2012年1月31日 (火曜日)

ブログ・ツイッター・フェイスブックの使い分け

ある弁護士に、ブログ・ツイッター・フェイスブックの使い分けについて問われました。

以下、私の回答要旨です。

まず、ツイッターは弁護士など公の職業の人の利用には適しません。

内容が簡潔な「生の声」である必要がありますが、「生の声」は内容上公開してはならないものが多く、またつぶやく時間・場所・頻度すべて弁護士像の推認に利用されるため、よほど自らしっかりした基準をたてておかなければトラブルの元になりかねません。

ただ、情報入手ツールとしては最も便利なので使用はお勧めします。

フェイスブックは、多くの人の投稿が一斉に表示されるので、その中で「埋もれない記事」を書くことが何より大切です。

長文はまず読んでもらいえないので、写真+数行の簡潔な文章がベストでしょう。

ブログは、フェイスブックとの使い分けが大切です。

自動的に見てもらえるフェイスブックと違い、ブログは「客を呼び込む目玉」が必要で、ある程度の長さの文章と、キーワードが重要になってくると思います。

3者3様の使い方がありますが、全部する必要はなく、自分が書きやすいツールと、読者が読みやすいツールが最も合致するものを選べばよいのではないかと思います。

ブログだけ見れば停滞気味ですが、この3つの媒体の合計はまだまだ伸びていきそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月30日 (月曜日)

目標設定

TOEIC初受験しました。

外国人相手にも最低限度のコミュニケーションがとれなければならないと思い、ちょうどTOEICの通信講座を紹介されたので、この半年ほど取り組んでみました。

点数にこだわらず、試験を受けたのは初めての体験でした。

TOEICはあくまで英語コミュニケーション能力の指標にすぎず、TOEICで良い点数を取ることが目的ではないからです。

TOEICの点数は参考にはなりますが、最終的な目標は、外国人とコミュニケーションをとることであり、そのために必要なボキャブラリーやフレーズ等をいかにたくさん、かつ高い質で身につけられるかだと思います。

その意味で、この半年ほど取り組んできた勉強はそれなりに身に付き、もはやTOEICの些細な点数差で影響を受けることはないという状態に至ったのでした。

学生時代はとにかくテストの点数が絶対的な目標値になります。

しかし、社会人となった後は、いかに実質的・実効的な目標を設定し、そこに向けて確実に近づいていけるかが大事になります。

次に何を目標にするか、まだ決めていませんが、「参考にする指標」と、「真の到達目標」をしっかり設定して取り組んでいきたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月29日 (日曜日)

1日の意義

自分の能力が100と仮定します。

1週間の目標を120に設定して、とにかく頑張ってみましょう。

大体、精一杯やって、目標の2割減くらい達成できるので、これでほぼ力を出し切れることとなります。

目標を達成するためには、2割増しくらいの目標を達成して、時間を目いっぱい使うとうまくいきます。

しかし、目標を設定してがむしゃらに努力する1日も大切ですが、その1日の意義も考えなければならないと思います。

何かに一生懸命になり、達成感を得たとしても、他にその1日を生きた意義、喜びがなければただ寿命が1日縮まっただけだともいえるからです。

つまり、何かにうちこむのはよいことですが、それ一本だけに終始するのではなく、必ず「今日1日ありがとう」と思える楽しみを生活に取り込まなければならないのです。

人生も折り返し地点に差し掛かりつつある中、1日1日の意義や楽しみを大切にしながら、充実した日々を送れるよう心がけていきたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月28日 (土曜日)

