われました。

負けられない戦いでは、意地でも先取点を与えない気合いが重要です。

立ち上がりを乗り越えれば安定したピッチングをする投手でも、その立ち上がりに決勝点を奪われれば、致命的な敗戦投手になります。

昨日指摘した「相手の嫌がる」プレーの一つに、立ち上がりから安定している、というのがあると思います。

今後勝ち上がるためにも、試合開始から試合が決まるまで、緊張感をもって安定した試合運びをしてもらいたいと思います。

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2009年3月 8日 (日曜日)

一発勝負に必要な選手

WBC一次ラウンドは危なげなくクリアしました。

しかし、まだ韓国とは何度かあたります。

前回大会の韓国のように、2回勝っても、準決勝で一度負ければ敗退ですので、気をぬかず頑張ってほしいと思います。

たまたま打線が好調だっただけで、点差ほどの実力差はないことは、選手自身がよくわかっていることと思います。

打線が爆発すると勝利が近づきますが、打線を爆発させる方法などありませんし、それに依拠していると、投手戦でころっと負けてしまいます。

一発勝負では、打線に勢いのあるチームが有利なように錯覚しがちですが、そうではないと思います。

一発勝負は負けられない。

負けないためには、ミスをなくし、ギャンブル性をできる限り避ける。

そのためには、守備率が高く、かつ、相手が嫌がる攻撃をコンスタントにできる選手が望ましい。

よって、俊足堅守でそこそこの打率を残す選手を主体にチームを組み、そこにホームランバッターや左右ジグザグの打線を組み合わせて、投手が対応しにくいチームにするというのがベストと思います。

その点で、今大会のチームは、メジャーで揉まれた選手がうまくチームを支え、非常に面白いチームであると思います。

今大会も最後まで行けるよう、ぜひ睡眠時間を削って応援したいと思います。

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2009年3月 7日 (土曜日)

メーリングリストの利用

ヤフーのMLがかなり長い時間利用できない状態でした。

JCを中心に無料MLはよく利用するので、昨日の夜は焦りました。

この長い利用停止ですが、影響を思いっきり受けた人、受けなかった人の明暗が分かれたようです。

私のように、私的メールは自宅で行い、かつ、帰宅が遅い人間にとっては大打撃でした。

逆に、自宅ではパソコンは使わず、職場のパソコンでMLに加入、あるいは、ウェブメールで閲覧し、休日はメールを見ないという人も多く、そういう人たちにとっては何の影響もなかったのでしょう。

とはいえ、金曜日の職務時間後、MLで私的なメールを出そうとしていた人にとっては、影響は大きかったようです。

さて、MLは私の場合は、職場で、委員会や弁護団事件のMLに加入したりしていますが、職務上加入するものは多くなく、私的なものが多いと思います。

しかしながら、意外に多くの人が、「職場でのみ」MLに加入しています。

ウィルスの危険など、いろいろな面でMLの利用方法については、企業の経営者・管理者側において検討が必要かもしれません。

ともあれ、MLは復旧したようですので、溜まっている連絡事項を送ってしまい、これでスッキリして眠れます。

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2009年3月 6日 (金曜日)

叱ったり怒るべきとき、そうでないとき

人は他人に不満を持つと叱ったり、怒ったりします。

そのタイミングや程度は人それぞれですが、私の考えから見れば、もう少しおだやかにすれば人間関係がうまくいくのに、と思うことがしばしばあります。

私は、自分には甘いくせして、他人に求める要求は高いので、他人の言動に不満を持つことは結構あります

が、叱ったり怒ることはほとんどありません。

人それぞれ考え方は千差万別で、どれが適切かは、判別不可能なので、人それぞれ、それなりに考え、好きなように、やりたいようにするのが良いと思うからです。

言い方をかえれば、他人の言動に不満を感じても、その言動を否定する根拠はどこにもないから、ということができるでしょう。

それゆえ、犯罪行為や、著しいマナー違反行為など、明白に否定すべき言動を除き、他人を責めません。

もっとも、子供に対しては将来の成長のための教育の意味がありますので、大人よりは、やや厳しい態度をとるかもしれません。

自分なりに考えたことはそれを貫徹したいというのは人間のごく普通の心理ですが、他人もそれなりに考えて行動していますし、自分の知らない情報を把握していたり、自分の知らない状況下にあったりする可能性もあります。

