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2006年2月25日 (土曜日)

主観評価と客観ルール

女子フィギュアで荒川静香選手が金メダルをとった余韻がまだ続いています。

フィギュアスケートにおいては、五輪の場でも採点方式及び結果について様々な論議がなされてきましたが、これはそもそも芸術である行為を点数化して競うという競技であることから、このスポーツの永遠の課題であると思います。

フィギュアスケートの本来の競技趣旨から考えれば、回転数がどうだとか、わずかな形式的な違いよりもいかに「凄い」と思わせることこそが重要であるはずですが、採点を審判の主観にゆだねてしまうと、買収や様々な不正が行われ、適正にジャッジされない可能性があるというのは悲しいことです。

荒川選手も、技の流れを意識して練習してきたことが、競技ルールの変更によって、回転数などが形式的に判断」されることとなった結果、一から自分のスケートを見直さざるをえなくなったと聞きます。

荒川選手の今回の金メダル獲得を、「無欲の勝利」と評する見方もあるようですが、トップ選手はいずれも、自分の全人生・全財産をなげうってこの競技にかけていると思います。

そんな選手たちが目指すものとしての五輪は、公正なものであることはもちろん、小さな形式面を重視するあまり、競技趣旨をそこなったり、選手が皆調子を崩すようなガチガチのルールにしてももらいたくはないです。

現在のルールでは、浅田真央選手は有利だといわれていますが、融通の利かない制度のせいで、実力があるにもかかわらず五輪に出場できず、次のオリンピックまでの4年間の間にルールが再び改正されたり、若年ゆえの柔軟性などが損なわれたというようなことになれば悲しいことだと思います。

主観評価の公正の維持とルールの客観化の調整は決して容易なことではないと思いますが、なにより重視すべきは、この競技に全てをかけている選手達だと思いますので、そういった人たちの納得のいく内容・方法で、ルール改良を検討してほしいと思います。

これは、法の世界でも同じで、本来主観評価であるべきものが、判断の公正を維持するために、客観的なルール作りをした途端、融通の利かないものとなったというケースは多々あります。

人間が主観評価を公正にできる生物であればこのような問題は生じないのでしょうが、悲しいことに、人間の習性から、これは人類永遠の課題となるでしょう。

この際、目の前のケースについて判断する、その場をどう乗り切るかなどという微視的な考えに陥らず、何が最も大事なことかを考えて行動できるかが、円満なジャッジができるかできないかの分岐点となりそうな気がします。

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» 祝・金メダル [saaya_holic]
テレビで一日フィギュアの荒川のフリーとインタビューがヘビーローテーションで流れるのを見てると頭の中でコンセントピックスがヘビーローテーションで流れる…。ブログ界隈を徘徊してると「イナバウアー」→『イナバ物置』ってネタがけっこう多くて(禿藁; [続きを読む]

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