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2008年5月31日 (土曜日)

若手裁判官・検察官の意識

この時期、裁判官の評価を求める書類がよく届きます。

私の裁判官に対する考えは、このブログでも何度もとりあげているとおり一貫しており、法律に則って事件を処理する能力は皆、非常に素晴らしく、日本の法制度を見事に運用している立役者であると思っています。

しかし、法制度に運用される当事者の大半は一般私人ですので、一般私人の考えや生活を理解し、法の適用に反映させるかどうかはともかく、これらを考慮しなければ真の事件解決は望めません。

この点については、部総括クラスの裁判官になればよく理解されているのですが、単独事件を担当し始めたころの裁判官や若手左陪席はなかなか理解が足りないようです。

この方々の中には、「弁護士は研修所での成績が悪い人間がなるもので、裁判所から見れば能力が足りない人がたくさんいる。自分は選ばれた人間で、優秀だから、将来退官して弁護士になっても、少し努力すればすぐに適応できるであろう」と考えている人が相当数いるようです。

確かに、事件の見込みを的確に把握し、法的構成をし、裁判で勝つ、この点で見れば、裁判官経験者などは、トップクラスの法律事務所に入っても即戦力でしょう。

しかし、若手エリート裁判官や検察官の中には弁護士業の最も難しい部分を理解していない、あるいは、これから逃げている面があることは否定できません。

例えば、依頼者が裁判の終盤になっていきなり不利益な事実や証拠を暴露した場合どうするか

また、依頼者の中には、様々な意味で「救えねぇ」と思える人がいますが、そういう依頼者とどう接するか

裁判所の心証はこうだから、この案で和解できないなら判決する、お前に不利益になっても知らないぞ!という裁判官が弁護士になっても、このような依頼者を適切にコントロールできるとは思えません。

かといって、ごく一部の事務所を除き、法律事務所のお客の大多数は迷える一般私人なのですから、このような依頼者をコントロールできずして、弁護士業はつとまりません。

法律の勉強は一人でもできますが、このような実務経験は現実の依頼者や事件なくして得られないものですので、裁判官や検察官ではなくて弁護士になってよかったと私が思える一因になっています。

負け筋事件は受けない、わがまま依頼者は立ち入り禁止、ただ勝つべき案件を淡々とこなして収入を得る、この業界に入る者にとって理想的な仕事のスタイルですが、これほどまでに弁護士が増えるとそうはいきません。

負けるとわかっている事件を受けるわけにはいきませんが、見通しのよくない事件を、八方手を尽くして証拠収集し、なんとか構成して悪くとも和解に持ち込む事件もありますし、経済的にも人格的にも問題はあるけれども、事件としては、誰かが助けてあげなければいけない事件もあります。

そういった事件処理は本当に大変で、自分もまだまだたいしたことはないと思っていますが、同期の裁判官や検察官が退官して弁護士になったとしても、この点では負けるとは微塵も思いません。

和解も最終的には、裁判所の心証に則った内容に導くのがいいと思いますし、できればそれは尋問前になされるべきですが、ベテラン裁判官がこの点非常に巧いと感じる反面で、若手の裁判官については、当事者の動かし方を知らないな、そんな言い方では当事者は心動かさないぞ、と思うことがしばしばあります。

大阪では、高裁は隣の建物ですので、判決内容が比較的明らかな事案では、地裁裁判官はあえて難しい和解勧試は行わず、とりあえず当事者に判決をつきつけて、和解は高裁にゆだねる、という方針が見え見えの裁判官もいます。

裁判官や検察官は総じて弁護士より優秀ですが、そういった人たちが弁護士業界に来ても、そう簡単に地位は奪わせないと思えることは、これからのこの業界を生き抜くうえで、少し明るい話題ではあります。

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