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2009年2月28日 (土曜日)

ルールはルール

東京で、男性が客引きの外国人女性を殴って重傷を負わせたという事件があったようです。

風俗営業に関する法律が改正されて以降、お初天神や兎我野町を通る際に、うざったい勧誘がなくなり、非常に心地よい社会になったと感じていましたが、そこそこにぎやかなところでは、路上で

オニーサン、マッサージ、イカガッスカー

オニーサン、サンマンエン、サンマンエン、ヤスクシトクヨ

といった片言の日本語を話してしつこく勧誘する外国人は絶えず、なんとかしてくれよ、とうざったい気持ちを感じることはあります。

まっとうな日本の風俗業者がきちんと法律を守って客引きをやめているのに、違法でおそらく悪質な外国人の営業がおとがめなしというのは非常におかしな話で、外国人の個室マッサージ店に対する対応については、なんとかしてもらいたい、大きな課題であると思います。

しかし、いくらうざったいと言っても、殴るのは明確な法律違反。

違法な営業をさも当たり前のようにやる人間は、構うだけ時間の無駄ではないかと思います。

疲れて帰っている際に、変な声でしつこく勧誘されると非常に不愉快ですが、不愉快な人間に怒りを感じるのではなく、華麗にスルーする姿勢が大事ですし、近時のキレる子供、キレる大人に大事な心の持ち方だと思います。

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2009年2月27日 (金曜日)

金曜日の穴埋めはどこでする?

金曜日はたいがい忙しいです。

なぜか。

できれば、金曜日に仕事を終えてしまい、週末を家でじっくり過ごすのが理想ですので、たまっている仕事を一気にやってしまいたい気持ちが、まず理由に挙がります(この仕事について、週末に完全に仕事がなくフリーという状態になることは夢のまた夢であるとあきらめてはいますが)。

次に、金曜日はつきあいなどで、何かと予定が入り、ただでさえ、時間内にこなせない仕事を消化する時間がどんどん削られます。

さらには、金曜日は、依頼者やその他関係者からの電話やメールが非常に多く、何よりもまずそれに対する対応が優先ですので、ますます時間がなくなります。

そんなこんなで、金曜日にやろうと予定していた仕事は、まず、予定通りにはこなせません。

金曜日に終えられなかった仕事は、週末に出てきてこなすか、週明けに気合いれて追いつくかしなければなりません。

このような「決戦は金曜日」状態に備えてとるべき手段はいくつかあります。

①木曜日までに仕事をやりだめし、金曜日はないものとしてスケジュールを組む

②仕事は土曜日か日曜日にすると割り切って、金曜日は気楽に、絶対にその日にしなければならないことだけする

③仕事は週明けにスパートをかけると割り切って、金曜日は気楽に、絶対にその日にしなければならないことだけする

私の考えは、もともと①でしたが、仕事が増えると①は理想論となりましたので、②にシフトチェンジを余儀なくされました。

しかし、仕事以外にもやりたいことがたくさんある私にとっては、休日の位置づけは非常に大きいので、やがて、いかに、週末の時間を確保するかが大きな判断材料となりました。

そこで、最近は、木曜日までにやれるだけ仕事をする、金曜日も忙しい中でやれるだけ仕事をする、週明けには余計な予定は入れず、土曜日の朝に、残っている仕事を処理するスケジュールを立てる、時間が足りなければ週末に仕事、足りれば、週明けにスパートして終わらせる、という段取りが定着してきました。

土曜日にでも出勤して、ゆっくりたまっている仕事を処理するほうが、精神的には楽なのですが、時間をフル活用するには仕方ないとあきらめ、頑張っています。

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2009年2月26日 (木曜日)

判決理由中の判断

裁判例を検討していると時々おかしなことに出会います。

原審判決や審決を取り消して、真逆の結論を出す裁判は決して珍しくありませんが、判決理由中で、原審等があげた理由a,b,c,d,e,f,g・・・・をことごとく全て否定して原審等を破棄する判決を見ると釈然としないものがあります。

結論が、裁く人によって変わる、これは仕方のないことです。

だからこその3審制です。                  

判決理由中の判断も同じですが、それでも、6つ7つある理由全てが正反対の結論に至る、というのは確率論的に非常に低いものと思います。

結局、裁判で重要なのは、ただひたすら結論だけであり、判決理由は当事者を納得させるための言葉の技巧にすぎない面があるということでしょう。

だからこそ、裁判所は判決理由中の判断の拘束力を嫌います。

b,c,eは理由として認めるけれど、a,d,f,gは理由として認められず、総合的に認められない、と書くと、判決理由がごちゃごちゃしてきますし、「総合的に」ってなんやねん?とますます当事者の疑念を招来するおそれさえあります。

それなら、すっぱり切り捨ててしまったほうが、理由には納得できなくとも、結論には納得してもらえる、といった感じでしょうか?

