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2007年8月27日 (月曜日)

証拠の優劣?

刑事裁判においては、近時、証拠の厳選の指導がなされています。
従前、自白事件でも何通もの調書が提出されていたのを改め、必要事項を簡潔にまとめた書面を1通だけ提出することが望まれています。
これにより、検察官はPSの作成に従前よりも気をつかうようになったといわれています。
KSがしっかりとれていれば、それが証拠として提出され、検察官は多少楽ができますが、多くの場合、検察官が罪体・5W1H・重要な間接事実を、供述者の話を聞きながら、同時に頭の中で整理し、簡潔な文章を手際よく作っていくのでしょう。
裁判所はもちろん、我々からしても、調書が簡潔になれば楽になりますが、その裏にある検察官の努力に感謝するとともに、自分の仕事でも簡潔かつ体系的に構成された文章の作成を心がけないといけないと思います。
刑事と民事では、事実認定の基礎は本来大差ないはずですが、現実にはまだまだ「証拠をたくさん出した方が有利」「主張を厚く書いた方が有利」と言われることがあります。
刑事裁判は法適用の結果の安定性・平等性が求められますが、民事裁判は法適用の結果よりも当事者の納得の方を重視する裁判官が多く、証拠をたくさん提出したり、主張を厚く書いた当事者は、それだけ事件について激しく争っているから、バランスをとって、その当事者よりの判断をしておこうという考えがあるのかもしれません。
和解でも、本来ならば想定される判決(心証)に忠実な和解案の提示が裁判官に求められますが、事案によっては「心証をぬきにして、激しく争う側の当事者に有利な和解案」を提示する裁判官もちらほらみられます。
具体的妥当性を図ろうとする試みは良いのですが、これが常態化すると、早期の事件解決のために協力した当事者の負担のもとに、我が儘ばかりいう当事者が得をするという不都合な結果になりかねません。
そうならないために、弁護士に求められるものは、想定される判決を的確に見抜いたうえで、それを大幅に上回る妥協案を安易に出さないこと、こちらの提案がいかに相手方にとって有益なものかを理解させるためのあらゆる工夫を尽くすことだと考えます。
事件は解決すれば結果はどうでもいいというものではなく、依頼者の実現した利益・その利益実現に要した時間的・金銭的コストなどを総合的に判断した当事者の充実度を最大化しなければならないと思います。
とりあえず訴訟活動を尽くしていたら裁判所が判決同様の内容で和解勧試してくれる、という受動的な活動でなく、積極的にもっともっと依頼者の充実は何か考えていかなければならないと思います。
そこが民事事件の奥の深い部分だと、まだまだ自分の未熟さを感じるところです。

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