« 社会は根源的に不平等にできあがる | トップページ | 法律上の請求原因を構成しない言い分 »

2007年3月13日 (火曜日)

知る権利と知らされる苦痛

このブログや、私のメールアドレスには、毎日何十もの英文スパムが送付されます。

逐一チェックして、消去せねばならないのは大変な作業となり苛立ちを感じています。

インターネットの発達によって多くの情報を家で知ることができるようになりましたが、逆に主に商業目的で、多くの情報を知らされる苦痛にも悩まされるようになっています。

一昔前までは、自分の意思に反して情報を送付されるのは新聞折り込みの広告や、テレビのCMくらいでしたが、いずれも自分でその中から取捨選択して、必要な情報のみ抜粋できるものでした。

ところが、現在の情報は一方的にパソコンに上がり込み、内容を確認するまで消せない一種の押し売りみたいなものとなっています。

新聞の広告はまだ情報発信者が身近でっあったり、信用できる企業であったりしますので、それほど大きな問題は生じませんが、スパムメールやその他広告メールは、実体の見えない信用関係の形成されていない相手ですので、今後様々な問題を生じることが容易に推測できます。

受験勉強時代に憲法で、大阪市営地下鉄の車内アナウンスで、望まない宣伝を効かされる苦痛について論じる話がありました。

この場合、情報からの回避可能性が一つの検討要素となっていますが、スパムの場合、情報からの回避可能性は現在のところ有力な手段がみつかっていない状態です。

そうなると、苦痛に対する制裁は与えられる余地は十分に考えられますが、その後に問題となるのは、相手をつかまえられるかどうか。

インターネット社会の最大の問題は、ネットの闇の中で姿をくらませることが容易な点にあると思います。

立法府はこの問題を厳密に受けとめ、早急に制度を構築すべきではないかと感じます。

|

« 社会は根源的に不平等にできあがる | トップページ | 法律上の請求原因を構成しない言い分 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 知る権利と知らされる苦痛:

« 社会は根源的に不平等にできあがる | トップページ | 法律上の請求原因を構成しない言い分 »