そういった可能性をふまえ、お互いの考えを尊重しあう関係を築ければ、多少の不幸や困難があっても、人間社会は楽しく過ごせると思います。

こうした考えも理解されない、あるいは、批判される場合もあるでしょうが、他人の考えを尊重しながら朗らかな人間関係を築いていきたいという思いは、出会う人に伝えていければいいなと思います。

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2009年3月 5日 (木曜日)

観光者のための京都?住民のための京都

出張で新幹線に乗り、大阪から京都を通過する際、列車の中から京都タワーや東寺、その他のお寺などが見えると、京都に来たな、と感じます。

こういう京都の景観は、国際観光都市として今後も多くの観光客が訪れる以上、守っていってほしいなと思います。

私が学生のころ、京都市内の建物の高さ制限の問題が大きく議論されました。

その当時は、高い視点でものを見ることがあまりなく、地上からの視点でしか「京都」を見ませんでしたので、5階建の建物だろうが、20階建の建物だろうが、建物がある以上、景観は既にがされている。観光都市ということに配慮して、各自が自主的に高層建築を差し控えることに任せるべきではないかという考えでした。

しかし、京都を訪れる人は、新幹線や京都タワーや、その他、高い視点で京都を見ることが多く、ガラス張りのビルや高層マンションがあると非常に期待外れ感を抱いてしまうと思います。

大阪や神戸では、タワーマンションをはじめ、高層建築が次々とできていますが、観光都市として栄える京都においては、やはり、高層建築物は「異物」となりかねず、その建築には慎重であるべきです。

ただ、観光者のためだけに媚びた方針をとるのではなく、あくまで京都に住み、京都を動かしている住民の利益は、観光者のための環境確保のために大きく後退させられてはいけません。

結局は、行政レベルでは最低限度の規制はやむなしですが、これを越えた規制は控え、その後は、京都の市民が、京都という都市の良さを十分に理解し、自発的に高層建築を控える、というところに落ち着くのではないかと思います。

京都は私の生まれた地でもあり、末永く世界中の人に親しまれる都市であってほしいです。

そのためにも、京都や近畿の人間ももっと京都の良さを知っていく必要があると思います。

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2009年3月 4日 (水曜日)

企業スポーツの今後

研究会でスポーツ法務の問題を検討していますが、この時期出てくるのは、不況によるチーム解散の話ばかりです。

この話をすると、営利追求文化無視の企業の姿勢ばかり追及されがちですが、この時勢の中ではそれは偏った考え方であると思います。

少し前までは、企業は多少、スポーツ分野に過剰投資しても、企業自体の経営にはほとんど影響がなく、その中で、長期的視点で社会的評価を上げていったり、オグシオのような企業イメージをアップさせるスターが出てくることを待つ余裕のある企業が比較的多数ありました。

しかし、この景気の中で赤字あるいは大幅な減収にみまわれ、コスト削減をはかろうにも、余分な社員は労働法に守られて、解雇も減収もできない、という困った状況におかれた企業は、もはや長期的スパンでの信用獲得を考える余裕はなく、簡単にコスト削減可能な部門=スポーツ部門を切り離す、という考えに行き着くのは至極当然なことです。

もちろん、企業としても、文化やスポーツがどうでもよいとは思っていない。

むしろ、自社から世界に通用する世界的な選手を輩出し、スポーツ文化を牽引する存在でありたい、と思っているはずです。

そのような企業にとっても、折角投資して育ててきたチームを手放すのは断腸の思いがあると思いますし、これを理解せずに、単純に企業の方針を否定するのはやや無責任な発言だと思います。

私の思いは2つ。

お金がないからチームを維持できない、それは仕方ない。しかし、折角根付きつつある文化を白紙に戻してしまうのではなく、身の丈にあった適当な規模で末永くやってほしいということ。

チームを維持できない究極の理由は、ファンが少ないか、ファンが試合を見に行かないから。後者の場合は、地元の人間を中心に試合を盛り上げ、企業に依拠するのではなく、市民中心のチーム運営に少しずつシフトしていくべきだということ。

非常に難しい話ですが、この苦しい時代だからこそ、日本のスポーツ文化をいかに育てるか、企業ではなく、ファンにその答えが求められている気がします。

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2009年3月 3日 (火曜日)

生命はたくましい

外に出たくない!

