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2007年3月 9日 (金曜日)

被告人の規範意識の欠如と刑事弁護人の活動

最近、国選・私選を問わず、また、地裁・高裁・簡裁を問わず、刑事事件を受任することが多く、仕事の割合として大きくなっています。

刑事裁判を結果から見れば、執行猶予がつくかどうかが大きなポイントとなるでしょう。

その点では、既に再度の執行猶予2回、罰金10万円にも執行猶予を付した判決を1回もらうなど、私の担当した事件の結果は悪くないものといえそうです。

ただ、刑事弁護人の仕事の目的は軽い刑を勝ち取ることに主眼があるわけではありません。

執行猶予がつくかどうかは、弁護人の力量にかかわらず、初犯で被害弁償がされている、あるいは被害軽微であれば、執行猶予がつきますが、累犯前科が存するような場合は弁護人がどうやっても執行猶予を勝ち取るのは困難だと思います。

よく高裁の国選事件の判決を読むと、被告人の前科の存在から規範意識の欠如を指摘され、それのみをほぼ唯一絶対の情状として、実刑判決をなしたものが見られます。

弁護士といえど、人の前科を消去することはできず、このような判決に対しては、ほとんど何も有効な弁護活動はできません。

事件によってはいかに優秀な弁護士が最善の活動をしても、どうにもならない事件は多々あります。

どうにもならないから何もやらない、そういう弁護士もいるようですが、それは適切な弁護ではないと思います。

弁護人の活動は被告人に有利な判決をとるばかりではなく、被告人の更正のための手助けの方に重点が置かれるべきです。

その一環として、不適切な書証の排除や、無罪・執行猶予の主張がありますが、その真の目的は刑を軽くすることではなく、被告人の更正のためであることを念頭に置くべきです。

そう考えると、規範意識の欠如を唯一の情状とした事件においては、刑事弁護人の活動は控訴趣意書の作成よりも、被告人への説教や被害回復、更正環境の確保(出所後の就職先の確保、親族との連携など)にあると思います。

国選弁護の報酬は結論によって影響を受けない決まりになっており、一部の弁護士からは不満の声も出ていますが、以上のように考えると至極当然の気がします。

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