受験時代は、答案に引用可能な、裁判例の理由中のフレーズばかり追いかけて読んでいましたが、意味のないことであったよくわかります。

判決理由よりも、結論とそれに至った価値判断の経過を、「解説」から拾い上げ、自分なりに消化していく読み方が最も裁判例を読み込むうえで大事だと思います。

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2009年2月25日 (水曜日)

電話で簡易相談所

今日は、遺言・相続センターの事件紹介待機日でした。

最近できたばかりのこの制度ですが、結構利用されているようです。

通常の事件紹介のように、弁護士会館に出向いた相談者が、紹介により、弁護士の事務所に足を運んで対面で相談するのではなく、電話でセンターに相談をした相談者について、センターから弁護士が紹介され、事務所に待機している弁護士から速やかに相談者に電話がなされ、相談を受けるという仕組みは非常に相談者思いの良い仕組みであると思います。

わざわざ予約をとって、弁護士会へ行き、いろいろと書類を書いて弁護士を紹介してもらう、時にはたらいまわしにされる(注:この文章は決して弁護士会の対応が悪いというものではなく、法律相談制度の限界に問題を呈するものです)というのは、相談者にとってやや敷居の高い制度です。

これが、ちょっと相談したときに、自宅から電話をかければ、30分以内くらいに、相談を受けてくれる弁護士のほうから電話をしてきてくれる。

当然、込み入った難しい内容であれば、その弁護士に予約をとって、詳しく相談にのってもらうことも可能。

という制度は、非常に使いやすいいい制度であると思います。

使いやすい制度であることは、同時に、事件性の乏しい相談件数も増えますので、やや大変な面はありますが、弁護士としても、デスクで仕事をしながら、少し手を休めて相談にのってあげることで、相談者に満足してもらえれば、やりがいは感じます。

このように、少しでも気軽に相談できる制度は非常に良いものですので、今後ますます充実していくことを期待してやみません。

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2009年2月24日 (火曜日)

離婚事件は難しい

東京家裁では、しばしば離婚訴訟について、訴状審査の段階で、原告代理人に訴えの取り下げ勧告がなされるという話を聞いて驚きました。

離婚案件は、当事者の感情の琴線にふれる事件であるため、弁護士として軽率な発言をすることは許されず、非常に気をつかう事件です。

そのためか、依頼者にはっきりと物を申しにくく、勝算はあまり高くないことを知りながら、依頼者の要望に従い、離婚訴訟を提起したというケースが多いのかと思います。

間違っても、原告代理人が勝算を見誤ったり、着手金目当てで勝てない事件を受任したのではないことを祈ります。

裁判離婚を求めるうえで、重要な事情は、別居期間と、被告の有責性です。

相当の別居期間があれば、原告に特段の問題がなければ離婚は認容される見通しがたちますが、別居期間が短い場合、被告の責任を主張・立証しとおさなければ、なかなか離婚は認容されません。

調停では離婚に応じていても、裁判では争うかもしれない

性格の不一致は離婚原因になるが評価が難しい

軽度のDVや浮気が先行していても、被告が猛省していればやはり離婚は困難

不貞は事実上直接立証が不可能であるため、裁判所による推認に期待しなければならない面が否定できない

などなど、検討事項は枚挙にいとまがありません。

だからといって、依頼者に「これでは勝てない」とは、なかなかいいづらいですし、いうべきでないケースは多く、非常に難儀です。

ただ、裁判上のルールはルールで、当事者の希望や感情で左右されることはあまりなく、それは我々弁護士が的確に把握し、依頼者を最善の方向へ導いてあげる必要があります。

何らかの理由があって離婚したいという要望があれば、協議・調停で精一杯離婚成立に向けて交渉する。

その中で、離婚に至る決定的な事情がみつかれば、裁判で決着をつければよいですが、決定的な理由がみつからない場合は、相当期間の別居という既成事実を固めることに力を注ぎ、離婚を急がせないように気持ちを持っていくことも大事でしょう。

どこの法律事務所にもあり、「誰でもできる」と思われがちな離婚案件は、法律紛争の中でも特にナイーブな、非常に難しい事件です。

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2009年2月23日 (月曜日)

いい法曹の定義

いい裁判官・いい弁護士の定義の仕方はいろいろあると思います。

最もオーソドックスな定義は、「業務を間違いなく的確にこなす」者で、多くの法曹はそのような法曹になるべく日々研鑽しています。

しかし、仕事をしていると、ふと、違和感を感じます。                      

弁護士よりも圧倒的に優秀なはずの裁判官ですが、「この人はいい裁判官だな」「この人と一緒に仕事したいな」と思える人には、2~3割くらいしか出会えません。

弁護士にしても、有名な先生が必ずしも、いいな、と思える先生とは限りません。

こう感じる理由は、相手の立場を理解しているか、相手の立場に配慮した言動ができているかによっているような気がします。

いい裁判官や弁護士は、話し相手の立場を理解し、その学力や感情をふまえ、その人の立場からわかりやすい言動を心がけていると思います。

だから、話がわかりやすいし、共感しやすい。

頭はいいけれど、いい法曹だと思えない人は、正論を言っていても、上から目線で、不利なことを言われた側は腹がたったり、素直にこれを受け入れられなかったりで、なかなかいい解決にはつながりません。

正しい判例や学説を唱えたければ学者になればよい。

事件を解決してなんぼの弁護士や裁判官は、相手を理解し、相手の立場でわかりやすい話を心がけねばならず、「これが正しいからこうしろ、理解しろ!」という態度はあまり好ましくありません。

忙しいから、いちいち個人のわがままや要望に応えてられないというのはただの言い訳で、きちんと事件処理ができないなら、事件数を減らして、丁寧に依頼者や相手方に接していくべきです。

私も、いかに効率よく事件を回転させるかに腐心した時期もあり、話し方もおそらく上から目線な時が多いと思います。

しかし、それではダメだと、周囲を注意しながら仕事をしていると理解できます。

そう簡単に変われるものではありませんが、少し事件数を減らしてでも、丁寧な事件処理、相手の立場にたった放し方を心がけていきたいと思います。

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2009年2月22日 (日曜日)

