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2007年4月20日 (金曜日)

真実は語る

川崎市の通り魔事件の犯人が、善意の第一発見者であったというニュースがありました。

犯人の描いたアナザーストーリーは次のようなものであるとのこと。

本当は自分が通り魔犯人であるにもかかわらず、発見者を装い、被害者を助けようとしてケガをしたことや、犯人の様相などを自主的に警察に通報したようです。

犯人の描いたアナザーストーリーの矛盾を名探偵や名刑事が暴き出し、決定的な証拠をつきつけるのは推理小説や漫画によくありますが、まさにその現実版ということでしょうか?

真実と異なるアナザーストーリーを描くのは、裁判の中では結構あるのかもしれません。

というのは、明らかに当事者の言い分、または被告人と被害者の言い分が矛盾するケースは結構あり、これが単なる記憶違いに起因するものではなく、誰かが虚偽のシナリオを書いたものと推測される場合はしばしばあるからです。

しかし、完璧なアナザーストーリーを描ききるのは容易なことではありません。

アナザーストーリーを描くためにまず考えるのは、ストーリー内部で自己矛盾をはらまないようにすること。

自己矛盾をはらんだストーリーでは、コナンと灰原哀を抜いた少年探偵団でも解決できる簡単な事件になります。

そのためにも、描くストーリーはできる限り単純なものにしようと考えるでしょう。

しかし、単純にすればするほど、今度は証拠との矛盾を生じやすいものになります。

新証拠をつきつけられるたびに変遷を繰り返すシナリオが信用性を欠くのは当然のことです。

今回の通り魔事件も、本人は簡単なシナリオを描ききったつもりだったのかもしれませんが、関連証拠と照らし合わせるとどうしても矛盾が生じ、お縄についたという事件だったようです。

シナリオを簡単にすれば証拠と矛盾する、複雑にすれば自己矛盾を生じやすくなる、このような中で、相手の手持ち証拠が全て読み切れれば、矛盾をはらまない完璧なシナリオが書けるのかもしれませんが、それは不可能なことです。

要は、相手の証拠を特定しきれないから、完璧なシナリオは描ききれないということでしょう。

捜査機関や弁護士は、相手がアナザーストーリーを描いてきた際、いかにこれを弾劾する決定的な証拠を探しきれるかが、有能であるかどうかの指標となりそうです。

名探偵コナンが名探偵たるゆえんは、決定的な証拠を探しきるところにあり、トリックや犯人を暴くまでは凡人でも可能な部分があると思います。

真実の前には、人間の浅はかな悪だくみは、本当にせせこましいもの。

真実を堂々と述べられる人間であり続けたいものです。

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