マイスタイルと責任の取り方

言うまでもなく自分がうけた仕事には、自分で最大限責任をとらなければなりません。

これと似て非なる概念で、自分のやり方で仕事をやらせてほしいという懇願があります。

責任を持つために、自分のやり方で仕事をやらせてほしい、というのは一つの提案の在り方です。

しかし、自分流の仕事を求める人の大半は、自分がそのやり方がやりやすいから相手に負担を求めているだけで、責任のことはあまり考えていないように思います。

これはとても大きな差で、責任第一で仕事をする真面目な人と、自分ありきで仕事をするわがままな人とでは全く違います。

自分のペースで話をしていて、うまく話がかみ合わない場合、お客様視点で話をこちらが合わせるのが普通だと思いますが、自分のペースに話をあわせるよう要求する人は意外にたくさんいることに驚きます。

もし、このようなミスマッチにあったとしたら、その人と仕事をするのがそもそもミスマッチだったと思うしかにように思います。

普段から交遊を広く持ち、波長のあう知り合いを増やしておくことは非常に大事だといえるでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月27日 (金曜日)

苦労は買ってでもしろ

既に十分な顧客を持ち、順調な経営をしている弁護士事務所のボスは、厄介な事件を避けがちです。

勝ちにくい事件を無理に受けてクレームがつけば、事務所経営に支障が生じうるという判断で、それは当然の判断です。

しかし、そのような事務所に勤める若手弁護士も、親に習えというのか、同じように難しい事件の受任を避けがちなのが気になります。

成功者は最初から優秀で突っ走ったわけではありません。

様々な苦労をし、辛酸をなめる中で試行錯誤しながら自分のスタイルを見出した人ばかりのはずです。

イソ弁時代は失敗こそ最大の修練で、積極的に難しい事件を受任し、自分事として精一杯の仕事をすることで成長するのです。

私は、このようなボスの庇護のもとでぬくぬくすごしている弁護士には自分は絶対負けないし、絶対負けてはならないと、若手弁護士の言い続けています。

若いうちは苦労は買ってでもすべきで、難しい事件は0円でも進んで受けるべきだと思っています。

経営のしっかり事務所に入った弁護士は育たない

そういう格言が数年後聞かれるようになるのではないかと感じます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月26日 (木曜日)

反復横飛び読み

ある書類を最初から順に最後まで読んで理解することは普通です。

しかし、その書類の間違い探しをする場合、最初から順に読んでいてもなかなかみつけれないことがしばしばあります。

そういう時、関連する書類を2種類並べ、交互に読んでいくと、1種類の書類を読むだけでは気付かなかったことに気づける場合があります。

1つの文章を読む際、気をつけるのは、その文章が自己完結しているか、内部矛盾をはらんでいないかという点です。

ですから、内部矛盾がないよう、あるいはそれがわかりにくいよう糊塗された文章をそれだけ読んで読み解くのはなかなか困難です。

しかし、異なる文章同志の相互矛盾の解消までは通常されませんので、同じことを書いているはずの2種類の文章を交互に読むと、違和感に気づきやすいのです。

まるで文章間を反復横飛びするようなこの読み方、巧妙なごまかしが増えた最近の書面を読む際には意外に大切で有効な読み方だといえるでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月25日 (水曜日)

他人の主張の受け取り方

時々、このような文面の主張を見ます。

相手の主張は主観的だ。客観的に考えるべきであり、私の主張が妥当だ。

このような主張をしたくなるのはわかります。

しかし、主張自体、何の裏付けもない主観的なものです。

自分の主張が正しく、相手の主張がおかしいということをアピールしたいのでしょうが、主観客観がどうとか主張しても、「お前の主張も主観やん?」とつっこまれるだけです。

有効数のアンケートを補助資料としてつければ別ですが、そこまでやる人はほとんどいません。

それは、自分の主張が社会的に正しいと信じて疑わないからです。

自分の主張がいかに正しいと思おうとも、異なる意見はありますし、どちらが正しいか白黒つけようとするなら明白な根拠を提示しなければなりません。

自分の意見を通したければ、しっかり根拠を固めてしまう。固められないなら、自分と異なる意見も、「一意見」として受け流し、無理に自分の意見を押し通そうとしない、ことが大切なのだと思います。

