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2006年11月29日 (水曜日)

かまってもらえないとすねる子供

いじめ問題が取り扱われる中、大臣や教育委員会に直接自殺を志願する手紙が殺到していることまで問題となっています。

誰にも相談できず、自分一人で耐え抜いてきて、もう我慢できない時に最後の望みをたくして手紙を出す、それなら非常に大切かつ真剣に討論すべき問題です。

しかし、手紙を出した人全員がそのような切迫した事情にあるとはかぎらないようです。

名前すら名乗らず、ただ非難するだけ、そういう手紙には前向きに事態を収拾しようとする意図は見えず、ただ自分の行為で人が騒ぐのを見て、自分の存在を確認するだけの行為であるように思います。

同列に挙げるつもりはありませんが、興味ある人に対して、自分の存在を意識してもらうために、あえて意地悪する、自分の行為で人が騒ぐのをみて自分の存在を確認できるいたずら犯なども、根底には、自分の存在をもっとまわりが大きく扱って欲しい、かまってもらいたいという深層意識に基づくのではないかと思います。

子供は親や兄弟にかまってもらえないとすねてとじこもります

女性は親や恋人にかまってもらえないとすねて愛情が敵意にかわることすらあります

人間関係を円滑にしていくうえで、そのような疎外感を抱く人がいないよう配慮して仲良くやっていこうとすることは大事ですし、イジメ問題やいたずら犯を発生させた社会環境はその周辺にいる全ての人が責任をもって改善していくべきと思います。

ただ、最後に決断するのはやはり本人ですし、本人が強くならないと周りがいくらフォローしても問題のない明るい社会は形成できません。

イジメ問題はそう簡単に解決のできそうにない難問の様相を呈していますが、疎外感を生むような環境を作らない努力と、疎外感を感じてもすねずに、周りととけ込む努力のできる強い心を持つべきとの教育がキーワードになってくるのではと感じます。

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