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2007年8月 9日 (木曜日)

法の欠缺にどう向き合うか

当たり前のことながら、法律は今ある法律しか裁判上適用されません。
では、今ある法律が不条理な場合、泣き寝入りするしかないのでしょうか。
一つの手段として、「権利濫用」などの一般条項の解釈を広げてあるべき妥当な結論を導こうという動きがあります。
保証人に対する時効寸前の不意打ち訴訟などは、従前は争いようがなかったのですが、近時、保証人が勝つ裁判例もちらほら出てきています。
またこれに似た手段として、裁判例を積み重ねていく中で、徐々に従前の法令解釈を変容させ、妥当な結論に導こうとする手段もあります。
先日記事にした飲酒運転の裁判は、法令の改正にかかわらず、裁判所・検察庁が検討を重ね、徐々に厳罰化を実現しました。
しかし、裁判はあくまで法令の範囲で行われるべきもので、どんなに不条理でも法令の明文に反した結論は出せませんし、どんなに悪人でも、法定刑以上の刑や構成要件の規定されていない行為について刑を科すことはできません。
そうすると、不条理な状態を救済するには、政治にこれを求めるしかありません。
相談の中では、現行の判例や法令では対応が難しいので、政治に働きかけたいというものもあります。
もちろん、政治が1個人の悩みにまできめ細かに調査して対応するのは困難で、ある程度の組織を備えた、社会的にも大きな問題を抱える団体に限られますが、裁判で勝てぬなら法をかえてみせようという発想はこの仕事の中では非常に新鮮です。
現在、問題を抱える法令はおおむね自民党主導で形成されたものが多く、不条理な部分がありながら改正されないのは自民党が反対しているからだ・・と、安易に考えてはいけませんが、やはり法令自身の欠陥の原因は自民党の方針に問題があるケースが多いと聞きます。
今回の選挙結果を受け、「今の民主党なら話を聞いてくれるのではないか」という意見を聞くこともあり、いささか単純すぎる気がするものの、今の世間の政治に対する受け止め方、風潮がこのようなところからよくわかります。
それだけ、司法に救済されず、本当に困っている人はどんな小さな望みにでもすがりたい思いなのでしょう。
弁護士は仕事の効率化のため、勝算を基準に受任の是非を考えるケースが多いですが、本当に救われない人のために、現行の法令・判例では難しいところだが受任して精一杯頑張ってみる、という意識がやはり大事なのでしょう。
これを実現するためにはやはり実力が大事で、実力を伴わず、勝算如何にかかわらず何でも事件を受ける弁護士が増えればアメリカの司法のようになりかねません。
勝算の高い事件を勝ちきるのも大事ですが、そこに事件がある限り精一杯学ぶ、法に報われない人のために精一杯頑張る姿勢の大事さをかみしめ、頑張りたいと思います。

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