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2007年3月16日 (金曜日)

書面があれば足りるというものではない

契約書あるんやからちゃんと金払えや!

よくありがちな話ですが、契約書や念書を書いてしまっても、必ずしもそれに従わなければならないというわけではありません。

詐欺や強迫の場合などは意思表示の取消等が主張できますが、詐欺や強迫に該当するシチュエーションはなかなかありません。

近時、裁判例で話題になっているのは「法律効果を発生させるべき程度の意思表示の欠如」という理屈です。

かたちのうえで契約書や念書が作成されていたとしても、作成者が他にとるべき手段を与えられなかった等の事情により、真に書面の内容の法律効果の発生を容認するほどの意思表示をしたとは認められない場合、書面の存在にかかわらず、要件事実たる意思表示自体の存在を認めないという理屈です。

クーリングオフ制度について、大村教授は特定商取引法にひっかかるような契約の場合、契約の効果を享受すべき意思表示の程度が一般に比べて相当程度低いので、一定期間文字通り頭を冷やして考え直す機会を与えたものであると説明しています。

書面の存在という形式的な事情ではなく実質的な意思表示の有無を丁寧に審理していこうという裁判所の意向が見てとれます。

ところで、弁護士や裁判所による和解勧試の中には、かなり強引に当事者の意向を押し殺して、和解にこじつけるケースが少なくありません。

判決になったら・・・となる公算が強い

判決になったら・・・くらいしか回収できない可能性が高い

などといって当事者の意向を押し殺すのは不適切であると、先日書きましたが、これまではこの程度では詐欺や強迫にはあたらないから、とりあえず和解さえまとめてしまえば仕事が終わる、という感覚で無理矢理和解にこじつける弁護士や裁判官がいたのでしょう。

しかし、上記の理屈が広まれば、弁護士の介した和解や裁判上の和解すら後々覆りかねません。

もちろん、裁判所が簡単に裁判上の和解を無効とする判決を書くとは思えませんが、私が見てきた見てきた限りでは、覆りかねない和解勧試をしていた裁判官もいますし、法律相談で「裁判官に強迫されて和解させられた」と相談に来た人もいました。

なんでもかんでも和解調書を作成してしまえば終わりというわけではなく、当事者の真の納得を常に意識して事件処理にあたっていかないと大変なことになるということをもっと意識していかねばならないと思います。

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