絶滅危惧種を救うためには

絶滅危惧種に関するニュースを結構みかけます。

沖縄では、人間が大きなヤシガ二を食べるため、交配をできるカニがどんどん少なくなり、絶滅の危惧があるとの報告がありました。

絶滅しそうだから、大切にしてあげなければいけない

そういうメッセージを発することは大切で、多くの人は、このメッセージを受けて、絶滅危惧種を大切に扱うことができるでしょう。

しかし、このメッセージを発してもすぐには動けない人もいます。

当該絶滅危惧種生活を依拠しており、自分の生活を捨てて、明日からとりません、とはいえない人、あるいは、既に人間が気づいた時には、生態バランスが崩れ、自然の中で個体数が回復することが困難となっている場合などが考えられます。

そうならないためには、早め早めの警告が必要になりますが、早めの警告では、なかなか危機感が伝わらず、一般市民においても、今から何をすれば良いかわからない場合が多いのではないかと思います。

絶滅危惧種についての報道は、ニュースや新聞で単発的に報道されるだけで、なかなか定期的に目にはしませんので、A種が絶滅しそう、という報道に接しても、大変だな、自分はA種をいじめていないから大丈夫だな、と思うだけで終わってしまいます。

自然の中に活かされる人間として、もう少し自然界で今起きていることに興味を持ち、様々な動植物に愛を感じる機会がもっともっとなければならないと思います。

そういった機会を提供する媒体が増えてほしいと思いますし、機会あれば、協力していきたいと思います。

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2009年2月21日 (土曜日)

長く続く番組

土曜日は長く続いている番組が結構あります。

私は土曜日は仕事やJCやつきあいなどで、ほとんど家にいないため、最近はほとんどテレビを見ていませんでしたが、今日は久しぶりに家にいたので、ゆっくりテレビをみました。

しかし、一風変わった、頭を使う問題がウリだったクイズ番組が、ごく普通の常識問題番組になっていたり、同じ芸人ばかりを繰り返し使い続ける番組であったり、少しがっかりした感がありました。

一定の知名度を得ると、なかなかやめられないものですが、惰性で、同じことばかり繰り返したり、やっつけで、ありきたりな内容で番組を続けることにはあまり賛同できません。

視聴率を維持するなら、常に新しい人材を取り入れ、新しいことにチャレンジするか、変わらないことを存在価値とするものであれば、現在のクオリティの維持のために最善を尽くしていかなければなりません。

こうした努力が「リスク」となるなら新番組で対応することになるのでしょうが、長く続くものは、このようなリスクを冒すことをまず放棄し、よそから簡単に取り入れられそうなノウハウだけをもってきてあてはめるということがしばしばあるようです。

人間の思考も社会も日々刻々変わっていくものです。

あまり何が一番正解かを考えることなく、随時、社会や人が何を求めているかを観察し、検討してみることが大事だと改めて感じます。

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2009年2月20日 (金曜日)

批判のしかた

批判はよく受けますし、よくします。

人間の人間に対する感情や言葉の中で、批判は愛情に匹敵するくらい大きなウェートを占めている気さえします。

批判というのはするのは非常に簡単です。

しかし、批判される側にたった考えも必要だと思います。

自分にできないことなのに、他人を批判する、というのは無責任です。

自分にはできないけれど、君ならもっとうまくできるはずだから頑張れ、という叱咤激励なら言葉を選んだほうがよいです。

自分ならできるのに、何でお前はできないんだ、という上から目線での批判は、別の場面で、自分が逆の立場にたった場合のことを考えるべきでしょう。

ただ批判するだけでなく、どうすればうまく行くか、建設的な話ができれば、批判は将来に向けて大きな財産となります。

ただ無責任な批判を行うのは、人間関係を悪化させる火種となり、あまり良い行いではありませんが、なかなかそのことに気づいていない人が多いです。

自分も、自分の思い通りに行かないときについ、批判的な言葉を口にしてしまうことがありますが、相手のことを考え、将来的なことを考え、できる限り適切な態度がとれるよう、少しずつでも学んでいきたいとおもいます。

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2009年2月19日 (木曜日)

いかに相手に自分の主張を伝えるか

私はブログでは、だらだらと同じことを繰り返し言葉を変えてかいていますが、裁判所や相手方に出す書面は簡潔明瞭を心がけています。

だらだらと事情をいっぱい書いても、事件の解決の必要な事情はその仲のごく一部にすぎず、頭のいい弁護士や裁判官はそこだけ走り読みします。

余計なことを書くとそこで揚げ足をとられたり、余計な紛争を引き起こすなどの弊害にも配慮しなければなりません。

また、一般人に出す文書では読みやすい文章にすることが大事ですし、長い文章は何より読むのが苦痛です。

そこで、要件事実とそれを裏付ける重要な間接事実に限定し、コンパクトに重要事項だけを理路整然とまとめるのがベストであると考えています。

しかし、結論を導くための計算式は、これで材料がそろうのですが、事件の概要や、重要な事情に至った経緯・合理性などを理解してもらうために、事件の解決には直結しないけれども、ある程度、周辺的事情を敷衍して書いていかねばならない場合もあり、この見極めに苦慮する場合がしばしばあります。

最初からたくさん事情を書く人もいますが、私は最初は簡潔明瞭な文書を出し、相手の理解度をうかがいながら、随時、事情を補充していく方式が良いと考え、この方式で落ち着いています。

結局は、他人に自分の主張をいかにわかりやすく伝えるかということ、答えのない難題ですが、日々試行錯誤しながら、磨いていきたいスキルです。

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2009年2月18日 (水曜日)

真の社会奉仕活動とは

ゴミ拾いをしようという心がけはよいことですが、ついつい、簡単な、路上のゴミを拾うことに限定してしまい、わざわざ朝早く起きてゴミ拾いをしたり、怪我や汚れのリスクを背負って植え込みや溝まで丁寧に掃除する考えには思い至りません。