相手弁護士がいかに自信ありげに主張しても、地裁裁判官がいかに上から目線で意見を述べても、あくまでそれは「一意見」。

自分が納得できなければ、反論し、あるいは根拠を補強して上でさらに争うべきで、感情的にリアクションするのは得策ではありません。

人は人、自分は自分、主張合戦は冷静にルールに従ってプレイするのが一番だと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月24日 (火曜日)

事実か意見か

ネットニュースでは、しばしば事実の報道の中にとんちんかんな意見表明のニュースがまぎれています。

新聞業界に参入できない団体が必死でネットで意見を拡散している姿が目に浮かびます。

公に発信される情報が、事実をベースとすべきか、評価をベースとすべきかについては様々な意見があります。

私はニュースは事実の報道を求め、事実に対する評価は著名人の書籍やサイトから情報を求めますので、このようなありふれた事実に対してとんちんかんな意見を述べるニュースを見るとがっかりします。

しかし、自ら事実の評価をする力のない人にとっては、単純な事実とそれに対する評価をセットにしたニュースが理解を促す大きな素材になります。

これは、われわれのコミュニケーションに応用できます。

話題について、十分な判断能力を持たない人に対しては、簡単な事実とそれに対する自分の評価を伝えると、理解してもらいやすく、逆に、十分な判断能力を持つ人に自論を論じすぎると白けられるのです。

何を報道するにも、相手に応じた整理が必要だということがよくわかります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月23日 (月曜日)

歩道の走り方

自転車が走れる幅の歩道で自転車を運動する場合、できる限り車道側により、少しゆっくり目に走ります。

速度の目安は、横から子どもや車が飛び出してきても、急ブレーキをかけて止めれるくらいのスピードで、ジョギングの人より少し早いくらいです。

道路交通法が想定する歩道上の自転車のスピードはおそらくこのようなものでしょう。

しかし、このスピードで走行していると、後ろから鈴を鳴らされ、どんどん追い抜かれていきます。

決して遅いわけではない私の自転車を追い抜いていくのですから、かなりのスピードで、そんな自転車が1台や2台ではなく結構走っているのは非常に危険なことです。

これでは出会い頭の衝突事故や、歩道上での衝突事故が起きないわけがありません。

この速度で走る自転車がスタンダードなのであれば、そりゃ、自転車は原則車道を走るとなるのは当然です。

ただ、車道を走るにしても、自転車は自転車を追い越してはいけない、そういうルールを作らなければどんどん自転車は車道にあふれ、車道通行が危険になっていくでしょう。

自動車が自動車を追い抜くとき、しっかり前を走る車両と十分な距離をとり、左右をしっかり確認しながら追い抜きます。

自転車問題の鍵を握るのは、どこを走るかとか、速度よりも、追い越しや交差点進入の際に左右の安全を十分に確認できるか、という点のようで、ますます自転車運転者に対する啓蒙活動が今後大事になってくるのだと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月22日 (日曜日)

募金する心理

京都で、東日本大震災とフィリピン台風被害の募金活動を行いました。

日本と海外の違いがありますし、台風被害といえば和歌山の方が身近ですので、金額に差が出ると予想していましたが、結果は東日本大震災が若干上回った程度でした。

募金をする際、そのお金がきちんと有益に使われるかどうかは考えるのでしょうが、何に使われるかまではあまり考えない傾向があるのかと思います。

ちょっと小銭が余っていたら、それが有効に使われるのであれば、日本であろうと海外であろうと募金するというのが普通の心理だともいえそうです。

この募金が遠くアフリカの支援であったり、医療分野での支援であっても、結果に大きな差はなかったのでしょう。

誰を助けるとか、自分にどのような利益があるかなど深く考えず、困っている人がいたら手を差し伸べる、という単純な思考は非常に大切にすべき精神だと思います。

このような募金文化、募金精神はいつまでも変わらず続いてほしいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«駆け込み乗車はとっても迷惑