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2007年1月30日 (火曜日)

弁護士の能力と裁判の奇妙な関係

医師に治療を頼む場合、有能な医師の方がより適切な治療を行うと言って大きな齟齬はないでしょう。

医師の治療は患者との1対1の仕事なので、能力がそのまま結果に比例するケースが大きいからです。

同じように、有能な弁護士に頼めばいい結果が出る、相手の弁護士がしょぼければいい結果が出るとは、交渉レベルでは言えるかもしれませんが、裁判では必ずしもそうとはいえないようです。

処分権主義、弁論主義のもと、最低限度の要件事実と間接事実をおさえた書面の提出は必須ですが、それ以上の法律構成の吟味、間接事実の構造の整理、それらをいかに説得的な理論にくみ上げるかは、弁護士によって大きな差が出ます。

有能な弁護士は、最初から証拠と法律構成を精査し、証拠上の細かい記載や間接事実にまで言及して完璧な理屈を立てようとする反面、忙しい弁護士は、証人尋問まではろくに証拠に目も通さず、要件事実に多少の毛が生えた程度の簡潔な書面しか出してきません。

事件に対する検討量が結果に影響すれば、熱心な弁護士がついた方が有利になりがちですが、現実の裁判ではそうはなっていません。

現実には裁判官による求釈明は積極・消極を問わずかなり行われていますし、法的観点の指摘なく、いきなり判決で全然当事者の主張していない法的構成で理由づけられることも時々あります。

そうすると、熱心に記録を読み込み、細かいところまで丁寧についた書面は逆に相手代理人に反対尋問のポイントのヒントを与えることになったり、稚拙な法的構成で主張を構成した書面は、実質的に裁判所の判断する真の法的構成に対する攻撃防御方法の提出を封じることにもなりかねません。

私は、争点整理の段階で、できる限り要件事実に至る間接事実の構造を丁寧に整理して主張しようと考えていますが、あまり早期に証拠上の細かい記載に言及して主張を詳論すると、反対尋問の予告となり、相手に詭弁を考える機会を与えてしまわないか、それが原因で勝ちきれなかったら弁護過誤ではないかと考えたりします。

このように、当事者の主張した前提事実をもとに異なる法的構成で判決が出ることは、当該構成の主張責任者の責任を物語るとともに、弁護士の能力にかかわらず妥当な結果を導こうとする裁判所の良心であると理解しています。

ただ、双方が充実した主張・立証をしてこそ、より確実で、より当事者の納得できる判決が生まれるはずで、時間不足にかまけて適当な主張・立証をしたり、主張・立証を遅出した方が有利になるという制度は好ましくありません。

裁判制度をよりよいものにする鍵はまさに弁護士のレベルアップにあることを良く物語っています。

あまり深く考えすぎず、1件1件に全力を尽くして成長しなければならないと、改めて感じました。

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