多くの人がそう思っているはずです。

それは、昨日からまた冷え込んだこともありますが、外に出ると、目・鼻・喉が痛くなるからです。

私も先週金曜日に、少し裁判所に出ただけで、喉が痛くなり、「やばい風邪の前兆?」と思いきや、鼻を思いっきりかんだらすっきりしました。

しかし、外に出るとまた同じ症状が起き、その原因が花粉であることはニュースを見るまでもなくわかりました。

一度飛び始めた花粉はたくましく、寒くなろうが、雨が降ろうがお構いなく、今日も我々の顔面を攻撃してきます。

ただ、まず思うのは、原因が花粉であると見抜いた学者がまず偉いということ。

そうでなければ、風邪薬を飲んで「治らん、治らん!」とあわてふためく人間がどれほど出ていたことやら。

次に思うのは、花粉にこれだけてこずるのならば、もっと微粒子のウィルスまたは細菌兵器が現れれば、人間は一瞬にして恐竜の後を追うことになりそうだということ。

命と自然をこよなく愛する私としては、花粉は大切な「神の子」ですが、少しいたずらのすぎるやんちゃ坊主のようです。

地球環境を守るうえで、欠かせないものだと思いますので、なんとか、うまく共存できる手段を見出してもらいたいと願います。

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2009年3月 2日 (月曜日)

不況を実感する時

不況不況と言われていますが、私はそのような実感はありませんし、同様の感覚を持っている人は少なくないのではないかと思います。

そんな人でも、簡単に、今の世界情勢が自覚できる瞬間があります。

昨年の夏にはイケイケドンドンだったアイツが破産申立?

こういったシチュエーションは決して希ではなく、これからは当たり前になってくるかもしれません。

景気のいい時は中小企業やサラリーマンでも、そこそこのサービスにはそこそこのお金を出してくれるので、顧客獲得は決して難しくありませんが、不況になれば、不必要な経費は容赦なく切り離されるため、こういった顧客をターゲットとしている会社や自営業は、いつ、顧客が激減し、倒産の危機の晒されてもおかしくありませんし、大手会社の社員であっても、いつ退職勧告等されてもおかしくないのが今の情勢です。

あんなに一生懸命やっていたのに、と、一緒に悲しい思いをしている時間はありません。

今、何ら不自由はなくても、この不景気の中で、いつ顧客が離れ、売り上げが確保できない状況に陥るかわからないからです。

ただ、真の本物は、どんな情勢でも、必ずお客はつきます(多寡は別にして)。

幸いなことに、今、それほど苦しくない状態の人は、自分がいかに本物になって、不況の不安におびえなくてよい状態を確立することに力を注ぐべきと考えます。

自分の今の状況に感謝するとともに、この機会を生かし、日本でオンリーワンと呼ばれるような凄腕弁護士めざし、日々頑張っていきたいと思います。

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2009年3月 1日 (日曜日)

不景気と言われるけれど・・

未曾有の景気低迷といった言葉をよく耳にします。

企業の業績が厳しく、社員を減らしていかねばならない会社が多いのは事実でしょう。

しかし、雇用に限定すれば、他国に比べればまだまだ恵まれた状況にあると思います。

働こうと思えばいくらでも働ける、これだけでも非常に恵まれた状況であると認識すべきです。

仕事がない・・と嘆く人たちは、嘆く前に、本当に職を探したか一度考え直してみた方がいいのではないでしょうか?

生活や家族を守っていくためには、職種を選ぶのは後回しだと思います。

仕事自体はあるのですから、待遇等に不満を持つよりも、まずは仕事を再開して、生活を整える、自分のやりたい仕事に就くのはその後の話だという発想ができないものかと思います。

また、伸びている業種は伸びているので、そういった業種を探すのも一つの方法でしょう。

私も、もし、この仕事で食べていけなくなったら、警備員でも介護でも清掃でも、何らかの仕事で生計を立てていくつもりでいます。

仕事がない人は、本当に辛い状況にあるとは思いますが、社会全体がこんな状況である以上、そう簡単に劇的に境遇が変化することはあまり望めません。

まずは、何か仕事につく。

その後に、自分のやりたいことを探す。

段階的に少しずつステップアップしていかねければ仕方がないでしょう。

厳しい社会では、誰もが思うようにいかない辛いを思いをしています。

そんな社会だからこそ、自分にできることで少しずつでも他人に貢献し、社会を豊かにしていくべきですし、そのような社会になればと思います。

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