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2009年2月16日 (月曜日)

当事者との距離

通常の民事・刑事事件では、記録の閲覧を申し出ると、原則として、裁判所が規則に従い編集する記録全てを見せてもらえます。

しかし、家事事件の場合、記録の閲覧を申し出ても、記録のどの部分を閲覧したいか特定させられたうえ、調停委員のメモなど、一定の書類については閲覧させてくれないものもあります。

前回の調停期日で誰がどういった、といった些細なことでも、過敏に反応する当事者もいますので、まさにそれが大事だという書類が閲覧できないというのは、なかなか辛い場合があります。

もちろん、裁判所は双方当事者に対して異なる顔で接し、これを徐々に近づけていく役割を果たしますので、相手方と裁判所のやりとりを全て把握してしまうと、それこそ大きな問題になってしまいますが、裁判所が一定の内部情報について当事者に対してシャットアウトしているのは、当事者から見れば、裁判所自ら当事者と距離を置いている感じがします。

裁判所と当事者との距離を縮め、腹をわった話をしなければ事件は解決しません。

しかし、一方当事者との距離を縮めすぎると、他方当事者との距離が広がることになり、双方当事者との適切な距離を調節していくことが大事だということでしょうか。

そう考えると、裁判所の仕事は非常に大変なものであると感じます。

しかし、事件終了後も、一定の書類の閲覧は禁止されたままであるなど、やはり、裁判所は当事者に対して暖かくなく、距離を置いている感じは残ります。

時折、裁判官や調停委員が気の利いた対応をとることがありますが、多くの場合、事件が解決しても、業務を終えた対応以上のものはありません。

当事者にとって、事件は大変な出来事で、頼りにする人との関係は非常に大きなものだと思います。

我々弁護士の立場からは、裁判所とは異なり、事件処理が業務的になることをできる限り避け、当事者の立場から様々な面で安心し、納得いく事件処理を心がけていかねばならないと改めて感じました。

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