これはボランティア活動をするうえで、心のどこかに自己満足を求める欲求、自己満足を求めないと充足しない感情があるからだと思います。

もちろん、自己満足だろうが、就職や面接に有利にするための目的であろうが、社会奉仕活動を行うことは社会に客観的に有益で、増えていくことは望ましいことです。

そのうえで、社会貢献活動に見返りを求めず、多労無益な活動に誠心誠意とりくめるようになって、人間としての成長があり、真の社会奉仕活動が実現するのだと思います。

JCをはじめ、いろいろ社会奉仕活動をしてきましたが、まだまだ「最終的には自分のため」の偽者の社会奉仕活動しか行えていないことを感じます。

こればかりは、意識1つでそう簡単に変えられることではないので、少しずつでも変わっていき、実現していければいいなと思います。以前、仲間内で、御堂筋かこれに準じる大通りのゴミ拾いをしようかと話し合ったことがあります。

しかし、御堂筋をはじめとする大通りは非常に綺麗で、拾うゴミはあまりありません。

ゴミよりも放置自転車が目につきますので、放置自転車を、通行人の邪魔にならないよう整理して歩こう、という案も出ました。

しかし、一定人数で大通りで活動をすると、そのほうが通行の邪魔で、警察署の許可を得なければならないことや、ただ並べなおすにしても、他人の所有物を勝手に動かすことにより、一定のトラブルが予測されることから、この企画は断念することとなりました。

しかし、早朝などに、ゴミ拾いをしている団体は時々見かけます。

それは、早朝は(酔っ払いやホームレスらによる)ゴミが一番多い時間帯であること、路上ではなく、植え込みや溝のゴミのゴミを積極的に探して清掃していることなどから、成果をあげているようです。

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2009年2月17日 (火曜日)

寒いと耐えられないこと

予想通りまた寒くなりました。

冬は寒いのが当たり前なので、寒いこと自体は当然のものとして受け止められます。

しかし、寒いとどうしても耐えられないことがいくつかあります。

①朝、布団から出る瞬間、シャワーからあがる瞬間

これは、もう「暑い」というくらいまで辛抱してから出るしかないと思います。

②自転車に乗っている際の「手ん棒」

危ないと思いつつも、寒い時期に自転車に乗ると、どうしてもドラえもんの手になってしまいます。

③信号待ち

これは最悪の試練。

パトカーが通ろうが、派出所の前だろうが、車が通ってなかったら赤信号をつっきります。

④白く粉ふく肌の「掻いちゃダメ!」

無理です!

暑い時期と違い、このような耐え難い要素がいろいろある冬はあまり好きではありません。

しかし、季節としての冬はあと10日あまり。

ゴールの見えてきた冬(例年、3月下旬まで寒いですが)を乗り越えるのはそう難しくない気がします。

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2009年2月16日 (月曜日)

当事者との距離

通常の民事・刑事事件では、記録の閲覧を申し出ると、原則として、裁判所が規則に従い編集する記録全てを見せてもらえます。

しかし、家事事件の場合、記録の閲覧を申し出ても、記録のどの部分を閲覧したいか特定させられたうえ、調停委員のメモなど、一定の書類については閲覧させてくれないものもあります。

前回の調停期日で誰がどういった、といった些細なことでも、過敏に反応する当事者もいますので、まさにそれが大事だという書類が閲覧できないというのは、なかなか辛い場合があります。

もちろん、裁判所は双方当事者に対して異なる顔で接し、これを徐々に近づけていく役割を果たしますので、相手方と裁判所のやりとりを全て把握してしまうと、それこそ大きな問題になってしまいますが、裁判所が一定の内部情報について当事者に対してシャットアウトしているのは、当事者から見れば、裁判所自ら当事者と距離を置いている感じがします。

裁判所と当事者との距離を縮め、腹をわった話をしなければ事件は解決しません。

しかし、一方当事者との距離を縮めすぎると、他方当事者との距離が広がることになり、双方当事者との適切な距離を調節していくことが大事だということでしょうか。

そう考えると、裁判所の仕事は非常に大変なものであると感じます。

しかし、事件終了後も、一定の書類の閲覧は禁止されたままであるなど、やはり、裁判所は当事者に対して暖かくなく、距離を置いている感じは残ります。

時折、裁判官や調停委員が気の利いた対応をとることがありますが、多くの場合、事件が解決しても、業務を終えた対応以上のものはありません。

当事者にとって、事件は大変な出来事で、頼りにする人との関係は非常に大きなものだと思います。

我々弁護士の立場からは、裁判所とは異なり、事件処理が業務的になることをできる限り避け、当事者の立場から様々な面で安心し、納得いく事件処理を心がけていかねばならないと改めて感じました。

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2009年2月15日 (日曜日)

