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2008年6月20日 (金曜日)

高裁判例の先例的価値

最高裁判例が、事実上法規範的性格を有するのは業界では常識ですが、高裁判例がいかなる意味を有するかについては未知の部分があります。

エリート裁判官3名によって考え抜かれた判決である以上、地裁単独事件の判決よりも信用性が高いのは事実でしょう。

そんな地裁単独事件の裁判官は、最高裁判例には逆らえないが、高裁判例があっても、判断するのは私ですから、と言います。

とはいえ、控訴されてひっくりかえる可能性の高い判決をあえて書く勇気のある裁判官がどれだけいるかと言われれば、そうはいないでしょう。

結局、弁護士の立場からすれば、近時の高裁判決があれば、原則として地裁ではそれに沿った判決が出ると見込んで良く、もし負けても控訴してひっくり返せば良い、と構えて良いのではないかと思います。

もちろん、社会情勢の変化により判例が変更されることはままありますが、変更するかどうかは、元の判例を出した裁判体と同級の裁判体に任せるべきという原則はいつの時代でもあてはまるでしょう。

最高裁が破棄差戻を命じる裁判などは、高裁でも、判決と異なる結論の心証があっても、最高裁判例と異なる判決を書けないため、一旦最高裁に判断をゆだねて、最高裁が判断を変えて良いという結論を出した時に改めて新判例を出す、というケースが多いのでしょう。

要は、最高裁判例であろうとなかろうと、判例は、プロの法曹が知恵をだしあって考え出した法解釈の方法であるため、地裁であろうと簡裁であろうと事前に十分に検討すべきなのでしょう。

忙しさにかまけて、判例調査を怠ったり、その射程を考えず単純に結論を追い求めないよう気をつけていきたいです。

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