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2006年2月13日 (月曜日)

宇治の玉突き衝突事件

私の実家の近くの高速道路で今朝大きな玉突き衝突事故が起きました。

事態の重大さにも驚きましたが、原因を聞いてもっとびっくりしました。

ニュースを見た範囲で私が感じた原因が、

高速道路内を徒歩で歩く人がいた。→その人が倒れた。→後方から来た車が次々と停車した。→そこにタンクローリーがつっこんだ。

まず、高速道路内に徒歩で侵入した人について、何故この人が歩いて高速道路に入ったかはわかりませんが、普通に推測すれば、目的地への近道で、路肩を歩けば安全だとたかをくくって入ったのでしょう。

このように、危険を引き受けたうえで、楽な道を行こうとするのは、時々聞くことですが、私はこれを良しとはおもいません。

法律的には危険の引き受けが果たして良いものかどうかという議論もありますが、これを差し引くとしても、自分の独善のために社会の秩序を乱すことは、そう簡単にあってはならないと思うからです。

今回の事故の最初の原因となった人は、いかなる理由があれ、高速道路の利用目的に従った利用者の秩序を乱したのですから、少なからず、問題があったと考えられます。

しかし、高速道路上で高速で車を運転し、しかも早朝の体調や仕事等のための緊急性といった諸条件の中でも、障害をきっちりと認知・予期し、対応できたという点は感心しました。

社会の中で誰かがミスを犯しても、他の人の普通のフォローでそれをカバーできる。

素晴らしいことだと思いますし、その信頼関係のうえに、さらに人間関係はうまくまわっていくのだなぁと感じます。

ここで、今回の事件が大事に至った原因であるタンクローリーの運転手に注目がいきます。

高速道路の前方に何台もの車が停車している光景は誰がみても異常であり、容易に危険性を視認・予期できたと思います。

それに気づきもせずに、突っ込んだというのですから、この運転手は何を見、何を感じて運転していたのか、事件当事者でないにもかかわらず、腹立たしい気持ちになります。

今回の事件は一つの交通事故としてだけでなく、社会の秩序は普通の対応をしていたら維持されること、それが誰のどのような行為で破壊されるかということの縮図を見るような気がして、気になった事件でした。

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