阪神間

神戸~大阪間が高級住宅街として急成長している感じがあります。

芦屋は有名ですが、その東西にふくらみ、苦楽園・西宮・御影あたりまで地価が急騰しています。

その中でも、特に西宮は、西宮ガーデンズをはじめ、どんどん急成長でいています。

西宮市は、もともと大阪にも神戸にも近く、通勤に便利な都市でしたが、どうしても芦屋やその周辺には、住宅地としては人気が落ちました。

しかし、芦屋や苦楽園の土地不足が原因か、西宮開発が進むと、一転して、高級住宅街として有名な場所となりました。

こうなると、阪神間の住宅街は、甲子園・尼崎に広がるのではないかと思いつきます。

甲子園は野球で五月蠅そう、尼崎は環境が悪そう、というイメージがあります。

しかし、甲子園も、阪神戦以北は、普通の土地です。

尼崎も、この不況の折、工業地から商業地・住宅地への変更を余儀なくされていくのではないかと思います。

土地は人間のニーズに応じて使われもので、今の阪神間の土地は、工場等よりも、住宅地としてのニーズがどんどん大きくなっているように思います。

そうなると、甲子園や尼崎周辺の土地も今後住宅地・商業地としての価値がどんどんあがっていくのでしょう。

それは、京阪間の土地も同じです。

大阪に根を下ろすサラリーマンはこうした状況を把握し、今後住宅地として栄えそうな土地を先読みして新居を構えるのが、非常に大事になってきそうです。

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2009年2月14日 (土曜日)

bj生観戦

bjリーグ大阪vs福岡を生観戦してきました。

様々な演出や企画に満ち、楽しい時間を過ごすことができました。

ただ、やはり、bjリーグは知っている選手が少ないのは残念です。

また、オンザコート3のため、半分以上が外国人選手で、その外国人選手もシーズン中に出入りが結構あります。

3~5番は外国人選手で固め、冷静なPGとシューターだけ日本人を手配する、という事実上画一されたチーム編成方針も気になります。

外国人選手が増えると、ダンクなどの派手なプレーは増えますが、bjリーグが「スポーツ」よりも「ショー」に近づいていっては、いけません。

地元密着で、少しずつ認知度と体制を整えて行こうとしているのはわかりますので、次の方針としては、地域住民に選手を覚えてもらい、「個々のプレー」から「選手」「チーム」に関心を持ってもらい、試合に興味を持ってもらうことだと思います。

NBAのようなレベルの高いリーグにすることは非常に難しいと思いますので、それに代わるものは、地域のとつながりと熱意だと思います。

もっともっと地域に根ざしたチームを目指し、1戦1戦熱意を持って戦っていれば、やがて日本の大きな文化の一翼を担う可能性も秘めている気がします。

今後もbjリーグの動きについてはしっかり気にかけていきたいと思います。

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2009年2月13日 (金曜日)

今何月?まだ、はやい・・

昼間コートを着ない話は先日しましたが、昼間コートの必要ない天気が続いています。

淀屋橋の電光掲示板を見たらなんと16度

2月中旬でこの気候はないでしょう。

今年は、11月下旬に少し寒い時期があっただけで、それほど寒さの厳しい時期は、まだありません。

地球温暖化のせいか、気候が1月ほどずれ、梅雨が7月に、猛暑が9月に、初雪が3月に観測されるここ数年の天気を見ていると、まだまだ3月に一波乱ありそうですが、気候から「今何月か」がわからないのは、人間の生活に及ぼす影響は大きいと思います。

この時期でもコートなしに活動的に動ける自由を感じるとともに、季節の醍醐味をあまり感じられなくなったことには寂しい気もします。

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2009年2月12日 (木曜日)

被害の評価

最近、刑事事件の話ばかりしている気がしますが、今日は、財産犯の量刑について。

財産犯では、被害金額と賠償の有無が量刑に大きく反映されていると感じます。

同じ条件下で、1000円の物と1000万円の物を盗んだ場合、前者では、被害弁償ができなくても、懲役1年執行猶予付き、後者では懲役3年実刑、という大きく異なる結論になることも予想されます。

被害金額によって刑が変わるのは当然のことですが、被害金額の違いにより意外に大きな量刑の差につながりえるため、今後ますます被害弁償の重要性が増していくと思われます。

ところで、被害は額面だけでは判断できない場合も多々あります。

1万円のありふれたものを盗むよりも、1000円の持ち主が愛着を持つ品を盗むほうが、被害感情としても、被害の回復可能性においても、厳しい量刑に値すると思います。

また、同じ商品を安売りで売るスーパーと、定価で売る小売店とでは、額面をもとにすると、小売店から盗んだほうが刑が重くなりそうですが、実質的な打撃は、利益率の低いスーパーのほうが大きいです。

それゆえ、「愛着」といった個人的な感情や、多少の金額の差は量刑には反映させないでしょうが、単純に金銭的な打撃を与えただけの財産犯の量刑も、厳密に考えていくと難しい点はいろいろ出てきます。

ともあれ、法曹が財産犯の裁判で被告人に理解してもらわなければならないのは、「被害者の痛み」と「お金を弁償するだけでは解決にならないこと」です。

刑期よりも、この根本的なことを理解してもらい、この不景気の時代に財産犯が増加しないことを祈るばかりです。

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2009年2月11日 (水曜日)

北野の高級フレンチ

今日は、久しぶりに奮発して食事に出かけました。

お店は神戸の有名店「シェ・ローズ」

東京の有名店は、相当早くから予約をとらなければなかなか入れませんので、1月前にきっちり予約をとって行ったところ、お客はだいたい半分くらいの入りで、ゆったりとした時間を過ごすことができました。

1品目は、あさりと白子の前菜。

最近、和食でもフレンチでも、有名店は結構白子をだすな~という印象ですが、それ以上に、あさりがしっかりとした歯ごたえで、良好でした。

続いてきたのは、お皿いっぱいにもられたサラダ。

エビがいい具合に焼けており、あっさりとしたサラダとの相性が素晴らしかったです。

食べ始めたころは、もう少しシーザーサラダやニース風にして、味にアクセントをつけてもいいのかなと思っていましたが、エビの甘さもあり、食べ終わったころにはちょうどよい感じでした。

