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2006年11月12日 (日曜日)

口約束の立証責任

今日も午後から仕事。クリスマス頃までは休みなしでフル回転せざるをえない状況になっています(T_T)

この仕事の最も大事な業務として、証人尋問というものがあります。

当事者双方の事実認識が異なる場合に、真実は何なのかを、当事者や証人から証言を聞いて明らかにする手続です。

要は、どちらが嘘をついているかを明らかにする手続きですが、非常に弁護士の負担の大きい手続となります(裁判所はもっと負担が大きいと言われていますが)。

何故負担が大きいかは、色々と理由がありますが、その中の一つとして、口約束の立証問題があります。

社会生活の中で、人は話をしないと生きていけませんし、その話の中で様々な発言をします。

口約束・陰口・自慢話・嘘・・・いろいろあると思います。

先日、発言責任の話を記事にしましたが、なるほど、自分の発言に全て責任を持つことは当然のことですが、責任に縛られて自由な会話ができないことに耐えられず、上記のような話を出してしまうのは、人間としてやむをえないことだと思いますし、誰でも無責任な口約束や嘘を言うものだと私は認識しています。

しかし、これが訴訟で争われると大変なことになります。

とりわけ当事者間の仲が険悪な家事事件にありがちですが、口約束など、不利益な言動は一切否認しますので、逐一筋道を立てて、双方に聞き出していく必要があります。

自分の言ったことなら責任持てよ・・と感じる反面、このような態度は裁判上の立証責任に問題があるとも感じます。

冗談で、相手にもわかるようなかたちで口約束をした、というのは裁判上何の意味ももたない無益的な事実です。

ところが、口約束を認めてしまうと、それが冗談で、相手にもわかるかたちで言ったということを説明しないと不利益に扱われかねません。

ただでさえ、尋問時間は裁判所によって短縮させられるのに、そのようなことまで逐一説明していられない→全部否認という流れになると思います。

裁判所や弁護士は限られた尋問時間を有効に使うためにも、このような無益的事項についての質問はできる限りしたくないのですが、当事者の気持ちを考えると、質問せざるを得ず、証人尋問にあたっては質問事項、その順番、所要時間の調整が大変です。

自分が発言した事実について否認する背景には、人間の醜さ・逆に人間として当然の感情、さらには訴訟上のかけひきと、様々な要素があると思いますが、真実でない事実に法を適用しても、真の事件解決は得られませんし、法曹三者の主たる業務は事実認定よりも、適正な法適用の実現にあるべきです。

日常会話の中で無責任な言葉が飛び交うのは仕方のないこととしても、せめて訴訟の場では双方が誠実に事実を申告し、証拠によって定型的に認定された事実ではなく、真実への法適用による円満解決を図れる社会になればと切望しています。

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