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2007年3月18日 (日曜日)

二億円の金塊を放置?

二億円の金塊を白昼堂々持ち出されたという強盗事件の報道がありました。

しかし、報道内容を見ていると、もともと誰でも自由に持ち出せる状態に置かれ、被疑者らに持ち出され始めてから気づいたという事件のような感じがします。

来客により身近にしたい、来客への信頼という意図はあったのかもしれませんが、二億円もの金塊を扱う立場としては軽率な措置ではなかったかと思います。

人は、様々な理想や考えを持ち、自分なりにこうするのが良いと判断して行動します。

その判断には、人の個性が表れると思いますが、適切な判断は自分の内的な要素よりも、扱う事務や、周囲の環境の方により適合させるべきものです。

今日、最終回を迎えた華麗なる一族の万俵大介はとかく、人間性の悪性がクローズアップされる描かれ方でしたが、大企業を背負う責任、激戦の金融業界を勝ち抜く責任という異常な外的要素の圧迫のもと常に(善悪を排除した)最善の一手を打ち続ける必要がありました。

ごく普通の立場であれば、家族への信頼等は当然の前提としてありますが、置かれた立場(と、血縁関係についての疑問)から、なすべき判断が、一般の考え方から外れていきました。

理想を追求するために努力する、努力してのしあがる、のしあがれば責任が大きくなっていく、責任が大きくなっていけばさらに努力が必要となる、そして、一般の(あるいは身近な)人から理解の難しい人になってしまう。

そういう悪い循環には陥りたくないものです。

そうならないためには、自分一人で全てを背負い込むのではなく、周りの意見を聞き、周囲との溝を埋めながら前に進んでいくことだと思います。

理想の追求とは、一見相容れない手法ですが、地道に足下を固めていくことが大事ということですね。

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