3品目はアスパラと帆立貝のディッシュ。

ソースとウニがうまく味を調えており、メインの前にこれくらいの皿が出てくると少し幸せな気分になれます。

続く魚料理はフグと春野菜のお皿で、あっさりした味とフグ肉の弾力を感じながらおいしくいただきました。

メイン料理は鶉のココット。

骨付き肉のため、フィンガーボウルが出てきましたが、それをつかうことなく、ナイフとフォークで、楽しくいただきました。

鶉は鳥の中でも大好きな食材ですので、メニュー見た瞬間コレという感じで注文し、二羽分が1皿として出てきた時には非常に感動しました。

お店の人も残りを気にしていて、非常に人気の高いメニューなのだと思いました。

デザートは、焼きたてショコラに、アイスクリームという贅沢な一品。

さらには、コーヒーにまでフルーツなどがついてくる盛りだくさんな内容で、味はもちろんのこと、ボリュームの面でも文句なしの良いお店でした。

ただ、惜しむらくは、クレジットカードが使えず現金オンリーであること。

おかげで帰り道はギリギリの電車賃で、ちゃんと帰れるかヒヤヒヤしながら帰りました。

非常の満足度の高いお店でしたので、ぜひ今後も記念日などに使いたいと思います。

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2009年2月10日 (火曜日)

刑事弁護人は多弁に

普段、口数が少なく、依頼者に甘甘の私は、最近、刑事法廷ではおしゃべりになりつつあります。

被告人に有利なことだけを簡潔に手短に質問する。

これは、従来の刑事弁護手続では非常に重要なことでしたが、これは、頭がよく、刑事裁判手続に精通した裁判官や検察官が相手だからこその話で、それぞれが聞きたいことを聞きたい範囲で聞いて、判決に必要なピースを完成させることができるからです。

しかし、先日書いたとおり、近時、傍聴人増えていることと、裁判員制度を控えていることから、刑事裁判でのメッセージは、頭の良い裁判官よりも、むしろ、一般国民がわかりやすい内容を心がけるべきと思いました。

被告人に有利なことだけ簡潔に聞いて、後は裁判官まかせ、というのでは、決して傍聴人や裁判員は納得せず、むしろ、反感を買う可能性すら感じます。

いけないことはいけないと自覚させる、何を反省させるべきか理解させる、被害者の痛みを考えさせる、二度と犯罪を犯さないことを、口先で言うだけではなく、心から思わせる、そのような被告人質問を心がけなければならないと思います。

同時に、これまでの簡略な弁論要旨を廃し、なぜ被告人に軽い処罰を求めるのか、なぜこの事情は有利情状なのかを、もっとわかりやすく、説得力を持つかたちで書いていかねばならないとも思います。

裁判員制度を意識したわけではなく、自然と質問数や内容が変化したのは、頭ではなく、体が新時代の刑事裁判に反応した感じがします。

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2009年2月 9日 (月曜日)

骨折り損のくたびれもうけばかり

至極ありきたりな話です。

調停は、「ただの話し合い」であるため、奥が深いです。

自分としては、争点とそれに対する意見は整理できていても、調停委員は違う意見を有していたり、当事者は違うことを考えていたりして、なかなか話がまとまらないことはよくあります。

こうなると、調停時間はダラダラ間延びになっていき、スケジュールの詰まった弁護士には非常に辛い仕事となります。

話し合いが白熱すると「次の予定があるから・・」と、切り上げて帰るわけには行かず、調停は「いつ終わるかわからない」と考えておく必要があります。

そうすると、調停の後に別の裁判所での裁判や、打ち合わせが入っている場合には、時間に余裕があったとしても、その荷物は持って出ざるをえません。

重い荷物をもってえっさほいさと遠方の裁判所に出かけたときに限り、調停は早く終わり、骨折り損のくたびれもうけとなりがちです。

逆に、「今日は大丈夫だろう」と、たかをくくっているときに限り、調停が長引き、話の途中で退席し、事務員に記録を裁判所まで持ってきてもらう情けない弁護士になってしまいます。

年配の先生になると、調停をコントロールできる方もあるのでしょうが、私には不可能です。

それゆえ、調停の後には予定を入れないか、大量の荷物とともに動くがの2択をいつも迫られています。

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2009年2月 8日 (日曜日)

過大広告の結末

消費者金融業者相手の債務整理案件を受けるために、電車内でも非常に多くの広告がなされています。

しかし、1点疑問に思うのは、少し過大広告になっていないだろうか、ということ。

2年前であれば、消費者金融からの取立てに苦慮している人は、かなりの確率で過払金を返還請求できる状態にありました。

しかし、そういった長期間頑張って返済を続けてきた人が減ったのか、特定の事務所が独占しているのか知りませんが、最近では、一般の法律相談で、過払金を返還請求できる人の割合はかなり少なくなってきています。

反面で、2~3年の取引で、過払金は発生していないだろうと説明すると、「なんや、おたく、よ~過払取り返せへんのか」と毒づく人もときどきいます。

過払金を取り返せることを知らずにずっと苦しい目にあってきた人を救済することがまず第一ですが、宣伝広告のおかげで過払金返還請求の話はかなり認知されてきたと思います。

しかしながら、「頑張って返済していれば過払金がとれる」「弁護士や司法書士に依頼すれば、利息を踏み倒せる」といった、少し誤った考え方も広まっているように思います。

そういった甘い考え方をもってしまった人を甘やかすのではなく、つきはなすのでもなく、無理のない範囲で支払いを継続させるよう誘導することが、今後ますます大事になってきそうです。

債務整理案件は、過払バブルの終焉とともに、落ち着いたというか、本来のかたちにもどったというか、そんな感じがします。

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2009年2月 7日 (土曜日)

人生設計は自由に計画的に!

