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2009年2月 7日 (土曜日)

人生設計は自由に計画的に!

男は外で働いて金を稼ぎ、女は家を守る。

そんなスタイルはもう古いといわれます。

このスタイルが批判されたのは、

女性の仕事=家事

と勝手に決めるのではなく、女性もやりたいことをやりたい、という希望が出てきたことに端を発するのだと思います。

夫婦関係のスタイルの変化によって、男性の家事負担は増えたものの、劇的には増加していませんので、結局のところ、女性が家事を保育施設などにまかせたり、家事をする時間を職場に法的権利を行使することにより、女性の時間の使い方が変わった、というのが実情ではないかと思います。

まだまだ、女性が、自由に人生設計することが十分に満たされているかといえば、そうではないと思いますが、このようなスタイルの変化は、男から見ればうらやましいことである一面を備えます。

男は、働くしかありません。

働かずに、親の脛をかじって生活したり、犯罪で生計をたてる男には、社会生活の中で居場所を与えられません。

仕事が辛く息苦しくなっても、そこから逃げ出すことは、社会の中の一員であることを放棄することでもあります。

このような立場から見れば、仕事をしても、家事に専念しても、どちらでもよい(ただし、選択権があるのは甲斐性ある旦那のいる女性に限られますが)という自由は、うらやましい側面となります。

ともあれ、男性は、自分ひとりで生活するためのお金を稼ぐことは、幸いなことに、そう難しいことではありません。

女性は、家事が嫌なら、結婚しなければ、あるいは、子供を生まなければいい話です。

こういった考えから、フリーターの増加、結婚率・出産率の減少につながっていることは明らかですが、将来の社会よりも自分の人生のほうがはるかに大事ですので、各人が自由に人生設計することは、何ら嘆くべきことではないと思います。

ただし、

子供は計画的に作らなければいけない(「できてしまった」は生命に対する冒涜である)

子供には、自分を犠牲にしてでも、尽くさなければいけない(親の愛を受けずに育った子を後で矯正することは不可能)

私は、こう思いますし、現代人は自由を盾に、これに対する意識はかなり低いのではないかと思います。

そんな私は、まだまだ仕事で手一杯で、家庭に力を割く余裕がないので、当面子供は作らず、将来できた際には、仕事を後回しにしてでも、精一杯の愛情を注いであげたいと考えています。

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