男は外で働いて金を稼ぎ、女は家を守る。

そんなスタイルはもう古いといわれます。

このスタイルが批判されたのは、

女性の仕事=家事

と勝手に決めるのではなく、女性もやりたいことをやりたい、という希望が出てきたことに端を発するのだと思います。

夫婦関係のスタイルの変化によって、男性の家事負担は増えたものの、劇的には増加していませんので、結局のところ、女性が家事を保育施設などにまかせたり、家事をする時間を職場に法的権利を行使することにより、女性の時間の使い方が変わった、というのが実情ではないかと思います。

まだまだ、女性が、自由に人生設計することが十分に満たされているかといえば、そうではないと思いますが、このようなスタイルの変化は、男から見ればうらやましいことである一面を備えます。

男は、働くしかありません。

働かずに、親の脛をかじって生活したり、犯罪で生計をたてる男には、社会生活の中で居場所を与えられません。

仕事が辛く息苦しくなっても、そこから逃げ出すことは、社会の中の一員であることを放棄することでもあります。

このような立場から見れば、仕事をしても、家事に専念しても、どちらでもよい(ただし、選択権があるのは甲斐性ある旦那のいる女性に限られますが)という自由は、うらやましい側面となります。

ともあれ、男性は、自分ひとりで生活するためのお金を稼ぐことは、幸いなことに、そう難しいことではありません。

女性は、家事が嫌なら、結婚しなければ、あるいは、子供を生まなければいい話です。

こういった考えから、フリーターの増加、結婚率・出産率の減少につながっていることは明らかですが、将来の社会よりも自分の人生のほうがはるかに大事ですので、各人が自由に人生設計することは、何ら嘆くべきことではないと思います。

ただし、

子供は計画的に作らなければいけない(「できてしまった」は生命に対する冒涜である)

子供には、自分を犠牲にしてでも、尽くさなければいけない(親の愛を受けずに育った子を後で矯正することは不可能)

私は、こう思いますし、現代人は自由を盾に、これに対する意識はかなり低いのではないかと思います。

そんな私は、まだまだ仕事で手一杯で、家庭に力を割く余裕がないので、当面子供は作らず、将来できた際には、仕事を後回しにしてでも、精一杯の愛情を注いであげたいと考えています。

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2009年2月 6日 (金曜日)

銀行はプロ、業者はアマ

私は任意整理事件を受ける際は、全債権者一括で受任することが多いです。

高金利の業者は、通常、全て受任するのが普通ですが、通常金利の銀行等からの借り入れは、弁護士が介入しても、債務残高は減らず、せいぜい、将来利息を削るくらいしか利益はありません。

そこで、弁護士費用をいただいても、それに見合う成果を得られない可能性があることから、比較的残額の少ない、銀行等からの借り入れについては、受任せず、本人にそのまま支払ってもらうのが好ましい、と判断する弁護士もいます。

私の場合、任意整理は、負債全体を把握したうえで、しっかり方針をたててやらなければ、後でぐちゃぐちゃになると思うので、本人がどうしても、整理したくない、という場合でなければ、全債権者まとめて受任、というかたちをとらせていただいています。

これは、これで、どちらのやり方が望ましいということはないと思いますが、1つ気をつけなければならないことは、低金利の銀行等からの借り入れにつき、消費者金融業者が保証しているケースがあることです。

通常のケースでは、支払が厳しくなった場合、銀行とまったり協議して、遅れ遅れでも払っていればなんとかしのげるケースが多いですが、代位弁済がなされれば、債権が移転し、請求方法も、支払条件もかわってしまいます。

銀行からの無担保ローンだからなんとかなるだろう、と、簡単に安心してはいけません。

銀行と金融業者で対応が違うのは、前者は貸金業のプロ、後者はまだまだ素人、という違いによるものだと思います。

銀行はプロであるがゆえに、債権回収手続にぬかりがあることは少なく、法的に無茶なことを言ってくることはありません。

これに対し、金融業者は、手続がいいかげんなことがしばしばあり、明らかに法律を無視した態度をとることがあります。

先の代位弁済の件では、Aという債務者に対して、金融業者Bは、直接のカードローン契約と、C銀行に対する保証契約を締結を有しているところ、弁護士がカードローン契約についてのみ受任し、過払金を回収し、Aがこれを費消した後、C銀行から保証債務履行請求され、Aに対する債権回収に、多くの時間を要した、というケースを聞いたことがあります。

このようなミスは、銀行では起こらないのではないかと思います

債権回収は、「法律の範囲内で」「いかに出費をおさえ」「いかに速く多く金銭を受けるか」の3本柱全てにぬかりおないことが大切です。

回収側、回収される側いずれにたっても、的確な判断を下せるよう、勉強しておかねばなりません。

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2009年2月 5日 (木曜日)

刑事法廷に微妙な変化あり

刑事裁判の傍聴人が少しずつ増えているような気がします。

これまでは、わいせつ事犯は男性傍聴人が常時いるものの、窃盗や傷害といった「ありきたりの犯罪」については、傍聴人はほとんどいませんでした。

しかし、ここ最近、こういった犯罪でも、常時数名の傍聴人がおり、何か違和感を感じてしまいます。

傍聴人が増えている原因を推測すると、やはり、裁判員制度に対する「おそれ」ではないかと思います。

有権者である以上、いつかは裁判員に指名される可能性があります。

裁判員に指名されない裏技はいくつか聞くものの、「もし」断れずに裁判員となった場合、きちんとしなければならない。

これに対するおそれから、裁判を知っておこう、あるいは、裁判を見ておいたら何かいいことがあるかもしれない、と思って傍聴しているのではないかと思います。

国民が裁判に興味を持つことはいいことです。

傍聴人が増えれば、我々法曹も、普段なあなあにしている部分が、国民にはわかりにくいことに気づき、改善する動機にもなります。

私の勘違いかもしれないかすかな変化ですが、これが日本の刑事裁判制度を変革する大きな契機となることを期待します。

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2009年2月 4日 (水曜日)

オフピーク通勤のすすめ

ふと、予定よりも早く目が覚めました。

普段なら、目覚ましが鳴る時間までダラダラするのですが、どうやら眠れそうもないので、ぱっと起きて、いつもより1時間早く出勤してみました。

非常に奇妙であったのは、たった1時間で道路の混みようがえらい違うこと。

快適にスイスイ進め、気持ちよく仕事に入ることができました。

これは、律儀な日本人ゆえの問題か、どこのオフィスも一斉に、午前8時30分~9時の間に始業しますので、サラリーマンは皆一斉にこの時間に移動し、「超過密」な通勤地獄が展開されることになります。

時差出勤は提唱されてはいるものの、なかなかこれを実現可能なオフィスはまだ多くありません。

もう一つの問題は、自分の仕事は終わっても、同僚や上司が残業していたら早く帰りにくい、だから、早く出勤すると勤務時間がえらいことになってしまう、それなら始業時間ギリギリに出勤しよう、という「後ろへ後ろへ」のスケジュール移行が、早めの出勤を妨げている点もあるのではないかと思います。

早めに出勤して、早く家に帰る、これこそ、通勤地獄から逃れ、快適な生活を送るポイントであると思います。

しかし、その実現には、日本人ならではの障害がたちはだかっているようです。

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2009年2月 3日 (火曜日)

弁護士はデレツン

ツンデレという言葉の正確な意味は知りませんが、確か、人前では冷たい態度をとるけれども、二人きりになると、思いもよらないほどデレデレした態度になる人のことを指したと記憶しています。

こう考えると、弁護士は「デレツン」が多いと思います。

弁護士は、普段は非常に人当たりがよく、話しやすい好青年・好々爺が多いです。

裁判所でも、弁論準備の待ち時間や、場合によっては、弁論準備手続中も、和やかに、まるで、普段の会話と変わらない感じで話をすることが多いです。

ところが、そんな「明るくて話しやすい、いい感じの人」も、依頼者の前では、まるで別人のように、毅然となり、厳しい口調でビシバシ意見を投げかけます。

でも、事務所に戻って、電話で話すと、元に戻っています。

平常時と仕事時のギアチェンジをしっかりしているのでしょう。

お笑い芸人も、相当割合の人は、一日中、面白い話をし続けるわけではなく、オンエアー時にまとめて喋り・はじけ、カメラの回っていないところではまるで別人のような根暗人間になるという噂を聞きます。

自分のあるべき姿、自分にできること、をふまえ、うまく仕事とそれ以外とをギアチェンジできることは、チェンジの前後を見れば驚きますが、うまい生き方だと思います。

不器用な私はそのような器用な真似はできず、いつも淡々と、時にテンパって仕事も人生も歩んでいます。

できないことを無理にする必要はないですし、しないほうがよい場合が多いので、これで良いと思います。

それにしても、この職業は人間の面白い部分を垣間見られる飽きない職業だと改めて思います。

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2009年2月 2日 (月曜日)

シーソーゲーム

今年のスーパーボウルもすさまじい試合でした。

一方的な試合になるかと思えば、カージナルスも少しずつ盛り返し、追い詰め、相手の反則を誘い、逆転。

しかし、スティーラーズもこれで終わらず、ラスト・ドライブをこれ以上ない綺麗なドライブで決勝点につなげました。

見ていて、こんなにハラハラドキドキしたのは久しぶりで、良いスーパーボウルだったと思います。

ハラハラドキドキといえば、勝負どころで、「どっちの反則?」→「えっ?そんな効果が発生!!」というパターンが何度もありました。

ライスボウルのときもそうでしたが、誰のどんな反則であるかは、時によって審判でも協議を要する微妙なものがあり、その微妙な反則が、試合の流れを変える、とてつもない効果を発生させてしまうから、アメフトは怖いスポーツであり、そこに面白みがあります。

トム・ブレーディーのファンである私としては、かなり物足りないシーズンではありましたが、昔から注目していたロスリスバーガーの、ここに投げるしかない最高のタッチダウンパスを見ることができたことには大満足です。

スーパーボウルが終わり、少し寒い時期を我慢すれば、野球や国内サッカーも始まり、飽きない日々が訪れます。

それまで、寒く辛い時期を乗り越える勇気とやる気をもらえたような気がします。

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2009年2月 1日 (日曜日)

3年間

このブログもとうとう開設4年目に入りました。

旅行中など、ネット環境の整わない日以外は皆勤で通した自分を、ある意味凄いと思いつつ、ある意味バカだとも思います。

1日の中で約20分もの時間をブログ作成に費やすのは、忙しい人間にとって非常に大変なことですが、たかが20分で、自分が日々生きた証を残し、他人から生き方を学び、自らを省みる機会をもてることは大きなことであるため、どうにも時間がとれない状況に陥らないかぎり、今後も続けていきたいなと思います。

ただ、特段、書くことがないのに、無理にネタをひねって記事を書いたり、多量の飲酒をした際の投稿は控えていこうと思います。

結婚しても、仕事やJCが忙しくなってもやめなかったこのブログがいつ終わるのか、自分でも知りたい気分でいっぱいですが、決して無理せずに、ほどほどに続けていきたいと思います。

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